受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第49話 前世の記憶

 というわけで、乗合馬車に乗って旅に出た僕たち。
 いまからするのは『はじめてのおつかい』


 ドーレミファソラシド♪ ドシラソファミレド♪


 某番組で有名なこの曲が頭から離れないのは仕方のない事だと思う。


 はじめてのおつかいで採掘作業をしなければならない5歳児とはいったいどこにいるのだろう。
 僕のことだね!


 火山灰によるシラス台地のせいで薬草採取系の依頼がないから仕方ない。


 乗合馬車だから、結構な人数が馬車に乗っている。


 その馬車をを引く馬も大変そうだ。3頭いるから大丈夫でしょうけど。




 馬車で1時間ほどの鉱山らしい。そこはまだ鉄鉱石竜メタルドラゴンの被害を受けていない鉱山らしく、集中的に人が集まり、町の近くの鉱山ということもあり、今はほとんど廃鉱みたいなものだ。


 大昔には良質な鉄鉱石とか珍しい鉱石がいっぱいあったみたいだけど、その大昔にどこかのバカが競ってこの鉱山から良質な鉄鉱石を採掘しつくしたみたいだよ。
 誰なんだろうね、そのバカは。


 一応まだ金属が埋蔵しているっぽいから、現在では必死こいてその少量の金属を掘り起こそうとしているに過ぎないんだってさ。


 現在のこの鉱山の埋蔵量もさほど多いわけでもないだろうし、えさを求めて鉄鉱石竜メタルドラゴンがやってくる心配もほとんどないそうな。




 だから、鉄鉱石竜メタルドラゴンのせいで鉄鋼不足の今でも、Fランクの依頼として受け付けているみたいだよ


 馬車に乗っている人たちは人間が3人、ドワーフが5人。他の亜人は居なかった
 みんな、僕たちと同じようにFランクのこの依頼を受けに来ている人たちだ。


 そのなかで僕たちのような子供は異質そのものだろう




 みんながちらちらと僕たちの方を見ていた。
 僕はもう視線は気にしないけどね


「おう、こんな子供が採掘たぁ、世も末だな。ヘタるなよ、坊主」


 そんな中で気さくに話しかけてくれるおっさんは貴重だ。
 ありがとう。


 おっさんの名前は『ジャム』さん。銀髪の人間の冒険者で、現在ソロDランク38歳独身
 ジャムおっさん。なんちゃって。


「がんばるよ、お金は欲しいからね。ジャムおじさんも小遣い稼ぎ?」
「そんなところだ。」


 このジャムのおっさんは、もともと中央大陸に住んでいたみたいで中央大陸の人間語で会話が成り立つ
 嗚呼、懐かしき故郷………は紫竜に破壊されたんだった。




 それはそうと、馬車で一時間っていうのは結構暇だ。
 なにか暇を潰せるものがないかと考えを巡らせる




 ということで………




『今は昔。竹取たけとりおきなといふものあり………』
「「「 けりー! 」」」


 そういうことで、僕は今、子供たちに竹取物語を暗唱してあげていた。
 まぁ、キラやマイケルやミミロ、ルスカが日本語が理解できるとは思ってはいないけどね。


 ただの僕の暇つぶしだからどうだっていい。


『野山にまじりて、竹を取りつつ、よろずなことに使ひ………』
「「「 けりー! 」」」




 意味も分からず、『けり』の所だけ元気に言い放つキラとマイケルとルスカ


 元気に「けりー!」と言い放つたびにキャッキャと笑い転げる。
 なにが可笑しいんだろうか。僕には全くわからない
 子供の笑いのツボが理解の範疇の外にある。この子たちが楽しいならなんでもいいや。


 そして、これ以上の暗唱もできるかわからない。僕の記憶力もこれが限界だった。
 楽しそうに笑い転げるから僕はこの二節をずっと続けていたけど………


 ずっとこのループで僕も飽きてきちゃった。




 仕方がないから、竹取物語の現代語訳、かぐや姫を中央大陸の人間語にさらに訳しなおして披露してあげよっかな。
 この子たちの暇つぶしくらいにはなるよね。






「………。」




 視線を感じた。




「……………なに?」


「いえ………なんでもありません」


 僕が暗唱している間、赤竜戦士長のイズミさんは、なぜか僕に視線を向けていた。
 なんだったんだろう?


