受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第58話 ☆危機一髪

 ああ、わたしは何をしているのでしょう




 わたしは自分の心の中で自問します
 答えはありません




『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』




「はっ!」




 わたしは鉄鉱石竜メタルドラゴンの振るう爪を魔刀・『紅煉ぐれん』を構えて受け流します
 もう数十分くらい、この鉄鉱石竜メタルドラゴンの相手をしていますが、勝てそうな気が全くと言っていいほどしません


 鉄鉱石竜メタルドラゴンという各上の相手と戦うのは初めてですが、ここまでやりづらい相手だとは思っても居ませんでした




 竜化して戦ってもいいのですが、そうするとわたしの場合は戦闘力が下がってしまいます
 なにせ元が人間ですからね。


 これはジンも同じことが言えます。
 長い間人間に擬態することによって、人間形態の方がより細かく精密に動くことができるのです


 わたしの場合はそれが特に顕著に現れます。
 わたしは竜形態が好きではないので、竜形態に変身すると弱体化してしまいます。


 難儀なものです。


 それでも、一応わたしは竜ですからね。Sランク相当の実力を有しているはずなのですが………


 鉄鉱石竜メタルドラゴンにまったく歯が立ちません。
 困りました。
 わたしはやれやれと肩を竦めます。


 ブレスを警戒しているため、常に密着して攻防を繰り返していますが、わたしの体力もそろそろ限界です




 それにしても、おかしいですね。
 竜の鱗や鉄鉱石程度ならば、この魔刀・『紅煉』に切れないものなどないはずですが


 鱗や皮膚が異常に硬いのは認めます。
 しかし、それだけでわたしの斬撃が防がれるのはいささか納得がいきません


 わたしの斬撃にも一応“魔闘気”が乗っているのでそこそこ切れ味が上乗せされているはずなのに




「ぜああああああああああ!!!」


―――ギィイン!!




 これです。
 この“黒いオーラ”によって阻まれてしまいます


 これは“魔闘気”でまちがいありません。


 どういうわけかわかりませんが、この鉄鉱石竜メタルドラゴンは“魔闘気”を纏っているのです


 しかも、禍々しいほどに黒いのです


 わたしの場合は纏える“魔闘気”に限界があるので、ほんの少しだけ赤竜の属性である炎の“赤いオーラ”が立ち上る程度ですが


 あろうことかこの鉄鉱石竜メタルドラゴンは見るからに闇属性の黒いオーラを全身に纏っています
 噂の通り、現職の魔王『ジャックハルト』の配下であるということでしょうか。




「はぁ………はぁ………」




 息が荒くなってしまいます


 リオル達は無事に逃げてくれましたし、もう少し粘ったらわたしもトンズラこいて逃げるとしましょう。


 はぁ。わたしはなんで、こんなことをしているのでしょう。
 自己犠牲の精神なんか持ち合わせていないはずなのに。


 リオル達を逃がすために、こんな危険まで冒して時間を稼ぐなんて。
 そうとうリオルに入れ込んでしまっているみたいですね。
 昔のわたしなら、何も考えずに自己保身に走っていたでしょう。
 しかし、それではダメなのです。


 リオルたちを守りたい。そう強く願ってしまえば、自らの行動で示すしかないじゃないですか。




「ふぅー。困ったものです」




 なまじ力を持ってしまった分、自分の行動原理が前世のそれを大きく違ってきている。
 そのことに若干の戸惑いを覚えつつ、冷静に状況を分析し、最適な逃げ道を探る




(さきほど尻尾が爆散してしまったおかげで鉄鋼砲弾メタルキャノンを発することは無いですし、ブレスは予備動作で時間がかかるため回避は可能。懸念すべきは石化の邪眼光だけですかね)




 石化の邪眼光
 それは文字通り、石化効果を持った殺人光線を目から放つ鉄鉱石竜メタルドラゴンの邪眼である


 ブレスとは比べ物にならない侵度で石化を侵していきます
 喰らってしまえば一瞬で体の芯まで石化してしまうため、迂闊な行動はできません
 邪眼による石化は一度喰らえば特殊な万能薬なくしては回復する見込みがありません。
 倒しても石化が解けないのです




