受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第68話 ☆シゲ爺の館





『セイッ!』


 正拳突きの掛け声が聞こえる


『セイッ!』


 門下生たちが声を出して拳を突きだす


『セイッ!』


 あたしは、それを隅から見つめていた
 楽しくて見つめているわけじゃない。


 他に視るものもないから、見ているだけだ。


 道場の中には汗の匂いが立ち込める。
 だけどそれは不快な匂いではなく、強くなろうと努力する者が残した結果だ。
 これを不快だと言ってしまえば、努力するものに対する侮辱だろう。


 あたしはそっとその場を後にした






 おじいちゃんの屋敷の目の前には大きな広場。
 いろんな催し物があって、出店やマジックショーなど、客引きに必死だ。


 特設ステージには美少女コンテストなるものを開催しているようで、あたしの不快指数を跳ね上げる


「おじいちゃん。」


 屋敷の中で緑茶を飲んでいたおじいちゃんに声を掛ける。
 門下生に教えているのはおじいちゃんではなく、おじいちゃんの弟子で免許皆伝された師範代の一人だ
 師範代とは文字通り師範の代理。おじいちゃんは今も現役だけれど、今は自由に暮らしている。


「む? なんじゃ?」


 優しそうな顔であたしに向きかえった


「お外行ってくる。」
「ふむ、もうすぐ客が来るのじゃがのう………」


 すこしだけ困ったように髭を撫でる


「だから行って来るのよ。あまり人に会いたくないもの」
「どこまで行くのじゃ」
「泉まで行くわ。お夕飯までには戻ると思う。」


 あたしが泉まで行くことを告げると、納得したように頷いた


「たしかにあそこならば人に見つからずに休めるじゃろう。わかった、行ってきなさい。くれぐれも気をつけるのじゃぞ」


「うん」




 こくりと頷いたあたしは、小さめのコートを着て、ポケットには拳骨当メリケンを入れた


 なんでも、これは赤竜の族長とかいう人があたしのために作ってくれたらしい。
 あたしがもっと小さい時にニルドさんが持って来てくれたけど、今日は赤竜の族長さん、ジンさんが来るって言ってたから、お礼は言いたい。


 怯えられないか、不安で仕方がない。






 広場の方に出ると、あたしと同じくらいの年齢の男の子と女の子が踊っていた。
 頭にはお揃いのバンダナをつけている


 どちらも笑顔だ。




 顔も整っている。




 それを見たとたん、醜い感情があたしの心の中をぐちゃぐちゃと掻きまわす。
 整った顔立ちが憎い。
 なぜ、あたしはこんなんなのに、のうのうと生きているあの子たちは楽しそうに笑っていられるのだろうか
 あたしの境遇を知らないからだ。
 絶望を知らないからだ。
 人と笑える人は、人に拒絶される恐怖を知らないからだ。


 あの子も一度知ってしまえばいい。親に捨てられた屈辱を。
 人に避けられる悲痛を




「いい加減あったまきたのです! マイクはさっさと死ぬべきなのです!」
「やれるもんならやってみろ! 返り討ちにしてやる!」


 近くにはお揃いのニット帽をかぶった10歳くらいの竜人族が騒ぎながら互いの足を蹴っている


 意外とハイレベルの戦いにあたしは足を止めた


 これでもあたしは格闘術にはそれなりに知識はある。
 おじいちゃんと一緒に暮らしているのだもの。


 あたしはただの喧嘩だったら2,3歳年上の男の子にだって勝てるだろう。


 さすがに種族的に腕力は足りないけれど、それなりに格闘術を体得している身としては、多少体格に不利があってもそれを補えるセンスがある。
 あの子たちは日ごろから喧嘩でもしているのか、実力が拮抗しているのか、喧嘩自体が高度なモノとなっていて本人たちの地力の底上げにつながっている


 これは………


「すごい、な」




 ポツリと漏らしてしまう


 竜人族は力が強い。
 力が強い故に、パワー任せの豪快な戦闘になると聞いた。


 だからこそおじいちゃんは力だけでなく、技術を磨いたのだ。
 おじいちゃんは緑竜の族長。名を【シゲマル】という。
 竜人の姿ではシゲ爺と呼ばれ、リョク流格闘武術の師範を務めているほどだ。
 だから、あたしは竜人のパワーについてはよく知っている。


