受難の魔王 -転生しても忌子だった件-

たっさそ

第37話 魅了眼のラピスドット



 ファンタの町に着くと、町が活気づいていた。
 最初にこの町を訪れた時とは雲泥の差だ。


 この町で攫われてしまった人も多いしわけだし、再会を喜ぶ家族の姿を見ると、僕が攫われたかいがあったというものだ。


 ………僕は何かをしても、ただの蛇足だったけどね。




 あと、フィアルから聞いたけど僕が攫われる少し前に服屋の店員が盗賊に殺されたらしい。
 知らなかったとはいえ、助けられなかったことが悔やまれる。






―――ひそひそ


―――ひそひそ




「………ゼニス。なんか見られてるんだけど………」


「それはそうだろう。私達が盗賊たちを倒したことも、お前が魔王の子であることも、すでに皆が知っておるはずだ。」


「………目立ちたくない」


「そうもいかん。私達も考えているからな。捕らえられている奴らを救ったのはお前ということになっているのだ。」


「なんで? 僕は何もしてないのに」


「お前が世間体ばかり気にするから、私達が計らってやっているのだ。
 リオルは盗賊に正体をさらして囮になり、わざと(笑)捕まった。
 場所を把握した私達がそこを急襲した。筋書はそんなところだ。」


「ねえ、今鼻で笑ったよね。」


「気のせいだ。」


「絶対笑ったよね!」




 ………でも、ありがとう。ゼニス。 








「………ぷっ」


「こらラピス! あいつは魔王の子なのよ! あの子を見ちゃだめよ!」


「でもおかあさん。ぼくはあの子すきだよ。ふわふわしててふうせんみたいでおもしろい。でも、いつか割れちゃいそう。」


「まったく………何を言ってるのよ」




 僕がゼニスと話していると、一緒につかまっていたウサ耳のラピス君が僕を見ながら母親と何かを話していた。
 なになに。僕を馬鹿にしているようなはなし?
 だったら嫌だな。


 ウサ耳さんはなぜか僕の事をめっちゃ嫌っているし。




「うーん。とにかく、ぼくはあの子にありがとうって言ってくる。おかあさんもあの子のおかげで助かったんだから、ありがとうは言った方がいいと思う。あと、ごめんなさいも言った方がいいと思うな。あの子、ちょっと傷ついてるよ。」
「あ、待ちなさい! ラピス!」




 ウサ耳さんの制止を振り切って、ラピス君が僕の方に小走りでやって来た




「ねえ。」


「ふえ!? な、なに!?」




 同年代の子と、初めて会話した。
 僕は今まで同年代の子と話すことは無かったから………。
 話そうとしたら石を投げられたから。


 ルスカ以外の子供はみんな僕に向かって石を投げる存在なんじゃないかって思えてくる


 僕はゴクリと唾を飲み込んでから頭を振る。
 そんなことは無い。
 彼の目を見ろ。


 好奇心で石を投げる子供の目ではない。


 好奇心があるのは同じだけど、敵意は無い。
 誠意をもって接しよう。たとえ彼が子供であっても、この会話は僕にとっては一生を左右すると言っても過言ではない交渉だ。


 同年代の子供と、はたして僕は会話が成立するのだろうか。




「………ぷっ」
「へ?」




 僕が身構えていると、ラピス君は何を思ったのか、吹き出してしまった




「クスッ ごめんね。はなしかけだだけなのに、すごくびっくりしてたから」
「う、ごめんね………」


 別にコミュ障ってわけじゃないはずなんだけどなぁ。
 同年代っていうのが苦手なんだろうか
 そうかもしれないな。同年代にトラウマがいっぱいある。


「ううん。きにしてない。でもやっぱり、おもしろいね、キミ。」




 ラピス君はぷるぷると手を振って何でもないとアピールする
 僕、そんなに面白かったの?


 いやいやそんなまさか。
 同年代の子と会話するのがすごく久しぶりで油断していたところがあるけど、この僕が面白いなんてあるわけがない。
 だって魔王の子だよ。
 悪のカリスマだよ。僕は悪じゃないけど。


 なのにおもしろい、なんて言われてしまった。
 でも、不思議と不快感は無いので、たぶん褒めている………んだよね?


「えっと………ありがとう?」
「うん、どういたしまして。」


 ラピス君はにこっと笑って僕の手を取った
 小さな手だ。
 ルスカよりも小さい手である僕よりも小さい。


 ぷにっと僕の手の中で何かが潰れた。
 ラピス君のこの手、肉球があった
 よく見ると、手が小さい、というわけではなく、指が少し短い。
 確か兎って普通は肉球はなかったよね。前世の本屋で動物図鑑を読んでいたから知ってる。
 肉球がある兎の種類もあるみたいだけど、その種類の獣人かな?