―――まったく。本当に厄介な相手ですね




 わたしは嘆息します
 打開策が見当たりません。
 本当に困りました




『グ………』


「………?」




 おや? どうしたことでしょう
 鉄鉱石竜メタルドラゴンがわたしではなく、あらぬ方向を見ています


 あちらはたしか、リオル達が逃げた方向ですね。
 リオルに用があることはわかっていますが、そうそう好きにはさせませんよ。




「………隙だらけ、です!」




 わたしはそんな大きな隙を見逃してあげるほどお人よしではないので、遠慮なく攻撃させていただきます
 わたしは一足飛びで鉄鉱石竜メタルドラゴンの眼前まで迫り、魔刀・『紅煉ぐれん』をその眼球に突き刺しました


 ズブリ と左の眼球に刃が突き刺さる感触がダイレクトに伝わってきます


 嫌な感触です。
 日本に住んでいたなら絶対に味わうことのない類の感触です


 さすがに鱗の無い眼球には刺さりますか。安心しました。




『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』




 このまま奥に押し込んで脳みそまで魔刀・紅煉を突き刺したいところですが、難しい所ですね




 欲張らずに、刀を抜き、鉄鉱石竜メタルドラゴンの顔を蹴って距離を取ります




 わたしにできるのはここまでのようです。
 あとは逃げます。自分の身が最優先です


 ギョロリと憎悪の籠った残った右目でわたしを睨みつける鉄鉱石竜メタルドラゴン




「あ………」




 やってしまいました。


 残った右目が完全にわたしをロックオンしています
 空中では身動きが取れません。


 油断していたつもりもありません。
 ですが、この状態では回避のしようがありません


 残った右目が鈍色に輝くのが見えました。
 《石化の邪眼光》の予備動作です


 目を直接見れば、体の深部まで石化をしてしまいます


 邪眼光を直接浴びれば、結構深刻なレベルで石化してしまいます


 目だけは直接見ないように、目をギュッと瞑ります
 咄嗟に背中から竜翼を生やして距離を稼ごうとしますが、おそらく焼け石に水でしょう。


 せめてもの抵抗に、竜翼を盾にして邪眼光に備えます


 傲慢になったつもりはありません。
 強欲にとらわれることもありません
 ただ、貪欲に、わたしは生きたいのです!


 こんなところでくたばるわけにはいかないんです!
 悔しいです、こんなところで終わるなんて………


 まだ、リオルとの約束も守れていないのに。
 まだ、ジンに気持ちを伝えることもしていないのに!








「………ったく、世話掛けさせやがる」








 ふわっと、体が軽くなったような錯覚を覚えます


 鼻腔をくすぐるなぜだか安心する匂い。
 今朝聞いたばかりで聞きなれた、少しばかり懐かしい声。
 そして、いくら待っても訪れない死の気配


―――スタッ


 という地に足を着ける音と少しばかりの衝撃を体に受け、一瞬だけ唸ります。


 わたしは、ゆっくりと目を開くと―――




「………ジン?」


「おう。遅くなってすまんな、イズミ」






 目を開けたその先には、ジンの顔がありました
 自分の心臓がバコーン! と跳ね上がり踊り狂う気配を感じ、顔がボッと音を立てて真っ赤に染まります


 名前を呼ばれた途端に脳がとろける程の快楽物質を分泌します


 ですが表情には出しません、根性です、根性でにやけるのだけは耐えます。


「いえ、助かりました。降ろしていただけるともっと助かります」


「む、すまんな。」




 ああ、もったいない。
 お姫様抱っこを解除されてしまいました。


 自分の浅はかな発言を取り消したいです。


 ………あ! そういえば、先ほどの邪眼光はどうなったのでしょう!?






『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』




 振り返れば、目から大量の血を流している鉄鉱石竜の姿が見えました。


「ああ、あれか。危機一髪だったな。
 オレが目を潰していなかったら、イズミは石化していただろう」


「………うわぁ」


 右目にハンマーが突き刺さっていました。
 どんな筋力をしているのでしょう。


 わたしは、刺突や引き切ることに特化した刀で、ようやく鉄鉱石竜メタルドラゴンの眼球に突き刺すことができたというのに
 ジンはハンマーを突き刺していました


 もはや意味が解りません。




「なんでか知らんが、こいつは、《魔闘気》を纏っていやがる。しかも、闇属性の。」


「………ええ。ですが、ジンは先ほど、一匹倒したのでしょう?」


「うむ。だが、オレが殺したのは、魔闘気なんざ使えないような奴だったのだ。
 鉄鉱石竜メタルドラゴンは知能レベルの低い竜だ。
 魔闘気を扱うことは普通ならありえないはずなのだが………」




 なんと、鉄鉱石竜メタルドラゴンは魔闘気を纏えるというものではないのですか。
 ではなぜ、この鉄鉱石竜メタルドラゴンは魔闘気を纏っているのでしょう


「………こいつは、異常事態だな。イズミ、リオル達は?」




 魔王の眷属である鉄鉱石竜メタルドラゴンなのに、ジンの方は魔闘気が纏えず、こちらは纏っている?
 その違いは一体なんでしょう?


