受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第71話 料理をするならお鍋を作りましょう。





 ダークエルフとは、僕の中の大好き度ランキングではかなり上位に位置するファンタジーの亜人だ。


 小説や映画などでは褐色の肌、もしくは漆黒の髪を持って産まれる種族もしくはエルフの子、エルフと敵対している可能性はほぼ100%と言っていいだろう


 この世界では、褐色の肌で生まれるようだ。


 ちなみにだけど、長耳族エルフには黒髪、もしくは白髪は存在しないんだって。
 黒髪、白髪が存在するとしたら、竜人族、猫人族、兎人族の三種類くらいかな。


 例外的に白髪は天使、黒髪は悪魔。それぞれ魔界や天界に住んでいるらしい。
 人間界とは文字通り世界が違うから、それはあんまりカウントしないでいいかも。




 とにかく、褐色の肌を持って生まれたエルフはダークエルフということだ。


 どのくらい褐色なのかな。
 常に放浪して日焼けしているニルドと同じくらいかな。それとももっと肌の色黒いのかな。


 期待しちゃう。


 そんな僕の中で『今咄嗟に考えた異世界で会いたい生き物ランキング』はこうだ。


特別枠、ルスカ は当然として


1位、エルフ
2位、ダークエルフ
3位、ケモミミ
4位、ドラゴン
5位、人魚
6位、魔法使い


 わりとこんな感じ。今さらっと考えただけだから後で変動するかも。
 獣人族はケモミミでひとまとめにしました。モフモフすることに意味があり、種類はわりとどうでもいい。
 いや、言い方を間違えた。種類はなんでもいい。かわいいは正義なのだ。




 ごほん。


 このランキングでわかるとおり、僕はエルフやダークエルフが大好きなんだ。
 ただ、それを伝えたかっただけだよ。




 そんなわけで―――


(………あのツボの中に隠れている女の子が、件のダークエルフちゃんなんだよねー)




 息を殺して隠れている女の子のことを、僕はしっかりと見ていましたとも。


 本人は隠れているつもりなんだろうけれど、ツボの縁からオレンジ色の頭が見え隠れしている。


 シゲ爺の話では恥ずかしがり屋でちょっとだけ大人ぶった面白い子らしい。
 なるほど、ツボの中に隠れるとは。本当に面白い子だ。


 子供ならではの思考回路だ。
 僕だったら恥ずかしかったとしてもツボには隠れない。引き返す。


 そもそも僕なら臆さずにばったり出会って「こんにちは」から始めるよ。挨拶は大事。
 挨拶とは人と人とをつなぐ魔法の言葉なのだ。


 ふふん、コレでも僕はコミュ障ってことは無いからね。
 いじめられる前は友達だってたくさんいたもん。


 最後は侍刃も僕の側から離れちゃったけれど、僕だって運と生活が悪くなければこんな僕でも友達はできるんだよ。


 実際、フィアル先生は僕の大事な友達だし、この世界で言えば、ミミロは親友だ。
 人間の子供の知り合いは居ないけれど、ラピスくんとだって友達になってくれた


 僕と同じ条件であるルスカも、交友関係は僕と全く同じ。


 対して口が回るわけでもないし、頭がいいわけでもない僕でも、頭の髪の色さえ気にしなければ友達は出来る。


 たとえ髪の色を見られても、いい人柄の人間には受け入れてもらえる。
 東大陸で出会ったジャムのおっさんがいい例だ。


 何事も受け身ではいけない。
 ジャムおじさんと時もそうだけど、自分から行動を起こさないと信用は取れない。
 ゆえに、自ら働きかけなければ、信用は得られず、結果友達も得られないということだ。


