受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第60話 その時のリオル。
時はほんの少しだけさかのぼる。
☆ リオルSIDE ☆
初めは、自分の目の前で起こっていることが信じられなかった
「下がれってマイケル! 下がれええええええええええ!!」
鉄鉱石竜が“黒いオーラ”をだし、腕を振りかぶったにもかかわらず、マイケルが僕の指示を無視していたのだ
『―――うるさい! おれがやるんだあああああああ!!』
木刀を右手一本で構えたマイケルが、メタルドラゴンに突っ込んでいき―――
『GYAAAAAAAAAAAAA!!!』
『たぁ!』
―――バキャッ!
迫りくる爪の猛攻を木刀一本で受けた
その小さな体躯では弾き飛ばされて終わりのはずだが、その足は大地をしっかりと踏みしめて攻撃を受け止めていた
「マジかよ………」
僕は呆然と呟く。
ジンとの通信中、マイケルは僕の言うことを無視して鉄鉱石竜に飛びかかっていた
あの“黒いオーラ”を纏っている、おそらく本気になったということなのだろう。
あれの一撃を受けたらひとたまりもないはずだ。
だから僕はマイケルに下がれと叫んだ。
しかし、マイケルはそれを無視して、獰猛な笑みを見せながら爪を受け止めて見せたのだ
まさかマイケルが“黒いオーラ”を纏った一撃を受け切れるとは思わなかった。
『おれが………おれがまもらないと、にーちゃんはしんじゃうんだ。
ねーちゃんも、みみろおねーちゃんも、るすかおねーちゃんも!!』
不可視の糸でつながった僕に、マイケルの消え入りそうなつぶやきが聞こえる
なに、言っているんだよ、マイケル………
………マイケルは、必死だったんだ。
糸を通して、僕の元にマイケルの恐怖心、そして深い慈愛を感じた瞬間だった。
僕たちを守るために、この鉄鉱石竜から注意を自分に引き付けて、最後まで自分の役目を守るために。
『ぜんぶ、ぜんぶおれがまもるんだあああああああああ!!!』
木刀を正面に構えたマイケルは、自分の恐怖する心を偽るように大きく叫んだ。
声と同様、その姿は僕には大きく見えた。
その小さな体躯で、鉄鉱石竜のドテッ腹に重たい一撃をぶちかました
おいおい、かっちょいいじゃん、マイケル。
不覚にもちょっとだけうるっとしちゃったじゃん。
木刀は、本当にただの木刀だ。
だが、その木刀を作ったのは、ジンである。
生命力の強いケリーの木を圧密木材にして作られた至高の一品だ。
より重く、厚く、堅く作られた木刀は、たとえ象に踏まれても決して曲がることのない最強の木刀の魔剣となっていたのだ
生命力の強いケリーの木を材料とすることで、木刀に自動修復の機能さえついている始末だ
………木刀にすらここまでの機能を付けるって、ジンはやっぱりすごいなぁ
『うぎぎぎぎ!!! やああああああああ!!!』
それに、マイケルも大概におかしかった。
鉄鉱石竜が纏っている“黒いオーラ”とは規格は小さいが、まったく同じオーラを木刀に纏わせていた
今もマイケルの一太刀が鉄鉱石竜の鱗一枚にひびを入れた
イズミさんほどの威力は無いが、それでも鉄鉱石竜にダメージを与えられているのがすごい
『G……………』
糸で情報を集めていると、鉄鉱石竜が息を吸い込んでいるのが見えた
「ブレスが来るよ! キラ、任せたからね!」
『はいなのです!―――マイク、こっちにくるのです!』
キラが持ち前のスピードで素早くマイケルの側に寄り、マイケルの盾となるように前に出る。
ちなみに僕はそこにはいない。糸魔法で視覚情報を立体的かつ俯瞰的に把握し、できる限り時間稼ぎに最適な指示を出していた。
僕は姿を現すわけにはいかないからね。
この鉄鉱石竜は知らないけど、なんせ今までの鉄鉱石竜は僕が目的みたいだし。
こいつだけ違うとは限らないだろう。
キラもきちんと戦闘に貢献してくれている
キラも同時に息を吸い込み、ブレスの姿勢に入る
白竜のブレスは【浄化吐息】
体格が小さいからか、大規模なブレスを吐くことは出来ないけれど、白竜のブレスは石化吐息を相殺&浄化浸食してくれるというトンデモ効果があった
さらには、キラのブレスの届く範囲に居れば石化の心配なし。