 そんな疑問も、すぐに解決することになる。








  「……………  竹取物語ですか。」




 ぼそりと何かを呟いていたけど、僕にはよく聞こえなかった。














……………
………









「………こうして、かぐや姫は月に………じゃなくて天空の城、ホリデの城に帰ってしまいました。」


 僕の話を熱心に聞いていたみんな。


 いつのまにか、ミミロやイズミさんまでも僕の話を聞いていて、イズミさんは馬車の皆さんに東大陸の人間語で通訳までしていた。


 乗合馬車は静まり返り、僕の声と僕の声を通訳するイズミさんの声しか、誰も発しない




「残されたみかどは、かぐや姫から渡された不老不死の妙薬の入ったツボを、ホリデの城に一番近い場所、富士………じゃなくてアルノー山脈の頂上にて破棄したそうです。
 彼は最後にこう言いました『かぐや姫のいない世界で長生きする意味は無い』と。おしまい」




 適度にこの世界に合わせた改変を行いながらかぐや姫を語り終えると、乗合馬車のむさくるしい男たちに拍手された。
 なんでや
 ちなみに、かぐや姫は天空に浮かぶ城、《ホリデ城》に帰ったってことにしているけど、この世界には本当に空飛ぶ城が存在していやがった。


 上空3万メートルほど上空を飛んでいるからか、地上からはほとんど見えないし、行く手段もない。


 なんせ飛行高度の高い紫竜が2万8千メートルが限界だし、それ以上の高度となると、ロケットくらいしか思いつかない。
 この世界にそんな技術があるとも思えないしね。


 でも、たしかに上空3万メートルに巨大な城が存在する。すごいよね。


『いい暇つぶしになったぜ!』
『案外面白かったぞ、お前が考えたのか?』


 僕のかぐや姫を聞き終えた何人もの男に僕の頭をぐりぐりと蹂躙され、バンダナだけは死守したけど心臓に悪い思いだった


 ジャムのおっさんは頭を撫でることが好きなのか、はたまた子供が好きなのか。
 僕の頭を結構執拗に撫でていた。
 ちょっ、やめて! バンダナとれちゃう! ハゲちゃう!


「燕の子安貝が、まさか糞だったとはな。さすがに笑っちまったぜ!」
「えへへ、ありがと、ジャムおじさん」


 こんな感じ。ちやほやされるとなんかうれしい。
 ジャムのおっさん以外はなんて言ってるのかぜんぜんわかんないけど。


 あ、もちろんジャムおっさんだけはなんて言ってるのかわかるよ。
 なんてったって中央大陸の人間語だしね!


『不老不死っておまえ、ズメラ教か? 邪教徒だったら関わり合いにならねェ方がいいんじゃねェか? ホリデ城ってのもたしか………』


「………?」


 ドワーフの一人が何かを言うと、場の空気がなぜか濁ったような気がした
 東大陸の人間語で『ズメラ教』『邪教徒』って聞こえた。


 なにそれ?


『なーに馬鹿なことを言ってやがんだ、ジャムに聞けばジンさんとこのお弟子さんらしいぞ。邪教徒なわけあるかよ! ぎゃはははは!』
『すまねぇ、すまねぇな坊主! 機嫌を悪くしないでくれ』


「………なんだかなぁ」


 誰かが変な冗談でも言ったんだろうか。




「リオ! おもしろかったの!」
「にーさま、またおねがいしますなのです!」
「にーちゃん、つぎはかいぶつをたおすはなしがいい!」
「リオ殿はお話の才能がありますね! わちきも聞き入ってしまいました!」


 まぁ、ちやほやされるのはうれしい。
 子供たちからも絶賛だ。


 怪物を倒す物語は………ももたろさんでいいかな?
 馬車は暇だから、いろいろな昔話を語ってあげよう。
 『ももたろさん』のつぎは『おむすびコロコロ』だ。


「………………。(じー。)」


 ちやほやされるのはうれしいんだけど、イズミさんがなぜか僕を得体のしれないものを見るような目付きになっているんだよね




「………なに? イズミさん」
「(………あとでお話があります)」
「え?」


 さすがに不愉快になってきたから聞いてみると、 小声でそんなことを言われた。


 なんだか嫌な予感がする






                  ☆






 鉱山に到着した!




