受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第51話 マ オ ウ サ マ 、 ミ ツ ケ タ



 リオル達が鉱山で採掘をしている時、ジンは一人で鉄鉱石竜メタルドラゴンと対峙していた。




「ふむ………こいつか………」




 ジンは大槌斧ハンマーアックスを肩に担ぎ、周囲に誰もいないことを確認する




「よう。お前のせいでここら辺の鉱山に立ち入りができねぇんだ。ちょっくら死んでくれねぇか?」




 確認し終えると、鉄鉱石竜メタルドラゴンから目をそらしながら気軽に鉄鉱石竜メタルドラゴンに話しかける。
 鉄鉱石竜メタルドラゴンの体長はおよそ20m。
 ジンの人間形態の身長は約2m


 10倍もの差があるものの、ジンはおびえた様子もない。




『グギギ………魔王様ノ、気配。何処ニ居ル。』




 鉄鉱石竜メタルドラゴンは竜である。
 竜言語を使い、ジンに問う。


「ああ? ちっ、リオ坊の事か。行かせるわけがないだろう」




 鉄鉱石竜メタルドラゴンは魔界より魔王の手によって人間の世界に送り込まれた竜だ。
 現職の魔王が次期魔王の予定であるリオルが産まれたことはすでに知っていてもおかしくない。
 だが、リオルは産まれてすぐに自我があり、魔力の操作を会得して見せ、すぐに魔力を外に出さないように訓練をした。


 その結果、魔王はリオルを見つけることができずにいたのだ。


 本来であれば、魔王の子の魔力の波動を頼り、リオルが1歳を迎えるまでに魔王がリオルを攫う予定であったというのに。




 神子の魔力の波動に隠れ、リオルの微弱に漏れ出ることすらない魔力を感知できなかったことも当然といえよう。




『ギギ………探ス。邪魔、スルナ』




 鉄鉱石竜メタルドラゴンは魔王の子を探すためだけの理由で、人間界へと送られてきた。
 人間の都合など考えてはいない。


 邪魔をすれば消せ。そういう命令のもとに、鉄鉱石をむさぼりながら東大陸を蹂躙してゆく。
 幸いにして今のところは小さな村2つ程度の被害で済んでいる。もし、大きな王国の近くに鉄鉱石竜メタルドラゴンが出現していれば、さらなる被害が容易に予想できた。


 東大陸の侵略が終われば、つぎは他の大陸へと赴くことになるだろう。
 ジンはそれを見逃してやるほどお人よしではなかった。




 鉄鉱石竜メタルドラゴンはジンを邪魔ものだと認定し、排除にかかる。




 息を大きく吸い込み、ブレスを吐こうとするが


「―――アホ。いきなりブレスを吐くとか、狙ってくれと言ってるようなものではないか」


 ジンは素早く鉄鉱石竜メタルドラゴンの懐に潜り込み、大槌斧ハンマーアックスの槌部分で下から殴りつけた


『ゴッ………!!』


 数千トンもの巨体が、宙に浮いた。




「うむ。肉厚はなかなか。これはうまそうだな。お前の竜核とため込んだ鉱石を全部オレに寄越せ」


『グガ………舐メ………ルナァアアアアアア!!』




 鉄鉱石竜は宙に浮いた状態から体を大きく広げ、ジンをその巨体で押しつぶそうとする


「あーあー。そりゃ悪手だろ。的を大きくしてどうすんだお前。学習能力ねぇのか?」




 ―――ドガッ!!!






 そこで、ジンは落ちてくる鉄鉱石竜を再び大槌斧で殴って吹き飛ばした


 殴られた跡は、ハンマー部分についているトゲに抉られてしまっている。
 さらに、巨体を吹き飛ばすほどの力で大槌斧を振るった反動で、ジンの足元にはそれなりの規模のクレーターが産まれていた


 さながら、鉄鉱石竜が押しつぶそうとした被害を、その一点だけに集めたかのように。


 すかさずジンは跳び、鉄鉱石竜に肉薄する。




『ググギ………小サキ者ヨ、ナゼ邪魔ヲスル』


「テメェがオレの邪魔をしているからだ。東大陸の秩序を乱すような奴を放っておくわけにはいかねぇんだよ。それにしても、お前はオレの正体すら見破れねぇ程度かよ、雑魚だな。 ………いいから死ね、んでおとなしくオレの晩飯になれ―――【竜魔闘斬ドラゴンアックス!】」




 大槌斧ハンマーアックスに魔力を纏わせ、斧を思い切り振りぬくと、確かな手ごたえの後、鉄鉱石竜メタルドラゴンは胴体から真っ二つに両断された


 鉄鉱石竜メタルドラゴンは轟音を残して地面に落ちると、ジンはその上に着地する


 【竜魔闘斬】 これはリョク流格闘武術の真髄である魔力を物質化させる技術【魔闘術】を応用した奥義である
 この技を使える者こそ、族長にふさわしい実力を持つものとして認められる。