 竜人は力任せでも十分に強いのだが、あの二人は互いに手を繋いで踊っている体裁を崩すことなく地味な足技でお互いを蹴りあっていた


 時には一本背負いみたいに柔術を使うが、技術が互いに高いため決定打には至らないと言う始末
 そして、決して手だけは離さない。
 パワーもそうだが、戦闘技術センスが高い


 一本背負いをされても勢いを殺さずに向きを変えながら転がって勢いを利用し巴投げ。
 しかしやはり手をつないだままなので勢いに自分まで引っ張られて最終的には立った状態に戻り地味な足技へ移行




 踊りながら戦っている。




 それは、勇者と共に戦ったハイエルフの姫君と同じ、おとぎ話のような光景だった




 あの人たちは大人も顔負けな戦いをしていた。


 その近くでそれを苦笑しながら見て踊っているあたしと同い年くらいの男の子と女の子は、互いの癖や特徴が分かっているのか、相手がどういう動きをしたいのかがすでに分かっているかのようなシンクロさで楽しげに踊っていた


 踊っているのは《友の舞》
 周りの人に会わせて踊っているのだが、初めて踊るのか、さまざまなアドリブを効かせており、失敗しても楽しそうに笑っていた




 あれはあれで、うらやましかった。




 あたしも、あんなふうに楽しく生きたい。




「っ!!」




 一瞬、バンダナの男の子と目があった。目が合ってしまった。


―――嫌われる!!