僕が障害物を作ってブレスを逸らす必要がない
当たったところで、キラのブレスで石化の状態異常は解ける
今の僕たちのパーティはこうだ
僕が司令塔(不在)
マイケルが前衛
キラが遊撃(回避盾)と補助
ルスカがヒーラーと支援
ミミロがシーフ&参謀(不在)
はっきり言ってバランスは悪い。
こんなガタガタのパーティがあるだろうか。
こんな巨体と戦っているんだ。イズミさんレベルの前衛があと30人とマイケルやキラ並の盾役が20人くらい欲しい。
あと相手が悪い。
ついでに言えば、僕が司令塔なんて人選ミスとしか言いようがない。
正直、僕よりもミミロの方が頭が切れるしね。
はあ………。まさか魔界の生き物というクライマックスで出てくるような生き物なのに、そこのボス級の強さを持った敵が現れるなんて………。
だけど、一応足止めは出来ている
それは、僕たちが幼いとはいえ規格外だからというほかない。
ただの人間だったらかちあった瞬間、ジャムのおっさんのように食われておしまいだ。
でも、ジンはこいつを単騎で仕留められる実力があるんだ。
僕たちだって、最低でも逃げ切るくらいはしないとだめだよね!
「リオ殿! ここがちょうどよさそうであります! ここの崖下に例の鉄杭を所望します!」
キラがブレスを受けているのを糸魔法で把握している間に、ミミロが僕に話しかけてきた
この糸魔法の念話があるのとないのでは連携にかなりの差が出る
糸魔法さまさまだ。
僕とミミロはマイケルたちとは別行動で罠を張ってもらうために動いていた。
だから僕が司令塔をしているんだよね。
一番安全であろうところで一番思考に余裕も持っている立場なのが僕だから。
それに、糸魔法による空間把握で状況を一番理解しているのは僕だということもある。
「おーけぃ! 【鋼鉄杭・毒風味】!!」
僕は糸の先端から魔法を放ち、鉄鉱石竜に気付かれぬよう土魔法で崖下に巨大な鉄杭を何十本も立てる。
崖下を見ると、地面からから強靭な鉄杭が大量に生えていた。
うん。いい感じの仕上がりだ。
ミミロは心底意地の悪い罠を張るのが巧い。
今回は僕の無駄魔力をふんだんに根こそぎ使った作戦を実施中だ。
もちろん、鉄杭だって簡単に引っこ抜けるように作る気は無いので、いくつもの“返し”を作るのも忘れない
さらにこの鉄杭は毒風味。糸魔法を駆使して先端には鉱山に来る前にジンからもらった『藍竜族長・アドミラ』の髪の毛をくくりつけている。
くくりつけてから魔力を通して硬くするのを忘れない。
“藍竜”とは、沼地に竜の里を構える毒の特性を持った色竜だ。
即効とか贅沢は言わないが、さすがに竜の毒は効くだろう。
そういえば、鉄鉱石竜にはどういうわけか、闇魔法の耐性が付いているため、闇魔法の効きが弱い
だが、上空から大岩を落とした時のように、いい感じに重力加速の威力を乗せることができればある程度ダメージは通る。
そのことからいろいろな魔法をぶつけてみてわかったことがある
鉄鉱石竜は火属性の魔法と土属性の魔法、貫通系の魔法は意外と通る。
実際、黒いオーラを纏った鉄鉱石竜の尻尾を焼け爛れさせ、鉄鋼砲弾を暴発させたのだって、火魔法の力だったしね。
黒いオーラさえなければ、今度はみんなが力を合わせれば倒せないこともないだろう。
厄介なのが黒いオーラ。魔法も物理攻撃も大体弾くという優れもの。
そういう能力はチートもちの主人公にでもあげておきなさいっての。
風と水の属性は相性が悪かった。相手が石なら何とかなったかもしれないけど、鉄鉱石の竜だ。
ルスカの膨大な魔力をつぎ込むことによって相手を一瞬だけのけぞらせることは可能だろうけど、一発限りだろう。
一応光魔法も通るのだが、妙な金属光沢のせいで反射してうまくダメージが通らない。
今回はルスカの出番はあまりなさそうだ。
んでもって、さすがに毒の耐性は無いんじゃないかとおもったわけですよ。
体内に毒を埋め込まれたら、さすがに死ぬんじゃないかなー。ってね。
「よし、できた! こっちは準備完了だよ!」
ということで、今回ばかりはお兄ちゃんにいいところを見させてくれよ。
バッファローに負けたり盗賊相手に悪手盛りだくさんだなんて間抜けはここにはいないんだ!