 と思ったらイズミさんに首根っこ掴まれて誘拐された


 まぁ、実際は人目に付かないところに連れてこられただけ。


 ………ん? ああ、それ誘拐じゃん。




 ジンの事は信用できるけど、赤竜戦士長のこの人は信用できるだろうか。
 なぜ人目に付かないところに連れてこられたのかわからない。




『リーオー! どーこー!』
『リオ殿―! イズミ殿―! 何処でありますかー?』
『にーさまー!』
『にーちゃーん!』
『坊主―、どこに行きやがったー? トイレかー?』


「ねえ、みんなが僕たちを探しているみたいなんだけど。話ってなにかな?
 僕は早くみんなの所に行きたい」




 平静を装ってイズミさんに告げる。
 糸魔法は魔眼持ち以外には視認できない。


 なんか僕たちのことを多少気に入っているのか、ジャムのおっさんまで僕を探してくれていることが、なんだか無償にうれしくなった


 でも、今は感情を捨てよう。何があるのかわかんない状況なのだから


 僕は糸魔法でイズミさんの周りを囲んで、一挙手一投足を見逃さないように全方位から監視する
 さらに、余計な気を起こすようであれば即座に首を落とせるようにイズミさんの首に糸を通していつでも首を落とせるような状況を作った。


 万が一イズミさんが僕に攻撃を仕掛けるようなことをするのであれば、即座に首を切り落とすつもりだ。


 ただ、イズミさんは赤竜の亜種である【紅竜】だ。
 人間形態とはいえ、竜の首を僕の糸で切断できるかどうかはわからない。
 油断だけはしないようにしよう


「ええ。話は少しだけ長くなるかもしれませんが………。それほど時間を取らせないつもりです」


 ならいいんだけど………。


 なんだかイズミさんの雰囲気が重いというか………。




「じゃあ、僕になんの話があったの?」


「ええ。単刀直入に言います。」


「うん………」




















『リオルには『前世の記憶』はありますね?』




















「っ!!」




 それは、僕が聞きなれた日本語で
 それは、この世界のなまりが少しだけあって。
 それは、僕の頭の中に、ごく自然に染み込んできた




「………やはりありましたか。」






 どこかホッとしたような息を吐くイズミさん
 僕は、なぜこのタイミングでこんなことを言われるのかわからず、混乱していた




 なんなんだよ、この人………
 敵なのか? わけわかんない




「警戒しなくても何もしません。私にも前世の記憶があるのです」
「………本当?」
「………ええ。今まで、私と同じような者を探しましたが、誰一人いませんでした。
 あなたは『竹取物語』を語っていましたね。それでピンときました。同じ日本出身の方と、初めてこの世界で出会えました………」




 イズミさんの眼尻に涙が溜まる


「わわ、泣かないでよ! 僕も、まさか同じ日本出身の人に出会えるとは思わなかったよ。そもそも、僕以外の前世もちの人に出会ったのは初めてだよ」


「………私もです………何年も探しました。ようやく………ようやく見つけました………。
 ずっと、私一人だとおもっていました………」






 なんなんだよ、まったく………
 僕はイズミさんを囲んでいた糸を解除してイズミさんの手を握る


 すると、イズミさんはしゃがみこんで僕を抱きしめた


 ………しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ。
 落ち着いてもらえるように、ルスカをあやす時と同じように、短い手をイズミさんの背中に回して軽く撫でる。


 イズミさんはすぐに落ち着いた。
 落ち着くと「すみません、ありがとうございました………」
 といって僕から離れた。




「リオルは、何歳で死んだのですか? 私は20歳で交通事故です」


「僕は13歳。転落死だよ」


 僕の死因って何になるんだろう。自殺?
 それとも、本当に『ふざけてたら勝手に落ちていた』ってやつ?




 まぁ、イズミさんにそんな暗い話をしたいわけじゃないから、転落死だとだけ言っておく。
 いじめられて窓から放り投げられた、なんて言えるわけがない。


 僕はイズミさんとルスカ達の所に戻りながら話をすることにした




 イズミさんは《紅竜》として産まれ、数年で人化の術を覚え、さらに戦士長にまでなった。


 確かに早いし何より若すぎる。
 不自然なくらいだ。


 その《紅竜》としての膨大な魔力。
 竜の強靭な身体。それがイズミさんの持つ武器だ。
 それに、もともとが人間。それが短期間で人化の術を覚えられたわけなんだろうか。