 そう直感したあたしは、その場から逃げ出すように走り出した。
 人でごった返した広場を抜け
 街を駆け抜け
 サザン森林に入り
 泉に駆け込んだ


「………。」


 ここはあたしとおじいちゃんだけが知る秘密基地。
 天然の結界が張ってあり、平衡感覚を狂わせだれも辿りつけさせないあたしだけの場所。




 泉に映る自分の姿。




 オレンジ色の髪を掻きあげ、顔に巻いた包帯を外す。




 そこには醜い醜い火傷の痕。


 顔の右半分がただれてがさがさ。
 右の目蓋はもう閉じることは無い。


 皮膚が突っ張ってまばたきすらできない。
 乾いた瞳は涙を浮かべるも、まばたきができなければ端から雫は零れるばかり




「………寂しいよぉ」




 ポツリとつぶやく。
 その声は誰にも届かず、森の静けさに溶けて消えた






                  ☆






「………?」




 先ほど、元気な女の子が街を駆けて行った


 お祭りだからテンションが上がっているのだろうか。
 まぁいいや。




「さて、そろそろ伯爵の家に行かないとね。伯爵の家に泊まるんなら早めにあいさつしないと」


 ルスカとの円舞ワルツは曲が止まるのと同時にもう終わった。
 次の曲は《告白の唄》とかいう歌だったかな。


「リオ、すきー!」
「僕もルーのことは大好きだよ」


 告白するのにちょっぴり勇気をもらえる唄らしい。
 あといい雰囲気の曲だ。


 うーん、ルスカがべったり好き好きしてくるから、いまさら勇気なんていらないや。


「うがー!」
「がるるるる!」


「はいはい、そこの猛獣二人も。そろそろ切り上げてこっちにおいで。」


 キラケルを手招きしてこちらに呼び寄せる。
 6歳児に注意されるお兄ちゃんたちの図。


 周りの人もキラケルの異常さには気づいているが、耳を見て人間族ではないことはわかっているようだ。


 そう、この世界は耳の形によって種族を見破ることができる。
 僕はやっとそのことに気付いた。


 僕とルスカが髪を隠すのは構わないだろう。
 耳の形が人間族のそれと同じなんだし、神子と魔王の子というのが丸わかりだ。


 これでもし頭に猫耳やウサ耳があったら、そりゃあ黒猫や白兎の獣人だとわかるというわけだ。


 まぁ、黒猫の獣人も、不吉の象徴としてちょっと敬遠されているらしいし、白兎も若干崇拝されている。
 難儀なものだね


 記憶を探る。ラピス君はどうだったかな。ウサ耳は綺麗な薄桃色で瞳は朱いけど、ちょっと記憶があやふやになってきた。たしか髪も薄桃色だった気がするけど。




 閑話休題それはさておき


 実はキラもマイケルも髪を隠す必要は無かったりする。
 人間族以外の黒髪や白髪も、少しは受け入れられているんだよ。


 ちょっと偏見が混じることもあるけどね。


 ならばなぜ今キラやマイケルがニット帽をかぶっているのかというと、一度キラが神子と間違えられて攫われたということと、僕たちとお揃いがいいから、らしいよ。


 どこまでもかわいい弟と妹だね


 隠す必要が無いとわかってから、キラの髪もやや伸ばし始めている。
 ニット帽から白い毛先が見えているが、竜人族だとわかる耳や近くに寄ると鱗があるため、すぐに人間族ではないことは解る


 ルスカや僕だって、こめかみや毛先がちょこっとだけ漏れちゃうことはあるけれど、別にそんなところを凝視する人もいないわけだし、全く問題ない。




「にゃはは、いやー、たのしかったZe☆」
「ふふ、そーですねー、私も楽しめました。ありがとうございます」




 フィアル先生たちも戻ってきた。
 祭りごとってのはやっぱりテンションをあげさせて雰囲気だけで人を楽しませる効果がある。
 二人とも楽しそうだ。


「くっ………」
「今度は勇気を出すのだぞ」


 イズミさんはジンをダンスに誘うタイミングを逃したようで、悔しそうに右手で顔を覆って真っ赤になり、ゼニスに背中を撫でられていた


「さて、祭りも満喫したことだし、シゲ爺の屋敷に向かうとするかにゃ」
「うむ。別に急いではおらんが、挨拶くらいは早めにしておいてもいいだろう。」


 ということで、また屋台めぐりとかするだろうけど、とりあえず緑竜族長のシゲマルの所にあいさつに行くことに。


「して、伯爵の屋敷はどちらに?」
「どちらなの?」


 僕とルスカが首をコテンと捻って尋ねると、「あのでっかいのだ」と指差されたのは、体育館みたいな建物だ。


「………なんじゃありゃ」


 思わず声に出てしまった


「リョク流格闘武術道場。総本山。【シゲ爺の館】だ。」




                  ☆






【シゲ爺の館】は武道館と本館の2つに分かれており、武道館も柔術、棒術、剣術、槍術、斧術、槌術、徒手空拳などなど、いろいろな種類で分かれているらしい。


 武道館は、正直広すぎて地平線が見えるんじゃないかと思う。
 さすがに言いすぎだけど、各種類の武術に、門下生が100人ずつ居ると仮定してみて。


 そりゃあ広くないとやってけないよね。




 まぁ、そんなこんなは今聞いた話であり、まだ武道館にも本館にも入っていないけれど。




「さて、では入るか。みんな、獲物は構えたか?」
「へ? 武器を構える必要があるの?」


 ゼニスが先頭に立って武道館の扉に手を掛ける


 ゼニスが変なことを言うから、僕はあわてて道具袋からちっこい籠手を取り出して右手に嵌める。


 武器じゃなくて僕は防具なんだよなぁ。
 一応、いろんな武器の扱い方などはジンに教わっているけれど、ぶっちゃけ魔法でなんとかしたほうが早いし。
 武器なんかいらないもんね


「ルー」
「大丈夫なの!」


 警杖刃マジックトンファーを構えたルスカ。
 トンファーをいただいた当日に実戦投入ってか。
 ちゃんと扱えるのかな。


 後ろを振り返れば、マイケルは懐かしの木刀。
 キラは練習用の木剣を二本。ミミロに至っては武器が見当たらずおろおろ


「ええっと、キラ。わちきに木剣を一本ほど貸していただきたいのでありますが」
「わかったのです、気が利かずに申し訳なかったのです、おねーさま」
「“おかーさん”であります。」


 妙なやり取りを横目で視つつ、なぜ獲物を構えるのかを不思議に思い質問する


「そもそも本館にはいかないの? なんで武道館に入る必要があるのさ」


「本館に行っても、どうせいないだろうからな。」




 聞けばシゲ爺は格闘武術の師範としてほとんど武道館に居るから、こっちに来た方が早いそうだ。
 そうなのか。じゃあ何のための本館だよ。
 あの広い建物は寝床か? ただの寝床なのか?