キラのブレスが石化吐息をすべて浄化浸食し終えると、僕はマイケルたちに行動指示を開始する
「ルスカ!」
『っ! 《ヘビーフォグ》!!』
「よし! 全員、すぐこっちに来て!」
キラケルと僕たちの中間地点に居るルスカが視界阻害魔法の【濃霧】を使い、ここらの岩場全体に霧が立ち込める
同時にマイケルとキラは鉄鉱石竜から距離を取り、先を行くルスカの後に続く。
行く先はもちろん僕とミミロの居る方向だ。
ルートはすでに打ち合わせ済み。
ちなみにだけど、ミミロと罠の設置場所を探していたついでに、鉄鉱石竜側から見て最後の下り坂、周囲10mに渡り闇魔法と土魔法で石ころの一つも浮き出ない。ボウリングができる程、地面をまっ平らにしておいた。
これはミミロが面白いアイデアトラップを考え出したため、僕も悪乗りして完璧に仕上げたものだ。
入り組んだ広い岩場を平らにするなど魔力の無駄遣いと言われようが関係ない。魔力は使ってなんぼだ。
最後の仕上げとして、少しばかり傾斜のある即席ボウリング場に、円柱型の鉄柱を地面に何本も土魔法で作りだし、鉄鉱石竜の体重でストッパーが折れて外れ、仕掛けが作動するようにセッティング。
この鉄柱は加速装置というか、ローラーだ。
概要は簡単。鉄柱を踏みつけた鉄鉱石竜は自分の重さのせいで鉄柱の上でころころツルツルと傾斜にそって崖下の剣山に叩き落とそうというもの。
ほら、イースター島のモアイ像を運ぶときだって何本も木を丸く切って地面に並べて置き、下の木をころころ転がして移動させるでしょ?
いくら巨体でも、移動させる手段は存在するんだよ。
かなり大がかりだけどね。
ミミロめ、よくこんな面白い最終トラップを考え付いたな。
聞けば、馬車の中で僕が竹取物語と同時に話した昔話の『おむすびころころ』から今回の作戦に結びつけたそうだ。
なんだってー!
おっと、現在マイケルたちが逃げているのは広い道だ、だが鉄鉱石竜にとっては入り組んでいて崖や大岩が多い場所で。
上り下りも激しい。
つまりは、ミミロが大規模なトラップを張るのに絶好のポジションである。
もし、本能的にマイケルたちを追って来ようとしたら―――
―――ピンッ
ガラガラドガガガガガガ!!!!
こんなふうに、ミミロが設置したブービートラップが作動して、鉄鉱石竜の脳天に大岩の流星群が炸裂する
もちろん、僕が事前に闇の魔法を付与して重さが50倍の大岩たちだ。
僕が作成した大岩よりも1/4くらい小ぶりのものだったので、大岩一つ一つの重さは300kg程度だっただろう。
それを50倍。それを20個
いくら超巨体とはいえ、さすがの鉄鉱石竜だって、ダメージは通るだろう
これがミミロトラップその1『頭上注意』である。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
絶叫。
苦痛に苦しむその絶叫に、僕はゾクゾクと鳥肌を立てた
効いた、ミミロの仕掛けた罠が効いた!