 余談だが、ゼニスは魔眼で魔力を見ることができるため、どの竜よりも魔力を使った戦いに熟知している。故に個人で勝負した際にはジンはゼニスに劣る。


 それでもなお、この威力。




「………ふん。さて、後一匹はどこに行ったかな」




 キョロキョロとあたりを見渡し、ジンは【魔力探知】であたりの地形と気配を探る。




 鉄鉱石竜メタルドラゴンは、二匹居るのだ。




 探知の範囲を自身の周囲20kmにまで広げたところで、地中深くに鉄鉱石竜メタルドラゴンが通れそうなほどの大きな空洞があった。生体反応は無い。
 コレが意味することは一つ。




「………移動してんのかよ………っぁあ、面倒くせぇ! どどんこ、こいつを小分けにして町まで運んでくれ。こいつの蓄えた鉄鉱石で町も潤うだろう。今夜はこいつの素材で宴だ!」


『お任せください、主!!』


 ジンは傍らに控えた鈍竜に指示を出し、鈍竜はそれを快く引き受ける




「おう、結構距離があるし何往復かするだろうが、もう一匹が片付いたらオレも手伝う。がんばってくれ。竜核の回収だけは忘れるでないぞ。」


『はい!』






 ジンはそう言ってその場を離れた。


(………『魔王様の気配』………か。リオ坊が一瞬でも闇の魔法を使ったのかも知れねぇな。
 もしかしたらオレは、最悪のタイミングでリオ坊たちを人里に降ろしてしまったかもしれない。
 ………しゃーねぇ。後で謝るか。)






                  ☆






――――ゴゴゴゴゴ!






 僕たちは鉱山を掘り進んで採掘を続けていたんだけど、なんか変な音が聞こえてくるようになった。


 異変が起きたんだよ。


「………ねえ。なんか地響きが………。地震?」
「うゅ………リオ………こわいの」


「うぁ………なんだよ、これー」
「ぷぷー、まいくはこわがりなのですー!」
「ち、ちがうもん! おれはこわくなんかないもん!」
「ほらほら、馬鹿なことを言ってないでこっちに寄るであります。」


 地響きが響き渡り、ミミロがマイケルとキラを呼ぶ。






―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!






 僕もルスカと手を繋いで鉱山を掘り進めた穴倉の隅っこに肩を寄せる
 ルスカの小さい手が震えているのがわかる。大丈夫。僕が守るからね


『ちゅー!』
『ヂュー!』
『キキッ! チー!』


 見れば、火鼠が一斉に洞窟から這い出てきていたよ
 一心不乱に洞窟から出ようとするものだからこちらに向かって来るようなことは無かった。


「イズミさん、親方たちに、もう引き上げようって進言してきて」
「………そうですね。火鼠がここまで出てくるのはさすがに異常です」




 イズミさんは頷くと、親方の所に走った。


 話は早く着いたみたいだ。よかった………
 親方たちや他の炭鉱族ドワーフ、鉱山夫たち、ジャムのおっさんや同じく冒険者たちも、すでにここから離れる準備をしているっぽい




――――ドガガガガガガガガガガガガガ!!!




 地鳴りがひどくなり、時間が経つにつれてどんどん音が大きくなっているような気がする
 なんだろう、こんな音、前世で聞いたことがある。
 工事現場で仕事をする掘削機みたいな音が………




―――カタッ ………カンッ


 と、振動のせいなのか、天井近くの小石が落っこちてきた。
 ただそれだけなのに、背中を不気味な冷や汗が伝う。


「僕たちも早く洞窟から出よう。すごく嫌な予感がする!」


「わかった!」
「うん!」
「はいなのです!」
「了解であります!」


 冒険者や炭鉱族ドワーフの後に続いて僕たちも洞窟から出る
 最後まで仕事熱心な親方のアッガイは、数人の部下を伴ってまだ洞窟の中でトロッコを押していた
 それをジャムのおっさんも手伝っていた






―――次の瞬間








 ドガアアアアアアアアアアアアアン!!




 タイミングの悪いことに、岩盤が割れ、洞窟の中が崩落し始めた。
 なんなのいったい! 何が起こってるの!?






「げっ!」




 そう漏らしたのは誰だっただろう。
 僕が馬車の中でかぐや姫を披露した後、僕の頭を力強く撫でた名も知らない男が、ジャムのおっさんが、親方が、岩盤の下敷きになろうとしていた


 このままではみんなが潰れる!!