 なんだかんだで前世でも侍刃と仲良くなったのは僕が侍刃に話しかけてからなんだよね。




「リオルよ。気づいておるのじゃろう?」




 シゲ爺が大きなツボを顎で指し示す。


 もちろん、あのオレンジ色の頭が見えているから気づかないわけがない。


 コクリと頷いて見せると、シゲ爺はいたずらっぽくニッと笑って僕の背中を押して促した
 それに対して、僕は親指を立てて二枚目面する。


 ダークエルフちゃんとお近づきになるために、僕は頑張る。




 僕はくだんのツボの前に歩み出た。


 ルスカはシゲ爺の隣でそんな僕を首を傾げて見ていた。


 さて、近くまで来た。
 チラリとのぞくと、ツボの底を向いて小さく丸まっている小さな女の子が居る
 何をそんなに怯えているのだろう。


 何がそんなにこわいのだろう。


 ダークエルフが伯爵の家に居るくらいだ。
 何かしらの事情があるということくらいは考えなくても察することは出来る。


 きっと辛いことがあったのだろう。
 泣きたいことがたくさんあったのだろう。


 過去だけを見ていちゃだめだ。
 前を向こう。そして、歩き出そうよ。まずは初めの一歩をさ。


「ねーえ。キミがファンちゃんだよね? いっしょにあそぼ?」




 大きなツボの縁に手を掛けて親しみやすい声色で声を掛ける。


 子供は遊びたいのだ。
 しかし、無理やり誘ってはいけない。
 彼女の心の準備も必要だ。焦る必要はない。


 今ここに光源氏物語を自らの手で作り出そうではないか




「………」




 ツボの中から反応は無し。




「僕はリオル。キミと同じで、いま6歳なんだ。いろいろお話しようよ」




「………」




 あかん、反応なしや
 泣いちゃう。無視されるのは辛い


 ええっと、なんかないか、なにか! 会話の糸口につながるものは!!


 ふと鼻腔をくすぐるいい香りが漂ってきた


 そうだった。
 イズミさんがメイドさんたちと一緒に料理を作ってくれているんだった


 竜族は基本的に腹は減らないけれど、竜人族として人の姿を取ると人並みに腹が減る。
 だから主に人型で生活しているイズミさんは料理上手。


 よし、今は状況が状況だし、出直そう。


 この子がツボから出てきたら勝負だ。
 絶対に仲良くなってやるんだからね!




「いま、メイドさんたちと一緒に僕の友達が料理を作ってくれているんだ。
 僕の大好きな味付けだから、気に入ってくれるかはわからないけれど、スッごくおいしいと思うから、期待しててね!」




 こちらのことは見えていないとは知っているけど、ニッコリとツボに向かって笑う。


 彼女も料理の匂いには気づいたのか、くぅ………とおなかの虫がかわいい声で鳴いた
 うむ。ほっこり


「お話しできる時を、楽しみに待ってるね! シゲ爺、僕はルスカと部屋に戻るよ!」


「うむ。わかった。東大陸の料理か。興味深いのう」


「絶対おいしいよ! ルー、いこ?」
「うん!」


 髭を撫でるシゲ爺に手を振って、僕はその場を後にした






        ☆ ファンSIDE ☆




「………ファン。あの子はもう行ったぞ」


 おじいちゃんがあたしに声を掛ける。
 そんなこと、言われなくても分かってるわよ。


「………。」


 あたしはそれに答えを返さない。


「なぜ返事をしてあげなかったんじゃ、あの子が可哀想じゃろう」


 ………なぜ? 決まっているわ。そんなの………


「………恥ずかしいもの」


 人と話をするのは、恥ずかしい。
 人前に出るのは、恥ずかしい。


 それに、人と話すのは、怖い。
 人前に出るのも、もちろん怖い。


 顔を見られるのが怖い。
 怯えられてしまうことを、なによりも恐れている。


「ふむ………。」
「………。」


 ここで会話が途切れた。
 おじいちゃんはツボの中に閉じこもったあたしを両手でやさしく抱き上げてくれた




「………初めから聞いておったであろう?
 あの子は魔王の子。周囲の者に忌み嫌われて生きてなお、積極的に人との関わりを持とうとする変わり者じゃ。」


「ふつうのことよ。人とかかわろうとすることがふつう。あの子はふつうのことをしているだけ。かわり者なんかじゃないわ」


「ふむ、であれば、恥ずかしがって人との関わりを断ってしまうファンの方が、変わり者ということになるのう」


 抱き上げたあたしの眼を見てそう言うおじいちゃん。
 あたしは、何も言い返すことは出来なく、俯いてしまった


「………恥ずかしいだけじゃ、ないもの」




 右手で顔の右側に触れると、あたしの指先がカサリと包帯を撫でた。


「ふむ………」
「………。」


 また、会話が途切れる。
 そこでふと、先ほど男の子があたしに話しかける前に言ってたことを思い出してしまい、顔が熱くなった


『僕、ダークエルフって大好きなんだよね!』


 あれは、どういう意味なのだろう。
 魔王の子は、エルフの王国を滅ぼした逸話を持つダークエルフを味方に引き入れたいのだろうか
 それとも、同じく闇の魔力を持つからだろうか。


