受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第70話 ”ハイダークエルフ” ファン・リョクリュウ





―――この、化け物め!!




 大人たちがあたしを見下ろす




―――まがい物!!




 言葉の限り罵倒する




―――偽物!!




 受け入れることしかできない未熟な身体。




―――お前のせいでっ!!




 あたしの火傷の痕を見たら親でさえ




―――醜い。あんたを信じた私達が馬鹿だったわ。
―――あんたなんか、産まなければよかった………!




 あたしが3歳の時だ。
 みんなはあたしの潜在能力に勝手に期待して
 ムリに上位精霊であるイフリートとの契約を試みた。


 結果、あたしの精霊契約は失敗して、森の一部を焼き尽くしてしまい、みんなは勝手に失望した。






 相反する二つの奇跡。




 エルフの中でも光属性であり特別魔力を持つ、エルフよりも耳の長い“ハイエルフ”
 エルフの中でも闇属性であり、白磁のような肌のエルフよりも肌の黒い“ダークエルフ”




 さしずめあたしは、“ハイダークエルフ”といったところだろうか




 ハイエルフは、【古代長耳族ハイエルフ】と呼ばれ、種の頂点であり、奇跡の子供だ。
 先代のハイエルフはすでに絶滅しており、先祖返りではないかと当初は騒がれた。


 対してダークエルフは迫害の対象だ。
 エルフの歴史の中でダークエルフの所業は筆舌にしがたいものだ。


 ダークエルフは何を思ったのか、エルフの王国を闇の魔法で破壊しつくしたことがあるらしい。
 現在エルフの数が少ない事と、エルフが王国を持たず隠れ里でひっそりと暮らしていることは、過去のこの出来事が関係しているようだ。




 そんなダークエルフにはこういう言い伝えがあるハイエルフの手によって討たれたダークエルフだが、死ぬ寸前にこういったらしい


『私が死んでも、わたしが掛けたこの呪いは種全体に広がり、やがて衰退していくだろう』




 言葉の通り、エルフは種の数を増やすことができなかった。
 エルフは長寿であるが、その呪いのせいで子を作ることができず、宣言通り、ハイエルフの王国は滅び、ハイエルフやエルフたちは散り散りになって様々な場所にて隠れ里を築いたと聞く。


 結局、ダークエルフの目的は誰も知らない。




 ダークエルフが産まれたのは、その昔話から今まで、一度もないそうだ。


 さぞ扱いに困っていた事だろう。
 それに、あたしは耳が普通のエルフよりも長かったらしい。


 1歳の時に属性判定とかいうものをしたらしいんだけど、その時に出たあたしの属性はやはり“光属性”と“闇属性”の二つ。


 相反する二つの属性をもつあたしを間引きするか、崇拝するかでもめにもめた。
 結局、普通のエルフなら10歳程度で行う“精霊契約”を3歳で実行し、結果失敗。


 長寿なんだから焦らなくてもいいのになぁと、しみじみ思う。


 契約失敗の代償は、魔力の暴走。


 炎の精霊イフリートの怒りを買ってしまい、森の一部を焼き尽くした。


 その際、あたしは大やけどを負いながらも、何とか生き延びた。




 しかし、やはり現実は残酷だった。


 勝手に物事を進めたのは無責任な大人たち。
 10歳で精霊契約を行わなければならないところを3歳で強制させたのは大人たち。
 あたしに拒否権なんてない、流されるままに、大人たちの言うことをホイホイと聞いていて何が悪い。


