受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第50話 “勇者物語”についての考察









 薄暗い洞窟の中。
 ゴザック鉱山。


 ここは大昔にどこかのバカが大量に採掘したおかげで鉱山が洞窟みたいになっている。
 まぁ、最初から鉱山の中で仕事できるのはいいことだ。
 ほとんど廃鉱だし、ちょっと薄暗いけどね。


 炭鉱族ドワーフの親方、アッガイ殿がここ掘れわんわんと喚きたて、僕たちはそこに向かってつるはしを叩きつける。


 すると、少量の鉄鉱石の原石と言えばいいのだろうか。鉄の塊みたいなものが取れた




『ねえ、イズミさんは“勇者物語”って知ってる?』




 僕は小さな鉄の塊をトロッコに放り投げ、またつるはしで穴を掘り進めながら、イズミさんにつないだ糸魔法の念話で話しかける。


 僕の筋力じゃつるはしを持ち上げるので精一杯だから、闇魔法で持ち上げる時だけ重量を下げてるよ。


 ルスカは少しだけバランスが悪そうだけど結構足腰がしっかりしているから元気につるはしを振るっていた


 マイケルとキラは体が小さいのに筋力は高いから、ドワーフのおっちゃんたちと競えるくらい鉱山夫の役にたっていた
 みんなびっくりしていたけど、マイケルたちの冒険者カードの『竜人族』の欄を見て馬鹿力を納得していた


 ずるい






『“勇者物語”ですか。たしか、魔王を退治する英雄譚ですよね。400年前の話だそうですし、本当にあったそうですが、リオル達を見るまであまり信じられませんでした。』






 糸を伝って、イズミさんから返答が返ってくる。
 その間も僕はつるはしを振り上げ続ける。


 先ほどイズミさんと話をした結果、イズミさんは日本に住んでいた記憶を持った転生者であるらしい、ということがわかった。


 だから、人目を気にせず会話することができる僕の糸魔法の念話スキルでイズミさんと情報交換を行っている


 まぁ、仕事中におしゃべりしたらダメだから、手だけは動かすよ。
 ………お? なんか珍しそうな鉱石が出てきた。赤い鉱石だ。錆びてるのかな?




「お? 坊主、それは紅熱石こうねつせきだ。結構珍しい鉱物だぜ」
「そうなんだ、ラッキー」




 聞けば紅熱石こうねつせきとかいう熱を発する鉱物らしい。ちょっとだけお値段高いみたい。
 やった、ボーナスゲット!
 教えてくれたのは銀髪の冒険者。ジャムのおっさん。
 僕たちのことを気に入ってくれたのか、なにかと世話を焼いてくれる


 その間も、僕はイズミさんと念話をやり取りしていた。






『そうそう、その“勇者物語”の始まり方なんだけど、「どこからともなく現れた普通の冒険者」が主人公なんだよ。主人公の出生の情報がどこにもなかったんだ。もしかしたら、どこか別の世界から現れたんじゃないかなーって僕は推測しているんだよね』






『………ふむ。一理ありますね。私も、歴史に詳しそうな人に当たってみることにします』






『ありがと。でもさ、“勇者物語”っていっても勇者本人が書いたわけではないし、勇者が魔王と戦ったところを脚色して編集して見栄えよくするために改変されていると思うから、断定はできないんだよね』






 ん? そういえば、僕はわざわざつるはしを使わなくても土魔法で鉱石を検索して土を操ってこっちに引き寄せればいいのでは?
 と考え、その辺の岩にサーチを掛けると、鉱物の反応があった。


 これを土魔法でいじくって取り出してみると、不純物のほぼほぼ混じっていない綺麗な鉱石が取り出せた


 これで製鉄する人も楽になるんじゃないかな。
 ということで、トロッコにポイ


 ちらっとジャムのおっさんを見ると、目を丸くしていた
 あ、しまった。ついいつも通りに魔法を使ってしまった


 しょうがない。僕は人差し指をくちびるに当ててあざとくウインク。


 ガリガリと頭を掻いたジャムのおっさんはサムズアップしてくれた
 本当に物わかりのいいおっさんだ。ジンの弟子という設定の僕たちを『わけあり』だと判断して見て見ぬふりをしてくれた


