受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第73話 ★☆初めの一歩を踏み出そう!

           ☆ ファンSIDE ☆






 お部屋に戻ったあたしはベッドのそばで膝を折り、シーツを掴んで顔を布団に押し付けたまま、これからどうしたらいいのかを考える。
 魔王の子は積極的にあたしに話しかけようとして来るけれど、どうしても恥ずかしい。


 話しかけようと思っても、緊張して、心臓の音がやけに大きく感じて、目の前が暗くなってしまう


 やっぱり、怖い。
 最初は一緒に食事に行く時も怖かった。


 包帯まみれのアタシを見て、怯えられないか不安だった。
 馬鹿にされないか、想像するのも恐ろしかった


 でも、魔王の子も、隣の女の子も、竜人族の子達も、そんな風にあたしを見なかった。


 別に同情してほしいわけじゃない。
 だけど、ただ純粋に心配した視線を寄越してくれた。


 なんとなく、敵ではないんだ、と安心もできた。




 だからといって、あたしにはあの子たちに話しかける勇気はない。


 せっかく、おじいちゃんに大見得を切って“友達を作る”って宣言したのに、これじゃあ何もかわらないわ
 どうしたらいいのかしら。




「………はぁ」




 ため息が漏れる
 友達の作り方がわからない


 声を掛けたらいいの?
 どうやって声を掛ければいいの?


 声を掛けても、あたしの顔を見て怯えられない?
 だって包帯まみれよ?


 おじいちゃんには“見返してやる”って言ったはいいものの、どうすれば怯えられずに話せるのか、わからない。


 魔王の子は食堂で包帯にまみれたあたしの顔を見ても怯えたりはしなかった。
 むしろ積極的に話しかけようとしてくれた。


 でも、それでも


 やっぱり恥ずかしいし、怖いのだ。


「………。」


 どうせ、明日も彼らは居るのだ。
 焦ることもないけれど、そうやってズルズルと話しかけられないままでいると、おじいちゃんに見捨てられそうな気がする。
 実際にそんなことはしないことはわかっている。


 でも、おじいちゃんの中ではあたしは“その程度”の女になる。


 それは見捨てられたも同然だ。


 だからといって、すぐに心の整理ができるわけではない


 あたしだって、仲良くできる友達が欲しい。楽しくしたい。
 あたしの顔が、もっと普通なら、火傷の痕さえなければ!
 そう思っても、すでに変わることのない事実を嘆いても無駄だと悟る。


 包帯の奥の右目から、涙があふれてくる


「っく、うぅぅ………」


 どうして、どうして………


「どうして、普通にできないの………?」




 あたしの呟きも、布団の中に消えた




         ☆ リオルSIDE ☆






『どうして、普通にできないの………?』




 ダークエルフであるファンちゃんの苦悩する声が聞こえる。


「リオ、ないてるの………」
「そーだねー」


 そんな僕たちは二人で手を繋ぎ、ファンちゃんの部屋の前の壁にもたれて座っている。
 彼女の苦痛は僕にはわからない。


 彼女と僕は似ている。


 僕やルスカと同じ、3歳ほどで親元を離れてシゲ爺と暮らしている。
 僕と違うところと言えば、彼女は僕たちとは違い、“心の支えがない”ことだ。




 僕とルスカは互いに支え合っている。
 お互いに、自分たちが居なければ生きていけない歪な関係だ。


 僕たちは歪でありながら、互いに依存しなければ共存できない。そうしなければ、心が壊れてしまいそうだったからだ


 だが、彼女はそうではない。


 依存するものがないから、自分の境遇に押しつぶされそうになっているのだ


 苦しんで、苦しんで、悩んで、悩んで、歩み寄ろうとしても、自分の顔に容姿に一切の自信すら持つことも許されず、今まで生きてきた。
 歩んできた道は、僕よりも苦しく、辛く、受難にあふれている。




「そりゃあ、寂しい生き方だ」


 壁に背を付けたまま、僕は目を閉じた。


 思い返すのは前世。


 歪んだ骨格。包帯だらけの身体。
 さらにそこに鞭を打つクラスメイト。


 せせら笑う周りの人たち。


 誰も助けてくれない孤独感。
 一人ぼっちを強いられて、僕が近くに寄ると距離を開けられる。


 机の上はゴミだらけ。
 下駄箱の靴は泥だらけ
 自分の身体は怪我だらけ。


 希望の何もない毎日。


 そんなんじゃ、ダメだよね。人生がつまらない。


(おい、誰がこんなことをしやがった!!)


 ああ………


(オレのダチにこんなことして、テメェら生きて帰れると思うなよ!!)