『森を焼き払った災厄の子』
『お前さえいなければ』
『偽物のハイエルフめ!』
『偽物!』
『まがいもの!』




 訳も分からないまま罵られ、全てが怖くなって泣いた。


 幼いながらも光属性の魔力を持つあたしだ。
 痛い所に魔力を通して治癒を行う。


 怪我をした時にはこうすると痛みが引いたのだ。
 大やけどを負っても、同じように治ると思った。


 でも、それは不完全だった。


『醜い』
『気持ち悪い』
『ひどい顔………』
『この………化け物め!!』




 エルフは美意識の高い種族である
 顔に醜い火傷の痕を負ったあたしを、まるで汚物を見るような目で見てくる


 火傷の痕は、治ることは無かった


 醜い顔のあたしは、どうやらエルフですらなくなったらしい。


 無責任な大人たちのしわ寄せは、すべてあたしのせいになった。


 イフリートと契約できなかったあたしが悪い。
 ダークエルフとして産まれてきたあたしが悪い
 醜い顔になってしまったあたしが悪い


 お前のせいで森が死んだ
 お前のせいでだれだれが死んだ
 お前のせいで農作物の収穫が減った
 お前のせいで狩猟の成功率が下がった


 お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで


 醜い顔をした子を里に置いておくことはエルフの誰もが嫌がった


 エルフの誰もが。
 つまり、あたしのお母さんとお父さんもだ。




 何を信じたらいいの?
 誰を頼ればいいの?


 わからない、わからない、わからない、わからない、わからない!




 この瞬間、あたしはエルフという種そのものが醜いと思ってしまった


 ここに居てもあたしの居場所はない


 親にまで見捨てられたあたしは、誰にも見つからない場所を求めて逃げ出した






……………
………









「………ん」




 ここちよい風と泉から流れる小川のせせらぎによって意識が覚醒した。




 どうやら寝ていたみたいだ。
 嫌な夢を見た………


『めがしゃめた~!』
『しゃめたしゃめたー!』
『だいじょーぶ~?』
『くるししょーだったおー?』


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」




 あたしの周りをさまざまな色をした妖精が飛びまわってはしゃいでいる


 緑色の髪の妖精
 赤色の髪の妖精
 青色の髪の妖精
 茶色の髪の妖精


 この子達は人間の眼には映ることがない。


 魔力の塊なのだから。


 この子達を見ることができるのは、魔力の扱いに長けたエルフくらいのものだ。
 好奇心旺盛で、あたしの周りを飛び回っている。


 あたしも、普通の子供として産まれたら今ごろこの子達みたいに無邪気にはしゃいでいられたのかしら


 そういえば、エルフの隠れ里を離れた時、この泉に連れて行ってくれたのが妖精たちだ。


 誰にも見つかることのないこの泉で、一人でいられる時間をくれたのはこの子達だ。




『だいじょぶならよかったおー!』
『しんぱいしたおー!』
『しゅっげーしんぱいしたー!』
『ふぁんちゃん、ないてたお?』


「え………?」


 泣いていた、と言われて目元を擦る。たしかに濡れていた。
 ああ、嫌な夢を見たからだ。


 今日は人が泊まりに来るらしいし、嫌な夢は見るし、もう最悪ね。
 おじいちゃんはことあるごとにあたしに友達を作らせようとする。


 おじいちゃんに紹介されたアルンとリノンという双子の女の子も、包帯を巻いたあたしの顔を見て
『見て、リノン。生きたミイラが居るわ』
『うん、アルン。初めてミイラを見たね』




 おじいちゃんの見ていないところでこんなことを言いだすんだ。
 あたしの目の前で。


 カッとなったあたしは、おじいちゃんに教わった正拳突きで二人を叩いてから、部屋で一人で泣いた。
 どうせ、醜いあたしには友達なんかできないのよ


 俯いて過ごすことしかできない。
 誰も、あたしを見てくれない。




『ごはん~♪』
『ごはんちょーだいー』
『おいちいのがいーおー!』
『しゅっげーおいしいのー』


 すこし憂鬱になっていると、そんなことは関係ないとばかりに妖精たちはあたしに群がった。


「ん、わかったわ。こっちに来て。」




 妖精は大気中の魔素から魔力を抽出し、自身のエネルギーに変える
 ただし、自然が豊かで魔素が豊富であり、自然に対する害意の無い場所にしか生息しない。
 蛍のような生き物である。


 この子達は何を思ったのか、あたしの右手の指に口をつけてちうちうとすすっている。


 妖精たちは皆一様に体長が10cmくらいだから血を吸う虫に比べるとかなり大きいけれど、やはり吸うのは血ではなく魔力である


 あたしは指先に魔力を送り、妖精さんたちが魔力を吸いやすいように集めてあげる。




『おいちぃ~♪』
『ひかり~』
『やーみ~』
『せーれ~、ぎゅぅーん!』




 あたしの指先から魔力を吸い上げると、気持ちよさそうに宙を泳いだ後、泉の中に妖精たちは飛び込んで消えた


「あ………」


 妖精たちが視認できなくなってしまったことにより、また一人になってしまった。
 寂しさを紛らわせてくれる妖精たちの存在が、あたしのささくれ立った心を支えてくれていたのに。