 なんだよこのおっさん、優しすぎだろ。




『それでも、調べてみる価値はあると思います。私は東大陸から出たことは無いですし、若くして戦士長の地位に付きました。容易に旅に出れるような立場ではないのであまり知り合いは居ませんが、できることはやっていくつもりです。新しい情報が入り次第、リオルへと教えることにしますね』






『ありがと、すごく助かるよ』




 イズミさんの方を向いてきちんと頭を下げる
 イズミさんは採掘をしながら、僕たちが怪我をしないように監督してくれていた。
 面倒見のいい性格なんだね。
 ジャムのおっさんとどっこいどっこいだ。


「あー! またリオとイズミせんせが見つめあってるのー!」


 と、ルスカが僕の方を指差してふくれっ面をする
 トテトテと僕の方に走り寄ると、イズミさんの方を見れないように、ルスカが頑張って両手を広げ視界を遮ってきた


「え、えっと? ルー? どうしたの?」
「ダメなのー!」


 ルスカはぷりぷりと怒りながらダメだと叫ぶ
 ごめん、それじゃあなにが言いたいのかわからないよ。


「えー………なにがダメなの?」
「リオはルーのなの! だから、ダメなのー!」




 今度はぷくーっと頬を膨らませる。
 どうしよう、かわいい。




「あはは、ルー殿はリオ殿に妬いているのであります。幸せ者ですね、リオ殿!
 それにしても、ずっとイズミ殿と見つめ合っていましたが、これですか?」


 ミミロがつるはしを振るいながら僕たちを茶化してくる。そのおかげでようやく理解できた。こらこら、小指を立てるな。違うっての。


 だあああ! 違うと言ったら人差し指と中指の間に親指を差し込まないで!
 そんなんじゃないってば!


 ってジャムのおっさんもノって肘でつっつかないでよ!!


 ふぅ、だからルスカは勘違いして嫉妬してたのか。イズミさんとばかり念話で会話してて。


「もう、それならそうと言ってくれたらいいのに。えい」
「ぷぅ」


 僕は人差し指でルスカのほっぺたを突っつくと、『ぷっ』という小さな音を出してルスカの口から空気が抜けた




「むー! ………ぷっ」


「アハ、ルーはかわいいなぁ。大丈夫だよ、ルー。僕はちゃーんと、ルーの事が大好きだからね。僕はルーのものなんでしょ?」


「うゅ………うん。………にへへ、ルーもリオのことすきー!」




 抱きしめてなで繰り回してあげるとすぐに笑顔になってくれた。


「さ、仕事しないと親方にどやされるよ。ルー、一緒にやろっか」
「うん♪」




『仲が本当によろしいのですね』


 手を繋いで場所移動していると、念話でイズミさんが茶化してきた。
 なんというか、微笑ましいものを見る口調だ


『昔から僕の事を好いてくれてたのはこの子だけだからね。
 僕もこの子だけは命に代えても大切にしたいよ。
 ………っと、そろそろ怪しまれたくないから念話は切るね。』


『はい、わかりました。』






 念話スイッチオフ。
 とりあえず糸は幾重も枝分かれさせ、その辺にふわふわと漂わせておく。


 糸にも触覚があるから、無意識の内にも糸を出したままにしておけるように訓練した。


 これでもしもいきなり僕の半径5m圏内に何かが入ってきたらわかるはずだ。
 わざわざ視覚情報を組み込まなくて済む。




 うう、子供用とはいえつるはしをバランスの悪い身体で振り回していたからだろうけど、手が痛い
 小さい手のひらにマメができてはつぶれて筋肉が悲鳴をあげてもうやめてと言い放つ




 もうだめだ、腕が上がらない。
 僕の筋肉さんが限界を迎えた、その時






「お―――――っし、休憩!!」






 親方の号令にて鉱山にてつるはしを振るうみなさんは腰を下ろした


「うーっし、坊主、嬢ちゃんもよく頑張ったな!」


 ジャムのおっさんが僕の頭をくしゃっと撫でてからルスカの頭を優しく撫でた。
 こ、このおっさん、ルスカの撫で方まで熟知していらっしゃる!