 わからない


「ねえ、おじいちゃん。」
「なんじゃ?」


「その………ダークエルフを好きになってくれる人って、居るのかしら。」
「ふむ。少なくとも、リオルは好きだと言っておったな。心配なんぞいらん。ワシの目から見てもリオルは悪い子ではない。いつかは、その包帯を取れる日が来るといいのう」


「………。」




 おじいちゃんはやさしく、やさしく、あたしの頭を撫でた。




「………ん」
「おや?」


 あたしはおじいちゃんの腕から飛び降りて、床に受け身を取りながら着地する。
 埃を払いおじいちゃんに向き直ると、「どうかしたかの?」と質問を向けてきた
 あたしはちょっと俯いてから、おじいちゃんの眼を見る。


「………見きわめてみるわ。魔王の子あのひとを。」
「ほほっ 青春よのぅ」




 あたしは、彼が去って行ったと思われるところに向かって走り出した。




「やれやれ、恥ずかしがり屋の癖に、やけに大胆になるときがあるのう」


 おじいちゃんも、そんなあたしの背を見送ってくれた。




                   ☆




 ダークエルフちゃんとお話しはできず、かと言って諦めきれないぼくは、作戦を練り直すことにした。
 どうせなら髪を見られて嫌われても「魔王の子はちょっと………」と遠慮がちに断られるくらいがいちばんダメージが低いだろう。
 髪を晒さずにいけるところまで仲良くなろう。目標地点はそこだ!


 仲良くはなりたいけれど、期待し過ぎないようにしよう。


「リーオー!」


 僕たちの寝泊りする部屋についたら、床に寝っ転がったルスカに声をかけられた
どうしたのかな。僕は暇だからイズミさんの手伝いに誘いたいけれど、ルスカは僕になにか用事かな?


「なに、ルー」
「ヒマなのー」


 ありゃま、同じだ。部屋に戻ったはいいけどすることが無かった。
 だるーん と地面に寝転んで全身で暇をアピールするラブリーエンジェル、ルスカたん。
 というか、僕たちがシゲ爺と話している間に他のみんなはどこいったよ。


「そっか。ならルー。もっかい一緒に来て」


「うゅ? こんどはどこいくの? せっかくもどってきたのに………」


 キラケルは何時ものごとく外で仲良く兄弟喧嘩と言う名の模擬戦。
 ミミロは宿舎の方でテディに挨拶
 イズミさんは料理中。
 ゼニスたちは武術道場で指導している。
 僕の知り合いはみんな何かしらの達人ばかりだ。




 そりゃ暇でもしゃーないやな。
 ダークエルフちゃんと仲良くなるのは時間がかかりそうだ。
 仲良くなるためには一度間隔を開ける必要がある。


 ご飯時にもう一度お話しするチャンスくらいあるだろう。
 それまでまだ時間がかかりそうだ。


 いい匂いが漂ってはいるけれど、夕飯の時間はあと1時間くらい先だ。
 ということで………


「イズミさんのところに行って、何か手伝えることを探してみようかなって」
「わかったの!」
「ジャガイモの皮むきくらいならできるかもしれないしね」


 残念ながら前世で僕の家庭科の成績は3だ。
 美術の成績も3だ。
 体育の成績は1だ。


 体力のない僕が、どれだけ綺麗にいくつのジャガイモの皮を剥くことができるだろうか。




……………
………





「というわけで、手伝いに来たけど、なにか僕にできることはある?」




 厨房に到着。
 手を振りながらイズミさんに一声かけると


「いいところに! リオル。土魔法で鍋を作って下さい!」


 手伝いに来たのに予想外の指示を受けた。


 あ、あれー? 「ニンジンの皮を剥いてください」とかそう言うのじゃないの?「ナイフとフォークを並べてください」でもよかったけど
 まさか「鍋を作れ」という指示だとは夢にも思わなかったよ。


 ほわっつ? なぜwhy?