 まぁ、まだ明るい時間だから門下生の修行を見ているのだろう。


 それとなぜ武器を構えないといけないのか、その因果関係は全くわからないけれどね


「シゲ爺はいつも、来訪者を試す。私達が今日ここに来ることはすでに知っているはずだ。扉を開けたら襲い掛かってくるぞ。」


「おそっ! マジで!?」
「マジだ。入る前に準備をしておけ。」


 準備!? 準備ってなんの!? 戦闘の!? いやだよ!
 僕は接近戦闘ヘッポコ丸なんだから!


「リオルとルスカが一番最初に入るといい。では、開けるぞ」
「へ? なんで僕が―――」


 抗議する間もなく、ゼニスに押されて扉に押し付けられた
 そして


 ゼニスが手を掛けた扉を開いた瞬間―――襲い掛かられた






         ☆ アルン・リノンSIDE ☆




 武道館の中はやや緊迫した雰囲気に包まれていた。
 これより、シゲ爺の高弟子たちがここにやってきて稽古をつけてもらうのだ。
 緊張しない方がおかしいであろう。


 その前哨戦に、子供たちの戦いが組まれていた。
 そのためリオルやルスカと年齢が近く、なおかつ一番実力のある二人をけしかけることになったのだ


 その二人というのが―――


「いい? リノン。わたしたちは一番小さい子たちを相手にするのよ」
「うん。 アルン。わたしたちは一番小さい子たちを相手にするのね」




 リョク流格闘武術道場の剣術部門。最年少の8歳でありながら10歳児の門下生を圧倒できる実力を持った人間族の双子の姉妹である。


 彼女たちはシゲ爺の言いつけで『道場に入ってきた中で最年少の子供に襲い掛かれ』と言われて待機していた。


 二人は道場の窓からこっそり外をうかがうと、頭にバンダナを巻いた男の子と女の子が居た
 近くには10歳くらいのニット帽をかぶった男女や紫紺色の髪の女の子も居たけれど、それは年上の誰かが相手してくれるだろう。