角はひしゃげ、頭蓋は陥没し、鮮やかな光沢を放っていた頭頂部の鉄鋼鱗は剥がれ落ちてしまい、その美しさを芸術的なまでに台無しに仕上げていた
「アハ! いい気味だね!」
「うゅ………リオ、げんきなの」
いつの間にか僕の近くにまで来ていたルスカが若干引き気味に声を掛けた
うん。なんだか知らないけど、ドラゴンを殺す時も、人を殺す時も、盗賊を殺した時だって、なにかしらの命を刈り取るときは頭の中が妙にスッキリして気持ちがいいんだよね。
危ない兆候かもしれない。
でも、僕はその快感に身をゆだねて快楽殺人に走るつもりはない。
そこまで僕は落ちちゃいないよ。
「ルー、元気なのはいいことだよ。寝たきりすずめな僕を想像してごらん? いやでしょ?」
「リオ、すずめさんなの? かわいいと思うの!」
「Oh………」
ちなみに、あのブービートラップは、トラップが重すぎて鉄鉱石竜が引っ張らないと作動しない仕組み。
使用したロープは僕の糸をロープ状の太さで何本も生成し、編みこんでしめ縄並に極太にして作った特別性だ。おかげでごっそり魔力を持ってかれた。総魔力量の2/3くらい。
ルスカが霧を発生させていなかったら、罠の位置、それに僕の極太のしめ縄を見破られて罠が看破されていた。
見つかるわけにはいかないんだ。慎重にしないとね。
一発限りのトラップなんで、トラップが作動した瞬間、糸を回収する。
糸魔法は僕の身体から離れると魔素になって霧散しちゃうからね。
回収はエコロジーの基本さ!
リデュースリユースリサイコー。MOTTAINAI精神だよっ!
もちろん、僕から罠が繋がっていたから鉄鉱石竜の目の前に顔を出すなんて愚かな真似はしなかったんだよ。
そんなことしたら罠の所在がばれちゃう。糸と僕は一心同体!
落石トラップに使用した糸を回収したら魔力量が一気に回復した。
今度はこちらに向かってこさせるために、僕はあえて鉄鉱石竜の視界の先に姿現す
さてと、ここからは僕の出番だ。挑発して、おびき出す!!
巧いこと僕たちの罠に引っかかってくれた鉄鉱石竜に対し、満面の笑みを作り、いつもの皮肉が自然と口から跳び出してしまう。
「―――アハ! 怒った? 怒っちゃった? でもね、僕はそれ以上に怒っているんだよ! 白黒やルスカを食おうとした罪は億死に値する、許されるとは思わないでね!―――【投擲鉄槍】!!」
勢いよく僕の足元から跳び出した【投擲鉄槍】によって、肩口の鱗を穿つことに成功した
やはり足止め中に検証した通り、貫通系の魔法は鉄鉱石竜には通用する。
もしかして、勝てるのではないか?
僕はそういう疑惑を持った。
となれば、自分とミミロが仕掛けた罠が生きる、活路が見えた。
さらに、いつの間にやら鉄鉱石竜を包んでいた“黒いオーラ”が消えている。
これは………
―――勝てる!
すぐさま疑惑は確信に変わった。
距離が50mくらい離れていることもあり、貫通には至らないのが残念だ。
射出スピードを速められないか、要検証だね。
こちらのペースに持ち込めていることに安堵し、いくらか心に余裕が産まれた。
時間稼ぎをしているだけで、ジンがここにやってきてくれるという目論見もある。
緊急事態には変わりないけど、勝機があるだけで心の持ち方が全然違う。
心に余裕が生まれると、同時にふつふつと怒りも湧いてきた。
僕たちの冒険者として最初の依頼をパーにされた怨み。
せっかく仲良くなれた、ジャムのおっさんの死。
それらの負の感情は僕の心の奥底でぐつぐつとにたぎって凝縮され、全部を八つ当たりで目の前の鉄鉱石竜にぶつけるためにため込む。
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
濃霧の中で、怒りに狂った焦点の合わない視線を僕に向ける鉄鉱石竜
周りが見えていないなら好都合。
ミミロトラップその2にて究極。馬車の中で話した昔話とおふざけから生まれた最高傑作。『鉄鉱石竜ころころ』
罠を張る時間がなかったからこの二つしか作っていない。
発動しちゃえ!!