 人見知りのルスカが気持ちよさそうにされるがままに頭を撫でられていた


 このおっさんは、子供が好きなんだろう。危険な感じじゃなく、ただ純粋に子供が好きなんだ。
 なんだか安心できる。


 うあー、僕も疲れたよ
 僕はその場にどかっと腰を下ろすと、ルスカが僕の首に手を回して背中にのしかかってきた




「ルー、大丈夫?」
「にへへ、へっちゃらなの! リオは?」
「僕は手がもう動かないよ。」
「みせて………いたそうなの」




 僕の背中越しに右手を取ると、ルスカは顔を歪ませた
 だが、ルスカはその手に対して光の治療をしようとは一切しない。
 双子だからなのか、僕が考えていることがわかっているのだろう。




「大丈夫だよ。このくらいへっちゃらだよ」


 もちろん、僕はこのくらいの怪我はへっちゃらだ。
 こんなもん、体が自由に動く状態であれば、怪我したウチにすら入らないよ。
 折れた足で歩く方が大変なんだ。このくらいで根を上げていたら前世の僕はいったいなんだったんだといってやる!


 マメができるのは生きた証拠だ。
 僕は生きた証拠のある右手でルスカの頭を肩越しに撫でた。この程度に治療は必要ない。


 ルスカは僕の左肩に顎を乗せて『ふにゃ~』なんて言ってる
 後ろから抱きしめるように僕に密着しているから、背中にルスカの心音が伝わって心地いい
 僕は目を閉じてルスカの体温を感じる。ああ、眠くなりそうだ。


 たぶん、今の僕とルスカの周りにはピンク色の結界が張ってあることだろう。
 誰にもこの時間の邪魔はさせない!






『ちゅー』






 ん? 誰だ、さっそく茶化してくるのは!
 空気の読まないミミロか? まったく、なにが『ちゅー』だよ。


 僕は人目くらいは気にするもん。
 ルスカとちゅーするならジンの屋敷に戻った後だね。




『ちゅーちゅー!』






 いやだからしないってば!
 いい加減にしてよミミロ。ピンクの結界を貫通してまで茶化してくるとは、とんでもない子だ。まったく。




「リオ、あそこ、なにかいるの」


「ふぇい?」




 と思ったらミミロさんじゃないみたいだ。


 ルスカの指を指す方向を見てみると、2mほど離れた場所の岩の隙間にあった穴から、ひょっこりと赤い鼠が顔を出していた
 糸を空中に漂わせているだけでは発見できなかった。さすがに地面まではわからなかったよ。この糸魔法は要改良だね、




『ちゅっ!』




 やあ、こんにちは
 キミは誰だい? 僕はリオル。魔王の子だよ。


『………きちゅー!』




 ははっ、だからキスはしませんってば。


 とかふざけている内に赤い鼠が岩陰から飛び出してきた


 体長は30cmくらいかな。尻尾も合わせたら60cmはありそうだ。
 かなり大きい


 しかも結構速い。おそらく、僕やルスカにターゲットを絞って襲い掛かってきているんだろう。
 はは、馬鹿な鼠だ。


 僕は手の平を上に向け、人差し指と中指の二本で馬鹿鼠を指差すと―――


「―――【浮遊スイート・・弱フロート】」




 というわけで、空中に釣りあげて身動きを取れないようにしてあげた
 格好つけて、発声と同時に指を上に向ける。


 格好つけたつもりだったけど、軽くアクションを起こした方が魔法の発動がしやすかった。
 なんかちょっとうれしい発見だ。機会があったらフィアル先生に報告しておこう。


 無意味に空中で暴れ回る赤鼠のながーい尻尾を適当にひっつかんで持ち上げる。
 食えんのかな。食えそうだ。
 うわ、尻尾は結構熱いな。なんでだ






「なんかこんなんつかまえたー」
『ヂュー! ギヂュ―――!!』




 とりあえず鉱山夫のみなさんに鼠を見せびらかすことにした
 なんなんだろう、この鼠。




「ん? うお! 火鼠じゃねぇか!」


 見せびらかしたらジャムのおっさんが教えてくれた 火鼠?
 確かに尻尾が熱い。だけど燃えているようには見えない


 ちらほらと人が集まってきた


『これは、なに?』


 拙いながらも東大陸の人間語で説明を求める。


 ワットイズディス。この単語があれば大抵のことは解決できる。これ大事。


『Dランク相当の火を吐く鼠だ。初心者殺しとも言われる。よく捕まえられたな』




 Oh! 早口で東大陸の言語を言われても理解できないよ。
 助けてイズミ先生!