「うぇい! 素材と大きさは!?」
「うえーい!」


 あまりの衝撃に変な声で驚いていると、ルスカも同じように仰天していた。
 二人で万歳して大げさに驚きながら、どういう鍋をご所望なのか聞く。


「そうですね、ワガママを言ってもいいのでしたら、パール金属のブルーダイアモンドコートIH対応の奴が望ましいかと」
「ええっ!? なにそれわかんない!」


 パール金属ってなにさ! 初めて聞いたよそんなの………。
 それに、IHとか対応しててもないよこんな世界に!


 イズミさんも相当テンパっているようだ。


「大きさは、50リットル分くらいでお願いします。かなり大きめです」
「わかった、やってみる」




 パール金属についてはどうしようもない。
 どうしたらいい? ステンレスでいいかな。いいよね、もうどうにでもなれ。


 えい、土魔法発動。おなべになーれっ。


 ステンレスのお鍋を作り、同素材の蓋も作る。
 所要時間、30秒。土魔法の操作もかなりなれたもんだね。


 ステンレスはたしか、鉄を50%以上を主成分とした合金のはず。うろ覚えだけどね。
 マグネシウム以外の金属をそれなりに使ったなんちゃってステンレスの完成だ。


 指ではじくとコワンと間抜けの音を出した。
 あと重い。


「おっけ、なんちゃってステンレス製だけど完成だよ。次は?」
「あそこのジャガイモの皮を全部剥いてください」
「うん、あそこの―――うわお!」




 イズミさんが隅っこを指差すと、そこには山のようなジャガイモ。
 「鍋を作れ」なんてトンチンカンな指示ではなく、ようやく料理としての手伝いができると思ったらコレだよ。


 今作っているメニューはなんだ!
 ジャガイモ、キュウリ、ニンジン、玉ねぎ。ふむ。


「………カレー? ではないよね。ポテトサラダかな?」
「リオ、いこ?」
「あ、うん。」


 あかん。気軽に手伝いを申し込んだらとんでもなく藪蛇った。
 ルスカに手を引かれて厨房の奥へと向かうと、メイドさんたちが料理にかかりっきりで妙に殺気立っているのが分かった。
 ジャガイモの皮むきに3人ほどメイドさんがナイフを片手にちまちま頑張っているけれど、効率はあまりよろしくない感じだ。
 メイドさんの一人が死んだような目でジャガイモの皮むきを機械的に行っていた。
 うわぁ。


「あの………僕も皮むき手伝う、よ? 手伝います手伝わせていただきます。」


 と伝えると、パァ………と花咲くような笑顔になって、涙目でお礼を言いながらナイフを僕とルスカに手渡してくれた。
 しかし、一瞬だけこちらを見た瞬間のメイドさんの目が『今集中してんだよ話しかけてくんじゃねぇぞごら』と言っているようで妙な敬語が混じってしまった。


 それにしても、いいの? こんな子供に刃物持たせちゃ危ないよ?