ここからは完全に僕たちのペースだ
もう何も怖くない
「みんな、準備できたよ! 僕とミミロのアホらしく大胆な作戦に恐れおののけバカトカゲ! 【暗幕】!!」
こうして、少々予定外なこともあったが作戦通りにうまいこと鉄鉱石竜が罠にはまり、鉄鉱石竜を串刺しにすることができた。
☆ リオルSIDE ☆
初めは、自分の目の前で起こっていることが信じられなかった
「下がれってマイケル! 下がれええええええええええ!!」
鉄鉱石竜が“黒いオーラ”をだし、腕を振りかぶったにもかかわらず、マイケルが僕の指示を無視していたのだ
『―――うるさい! おれがやるんだあああああああ!!』
木刀を右手一本で構えたマイケルが、メタルドラゴンに突っ込んでいき―――
『GYAAAAAAAAAAAAA!!!』
『たぁ!』
―――バキャッ!
迫りくる爪の猛攻を木刀一本で受けた
その小さな体躯では弾き飛ばされて終わりのはずだが、その足は大地をしっかりと踏みしめて攻撃を受け止めていた
「マジかよ………」
僕は呆然と呟く。
ジンとの通信中、マイケルは僕の言うことを無視して鉄鉱石竜に飛びかかっていた
あの“黒いオーラ”を纏っている、おそらく本気になったということなのだろう。
あれの一撃を受けたらひとたまりもないはずだ。
だから僕はマイケルに下がれと叫んだ。
しかし、マイケルはそれを無視して、獰猛な笑みを見せながら爪を受け止めて見せたのだ
まさかマイケルが“黒いオーラ”を纏った一撃を受け切れるとは思わなかった。
『おれが………おれがまもらないと、にーちゃんはしんじゃうんだ。
ねーちゃんも、みみろおねーちゃんも、るすかおねーちゃんも!!』
不可視の糸でつながった僕に、マイケルの消え入りそうなつぶやきが聞こえる
なに、言っているんだよ、マイケル………
………マイケルは、必死だったんだ。
糸を通して、僕の元にマイケルの恐怖心、そして深い慈愛を感じた瞬間だった。
僕たちを守るために、この鉄鉱石竜から注意を自分に引き付けて、最後まで自分の役目を守るために。
『ぜんぶ、ぜんぶおれがまもるんだあああああああああ!!!』
木刀を正面に構えたマイケルは、自分の恐怖する心を偽るように大きく叫んだ。
声と同様、その姿は僕には大きく見えた。
その小さな体躯で、鉄鉱石竜のドテッ腹に重たい一撃をぶちかました
おいおい、かっちょいいじゃん、マイケル。
不覚にもちょっとだけうるっとしちゃったじゃん。
木刀は、本当にただの木刀だ。
だが、その木刀を作ったのは、ジンである。
生命力の強いケリーの木を圧密木材にして作られた至高の一品だ。
より重く、厚く、堅く作られた木刀は、たとえ象に踏まれても決して曲がることのない最強の木刀の魔剣となっていたのだ
生命力の強いケリーの木を材料とすることで、木刀に自動修復の機能さえついている始末だ
………木刀にすらここまでの機能を付けるって、ジンはやっぱりすごいなぁ
『うぎぎぎぎ!!! やああああああああ!!!』
それに、マイケルも大概におかしかった。
鉄鉱石竜が纏っている“黒いオーラ”とは規格は小さいが、まったく同じオーラを木刀に纏わせていた
今もマイケルの一太刀が鉄鉱石竜の鱗一枚にひびを入れた
イズミさんほどの威力は無いが、それでも鉄鉱石竜にダメージを与えられているのがすごい
『G……………』
糸で情報を集めていると、鉄鉱石竜が息を吸い込んでいるのが見えた
「ブレスが来るよ! キラ、任せたからね!」
『はいなのです!―――マイク、こっちにくるのです!』
キラが持ち前のスピードで素早くマイケルの側に寄り、マイケルの盾となるように前に出る。
ちなみに僕はそこにはいない。糸魔法で視覚情報を立体的かつ俯瞰的に把握し、できる限り時間稼ぎに最適な指示を出していた。
僕は姿を現すわけにはいかないからね。
この鉄鉱石竜は知らないけど、なんせ今までの鉄鉱石竜は僕が目的みたいだし。
こいつだけ違うとは限らないだろう。
キラもきちんと戦闘に貢献してくれている
キラも同時に息を吸い込み、ブレスの姿勢に入る
白竜のブレスは【浄化吐息】
体格が小さいからか、大規模なブレスを吐くことは出来ないけれど、白竜のブレスは石化吐息を相殺&浄化浸食してくれるというトンデモ効果があった
