受難の魔王 -転生しても忌子だった件-
第59話 僕とミミロのアホらしく大胆な作戦
★ ジャックSIDE ★
ジャックは焦燥に駆られていた。
肉体を支配した鉄鉱石竜で、早い所魔王の子を追いたい。
なのにずっと竜人のイズミがそれを邪魔する。
確かに戦闘は楽しかった。楽しかったのだが、いい加減、イズミの攻撃にも飽きてきた所だった。
その時である
(―――ん? 起きたか。)
ジャックが【軌跡陣】を繋いでいた鉄鉱石竜の一匹が、ようやく目を覚ましたようだ。
(………やれやれ、意識のない状態だと【魂支配】による肉体支配ができないのが厄介っしょ。)
魂に【軌跡陣】を貼り付け、そこから肉体の制御を行う魔法が、【魂支配】である。
運動を司るのは脳であり、魂から脳を支配しなければならない。
なのに脳が休眠している状態では、肉体の制御権を貰っても意味がないのである
(………っと、目の前にリオルとかいう魔王の子と神子らしき子供、それに、白竜黒竜まで居やがるのか。)
リオルとルスカが全力で鉄鉱石竜の動きを阻害しているところだった。
持ちうる魔法を惜しみなく発動して鉄鉱石竜の行動を阻害するリオル。
その間に、リオルの脇を抜けて黒竜が鉄鉱石竜の鱗を粉々に叩き割っていた。
人型に変身しているであろう幼き黒竜は反抗期真っ盛りですと言わんばかりの生意気な目をしている
奇妙なことに、木刀一本で鉄鉱石竜にダメージを与えていた
鋼鉄製の鱗を叩き割ったのも、木刀だったのだ。
(よけいなのも一匹いるようだが、とっととここも片づけてそっちに向かってみるっしょ。聞きたいこともあるし―――む!?)
ミミロを視界の端でとらえた瞬間、ブツリと左目の視界が途切れた。
痛覚は無いが、ジャックが意識を逸らしてわずかな隙を見せた瞬間に、イズミが鉄鉱石竜の左目に刀を突き刺したのだ
(だーもー! 腹が立つっしょ! この女!)
イズミが刀を抜いて空中に留まっている間に、右目で邪眼光を発動しようとするが、突如飛来してきた大槌斧 に残った右目まで潰され、ジャックは一度目の敗北を味わった
視力を失う寸前、赤竜族長の姿を視界の端に捕らえたような気がした。
(チッ! 女の方ならともかく、両目が見えなければ族長相手じゃさすがの俺でも分が悪いっしょ。)
色竜の族長たちは、そろって勇者並の実力を有している。
散々辛酸をなめさせられた勇者ニルドと同等の実力など、あまりいい思いではない。
(さすがに目が見えなければ戦闘続行は不可能か。俺が直接出向ければ負けることは無いんだが………まぁいいっしょ。今度は魔王の子の方へ飛ぶか)
ジャックは目を覚ましたばかりの鉄鉱石竜に向けて意識を集中し―――
(―――【魂支配】)
こうして、ジャックは再び魔王の子と対峙することとなった。
数分後に、“よけいなの”と評したミミロに陥れられる形で敗北を味わうとは知らずに。
★
ジャックが最後の鉄鉱石竜に乗り移るとすぐに“魔闘障壁”を展開する
周囲を見渡すと、黒竜が目の前で木刀を構えていた。
自分の体を確認すると、竜鱗がいくつも粉々に叩き割られている
ナマイキな眼をしたこの黒竜がやったのだろう
もし、人間が単体で鉄鉱石竜と対峙するのであれば、オリハルコン級の武具が必要である。
それを生身で、しかも木刀一本で鉄鉱石竜の鱗をいくつも叩き割るとは。
たいしたものだ。
ダメージ自体は通っていないが、鱗を一枚割るだけでも称賛に値する。
それを行ったのが、まだ5歳程度の背丈しかない黒竜だというのなら、いくらかは納得できる。
そんな幼き黒竜に対し、ためしに一撃、魔闘気を纏った爪をお見舞いしてみた。
「―――うるさい! おれがやるんだあああああああああああああ!!」
――― バキッ!!
