受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第39話 ☆さようなら。







「あ、リオ殿! 無事でありましたか! 誘拐されたと聞いて心配しましたよ」




 宿屋の大部屋に戻ると、ミミロがマイケルに膝枕してあげていた。
 マイケルは黒竜の姿に戻っている。


 やっぱり、マイケルも擬人化にはまだ慣れてないんだな。
 ミミロも慣れていないはずなのに、ミミロはまだ2歳児体型のままだ。


 これは、年の功かな? 現時点では魔力の量もミミロの方が多いし、それも関係してるかもね。




「おやおや? なにやら浮かない顔をしているご様子でありますね。
 こんなわちきでよいのでしたら、相談に乗ってさしあげてもよろしいのでありますよ?」




「………聞いてくれる?」




「もちろんであります! わちきとリオ殿との仲じゃないですか。遠慮なんかいりませんよぅ」


 そういってミミロはマイケルの頭を2,3回撫でた。
 マイケルはくすぐったそうに身をよじるが、すぐに気持ちのよさそうな寝息を立てる




 こうしてみると、竜体型も結構かわいいな。




「ありがと。攫われた時に僕のお母さんに会ったんだけど―――」






 先ほどの事まで、ミミロに全部話してみた。


 終始ミミロは聞きに徹し、時々相槌をうち、時々難しい顔をする。




 最後まで聞き終わったミミロは、僕が言った言葉を咀嚼するかのように何度もうなずき




「こんなに難しい話をされるとは予想外であります! ブラックすぎますよ、なんなんですか!」


「ミミロが聞いてくれるって言ったじゃないか!」


「ええ。聞きましたとも。わちきはいつだって真剣であります。
 だからこそ言いましょう。リオ殿が悩んでいることはちっぽけであるということを。」


「どういうこと?」


「いいですか? リオ殿は今、少しだけ後悔しているのです。」


「……………。」


「ローラ殿の所に戻った方がよかったのではないかと。」




 たしかに、そうかもしれない。
 そうした方が、ゼニスに負担がかからないし、僕たちの本来の母親のもとで暮らすことができる。
 そういう後悔。


 だけど、後悔はすれど、やはり僕は一緒に生活はできそうにない。
 一度だけローラを信じたと言っても、僕はローラや村の人たちがしてきたことを忘れることはできない。


 最終的には息が詰まる思いがするのは目に見える。


 僕のそういう表情を見て、ミミロが笑った。


「ほら、答えが決まっているのに悩んだって無駄無駄であります。
 リオ殿は思考がぐちゃぐちゃで整理がついていないようなので言って差し上げましょう。
 リオ殿は最初から答えが決まっているのにグダグダと悩んでいるだけ。
 まぁ、後悔しているのはほんの少しみたいですし、しばらくしたらまたいつもの皮肉をローラ殿に言いたくなるでしょう。今のもやもやした気持ちはほっとけばいつかは治ります。
 ですが、そんなに気になるのであるならば、後腐れなくスパッと縁を切っちゃえばいいのです。
 それも嫌なのであれば、プレゼントの一つでも寄越してあげたらどうでありますか?
 そして『また来る』とでも言って、二度と顔を出さなければいいのであります。」


 意外と、ミミロはしたたかだったようだ。
 たしかに、グダグダと悩んだりローラの事を引きずるのはよくないね。


 馬鹿らしい。ミミロの言うとおりだ。
 男らしく、スパッと物事を決めよう。


「プレゼント、ねぇ。ありがとう。ミミロに聞いてみてよかったよ。
 なんか、僕の中でも整理がついた。助かったよ。」


「お役にたてたようでなによりであります。
 一応わちきも二児の母でありますし、ローラ殿の気持ちもわからないこともないです。
 子供と離ればなれになるのは辛いのですよ。」


「………そうだね。」


 ミミロはマイケルの頭を撫でた。


 見た目は2歳児。実年齢は4歳。
 でも、ミミロは二人の子を産んだばかりの母親だ。
 その言葉は重くのしかかった。


「それ以上に、わちきはローラ殿を許せません。わちきは自分の娘息子が白竜だ黒竜だといって差別するつもりはありませんし、リオ殿のようにいじめられることがあれば、わちきは絶対に、命に代えても守ります。子は宝なのであります。
 自らの宝を大事にできないものは、わちきは信用することはできません。
 わちきの個人的な意見を申すのであれば、明日の朝、何も告げずに町を経ちましょう。」