さらには、キラのブレスの届く範囲に居れば石化の心配なし。
僕が障害物を作ってブレスを逸らす必要がない
当たったところで、キラのブレスで石化の状態異常は解ける
今の僕たちのパーティはこうだ
僕が司令塔(不在)
マイケルが前衛
キラが遊撃(回避盾)と補助
ルスカがヒーラーと支援
ミミロがシーフ&参謀(不在)
はっきり言ってバランスは悪い。
こんなガタガタのパーティがあるだろうか。
こんな巨体と戦っているんだ。イズミさんレベルの前衛があと30人とマイケルやキラ並の盾役が20人くらい欲しい。
あと相手が悪い。
ついでに言えば、僕が司令塔なんて人選ミスとしか言いようがない。
正直、僕よりもミミロの方が頭が切れるしね。
はあ………。まさか魔界の生き物というクライマックスで出てくるような生き物なのに、そこのボス級の強さを持った敵が現れるなんて………。
だけど、一応足止めは出来ている
それは、僕たちが幼いとはいえ規格外だからというほかない。
ただの人間だったらかちあった瞬間、ジャムのおっさんのように食われておしまいだ。
でも、ジンはこいつを単騎で仕留められる実力があるんだ。
僕たちだって、最低でも逃げ切るくらいはしないとだめだよね!
「リオ殿! ここがちょうどよさそうであります! ここの崖下に例の鉄杭を所望します!」
キラがブレスを受けているのを糸魔法で把握している間に、ミミロが僕に話しかけてきた
この糸魔法の念話があるのとないのでは連携にかなりの差が出る
糸魔法さまさまだ。
僕とミミロはマイケルたちとは別行動で罠を張ってもらうために動いていた。
だから僕が司令塔をしているんだよね。
一番安全であろうところで一番思考に余裕も持っている立場なのが僕だから。
それに、糸魔法による空間把握で状況を一番理解しているのは僕だということもある。
「おーけぃ! 【鋼鉄杭・毒風味】!!」
僕は糸の先端から魔法を放ち、鉄鉱石竜に気付かれぬよう土魔法で崖下に巨大な鉄杭を何十本も立てる。
崖下を見ると、地面からから強靭な鉄杭が大量に生えていた。
うん。いい感じの仕上がりだ。
ミミロは心底意地の悪い罠を張るのが巧い。
今回は僕の無駄魔力をふんだんに根こそぎ使った作戦を実施中だ。
もちろん、鉄杭だって簡単に引っこ抜けるように作る気は無いので、いくつもの“返し”を作るのも忘れない
さらにこの鉄杭は毒風味。糸魔法を駆使して先端には鉱山に来る前にジンからもらった『藍竜族長・アドミラ』の髪の毛をくくりつけている。
くくりつけてから魔力を通して硬くするのを忘れない。
“藍竜”とは、沼地に竜の里を構える毒の特性を持った色竜だ。
即効とか贅沢は言わないが、さすがに竜の毒は効くだろう。
そういえば、鉄鉱石竜にはどういうわけか、闇魔法の耐性が付いているため、闇魔法の効きが弱い
だが、上空から大岩を落とした時のように、いい感じに重力加速の威力を乗せることができればある程度ダメージは通る。
そのことからいろいろな魔法をぶつけてみてわかったことがある
鉄鉱石竜は火属性の魔法と土属性の魔法、貫通系の魔法は意外と通る。
実際、黒いオーラを纏った鉄鉱石竜の尻尾を焼け爛れさせ、鉄鋼砲弾を暴発させたのだって、火魔法の力だったしね。
黒いオーラさえなければ、今度はみんなが力を合わせれば倒せないこともないだろう。
厄介なのが黒いオーラ。魔法も物理攻撃も大体弾くという優れもの。
そういう能力はチートもちの主人公にでもあげておきなさいっての。
風と水の属性は相性が悪かった。相手が石なら何とかなったかもしれないけど、鉄鉱石の竜だ。
ルスカの膨大な魔力をつぎ込むことによって相手を一瞬だけのけぞらせることは可能だろうけど、一発限りだろう。
一応光魔法も通るのだが、妙な金属光沢のせいで反射してうまくダメージが通らない。
今回はルスカの出番はあまりなさそうだ。
んでもって、さすがに毒の耐性は無いんじゃないかとおもったわけですよ。
体内に毒を埋め込まれたら、さすがに死ぬんじゃないかなー。ってね。
「よし、できた! こっちは準備完了だよ!」
ということで、今回ばかりはお兄ちゃんにいいところを見させてくれよ。
バッファローに負けたり盗賊相手に悪手盛りだくさんだなんて間抜けはここにはいないんだ!