 対して僕も同じようなことが言える。


 体は強靭ではないけれど、《魔王の子》として今代の神や魔王を上回る魔力を持つと言われる僕。


「………ふーむ。僕たちの他にもこの世界に飛ばされた人が居るかもしれないね」
「………そうですね。もしかすると、この世界に飛ばされた人たちは、何かしらの恩恵を受けている可能性があります。」
「ふうん。僕は恩恵っていうよりも呪いの方が強い気がするけどね。」




 だって生まれてすぐ村八分。


 恨まずにはいられないよ。


「私の場合は、本来赤竜では使用することができない、《水魔法》を使えることでしょうか。」


 竜は独自の竜魔法があるため、色の属性に合った魔法の他に普通の魔法を使うことができないらしい。
 つまり、イズミさんは火属性の魔法と水属性の魔法と竜属性の魔法を使うことができるようだ。


 そういえば、ジンが言っていたな。


『生きのいいマグロを捕まえて《水魔法》で凍らせたものがある』




 てっきり人間族の水魔法で凍らせたのかと思っていたよ
 これもイズミさんがやっていたのか。


 僕は魔王の子だけど、そういう 恩恵 ってないな。あるとすれば、あまり考えたくないけど、《魔王の子》であることがその恩恵に当たるのだろうか。






「あ、リオ! さがしたの!」
「心配しましたよ、リオ殿。イズミ殿も! 採掘の親方のアッガイ殿が呼んでいました!
 わちきたちの『はじめてのおつかい』、なにがなんでも成功させましょう!」




 ルスカ達が僕たちを見つけたようだ。
 僕は手を振ってルスカ達を迎える。


 ルスカは《神子》だ。


 《魔王の子》である僕と正反対の《神子》でも、ルスカは前世の記憶を持っているという素振りはまったくない。
 イズミさんが同じ考えに至った様なので僕が小声で補足する


「僕はルスカにいろいろ聞いたよ。双子の妹だもん、最初に怪しむのは当然だからね。
 携帯電話のこと。テレビのこと、パソコンの事。ゲームや漫画やアニメのタイトル。
 でも、ルスカは何一つ知らなかったんだ。」




 だから、ルスカは本当に真っ白な状態で《神子》として産まれたことになる。


「………そう、ですか。残念です。」


 表情に出さず、残念そうに肩を落とす。


 ………あ、そういえば!


「あと………これが関係あるのかどうかわからないけど、ミミロは、前世の記憶があるよ」


「え!? ミミロもですか!?」


「へ? わちきがどうかしたのでありますか?」




 イズミさんが大声を出してしまい、ミミロにも聞こえてしまう。
 ミミロに何でもないと言って、僕は糸魔法の念話を使って会話をすることにした。


 糸魔法の念話がこんな所でも役に立つ。便利だ。
 イズミさんはすこしびっくりしていたけど、すぐに真顔になった。


『といっても、日本の記憶じゃない。紫竜として生きた時の記憶があるんだよ。もしかしたら、魔王の子である僕や色竜カラーズドラゴンの亜種みたいな“突然変異種”には前世の記憶が付いてきやすいのかもね』


 見たことは無いけど、『紫紺しこん竜』と『くれない竜』以外の亜種である 『群青ぐんじょう竜』『黄金こがね竜』『濃橙のうとう竜』『深緑しんりょく竜』『濃藍こいあい竜』に会う機会があれば、前世の記憶がないか聞いてみるのもいいかもしれない


 藍竜あいりゅうは『濃藍のうらん』じゃなくて『濃藍こいあい』だって。へんなの。






『………それにしても、私達が前世の記憶をもって生まれた意味ってあるのでしょうか』


『うーん、無いと思うよ。どうせ僕たちは一度死んでるし、帰る気も帰る方法も帰る場所もないんじゃ生まれた意味を探しても意味ないと思う。せっかくだから新しい人生………竜生? を楽しんじゃえばいいよ。 僕なんか楽しみたくてもホラ、《魔王の子》だからね。将来が不安だよ。魔王様なんてものにもあったことないのにさ。』


 僕が肩をすくめてそういうと、イズミさんはフッと笑った。


『そうですね。生まれた意味を探しても意味がないですね。ようやくその答えにたどり着けました。』




 そう言ってほほ笑むイズミさんは、なんだか憑き物が取れたようなすがすがしい顔をしていた








「むー、なんだかリオがイズミせんせとずっとみつめあってるの!」




 その隣で、ルスカが頬を膨らませていた。
 リスのマネかな? かわいい。





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