 ………それもいいかもしれないね。
 一応、保険も掛けておこうか。


「ルー、やってほしいことがあるから、ちょっときて」
「は~いなの♪」




「それじゃ、ゼニス。明日の朝、日の出と同じくらいの時間に宿を出ようか。」
「うむ。了解した。」








                  ☆






 翌日。


 日の出と同時刻。宿屋を出た。




「………ファンタの町にはローラが住んでいる。それがわかっただけでも良かったよ」


「うむ。最初の頃の『殺したいほど憎い』という感情は収まったか?」


「とっくにね。今はあんまり怒っていないんだ。すこしだけ心の中のドロドロが解けたよ。」




 いろんなことがあった。


 盗賊に攫われた。
 ローラを見つけた。
 ローラと言いあった。
 ローラを信じることができた。
 ゼニスに叱られて自分のダメなところを見つめ直した


 皮肉については自然と口から出ちゃうから今のところは直しようがない。
 無理だ。
 不可能だ。


 だから、それ以外。
 もうちょっと効率よく動けるようになる練習でもしなければ




「むにゃ………。」




 あと、ルスカと離れてみる特訓もしないとな。


 ゼニスに背負われているルスカを見る。
 幸せそうな寝顔で微笑んでいる。


 かわいい。


 ちなみに、白黒キラケルとミミロは擬人化の練習をしながら僕たちと歩いている。
 大変だけど、人が居なくなるまで待ってね。すぐゼニスに飛んで連れてってもらうから。






「リオ!!」






 ファンタの町の門から出ようとしたら、直前に声を掛けられた。
 ああ、去る前に夜明けと同時に町を出るって言ったし、聞こえちゃってたのか。


 何も言わずに去るつもりだったのに。




「リオル。行って来い。最後のあいさつだ。」
「………うん。」






 一度ゼニスたちから離れてローラの元に向かう。




「………ローラ。」
「リオ………。」


 ローラは僕に目線を合わせてから、僕を抱きしめた。


「ローラ。昨日は酷いこと言ってごめんね」
「ううん。リオは正しいよ。昨日ね、おばあちゃんにリオのことを話したら、怒られちゃった」
「『悪魔なんぞの手を借りおって』とか『悪魔を住まわせるなんぞできん』とかそんな感じ?」
「あはは………まさにそんな感じ」




 やっぱりか。
 渇いた笑いだ。笑えていない。
 僕はローラの腕をかるくたたいて抱きしめから解放してもらう。


「こうなるってわかってるんだよ。ローラも見たでしょ。ウサ耳さんが取り乱して僕を罵倒してたところ。」
「………うん」
「僕は《魔王の子》だからね。魔王様なんて見たこともないけど、これだけは変わらない。
 僕はどこに行っても嫌われる。なにもしなくても嫌われることはわかっているし、すでに嫌われている人の所になんてローラだって住みたくないでしょ?」
「そのとおりね。……‥ごめんね。」
「あと、またローラにもひどいこと言っちゃうけど、やっぱり僕はローラの事は好きになれないし、我慢もしたくない。だから、今は僕のこの選択に後悔はないよ。」
「うん。それでもいいの。ただ、約束して」
「………なに?」




「何年たってもいい。いつか、わたしに無事を知らせに来て………」




「………いつになるかわからないけどね。いいよ。」


 僕は上着のポケットからちっぽけな石を取り出した。




 この石は、以前魔法屋のババアの店で買ったものだ。




「この水魔結晶にはルスカの《氷壁アイスウォールex》が込められているから、お守りに使ってよ。ルスカの魔力だから、効果は僕が保証する。発動キーは『氷壁アイスウォールex』だよ。これを唱えて、あとは魔力を込めれば発動する。」




 この水魔結晶に、ルスカの水魔法を込めてもらった。
 exとついているのは、込められている魔力が尋常ではないからだ。


 ちっとやそっとでは焼いても溶けない氷だ。


「………ありがと」


「最後に一つ。お兄ちゃんとして、僕からのお願い。リールゥを、幸せにしてやってね。」


「ええ…………ええ。約束するわ。」




 僕はローラの方を向いたまま、2歩ほど下がる。
 もう、ローラに用はない。渡せるものはわたした。


 はやくケリー火山へと向かおう。




「ねえ。わたしからも、最後に一つ、聞いてもらってもいいかな?」


「………なに?」


「『リールゥ』の名前はね。リオとルーの名前からとって付けた名前なの。
 『リオとルスカの二人分も愛する』っていう思いを込めてね。」




「ルスカに対してはともかく、僕に対して愛があるのか疑問だけどさ。一応それで納得しといてあげるよ。リールゥの幸せは、お兄ちゃんからの願いだ。じゃあね、ローラ。いつかきっと、もう一度会いに来るよ。」










 もしかしたら、もう二度と会うこともないかもしれない。
 それでも、振り返る必要はない。


 きっとまた、会いに来る。
 その時まで、僕を裏切るようなことをしないように祈るよ。




「……………っ! うぅ………」




 ローラの嗚咽が聞こえる。


 ローラは僕やルスカと一緒に暮らすことを望んでいた。
 でもそれはもう叶わない。


 ルスカも、ローラの事を覚えていないのに、いきなり一緒に住むとか言われても混乱するだけだ。
 だから、ルスカだけここに置いていくこともできない。
 そもそも、ルスカは僕と離れたがらない。




 僕とルスカはゼニスたちと一緒に行く。






 だから、






 さようなら。おかあさん。











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