キラのブレスが石化吐息をすべて浄化浸食し終えると、僕はマイケルたちに行動指示を開始する
「ルスカ!」
『っ! 《ヘビーフォグ》!!』
「よし! 全員、すぐこっちに来て!」
キラケルと僕たちの中間地点に居るルスカが視界阻害魔法の【濃霧】を使い、ここらの岩場全体に霧が立ち込める
同時にマイケルとキラは鉄鉱石竜から距離を取り、先を行くルスカの後に続く。
行く先はもちろん僕とミミロの居る方向だ。
ルートはすでに打ち合わせ済み。
ちなみにだけど、ミミロと罠の設置場所を探していたついでに、鉄鉱石竜側から見て最後の下り坂、周囲10mに渡り闇魔法と土魔法で石ころの一つも浮き出ない。ボウリングができる程、地面をまっ平らにしておいた。
これはミミロが面白いアイデアトラップを考え出したため、僕も悪乗りして完璧に仕上げたものだ。
入り組んだ広い岩場を平らにするなど魔力の無駄遣いと言われようが関係ない。魔力は使ってなんぼだ。
最後の仕上げとして、少しばかり傾斜のある即席ボウリング場に、円柱型の鉄柱を地面に何本も土魔法で作りだし、鉄鉱石竜の体重でストッパーが折れて外れ、仕掛けが作動するようにセッティング。
この鉄柱は加速装置というか、ローラーだ。
概要は簡単。鉄柱を踏みつけた鉄鉱石竜は自分の重さのせいで鉄柱の上でころころツルツルと傾斜にそって崖下の剣山に叩き落とそうというもの。
ほら、イースター島のモアイ像を運ぶときだって何本も木を丸く切って地面に並べて置き、下の木をころころ転がして移動させるでしょ?
いくら巨体でも、移動させる手段は存在するんだよ。
かなり大がかりだけどね。
ミミロめ、よくこんな面白い最終トラップを考え付いたな。
聞けば、馬車の中で僕が竹取物語と同時に話した昔話の『おむすびころころ』から今回の作戦に結びつけたそうだ。
なんだってー!
おっと、現在マイケルたちが逃げているのは広い道だ、だが鉄鉱石竜にとっては入り組んでいて崖や大岩が多い場所で。
上り下りも激しい。
つまりは、ミミロが大規模なトラップを張るのに絶好のポジションである。
もし、本能的にマイケルたちを追って来ようとしたら―――
―――ピンッ
ガラガラドガガガガガガ!!!!
こんなふうに、ミミロが設置したブービートラップが作動して、鉄鉱石竜の脳天に大岩の流星群が炸裂する
もちろん、僕が事前に闇の魔法を付与して重さが50倍の大岩たちだ。
僕が作成した大岩よりも1/4くらい小ぶりのものだったので、大岩一つ一つの重さは300kg程度だっただろう。
それを50倍。それを20個
いくら超巨体とはいえ、さすがの鉄鉱石竜だって、ダメージは通るだろう
これがミミロトラップその1『頭上注意』である。
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
絶叫。
苦痛に苦しむその絶叫に、僕はゾクゾクと鳥肌を立てた
効いた、ミミロの仕掛けた罠が効いた!