 そうだよね………


「一人ぼっちは、さびしいもんね。」
「うゅ? りお?」


 シゲ爺はファンちゃんに足りないものは“自信”だと言ったけど、それでも!
 彼女に今一番必要なのは、ただの味方だ。


 彼女のすべてを受け入れてくれる味方が必要なんだ。


 少なくとも、僕の親友はたとえ僕がゴミにまみれて異臭を放っていても、助けてくれた。


 侍刃………。僕も、キミを見習ってみるよ。




 ゆっくりとまぶたを開ける。
 顔を左に向けて隣のルスカを見る


「………にゅ?」


 わけもわからず首を捻るルスカ。


「ルスカ。」
「なーに?」


「………突撃しよう。」
「うんっ!」


 ルスカの手を引いて立ち上がり、ドアノブに手を掛けた
 きっかけを作るために。






                ☆






 ドアを無断で開くと、ファンちゃんは目を真っ赤にしてこちらを振り返った




「あ………あぁ………あぅぅ」




 僕とルスカの顔を見たとたん。
 逆に彼女が怯えるように後ずさった




 やっぱり、人と話すのが怖いんだ。
 それは彼女の心の問題だ。


 顔の包帯や火傷のことで、今まで散々いろいろなことを言われてきたのだろう。
 屋敷のメイドさんだって、ファンちゃんのことを快く思ってはいないようであった。


 曰く、愛想が悪い
 曰く、表情が薄い
 曰く、暗い
 曰く、けがれエルフ


 逆だよ。
 ファンちゃんをそんなふうにしているのは、そう言う認識で接しているメイドさんたちだ。


 考え方の違いで見え方は変わってくる。


 料理を食べる時、そわそわとシゲ爺の服の裾を引っ張っていたのを、僕は知っている。
 から揚げを頬張っている時、幸せそうに目を細めていたことを、僕は知っている。


 愛想が悪い? 表情が薄い? 暗い?