「Dランクの火鼠です。東大陸では初心者冒険者がこの鼠の犠牲になります。見た目が大きい鼠ですが、ネズミということで油断して火鼠に逆にやられてしまうという事例がよくありますね。火に強い鼠で、戦闘力はさほど高いわけではありません。Dランク下位の魔物です。」


 そんな時に我らが先生であるイズミ先生が助け舟を出してくれた


 ありがとう。たすかった


 っていうか、このネズミ、ガウルフとタメ張るんだ。結構つよいネズミだね。
 Dランクは初心者から抜け出した程度の冒険者が挑んでやっと勝てるようなレベルのはず。
 そりゃあこの程度の大きさだと油断してたらやられるわな。


「うーん。どうしたらいいかな。」


 東大陸の人間語で『さすがはジンさんのお弟子さんだ!』と褒めちぎられる中、僕は僕の手の中(尻尾を掴んでいるだけなんだけどね)で暴れ回る火鼠を見下ろす。


「毛皮には火耐性が付いているので、高く売れますよ」


「あ、じゃあ毛皮は剥いじゃおう!」


 なめし方もばっちりわかるからね。お金になるならそれでもいいや
 火鼠の皮衣は夢のあるアイテムだ。5つの宝の一つだし犬の夜叉だって着ていたしね。


「ただ………」
「ん?」




 なんだか暗そうな声を出したイズミさんに疑問を持った
 なんだ?




「火鼠は臆病な性格の為、巣穴から出てくることはほとんどありません」


「………というと?」


「巣穴から出てくるときは、身に危険が迫った時だとか………」




 ………あ、どうしよう。すっごく帰りたくなった。
 なんか変なフラグ建てちゃったよ………




 土魔法で作った肉切包丁を道具袋から取り出してサクッと火鼠の命を刈り取ってから毛皮を引っぺがし、四次元道具袋に放り込む。


「やけに慣れた手つきだな、坊主。」
「まぁね。ホワイトベアーの解体もやったことあるよ。3回くらい」


 懐かしきホワイトベアー。ゼニスに蹴られただけで絶命した記憶がある


「なんでまたそんな、坊主が倒したのか?」
「いやまさか。ゼニスが倒したのを、僕が解体したんだよ」


 おかげで関節に詳しくなったよ。
 今なら牛や豚の解体業もこなせそうだ。


「ゼニスって、まさかSランクの魔眼のゼニスか!?」
「え、知ってるんだ」
「知ってるも何も、有名人じゃないか。なんでそんな人と知り合いなんだよ」
「だって、僕たちはゼニスに育てられたし」
「はぁ!?」


 驚くジャムのおっさんの顔が印象的でした。
 僕の冒険者カードを見せると、連絡先の所に


 ゼニス(S)ジン(S)


 って書いてあるのを見て口をあんぐりさせていた
 ね? ほんとうでしょ?


「と、とんでもねェ子供だな、お前ら………」
「僕もそう思う」


 結局、その後火鼠が数匹出てきたが、作業を中断することなく採掘を続けた


「こんにゃろー! おれがたいじしてやるー!」


 マイケルだけはつるはしを振り回して火鼠と格闘していたけど、とくに誰も注意しなかった。


 まぁ、襲い掛からない限り火鼠は人間に危害を加えることはあまりないそうで、心配はしてないそうだ。
 マイケルについては、実際バッタバッタコオロギと打倒していくので心配してないんだって


 それにしても、みんなたくましすぎるよ。一応火鼠はDランクだよ、もっと警戒しようよ。
 そういったら、もちろん警戒はしているが危険と隣り合わせなのは当たり前の世界で何言ってんだ。仕事が大事だと言い返された。


 ぐすん。


 世の中の社畜は冷たいです。



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