 ………。


 ふと空を見上げると、茜色に空が染まっていた


 夕方か。
 お夕飯までには戻るって言ったから、そろそろ戻っておかないといけないかしら。


 今日来る子たちはどんな子達なんだろう、武術の経験があるのかな
 だとしたら、アルンやリノンにいじめられてやいないだろうか。


 顔も見たことないお客さんの心配をしても、結局嫌われてしまう人の心配をしても後悔するだけだというのに、やっぱり心配になってしまう。


 あの二人は、あたしに負けた腹いせに、道場の物置にあたしを閉じ込めた経歴がある。


 暗く、寂しい、一人だけの空間に誰も来てくれないまま待ちぼうけ。


 時間の感覚も分からないで助けが来るまで待ち続けないといけない歯がゆさ


 無力な自分。




 思い出すだけで涙が出そうだ。
 アルンとリノンはそうやって、自分が負かされたあいてにはどんな手段を用いても一矢報いる性格だ。
 相手がその結果、相手が泣いても知らん顔。


 あたしは、あの子たちが苦手だ。道場で最年少なのに、才能がある。
 それゆえに、今日来るお客さんがあの子たちに負かされた挙句につまらないとため息をもらされそうで、可哀想だ。


 ドロドロぐちゃぐちゃと心の中で醜く歪んでいく感情を胸の奥に押し込んで、夕暮れの森から帰路に着く。


 街に着いても、周りは活気に満ちていてお祭り騒ぎ。
 暗く沈んだあたしだけが一人だけ取り残されたかのような錯覚に陥る。
 気が落ち込んでいると周囲がどんなに活気でもあたしの心を満たしてはくれない。


 人に会いたくない。


 目を合わせられない。


 どうやって話しかけたらいいのかわからない


 顔を見ないでほしい


 醜い醜い、この顔を。


 帰りたくないなぁ、と心の中でぐちぐちと呟いていると、いつの間にか屋敷の玄関についてしまっていた


「はぁ………」




 あたしは重い足取りで扉を押して中に入り、こそこそと俯きながら気配を殺しておじいちゃんの居る部屋へと向かう。




「ん………?」




 途中、厨房の方からなにやらおいしそうな匂いがしてきた。
 いつもゲテモノ系の料理を作ってくれるメイドさんではない………


 いつもと厨房から感じる雰囲気が違う。


「………誰だろう。」




 覗いてみれば、紅い髪の竜人族の女性が厨房でメイドさんたちと一緒にご飯を作っていた


 料理を作ることが楽しいのだろうか、メイドさんたちや厨房スタッフたちと楽しそうに料理を作っている。


 あの人は………今日のお客さんの一人だろうか。
 お客さん自らが率先して料理を作るとは………熱心なことだ。




 あたしは踵をかえしておじいちゃんの部屋へと向かう。






「ねえシゲ爺。さっきニルドから女の子が居るって聞いたけど、どんな子なの? キラやミミロやルスカならともかく。僕とマイケルは無条件に人に嫌われちゃうから、すごく不安なんだけど………」






 その途中、男の子の声が聞こえてきた。
 あたしは慌てて近くにあった大きなツボの中に飛び込んで隠れる。


 男の子………。


 例のお客さんだ。


 顔を見られるのが不安で不安で仕方なかった。
 怯えられないか、顔を見ただけで汚物を見るような表情をされるのがたまらなく嫌だった。


 おじいちゃんにまだ「ただいま」って言ってない。
 言おうと思ったのに、お客さんである男の子がシゲ爺と話しているから、前に出れない




 それに、人と話すのが、はずかしい。
 うまくコミュニケーションを取れる自信がない。


 顔はよく見えないけれど、透き通った綺麗な声の男の子だ。
 なにを不安に思っているのか、そんなに臆することなく人と話すことができるのに、嫌われることなんてあるのだろうか