 だから、彼女たちが相手にするのは―――


「リノン。わたしは男の子のほうをやるわ。」
「アルン。わたしは女の子のほうをやるね。」




 アルンはリオルを
 リノンはルスカを相手にすることに決まってしまった




 周りにいる大人の人たちは師範代が相手すると言っていた。


 大人たちは師範代たちが相手しないといけない程の手練れなのだろうか。
 自分たちはまだ幼く技術も拙い。


 さっさと倒して師範代たちの見学をしよう。
 そう思った。


 今回自分たちがいきなり襲い掛かれと言われたのにはわけがある。
 この道場に来るのは、運動を全くしたことのない初心者、もしくは武術経験があり自信に満ちている人物。


 今回シゲ爺の客として招かれたのはおそらく後者のほう。
 ゆえに、初っ端から「天狗の鼻をへし折ってやれ」と言われていたのだ。


 いきなりの攻撃に対処できないようであれば、道場の敷居をまたぐ資格なし。
 出直してこい、ということだ。


 だが、窓からのぞき見てわかったことは、彼らは自分よりも年下。
 シゲ爺の養女である『ファン』と同い年くらいだろうか。


 そんな幼い子たちに負けるとは微塵も思っていないリノンとアルン。




 しかし、シゲ爺は『全力で掛かれ』と言っていた。


 これは不意打ちどころか正面からかかっても余裕で倒せるだろう。
 しかしシゲ爺が『全力で掛かれ』と言うのであれば全力で掛からねばならないだろう。


 胸の中でご愁傷様と手を合わすアルンとリノン。




 いくら格闘術に覚えがあっても、相手は年下。
 しかもこちらは同年代では誰も相手にならないほどの力を手に入れた有望株。


 勝負の結果など、初めから決まっていたのだ






 武道館に集まっている門下生たちには脇によってもらい、師範代や自分たちが戦いやすいよう場所を広く開けてもらっている




 シゲ爺の知り合いであれば間違いなくこの状況をすでに読んでいる。


 窓から覗いていたアルンとリノンは、男の子が籠手を嵌め、女の子が変わった形状の棒を二本取り出したのが見えた。


 向こうも準備万端なのだろう。
 不意打ちなどという勝った感触を得られない勝負にならずに済みそうだと、相手の力量はどのくらいなのだろうと、これから起きる出来事に思いをはせる。




「おいアルン、リノン。そろそろ入ってくるぞ。配置に付け」


「「はい!!」」




 そこで別の窓から入り口を見ていた師範代に声を掛けられ、木剣を構えて扉が開くのを待つ
 相手は格下と言えど、もしかしたら実力者かもしれない。
 年下でも、『ファン』のような規格外だったならば、自分はやられるだろう。
 しかし、そんなものは例外に過ぎない。
 年下だから。格下だからと言って相手を見くびり、痛い目に遭うのは惨めなのだ。
 相手への期待を募らせて呼吸を整え、二人は前を向く。


「「……………。」」


 ギィ、と外の陽光を浴びて目を細める。
 そこから出てきたのは、バンダナの男の子。


 アルンの相手だった。
 男の子はこちらの姿を確認すると、人懐っこそうな笑みをみせ


「あ、こんにち――」
「やああああ!!!」


 問答無用とばかりに木剣を上段に構えて突っ込んだ


「ひぃぅ!」


 それを見た男の子の表情は一瞬にして引きつり、情けない悲鳴を上げ、右手に嵌めた籠手を顔の前に掲げて硬直する


 あれ? とアルンは首を捻る


 ここに来るのは多少武術を齧った程度の鼻っ柱のなっがいお子様かと思っていたら、武術経験もなさそうな“おこちゃま”だったらしい


 しかもよく見れば、ギュッと目を閉じてしまっている。
 これでは相手がどういう行動を取るか見ることすらできない。


 避けるという行動を放棄したその『攻撃を受け入れる』姿に、アルンは怒りを感じた


 そんな姿でリョク流道場の敷居を跨ごうなど、冷やかしにしてもタチが悪い


 アルンは勢いに任せて木剣を振りおろし、籠手を下方に落とした
 顔のガードを失った男の子は、ギュッと閉じた目を見開き、防御の術を失ったことを悟ったらしい


 しかし、もう遅い。
 アルンはすでに次の動作に移っていた。


 アルンは小柄な女の子。相手がでかい隙を作っているとわかった瞬間、野球のバットのように木剣を振りぬき、男の子の腹に木剣を打ち当てた


「ゴッ………!」


 あまりの手ごたえの無さにアルンは先ほどの期待と緊張がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえた
 シゲ爺が『全力で掛かれ』とまで言ったほどの相手が、まさかこんなに簡単にやられるとは、思いもしなかった。


 年下とはいえ、武術に経験があれば初撃はしっかり避けるか受け流し、それに続く渾身の一撃を腹に受けることもなかっただろう。


 これが真剣であったなら、男の子の腹は半分ほど掻っ捌かれ、臓物があふれ出ていた事になる


 まず、きちんと目を開いていさえすれば、対処できなくはない攻撃のはずなのだ。
 なんせ自分はまだ8歳。大人の眼から見れば、自分の攻撃はすべて見切られるし、当たってもハエの止まったような攻撃だ。
 眼さえ見えていれば、対処できないわけではないのだ




 8歳児とはいえ、その全力の振り抜きを受けた男の子は身体3つ分ほど後ろに下がり、膝をついた


「ゲホッ! ゴホッ! おえっ………」


 口元に手を持って行き、吐きはしないものの気分悪そうに涙目で項垂れた


「え、よわい………」




 それがアルンの第一印象であった。



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