 愛想が悪いのは、メイドさんたちの接し方が悪いのだ。


 表情が薄いのは、メイドさんたちが本当の彼女を見ていないから言っているだけだ。


 暗い? 当たり前だ。彼女にはシゲ爺以外の味方が誰もいないのだから。




 最後の汚れエルフに至っては論外。ダークエルフは、特徴の一つだ。
 あんたらは汚れ人間だ。そう言っているのと同じだ。
 言葉は全部ブーメランする。




「にへへ~♪ あそびにきたの!」




 後ずさったファンちゃんにそれ以上近づくのをやめて、ルスカが僕の代わりに陽気な声を掛ける


「あぅぅ………」




 しかし、手にベッドのシーツを握りしめたまま、ふるふると首を横に振りながら涙目で壁に背を付けた


 突撃したはいいけど、ファンちゃんの方が突然の状況についていけずに軽くパニックを起こしていた


 やっぱり、怖いよね。
 僕は魔王の子だし、彼女からしたらいきなり知らない子が部屋に上がりこんでいる状況だ。


 だけど、ここで引くわけにもいかない。
 このまま彼女が一人で抱え込んでしまっては、彼女の心が壊れかねない。


 だから、その不安を、僕が少しだけ肩代わりしてあげるのだ。


 あまりにも脆く崩れそうなその心に届くように、僕は一歩、歩み出た。




「っ………うぅぅ………」


 たったそれだけで、彼女はカタカタと小刻みに震えだした。
 包帯の無い方の左目からは、つぅ………と涙が流れる




 それでも、僕は引かない。
 さらに一歩。歩み寄る。




 残り3mが、あまりにも遠い。




 ルスカも、彼女の境遇には同情しているようで、近寄るだけで震える彼女を心配してか、駆け寄ることはせず、僕の歩むスピードに合わせてくれた。




 残り2m


 彼女は手に持ったシーツで頭を覆った。
 その影響で布団や枕が床に落ちた




 怖いのだ。近寄られることが。
 不安なのだ。自分を見て、嫌わないか。




 だったらいっそ、視界から消してしまえばいい。
 そう言う思いから、シーツで身体を覆い、殻に閉じこもった。


「ひぐっ………ふぅぅ………っ!」


 そう言う思いから、自分の殻に閉じこもるように、嗚咽をもらしながら白いシーツで身体の正面を覆った




 自分を見て怖がられないか不安なのは、僕も一緒だ。
 恐れる必要はない。なんせこっちはキミを受け入れる準備は整っているんだ。


 キミは勇気を振り絞って殻を破るだけでいい。




 残り、0m


 靴を脱いでシーツを踏み越える。
 その勇気を出すための手助けをしよう。


 僕はファンちゃんの右側に腰を落ち着かせる。
 ルスカはファンちゃんの左側に腰を落ち着かせる


 そして、僕は震える彼女の右手を取った。
 ルスカも同じように彼女の左手を取った。




「不安がる必要はないよ。」


 優しく声を掛ける。


「………」


 返事は無い。
 返せないのだ。声を掛けるのが恥ずかしくて、そして、恐ろしくて。


 僕は、彼女の頭から覆いかぶさったシーツをゆっくりとはぎ取ると、不安そうに揺れるオレンジ色の左目と目があった
 その目は真っ赤に腫れ、涙が溜まっている。




「………。」
「………。」




 言葉なんかいらない。


 僕は小刻みに震える右手を両手で強く握って、彼女に笑いかける。
 それだけだ。


 大丈夫だ、と。眼で力強く訴える。


「………」




 ファンちゃんは僕から目を離し、しばらく俯いてからルスカの方に顔を向ける




「にへへ~♪」
「っ………」


 その純粋な笑顔を見て、僕らには全く敵意がない事を悟ったようだ。






「………。」


 それでも、やはり話しかけることに抵抗があるのか、彼女は俯いたまま一言も話すことは無かったが、別に居心地が悪いというわけではなかった。




 二人でファンちゃんの両手を繋ぎ、ただただファンちゃんが安心するようにその柔らかく小さな手を強弱をつけて握る。


「………。」


 不安そうに震える小さな手も、僕の手に握られた後、小さく握り返してくれた。


 ただ、それだけなのに。


 それが、無性にうれしかった。




 握り返すのに、どれだけ勇気が必要だったのだろう。
 ただ握り返すだけでも、彼女にとってはそうとうな勇気を振り絞ったに違いない。




 僕は握り返してくれた手に、返事代わりにもう一度握り返した。






(………あ、笑った。)




 手を握り、握り返す。ただその行為を繰り返す。
 彼女の口元は、笑っていた。


 花咲くような笑顔とはいかないまでも、薄く、柔らかく、優しく、微笑んでいた。
 顔の右半分は包帯に覆われて判別できなくとも、左半分は儚くも美しく、元々はかなり顔の整っていることが伺い知れる。


 この子のことはまだよく知らないけれど、それでも、悪い子じゃないんだよなぁ。


 握り返してくれる力の加減で、心の優しさまでもが伝わってくるような気がした。






                  ☆




 そのまま、言葉を発しないまましばらく時間が過ぎた。


「………ん?」


 いつのまにか、手を握っても、握り返してこなくなった。
 どうしたのだろうかと思ってファンちゃんを確認しようとしたら、僕の肩にちょっとした重力がかかった




「すぅ………すぅ………」




 寝ちゃったのか。
 子供だもんね。


 でも、コレがさっきまで『なんで普通に接することができないの』と泣いていた子の表情とは思えない。
 先ほどまでの不安そうな表情はどこに行ったのやら。
 柔らかい表情で、安心したように眠りについた。




 多少なりとも、ファンちゃんの心に安らぎと余裕を作ることができたのなら、今日の所はこれ以上何かをすることは無い。


 僕の肩に頭を預けて眠るファンちゃんの頭を右手で撫でると、くすぐったそうに身じろぎした。


「………明日は、もうすこしだけ、勇気を出してみようね。僕も手伝うよ」




 そろそろ僕たちも自分の部屋に戻ろうかと立ち上がろうとすると






「んぅぅ………」


「あ………手が繋がったままだった。」




 しかも、ファンちゃんが離してくれない。
 無意識に掴む力を強めているようで、簡単には離してくれそうになかった。




 僕とは反対側の手を握っているはずのルスカを確認してみると、ルスカもファンちゃんの肩に頭を預けて寝ていた。


 お互いに手は握ったままで。


 漫画とかだと、このまま朝まで一緒にいて、朝起きたら動揺ついでに一騒動あって仲良くなるのだろうけれど、そうはいかない。




 ゆっくりと、僕の左手からファンちゃんの右手を引きはがした。
 ルスカと繋いである手も、ゆっくりと離した。


「んんぅ………」


 所在無げに、何かを求めるように手をわきわきと動かすファンちゃん。
 今度は少し不安そうな表情になる。


「………今度は、自分から僕たちの手を握れるようになろうね。」


 オレンジ色の髪を長い耳に掛けてあげた。




「………《浮遊・弱スイート・フロート 》」




 ファンちゃんとルスカを起こさないように空中に浮かせ、乱れたシーツを直す。
 ファンちゃんの服も、さすがに勝手に寝巻に着替えさせるわけにもいかないから、しわが寄らないようにしてからベッドに寝かせて毛布を掛けてあげた。




 全てが終わった後、空中に放置していたルスカをおんぶして、糸魔法で固定し、ファンちゃんに近づく。
 これで彼女もほんの少しだけ前進しただろう。
 友達を作ることを恐れないで。
 受け入れてもらうことを怖がらないで。
 僕は、キミを嫌ったりしない。僕は見た目で人を判断するような愚か者じゃないんだ。
 そうでなければ、前世で侍刃と親友になんかなれない。


 心のやさしい女の子が傷つく姿を、どうして放っておけるものか。
 火傷の痕? 包帯? 前世の僕の方がよっぽど醜い姿をしていたさ。


 それでも、僕には味方が居た。
 だから、恐れるな。
 そんな君を受け入れてくれる人は、現にここにいるのだから!




「続きはまた明日、ね。 おやすみ、ファンちゃん。」


 僕はそっと彼女の髪を撫でてから、部屋を後にした。









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