 だっておじいちゃんは伯爵で、あのシゲ爺なのよ。
 勇者やに戦い方を指南した張本人よ。


 生きる伝説であるおじいちゃんに、みんな話す時は緊張しちゃうもの。




 ツボから顔を出して声の方を見てみる。


 そこには赤と青と白のマーブル模様のバンダナを頭に巻いた男の子。
 その隣にはお揃いのバンダナの女の子が男の子の左手を繋いで全身から幸せオーラを出しながら歩いてこちらに向かって歩いてきていた


 すぐにその二人がちょっと前に広場で踊っていた二人だと気付いて再び心の中でぐちゃぐちゃと醜い感情が顔を出す。
 あんなに楽しそうにしておいて、あんなに幸せそうにしておいて、なにを不安がる必要があるというのだ。
 あたしだって友達が欲しいわよ
 まわりがあたしを拒絶するのに、どうしてそれを受け入れられようものか




「ふむ。その点の心配はいらんじゃろう。ファンは優しくて恥ずかしがり屋の面白い子じゃ。お前さんと話すのが恥ずかしくて壺の中に慌ててかくれてしまうくらいにのぅ。」
「えっ」
(えっ)


 慌ててツボの中に頭を引っ込める。


 ………おじいちゃんには気づかれてた。
 恥ずかしい………恥ずかしい………恥ずかしい


 生きる伝説っていうだけある。
 ツボの中にいるって気配だけでわかっちゃうんだもの


 ズルいわ。卑怯よ。
 男の子たちは気付いてしまっているかしら。








「むしろリオルがファンを嫌いにならないでやってくれんかのう」


「んー、僕は僕のことを嫌わない人は大抵好きだからなぁ。
 ほら、子供って偏見でモノを言うし、大人をすぐ真似るでしょ?
 僕が居た村じゃごはんを探すために村を歩いていたら周りの大人から石を投げられたもん。それを見た子供たちも、自分たちが正義だと思って僕に石を投げつけた。
 僕はなんにもしてないのにさ。“魔王の子”だってだけでね。
 だから僕は、偏見だけで見られないか、不安で仕方ないんだよ。
 そのファンちゃんって子がシゲ爺をマネしているんだったら、ある程度信用できるかなー。」




(………え?)




 魔王の子?


 どういうこと?


 あの男の子は魔王の子なの?


 もう一度ツボからそっと頭を出してみる。


 よかった、こっちには気づいていないみたいね。
 あたしが見たところ、隣の女の子はとてつもない魔力を感じるけれど、男の子からは何も感じない。
 それに、魔王の子といったら勇者物語などでは邪悪の象徴だ。


 だというのに、男の子からは悪い印象はない。
 むしろ、人に会うことに緊張しているだけというのが伝わってくる。


 体つきは………細い。
 しっかりと食べているのかと不安になるくらいだ。


 たぶん、あたしの方が食べているのではないだろうか。


 そんな子が魔王の子だなど、信じられそうになかった


「ふむ。忌み子という点では、リオルとファンは同じじゃよ。ファンは“ダークエルフ”だからのぅ」




 そう、あたしはダークエルフ。
 忌み嫌われる力をもった災厄のエルフ。


 これを知ったら、たいていの人は裸足で逃げ出す。


 男の子だって同じだ。
 なんで、おじいちゃんはそんなことを見ず知らずの他人に簡単にばらすんだ


 敵わないと知りつつ、おじいちゃんの口の軽さに苛立ちを覚える。


「え? ダークエルフ? 女の子ってダークエルフなの!?」


 リオルと呼ばれた男の子が声をあげる。
 ダークエルフであり、醜い火傷の痕をもつあたしは、人に好かれる要素がない。


 ダークエルフであると知った男の子の反応も、きっと同じだ。
 きっと綺麗な美人を想像していたに違いない。


 でも、あたしはダークエルフだ。その事実は変わらない。


 幻滅したでしょう?
 がっかりしたでしょう?
 怖いでしょう?
 話したくもないでしょう?


 ツボの中で小さく丸まって、ダークエルフだと知った少年の失望の声を待つ。




「うわわわ、びっくりだ!」


 そうよね、びっくりするのは当たり前よ。
 失望するのは当たり前よ。
 あたしは、そういう運命にあるんだもの。


 しかし、そういった卑屈な心の声は、男の子の一言によって打ち砕かれることになった






「―――僕ね、ダークエルフって大好きなんだよ!」









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