角はひしゃげ、頭蓋は陥没し、鮮やかな光沢を放っていた頭頂部の鉄鋼鱗は剥がれ落ちてしまい、その美しさを芸術的なまでに台無しに仕上げていた
「アハ! いい気味だね!」
「うゅ………リオ、げんきなの」
いつの間にか僕の近くにまで来ていたルスカが若干引き気味に声を掛けた
うん。なんだか知らないけど、ドラゴンを殺す時も、人を殺す時も、盗賊を殺した時だって、なにかしらの命を刈り取るときは頭の中が妙にスッキリして気持ちがいいんだよね。
危ない兆候かもしれない。
でも、僕はその快感に身をゆだねて快楽殺人に走るつもりはない。
そこまで僕は落ちちゃいないよ。
「ルー、元気なのはいいことだよ。寝たきりすずめな僕を想像してごらん? いやでしょ?」
「リオ、すずめさんなの? かわいいと思うの!」
「Oh………」
ちなみに、あのブービートラップは、トラップが重すぎて鉄鉱石竜が引っ張らないと作動しない仕組み。
使用したロープは僕の糸をロープ状の太さで何本も生成し、編みこんでしめ縄並に極太にして作った特別性だ。おかげでごっそり魔力を持ってかれた。総魔力量の2/3くらい。
ルスカが霧を発生させていなかったら、罠の位置、それに僕の極太のしめ縄を見破られて罠が看破されていた。
見つかるわけにはいかないんだ。慎重にしないとね。
一発限りのトラップなんで、トラップが作動した瞬間、糸を回収する。
糸魔法は僕の身体から離れると魔素になって霧散しちゃうからね。
回収はエコロジーの基本さ!
リデュースリユースリサイコー。MOTTAINAI精神だよっ!
もちろん、僕から罠が繋がっていたから鉄鉱石竜の目の前に顔を出すなんて愚かな真似はしなかったんだよ。
そんなことしたら罠の所在がばれちゃう。糸と僕は一心同体!
落石トラップに使用した糸を回収したら魔力量が一気に回復した。
今度はこちらに向かってこさせるために、僕はあえて鉄鉱石竜の視界の先に姿現す
さてと、ここからは僕の出番だ。挑発して、おびき出す!!
巧いこと僕たちの罠に引っかかってくれた鉄鉱石竜に対し、満面の笑みを作り、いつもの皮肉が自然と口から跳び出してしまう。
「―――アハ! 怒った? 怒っちゃった? でもね、僕はそれ以上に怒っているんだよ! 白黒やルスカを食おうとした罪は億死に値する、許されるとは思わないでね!―――【投擲鉄槍】!!」
勢いよく僕の足元から跳び出した【投擲鉄槍】によって、肩口の鱗を穿つことに成功した
やはり足止め中に検証した通り、貫通系の魔法は鉄鉱石竜には通用する。
もしかして、勝てるのではないか?
僕はそういう疑惑を持った。
となれば、自分とミミロが仕掛けた罠が生きる、活路が見えた。
さらに、いつの間にやら鉄鉱石竜を包んでいた“黒いオーラ”が消えている。
これは………
―――勝てる!
すぐさま疑惑は確信に変わった。
距離が50mくらい離れていることもあり、貫通には至らないのが残念だ。
射出スピードを速められないか、要検証だね。
こちらのペースに持ち込めていることに安堵し、いくらか心に余裕が産まれた。
時間稼ぎをしているだけで、ジンがここにやってきてくれるという目論見もある。
緊急事態には変わりないけど、勝機があるだけで心の持ち方が全然違う。
心に余裕が生まれると、同時にふつふつと怒りも湧いてきた。
僕たちの冒険者として最初の依頼をパーにされた怨み。
せっかく仲良くなれた、ジャムのおっさんの死。
それらの負の感情は僕の心の奥底でぐつぐつとにたぎって凝縮され、全部を八つ当たりで目の前の鉄鉱石竜にぶつけるためにため込む。
『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
濃霧の中で、怒りに狂った焦点の合わない視線を僕に向ける鉄鉱石竜
周りが見えていないなら好都合。
ミミロトラップその2にて究極。馬車の中で話した昔話とおふざけから生まれた最高傑作。『鉄鉱石竜ころころ』
罠を張る時間がなかったからこの二つしか作っていない。
発動しちゃえ!!
ここからは完全に僕たちのペースだ
もう何も怖くない
「みんな、準備できたよ! 僕とミミロのアホらしく大胆な作戦に恐れおののけバカトカゲ! 【暗幕】!!」
こうして、少々予定外なこともあったが作戦通りにうまいこと鉄鉱石竜が罠にはまり、鉄鉱石竜を串刺しにすることができた。
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