 いや、まさに猫の手も借りたい状態なのかもしれない。
 立てるものなら親でも客でも子供でも魔王の子でもなんでも使えってか。


 本当なら客である僕が手伝っちゃいかんのだろうけれど、さすがに人数が多いからね。給仕のメイドさんたちだけじゃ足りないだろ。


 なんてったって、族長7人。戦士長7人。
 僕とルスカ、キラケル、ミミロ、フィアル、ファンちゃん。この族長戦士長以外の7人。


 合計21人分だよ。
 さらにメイドさんたちのまかないの分も考えたらそりゃ相当な量の皮を剥かないといけないわけだ。
 もはやちょっとしたパーティだよ。


 しかし、やっぱりナイフでの皮むきは効率悪いなぁ。
 ピーラーが欲しいと思う今日この頃。


 よし、土魔法で作っちまおう。


 角度をつけた楕円形の内側に刃を取り付け、鉄を錬る。
 さらに刃に枠を取り付け、緩く固定。
 ジャガイモの芽の部分をえぐり取る部分も作っておく。


 よし、試作1号完成、いざ皮むかん。


 おお、試作1号にしてはなかなかいい感じだ。


 僕がシャッシャッシャと皮を剥いていると、僕の皮むきの速度を疑問に思ったメイドさんが眼を見開いた


 それはなんだ、どうやって使うんだと聞いてくるメイドさんたちにピーラーの使い方を教えてあげると興味を持たれたみたいだから、試作1号は死んだ目をしていたメイドさんのサリーさんに差し上げた。
 大事に使ってね。ちなみにメイドさんの名前は今教えてもらったよ。


 試作2号。3号もメイドさんに差し上げると、作業効率が恐ろしく跳ね上がった。
 作業効率は当初のおよそ4倍のスピードだ。
 試作4号ともなるとミスリル製の刃で、その刃も固定せずに回転させられるように作った。その方がどの向きからでも皮を剥くことができるからだ。
 現代日本ともほとんど遜色のない出来栄えのいいピーラーが出来上がったけれど、皮を剥くだけなのにカミソリ並のどえらい鋭い刃に仕上がってしまって危険物になってしまった。


 調子に乗ったけどみんな喜んでるし後悔はしていない。


 僕とルスカも試作4号と試作5号で皮むきを行う。
 ルスカはなんだか楽しそうだ。


 便利グッズを開発した僕はメイドさんたちにすごく褒められた。えへへ。
 なんてデレデレしていたらルスカがむくれた。ああ、ごめんって!




 ジャガイモの皮を剥き終わったメイドさんたちは、今度は剥く皮を求めてニンジンの皮むきに向かった


 ええい、そんなに皮を剥きたいのか!




「イズミさん、皮むき終わったよ!」
「イズミせんせ、おわったのー!」
「え? ああ、早いですね。メイドさんたちはあまりにも遅いんで、後30分はかかると思っていたのですが………」
「あ、それなんだけど、僕がピーラ―を――」


 イズミさんにもピーラーを褒めてもらおうと思ったら―――


 イズミさんはリンゴの皮むきをシュルシュルシュルー! と5秒で途切れることなく桂剥きしていた。
 己の武器が刀であるイズミさんは、そのリンゴを空中に放ると、包丁を一閃。


 スパン!
 という小気味良い音と共に、8等分され、種まで外してあるリンゴが皿の上に落ちた。


「「………。」」


 ルスカと顔を見合わせて口をパクパク。
 言葉が出なかった。


「え? 今何か言いました?」
「イエ、ナニモイッテマセン」


 ダメだ、この人はこと料理に関するものでは次元が違いすぎる。
 イズミさんにピーラーを与えてもタイムロスにしかならない。


 もはや曲芸だよ、それ。






「では、キュウリの輪切りをお願いします」


 ドン! とまな板と包丁とボウルと山のようなキュウリを手渡された。
 なんだって!? 僕は動物を解体するときくらいしか包丁を握ったこともないのに!


 くそう、土魔法先生、お願いします!


 百円ショップは偉大なり! たった百円で世の中の便利グッズが溢れているのだ。
 今回は主婦の味方、スライサー! おりゃりゃりゃりゃりゃ!!!




「ど、どや………」
「リオ、だいじょうぶ?」




 必死こいてキュウリをスライサーで輪切りにしていったけれど、僕よりも多くのキュウリをスライスしたルスカの方がぴんぴんしているのはやはり体力の問題ということですか!




「では、あちらの方々と一緒に自作マヨネーズ作成に取り掛かってください。先ほどのジャガイモやニンジンが煮えたらジャガイモを潰して生玉ねぎやキュウリを混ぜてマヨネーズをぶちまけて混ぜて盛り付けて完成です、頑張ってください」




「マヨネ―――――!!」
「きゃあ! リオー! しっかりするのー!」


 それ、メチャクチャ重労働のやつじゃないですかやだー!
 うわわわわ!! 量が量だからほとんどのメイドさんがマヨネーズづくりに没頭していて他のメインや味付け盛り付けなどはすべてイズミさんがやっていた
 イズミさんも過労で死んでしまわないか心配したけれど、なんというか、料理をしている時のイズミさんはすごく生き生きギラギラしていたから、そっとしておくことにした




「あ、そうでした。リオル。意識に余裕がありましたら手を貸してください」


 と思ったらお呼び出し。意識に余裕があったらってどういうことよ!