 考えても答えが見つかりません




「わたしがこいつを食い止めている間に、逃げてもらっています」


「でかした。では、纏っているものは仕方ないとして、さっさとこいつの息の根を………あ?」




 フッと鉄鉱石竜メタルドラゴンから感じる肌を刺すような威圧感が無くなりました




『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』




 竜言語で『痛い』、『見えない』と叫んでいます。
 どういうつもりでしょう。
 彼は魔闘気も、急に解除してしまいました


 目が見えなくなってしまって諦めたのでしょうか?


 眼球を庇うように押さえ、地面をのたうつ姿は、先ほどまでの威勢のいい狂戦士バーサーカーの姿ではありません。
 戦闘意欲のない………そう、怪我を痛がる子供のような姿です




「………これは………どういうことだ?」




 ジンも困惑しているようです
 残念ながらわたしにもわかりません。


 とにかく、状況はさっぱりですが、この鉄鉱石竜メタルドラゴンを始末したら、リオル達を回収して街に戻るとしましょう。


 石化してしまった親方たちは鉄鉱石竜メタルドラゴンの死亡と同時に石化は解けるでしょう。


 コレが邪眼光の場合はそうもいきませんからね。


 ジンが助けてくれていなかったらどうなっていたことやら


 鉄鉱石竜メタルドラゴンの情報は二匹だけ。ジンが一匹倒しているので、子供の用にのたうつ鉄鉱石竜メタルドラゴンなどは脅威たりえません。


 先ほどの“黒いオーラ”に斬撃が阻まれさえしなければ、わたしだって鉄鉱石竜メタルドラゴンと渡り合うことは出来るはずです。




「考えていても仕方ありませんし、さっさとこの鉄鉱石竜メタルドラゴンを始末してリオル達を迎えに行きましょう。」
「………うむ」


 なんだか釈然としない返事をするジン。




『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』




「……………。テメェに怨みはねェが、これもなんかの縁だ。オレの為に死ね」


 ジンは一瞬で鉄鉱石竜メタルドラゴンへ距離を詰め、拳に魔闘気を纏わせて鉄鉱石竜メタルドラゴンの腹を打ち抜きました


 威力はさながら大砲の砲撃を受けたかのような。
 受けた本人はその威力に耐え切れず、その巨体をわずかに浮かせました




「リョク流格闘武術。奥義・『竜闘拳砲ドラゴンバレッタ』」


 その技は、魔闘気を拳に乗せて射出し、遠距離攻撃を行うモノだ。
 現在、大槌斧ハンマーアックス鉄鉱石竜メタルドラゴンの眼球に突き刺さっているため、ジンは素手で鉄鉱石竜メタルドラゴンを相手していました


 ………素手ですら、わたしたちがあんなに苦戦した鉄鉱石竜メタルドラゴンを圧倒できるのですね




「覚えておくのだ、イズミ。族長とは、確固たる強さなのだ。お前もこれくらいできるようになれ。でなければ話にならんぞ。」




 ジンの竜属性の魔力を纏った闘拳砲は鉄鉱石竜メタルドラゴンの肉体を焼き焦がしながら貫通し、正確に心臓を貫きました


「………はい」


 鉄鉱石竜メタルドラゴンは立ち上がろうとしながらも、不定期にビクンと痙攣しています。


 放っておいたら、しばらく時間を空けると元通りに回復しているでしょう。竜は生命力が強いですし。
 なにせ心臓を焼き貫かれ、闘拳砲は背中まで貫通してしまっているのに死ねないとは、苦痛ですね。
 気持ちは痛いほどわかります。突き刺さる鉄骨。かすむ意識。なのに脈動を続け痛みを発し続ける傷口の風穴。
 殺してと願っても叶えてもらえず、無限に続くかと思われる痛みの連続。


 なかなか死ねないというのも、大変ですね。


 ………それにしても、敵なしじゃないですか。
 わたしがどれだけあの鉄鋼鱗メタルスケイルに苦戦を強いられたと思っているのでしょう。


 でも、聞くところによると魔界ではこの程度の鉄鉱石竜メタルドラゴンなどはまだ序の口らしです。
 400年前の人魔戦争では魔王の子・ジャックが連れてきた魔物や魔族はほとんどがSランク並の強さだったそうです。
 それがウジャウジャいたらしいのです


 キモイです。


 魔族を見かけたら200人は居ると思えとか、ゴキブリですか?