しかし、黒竜は一撃を受け止めて見せた。
(なるほど、スピードはそこそこ。まだ体重が軽いのが難点だが、足腰も強いし踏ん張りが効く。
それに、かすかだが木刀に魔闘気を纏わせていたな。)
魔闘術は魔力を物質化させる技術である。
身体能力を爆発的に上げる技術、《ブースト》が実戦でしか身に付かない技術なのに対し、魔闘術は修行でしか身に付けることができない。
マイケルはジンの指導の下、効率よく密度の濃い修行の末、魔闘術を身に着けるに至ったのだ。
もちろん、今はまだマイケル以外のメンバーは魔闘術の習得はかなっていない
「おれが………おれがまもらないと、にーちゃんはしんじゃうんだ。
ねーちゃんも、みみろおねーちゃんも、るすかおねーちゃんも!!」
(……………。)
マイケルは自分にだけ魔闘術が使えることを知っていた。
ジンにあこがれ、ジンをマネし、ジンのようになりたいと願ったが故、ジンの一挙手一投足を見逃すまいと吸収してきた
だからこそ、誰よりも早く、急激に戦闘力を上げたのだ
それは、守るために。
【アハハ、勝負は常に非情なんだよ! どーせこの世は弱肉強食。僕を超えたかったら強くなれ!
僕程度を超えられないようならゴブリンにも負けると思え!】
マイケルが敬愛する兄が赤竜の里に着く前、言っていた。
なぜあれほどまで強い兄が、あんなことを言ったのか、理解できなかった。
だが、今ならわかる。あれほどまでに強い兄は、心と体が弱いのだ。
生身では、おそらくゴブリンどころか角兎にすら劣るだろう。
それに、マイケルはキラに聞いていた。
キラが盗賊の牢屋に押し込められたとき、リオルは自分たちと出会う前は相当ひどい扱いをうけ、心に傷を負っていることを泣きながら語っていたことを。
それなのに、そんなそぶりをおくびにも出さず、いつでも自分たちを励まし、一番に考えてくれる兄のことが、マイケルは大好きだった
一人でトイレに行きたくないと言えばついてきてくれた。
キラと喧嘩をしていれば仲裁してくれた
冗談を言って場を和ませてくれた。
なにをしても敵いそうになかった。
だが、そんな兄も、自分との組手で地に伏せた。
本気を出したリオルにはまだまだ敵わないだろうけど、リオルを組手で倒すことができたのだ
傲りを持たず、強力な力を持っても謙虚でいる兄を見習い、過信、慢心はしない。
リオルは自分を下した相手を、まるで自分のことのように褒め称えた。
自分にはできないことだ。
だが、勝負に勝った瞬間『へへーん、おれのほうがつよいもーん』
なんて言ってしまった。一瞬怒られるかと後悔したが、『接近戦しなければ僕の方がつよいもーん』とか言ってそっぽを向きながら頭を撫でてくれたのだ
ほっと胸をなでおろし、やはり褒められることは嬉しかったのか、ニマニマと笑ってしまった。
たしかにリオルは、弱かった。
それは、種族による差も確かにある。
それ以上に、体の強靭さが全く足りない。
マイケルはそう感じた。
リオルは同年代からすれば十分力を持っている。
しかし、それは5歳児の枠内の話である。
鉄鉱石竜の一撃を喰らえば、形も残らないほど無残な状態になることは、幼いマイケルでもすぐに想像がついた
冷静に、体に掠るギリギリのところで身を引き、回転しながら魔闘気の纏った木刀を叩きつける
“黒いオーラ”のせいでヒビを入れるくらいしかできなかったことにマイケルは歯噛みする
今までは好意に甘えてぬくぬくと温室で育てられてきたけれど、それだけではダメだ。
足りないのだ
恩返しをしなくてはいけない。
マイケルは幼くても知能の高い竜。やるべき答えは、すでに見つけていたのだ。
圧倒的敵意の前には、リオルやルスカの脆弱な肉体では全く意味がない。ただの血袋だ。
マイケルは目の前で邪悪なオーラを噴出する鉄鉱石竜を睨みつける
自分が守らなければ、全てが無くなってしまう!!
いつまでも守ってもらってばかりではダメなんだ!