「先ほど作っていただいたお鍋に水が入っています。リオルの闇魔法でこちらに浮かせつつ、下方から火魔法で熱してください。できれば強火で。火の元が足りなくてとても困っていました」


 厨房にて魔王の子を顎で使うとは………やりおるわ!


 というか僕はコンロじゃないぞ!
 まぁやるけど! しかたないなぁ! 本当に困っているみたいだし、ご飯を食べるのは僕たちだし、そのためには頑張るとも!


 僕の属性魔法フル活用じゃないか!


 もはややけっぱちだ。
 闇魔法で鍋を浮かせ糸魔法の先端から炎を出しながら死んだ目をしたメイドさんたちのところに行ってがむしゃらにタマゴをかき混ぜてやった。






……………
………





「………間に、あった」
「よかったの。うにゅ、つかれたのー!」


 僕とルスカは厨房の床にへたり込む


「わたしたち、やり遂げたのよ!」


 メイドのサリーさんもスライサーとピーラーを片手に涙目で万歳している。
 そんなに気に入ったのかな。スライサーとピーラー。
 もっと作ろうかな。特許とか取れるかしら。


「みなさん、ありがとうございました。皆さんのおかげで時間内に料理を完成させることができました。本当にありがとうございます」


 イズミさんがぺこりと頭を下げる。


「いえいえ、頑張ったのはこちらのリオル様とルスカ様、イズミ様ではありませんか。」
「そうですよ、彼の発想が無ければもっと時間がかかっていましたよ」
「そもそもアタシたち、厨房に立ったこともありませんし。」


 サリーさんや他のメイドさんたちが僕たちを褒めてくれるメイドさんにちやほやされるってすごくいいシチュエーションだなぁ。
 それにしても


「ええっ! そうなの? まぁ確かにほとんどのメイドさんの包丁さばきが僕と同等レベルなのに疑問はおもったけど、厨房に立ったこともなかったなんて」


「実はそうなのですよ。シゲ爺様は、困ったことにゲテモノ系の料理がお好きでして、ほとんど料理をする必要が無いモノばかり………蝙蝠コウモリの素揚げだとか、蝙蝠の丸焼きとか、丸揚げされたスズメだとか。他にも虫の幼虫や羊の脳みそなど、本当に人間の食べるものなのかわかりかねる料理がお好きでして………。その影響なのかけがれエルフ―――ゴホン。養女のファンお嬢様までもゲテモノ料理がお好きになってしまわれる始末でして………」


 メイドのサリーさんがシゲ爺の食生活を暴露する


「うわぁ………」


 ここに来て緑竜の欠点発見だよ。シゲ爺は味覚センスがおかしい。
 東大陸の料理………大丈夫かな。


「しかし、これほどまでにおいしそうな料理が存在するとは、アタシたちは夢にも思いませんでした!」
「コレが東大陸の料理ですか。興味深いです」
「本当は魚をふんだんに使いたかったのですが、内陸でしたので魚の調達は出来ませんでした。」
「いえいえ、とんでもない! これだけでも十分すごいごちそうじゃないですか!」


 申し訳なさそうに頭を下げるイズミさんに恐縮しながら顔を上げるように促すメイドさんたち。
 たしかにお魚も食べたかったなぁ。日本じゃ宴会では魚の刺身は鉄板だったからね。


 きゃいきゃいとメイドさんたちと盛り付けして食堂に並べていく。
 だいぶメイドさんたちと仲良くなれたな。


 厨房ではみんな三角巾などをかぶっているからか、僕のバンダナはそれほど不自然ではなかったしね。


 こうして、共に厨房せんじょうで時間と戦った僕たちには奇妙な友情が芽生えたという。


 メイドさんたちと仲良くなったことによって、ファンちゃんの情報もそれなりに手に入ったしね。


 やったね!