 それを見た瞬間、僕の頭がカッと熱くなるのを感じた






「【浮力・強レビテーション!!】」




 気づけば、洞窟の中に向けて手を伸ばし、落下する岩盤を闇魔法で浮かせていた。




『は………?』


 唖然とする名も知らない男。




「呆けてないで! 早く出て! ルーたちも早く走って!!」




 この程度なら5時間は持続できるけど、今は何が起こっているのかわからない緊急事態だ。
 いくら腐るほど魔力があるからと言っても、極力魔力の消費は押さえたい。


 僕の言葉にハッとした男たちは、急いでトロッコを全力で洞窟から押し出し、息をつく。




 僕はそれを確認して岩盤を地面に降ろした




「すまねぇな、坊主。よくわかんねぇがお前がやったんだろ。助かったぜ」




 またもジャムのおっさんが力強く僕の頭を撫でる。
 無事でよかった。友達とかいうわけでもないし、親しいわけでもないおっさんだけど、馬車の中で知り合ったこの人にいきなり死なれるのは寝ざめが悪い。


 それに、僕たちに依頼を寄越したドワーフの親方、アッガイに死なれたら『はじめてのおつかい』が果たせなくなる、という理由もあった。


 僕と関係のない人が死ぬのなんか、全く気にしない。
 でも、少しでも接点を持ってしまうと、『助けなくちゃ!』という考えで頭が支配された。


 このジャムのおっさんは僕の事を魔王の子だと知らない。だけど、僕のことを嫌わないでくれた人だ。
 だから、助けたかった。僕のわがままだ。


 子供の僕が魔法を使ったことに対しても、ものすごく驚いていたようだけど、僕が使った魔法については、何も聞かれなかった。
 本当にいい人だよ、ジャムのおっさん。


 闇魔法は闇や重力を操る魔法だ。
 だけど、強力な魔法だという知識はあっても、どういう魔法なのかは知られていないのが幸いした。














―――が、この時の僕は少しだけ油断していた。
 ジャムのおっさんが助かった安堵から、気を抜いていたんだと思う。


 おっさんが乱暴に僕の頭を撫でると、僕のバンダナがズレて、黒い髪が露出してしまった


「なっ………! コレ………」


「え………? あ!!」


 絶句したようなおっさんの声に、僕は顔を上げると
 おっさんの手に握られていたのは、オレンジ色の、僕のバンダナ。


「か、………かえ、し………」




 もう、ダメだ。


 せっかく、嫌わないでくれた人なのに………


 せっかく、助けたのに………


 この、髪のせいで………


 また………嫌われる………


 また………


 ローラに、ピクシーに殴られ蹴られ、冒険者に剣を向けられたことが脳裏をよぎる。
 胃液が込み上げてきた。涙で視界が歪む


 無意識に、一歩だけ後ろに下がった






「動くな。今、隠してやるから。」






 僕が呆然としていると、なにを思ったのかジャムのおっさんは僕の頭にバンダナを巻いてくれた。
 しっかりと巻いてあることを確認したジャムのおっさんは、笑って僕の背中を叩いた。




「な、んで………? こわく、ないの?」


「ははっ 命の恩人を怖がってちゃ男がすたるってもんだ。感謝こそすれど、怯えるひつようなんざねえよ」


 呆然と呟く僕に、ジャムのおっさんは笑った。


 笑って、僕の頭を撫でて、去った。




 ………僕の頭を見て、怖がらなかった。


 驚いていた様子だったけど、怖がっては居なかった。




 ………なんだか、それが、無性にうれしかった。








――――助けてよかった。僕は間違ってなんかいなかった。






 心の中で暖かいものが込み上げてきた、その時。








バキ!




 という、ひび割れる音が聞こえた。




―――ビシビシ! バキン!!




 と、地面が割れ、あたりの地響きがより強くなった
 地面が揺れて、僕はとっさに地面にしゃがみこむ。


「なんだぁ、こりゃあ!」
「な、なに!? さっきからいったい何が起こってんの!?」


「あ………リオ! したなの!!」




 ルスカが叫んだ、反射的に僕は《ブースト》で真上に飛びあがった―――つぎの瞬間!




―――― バギャッ!!!




 僕がさっきまで居た足元の地面が割れ、近くにいたジャムのおっさんがその地割れに巻き込まれた。








「うおわあああああああああああああああああああああああ!!!?」


 おっさんが絶叫し、


 ガヂュ!! という肉を潰す音と共に、割れた地面から巨大な顎が現れ




 ゴクリ、と飲み込む音が聞こえる。


 おっさんが、巨大な顎に飲み込まれたのが見えた




「おじさん!!」




『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』






 いきなりの大音量に、耳を塞ぐ




 そいつは、咆哮して地面からのっそりとそいつが現れた。


 そいつは、背中には鉱石を思わせるゴツゴツした鱗を持っていた。








 その名は








 『鉄鉱石竜メタルドラゴン






 災厄をまき散らす、魔王のしもべ。






 あいつが叫んだ咆哮は、竜言語。








 意味は










 マ オ ウ サ マ 、 ミ ツ ケ タ 








 僕の幸せな夢は、一気に悪夢へと変わった。

















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