「ぜんぶ、ぜんぶおれがまもるんだぁ――――!!」
反抗期のナマイキな眼に、なにがなんでも守ると決意を秘めた光を映す
ズドン、と腹の底に響くような音が鳴り響く。
ありったけの闘気とパワーを練りこんだ一撃を潜り込んだ懐からお見舞いし、20mはあろう鉄鉱石竜の巨体を5mほど後退させたのだ
(………ッハ! 欲張り過ぎだ。だが―――嫌いじゃねえっしょ、そういうの。)
敬愛するリオルとミミロなら、鉄鉱石竜を倒しうる奇策を思いつき、そういう罠を張ることができる
それが完成するまで、何としても持ちこたえないといけない。
そのためには、自分が死んでも構わない。マイケルのそういう覚悟をジャックは感じた
(安心しろ、殺しはしねえよ。)
ジャックは、幼いバカは大好きだ。
そんなジャックだからこそ、マイケルの熱意に応えるために、行動を起こした。
(まぁいったん眠ってろ――【石化吐息】)
若く猛進するバカを、そう簡単に死なせるわけにはいかない。
石化吐息や石化の邪眼光などの状態異常は、使用者の任意によっても解除が可能である
お前は頑張った、そういう労いを込めてブレスを吐いたのだが―――
「マイク、こっちにくるのです!」
「うん!」
―――ちょこまかと視界の端をチラチラ走っていた白竜がいつのまにか黒竜の前に立ちはだかった。
白竜はブレスが来ることがわかっていたのか、浄化吐息をあたりに吐いた
ジャックの知ることではないが、罠を張りながら状況を糸で俯瞰的に観察していたリオルによる念話で、どのタイミングでブレスが来るのか、キラは知らされていた
(まったく。せわのやけるおとうとなのです。)
キラもマイケルと同じ考えに至っていた。
敬愛する兄姉を守るために、自分にできることは何か。
それを考えた末、攻撃力の高いマイケルのサポートをするのが一番生存率が高いことを知った
だからこそ、今だけは小憎らしい弟と協力して、マイケルが動きやすいように、すぐにヘルプに入れるように陣取っていた。
リオルから鉄鉱石竜がブレスの予備動作をしたことが分かったため、すぐに間に入ることができたのだ。
(まあ、マイクはキラがころすまではしんでほしくないというのが、かくれたほんねなのです)
こんな状況ですら、ブレずにそう考えるあたりが、天然のツンデレである。
こじんまりしたその小さな体躯ゆえに、肺活量に絶望的な差があるが、白竜は石化吐息を見事に浄化して見せた
それは結果として、ジャックは自分が竜たちの力量を見誤っていることに気付かせることとなった
(白竜の方はずっと攻撃が当たらないようにうろちょろしているだけだったが、一瞬でも黒竜がフリーになるとすぐにフォローに入るのか。
なんというか、白竜と黒竜がこんなに仲良くしてていいのかね。
まぁいいっしょ。まだまだ経験がたりねぇようだが、これからの成長にいっちょ期待してみるか)
まさか、これほどまでに幼い竜ごときに、これだけ粘られるとは思ってもいなかった。
ジャックにとっては遊戯でも、キラやマイケル、リオルたちにとっては命がけの逃走劇である。
覚悟の違いがあるのは当然と言えよう。
鈍色のブレスと純白のブレスがぶつかり、石化吐息が浄化されてゆく
白竜のブレスは浄化吐息
他の竜とは特色が違い、攻撃を行うためのブレスではなく、浄化を行うための聖なるブレスである。
そのブレスはある程度の状態異常を回復させ、汚染された空気も浄化浸食していく。
つまり、状態異常を誘発させるブレスは無意味であるということを指す
互いのブレスがぶつかり、規模の小さいはずの浄化吐息に押され始める
しかし、ジャックもそれくらいは想定の範囲内であった
ブレスにより悪化する視界。それが晴れた瞬間、ジャックは威力を弱めた鉄鋼砲弾を打ち出し気絶させるつもりであったのだが
「っ! 《ヘビーフォグ》!!」
(む………?)
今度は神子であるルスカの【濃霧】でさらに視界が悪くなった
キラとマイケルが時間を稼ぎ、竜族ではないため防御力の低いルスカが中距離を保って視界阻害魔法を行い、狙いを定められなくした
全員で連携した徹底的な時間稼ぎである
ルスカはリオルからの指示を受け、視界阻害を行った後、【ブースト】で距離を稼ぎ、戦線から離脱した。
ルスカの柔肌では鉄鉱石竜の近くにいるだけで余波により傷ついてしまうからだ。
もちろん、ジャックが手加減せずに戦っていればあたりをクレーターに変える程度の力は持っているが、魔王の子を死なすわけにもいかず、かといって、今代の神子を殺すこともためらわれたため、そう言う暴挙には及んでいない。
ジャックは初めにイズミとリオルから逃げた時、リオル以外の者を腹の中に入れるつもりでいた。
躱された後に気付いたことだが、今代の魔王の子は最強種を揃えさせていたのだ。
黒竜と白竜。魔王の子と神子。互いのパートナーとなる最強のコンビである。
ジャックは薄く笑う。
魔王の子も含め全員を腹の中に入れてから魔界に連れて去りたい、と思考を改め、霧の中、黒竜と白竜の気配を追って歩き出した
―――ピンッ
その瞬間、足が何かをひっかけ、
(あん? 何事っしょ―――)
気づいてももう時すでに遅く
―――ドガガガガガガガ!!!
(なっ―――!)