          ☆ ファン SIDE ☆






 魔王の子と名乗った男の子の後を追って40分。


「………。」


 あの男の子の社交性の高さにあたしは打ちひしがれていた


 なんなのよ、あの子は………
 メイドさんたちに積極的に話しかけ、料理の手伝いに入り、土魔法で全く新しい道具を開発し、メイドさんたちの作業がやりやすいように工夫を凝らしていた
 体力が足りないからか、キュウリを輪切りにする際、『すらいさー?』とかいう物体でキュウリを擦っていても、すぐに腕がプラプラになっちゃう。
 あたしもおじいちゃんの指導で修業しているから知っている。
 『にゅうさん』とかいうのが腕に溜まるらしい。あたしも長時間力を込めすぎると腕が痛くなって疲れちゃうもの。


 体つきの通り、体力は無い。


 『まよね~ず』とかいうものを作っているときも、すぐにばてていた。


 しかし、それでも、多少つらそうに顔をしかめていても生き生きとした感情がこちらにも伝わってきた。


「………。」




 作業が終わってからも、メイドたちと楽しそうに会話をしている。
 魔王の子? どこがだ。


 あれじゃ、ただの普通の子供と同じだ。




「見極めは済んだかの?」
「っ!!」




 突如頭上から降ってきた声に反応してバッと距離を取りながら振り替える


「………おじいちゃん」


 あたしの背後に音もなく近づいてきたのは、おじいちゃんだった。
 全然わからなかった


「ファン自身の目で見て、あの子をどう思ったのじゃ?」


 おじいちゃんは腰を折ってあたしに目線を合わせると、そう聞いた




「すごいと、思った。あたしには、あんな風に人とお話しすることなんて、できないから」
「だったら、そのすごいと思った部分をマネしてみなさい。武術を教えている時も、言っておるじゃろ。まずは何事も真似をすることから始めるのじゃ」
「………無理よ。はずかしいもの」


 あたしがそう言うと、「ふむ」と息をもらして髭を撫でる。


「よいか、ファン。武術家にとって一番大事なことは、『やる』か『やらないか』ではない。『やる』か『やられる前にやる』かじゃ。あの子はファンと友達になりたくてたまらんという顔をしておる。だったら自分からうごきなさい。ワシが武術を教えたファンは、先手を取られるような子だったかのう?」




 いかにも、「はて………?」といった表情であたしを小馬鹿にするおじいちゃん。


「アルンやリノンに、包帯と火傷のことを馬鹿にされた時も、先手を打ったはずじゃったが、ワシの思い違いであったたようじゃな」


 カッと頬が熱くなる。
 おじいちゃんは、あたしがアルンとリノンに馬鹿にされていたことを知っていた。
 にもかかわらず、助けてくれなかった


 知っていながら、放っておいた
 なんで? やっぱり、おじいちゃんもあたしのことが嫌いなの?
 優しくしてくれていたのは全部演技だったの?


 それに、友達になろうとしても、あの人はまだあたしの顔を一度も見ていないんだ。
 包帯だらけたってことを、顔が火傷で醜いということを知らないんだ。
 そしたらまた、アルンやリノンと同じように、馬鹿にされてしまう!


 なのに、それをわかっていながらこの老いぼれはもう一度同じことを指せようとする!


「できんのであれば、しかたないのう。ファンは所詮、であったというだけのことじゃ。」


 やれやれと肩をすくめる
 その声色には落胆と失望が込められていた


「のう、ファン。ワシが手伝ってやってもよいのじゃぞ?」


 にやりと嗤うその顔を見上げると老いぼれはあたしの頭の上に手を置いた
 頭の中でプチッと何かが弾けるような音が聞こえた気がした


「で、できるわよ!!」


 その瞬間には、あたしの身体は勝手に動いていた
 頭に置かれたささくれ立った手を払いのける


「その“ちょうせんじょう”はたしかに受けとったわ!
 できるわよ、やってやるわよ! ぜったいにみかえしてやるんだから!!」




 この老いぼれめ! あたしだって友達くらい、作れるわよ! やってやろうじゃない!










































































 でもやっぱり人に話しかけるのははずかしいよぉ!







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