 400年前の戦争のせいで人類や亜人などの数も減っており、だんだん衰退してきているようなので400年前よりも人間の絶対数が少ないらしいです。
 比例して強い人間・亜人がいないみたいです。
 今戦争を仕掛けられたら人間界は滅びちゃうんじゃないでしょうか。








『――― メーデーメーデー! ごめん、ちょっとこっちで問題がおきた! 戦闘中だったら本当にごめん! 余裕があるなら返事して!』




 ―――っと。リオルから通信が入りました。
 ちょっとびっくりしちゃいましたね


「どうしましたか? こっちは今ちょうどひと段落したところです。」
「オレもイズミと一緒に居る、どうした?」




 まだ戦闘終了はしていないけど返事をする。
 鉄鉱石竜メタルドラゴンはまだ生きているからね。あれでも生命力の強い爬虫類だからね。
 竜は心臓を潰しても、頭を潰しても、ゴキブリ並のしぶとさで動き回るのでタチが悪いです。


 ああ、竜って怖い。
 おっと、わたしもでした。


『よかった! そっちはなんとか片付いたんだね! 急いで僕たちの方に来てほしいんだ! こっちに三匹目が現れたんだよ!』


 ………って、はいい!?


 三匹目ってどういうことですかぁ!?




「リオル! 状況を説明するのだ!」


 ジンが焦ったように叫ぶ


『僕にもよくわからないよ! 大岩かと思って陰に隠れて休憩してたら、そいつが顔だけ出して寝ていた鉄鉱石竜メタルドラゴンだったんだよ! 僕にも何が何だかわかんないよ! 今はキラとマイケルが足止めしてくれてる間に、僕とミミロは罠を作ってる! もうちょっとで完成だけど、まだ時間が足りそうにない!』




 あまりにも予想外。
 こんな近くにすでに一匹潜んでいたなんて


 しかも、寝ていた? ずっと動かなかったのでしょうか。
 他の鉄鉱石竜メタルドラゴンは各鉱山を目指して盛んに行動を起こしていたというのに………。


 おそらく、気の長い話ではありますが、人間界に送られてきたその鉄鉱石竜メタルドラゴンはずっとその場から動かなかったのでしょう。


 リオルが大岩と勘違いするくらいの巨体です。動いていなければ鉄鉱石竜メタルドラゴンもただの岩。
 冒険者ギルドが鉄鉱石竜メタルドラゴンの調査を間違えるのも無理もないはなしですね。




『あ!! また“黒いオーラ”が! キラ、マイケル下がって! たぶんもう何も効かない!! 時間稼ぎもいいから! あとは僕とミミロに任せて! 僕たちの方に誘導するんだ!』


 どうやら向こうの状況は悪化の一途をたどっているようだ


「くそっ! イズミ! あとの処理を頼む! オレは加勢に行ってくる! 方向はわかるか!?」




 ジンがそう聞いた瞬間




『下がれってマイケル! おい、下がれええええええ!!!』




―――GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!








 咆哮、鉄鉱石竜メタルドラゴンの咆哮である。
 それに、切羽詰まったリオルの絶叫


「ッチ、ご親切に教えてくれやがった。イズミ、ここは任せたぞ!」


 ジンは素早く大槌斧ハンマーアックス鉄鉱石竜メタルドラゴンから抜き取り力任せに血を払うと、叫び声の方向へと走って行った






………………


………







「………置いて………行かれてしまいました。」




 ぽつねんとその場に残るのは、わたし一人です。
 まだまだ、ジンの隣に並び立つには力不足ですね。
 痛感しました。


「わたしも、今できる精一杯のことをしましょう。」






 眼と心臓を潰されてなお、もがき苦しむ鉄鉱石竜メタルドラゴンに向き直りました。
 ジンがここまで御膳立てしてくれたのです。
 黒いオーラも無いと来れば、これをわたしに倒せない道理はない


 すぐに貴方と同じ高みまで行きますので、待っていてください、ジン。






……………


………











 数分後、鉄鉱石竜メタルドラゴンの息の根を止めることに成功した私の元に、念話が届いた。


 ジンの助けを借りず、リオル達は現れた三匹目の鉄鉱石竜メタルドラゴンを葬ることに成功していたようだ。




 はいい!?



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