突如、頭上から大岩の流星群が降り注いだのだ
それによって、鉄鉱石竜の意識が一瞬だけ飛んだ
大岩が激突しただけならばたいしたダメージには至らないだろう。
だが、それはリオルが大岩のすべてに50倍の重力を掛けてミミロと共に設置した罠である
威力のほどは、計り知れない
(―――なにが、起きた!?)
ジャックは鉄鉱石竜の痛覚を共有していない
それゆえに、なぜ意識がとんだのか理解できずにいた
ジャックの知ることではないが、この時、すでに頭部の竜鱗は剥がれ落ち、角はひしゃげ、頭蓋が陥没していた
ぼやけて朦朧とする鉄鉱石竜の視界。
平衡感覚が狂い、上か下か、右も左もわからず何もかもがぐにゃぐにゃにねじ曲がり、魔王城にいる本体にすら吐き気が走る
そんなねじ曲がる視界の先に、ジャックの目的の一つである魔王の子の姿を捕えた
「―――アハ! 怒った? 怒っちゃった? でもね、僕はそれ以上に怒っているんだよ! 白黒やルスカを食おうとした罪は億死に値する、許されるとは思わないでね!―――【投擲鉄槍】!!」
遠くで子供が叫ぶ。50mは離れているだろうか
なにを言っているのかは聞き取れないが、つぎの瞬間には肩を巨大な鉄槍が貫通していた
左腕が動かなくなった
「みんな、準備できたよ! 僕とミミロのアホらしく大胆な作戦に恐れおののけバカトカゲ! 【暗幕】!!」
視界が完全に真っ暗に塗りつぶされた
意識が飛んでしまったからか、【魂支配】による肉体支配の効果が弱まっている
そんな中、鉄鉱石竜は自分がバカにされているという言葉を正確に読み取り、緩んだジャックの支配の隙を突いて、魔王の子の気配を頼りに歩き出す
一瞬だが意識が飛んでしまい、【魂支配】が途切れてしまったのだ。
それが、取り返しのつかない結果になるとは知らずに。
―――ゴロリ
真っ暗な視界のなか、自分を馬鹿にしていたクソガキを追う鉄鉱石竜は奇妙なものを踏んづけた
これはなんだ。
丸い、柱?
目が見えない中、体重の乗った丸い柱は、ごろりと回転してしまい、そのせいで鉄鉱石竜は重心が崩れて転倒してしまった
脳震盪を起こし、三半規管が狂っていたこともあり、容易に転倒してしまったのだ
やや傾斜のある山岳地帯、そこで柱が転がるほどの平坦な場所などあるだろうか。
いや、ありえない。
混乱する頭で鉄鉱石竜は結論を出した
あのガキが何かしら小細工をして山岳地帯を平たくしやがった、と。
転倒してしまったあとも、鉄鉱石竜の受難は続く。
転倒してしまった場所にも、大量の柱があった。
―――グシャ、ドゴオオオオン!!
『GYAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』
倒れた衝撃でいくつもの柱がひしゃげた
自分も主食にしているため、感触で柱が何でできているのかが分かった。
鉄だ。
鉄でできた柱が、所狭しと敷き詰められている
なんのために………?
「やっばいミミロ! 柱がぶっ壊れた! 作戦しっぱい!」
「へ? いえいえ、柱が壊れたのならリオ殿が補強すればよろしいであります。衝撃で地面が割れたら、リオ殿が修復すればいいのであります」
「他人任せだなぁマリー・ミミロワネット!」
「誰でありますかそれ? 他人任せなんてトーゼンであります! 誰が好き好んであんな化け物と戦いたいものですか!
鉄鉱石竜に闇魔法が効かないのでしたら、土魔法で地面を平らにして転がして崖下に落とせばいいのです!
鉄鉱石竜の本体に魔法が効きづらいのでしたら、その地面を盛大に使ってやりましょう、リオ殿にはそれができるだけの無駄魔力があるのでしょう?」
「くそう、わかったよ………【隆起!!】【鉄柱!!】【鉄柱【鉄柱】【鉄柱―!!】」
ひしゃげた柱が見る見るうちに自分の体を押し上げて元通りに再生し、転倒した衝撃で陥没した地面さえ盛り上がっていく
なに、が………
陥没した頭蓋の影響でまともな思考ができず、立ち上がろうとするも、丸い鉄柱が転がってうまく立つことができないまま、イースター島のモアイ像を運ぶが如く、鉄鉱石竜はコロコロと傾斜を転がって流され―――
ふっと無重力を味わった
なにが………起きた………
わからない。わからないのだが、
ふと気づくと、自分が下敷きにしていた鉄柱の感覚もなくなり―――
その2秒後に鉄鉱石竜が最後に味わったのは、全身に無数に突き刺さる巨大な鉄杭の味だった。
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