 手が小さかったように、この子の身長もぼくよりほんの少しだけ低いかな。
 でも、ウサ耳の存在感が大きくて僕より背が高く感じてしまう。




「ぼくからもありがとうを言いたい。どうくつから出してくれてありがとう。」


 ラピス君がぺこりと頭を下げると、ウサ耳が垂れた。
 肌触りがよさそうな耳だ。


「いや………僕はなにも」
「ぼくは『視』てたよ。とうぞくたちをたおすところ。」
「そうだけど………あれ、意味がない行動だったよ」


 最初からゼニスに任せておけばよかったのに、僕が一人で突っ走っちゃったから………。


「それでも、ぼくはスッとしたよ。あのくさくて大きい人、おかあさんをぶったんだもん。それを、キミがぼくのかわりにぶってくれた。ありがとう」


「………そっか。」


「あと、ごめんね。ぼくのおかあさん、昔、まぞくにひどいことされたみたいで、キミにいっぱいひどいことを言っちゃった。」


 はにかみながら謝罪するラピス君。


 うん、確かに辛かった。
 僕の全部を否定されているような気持になった。


 そんな理由があったとしても、僕には関係ない魔族の話なのに。
 僕に当たられても困るよ………


「謝るなら本人に謝ってほしいよ。これでも僕はかなりショックだったんだから。」


「………だよね。ごめんね。
 キミがいたおかげで、ぼくたちが助かったのはほんとうだし、キミがとうぞくを殺さずになんにんもぶっているところをみたんだ。 とうぞくたちになんかいもぼうをふりまわして、かっこうよかったよ」


 棒を振り回すゼスチャーをするラピス君。
 目がキラキラしてて、なんかかわいい。


「………そっか。そういってくれると、僕もうれしいよ。ありがと。」


 僕のあの行動が意味がなかったわけじゃなくてよかった。
 それに、魔王の子である僕に、この子はお礼を言った。それだけで胸の奥でポカポカと暖かいものが込み上げてくる。




 僕の行動は決して最善ではなかったけれど、最悪手というわけではなかった。
 こうしてお礼を言われると少しだけ報われた気持ちになるね




「ね、なまえおしえて?」


 唐突に、ラピス君が僕の名前を聞いてきた。
 断る理由はない。


「うん。僕はリオル。きみは?」


「ぼくはラピスドット。ラピスってよんでくれるとうれしい」


「っ!」


 ニコッと笑って僕を見るラピス君。
 なんだ、このさわやかな笑みは。


 あかい瞳に見とれて思わずポッとなってしまう


 なるほど、コレがニコポってやつだね。
 あぶないあぶない。


 さらに頭を撫でられたら危ないところだった。
 僕はショタコンではないけれど、ショタコンのお姉さんがいたなら、確実に落とされているね。


 なんてどうでもいいことを考えていると


「ラットって呼んでもいいよ」
「それねずみじゃん」


 しまった。反射的にツッコミをしてしまった!
 この子、見た目が兎だからツッコミをしないと気が済まなかった!


「………ぷふっ♪」


 ラピス君は口元に手を当ててから横を向き、肩を震わせた
 なにこの子。しぐさがいちいちかわいいんだけど。


「クスッ ありがとう。それ、言ってほしかったんだ。」


「うぇあ!? 狙ってたの?」


「うん。これすると、みんなとなかよくなれる」


「ああ、なるほど」


 このやり取りは、ラピス君にとっての手っ取り早く仲良くなる手段か。
 自己紹介のタイミングでこれは、正直うまいとおもった。


 子供のころからボケとツッコミを使ってコミュニケーションを取るとは………。
 すごいな。この子、絶対人気者になるよ。


「よかったな、リオル。魔王の子でも友達ができるみたいじゃないか」


 僕がラピスと自己紹介しているだけでゼニスが茶化してくる
 まだ友達ってわけじゃないだろうけど、険悪な仲にはならないだろう。


「にーさま、なにしてるのです? きらもあそびたいのです!」
「りお、るーもまぜてー!」




 フィアル先生にくっついていたルスカとキラもこちらにやって来た
 好奇心が旺盛なこって。


「ね、リオルくん。しょうかいしてもらってもいい?」


「あ………もちろん!」




 本来なら僕が率先して教えないといけないのに、ラピス君は話しの主導権を握った。
 これは天性の才能か。


「このバンダナの子が僕の双子の妹、ルスカだよ」
「よろしくね~♪」


 ルスカはラピス君の手を取ってぶんぶんと振る。
 ルスカの腕力は結構強いけど、ラピス君は意に介した感じではなく、楽しそうにあはは、と笑った


「それで、こっちの子がキラ。この子は―――」


「―――白竜でしょ? はじめて会ったときからちょっと人間だとはおもえなかった。
 それに、どうくつの中で見させてもらった。」


「う、うん。宿屋にはあと二人、似たような子がいるよ。ほらキラ。ご挨拶。」


「キラなのです………」


 僕の背中に張り付いて、隠れるようにしているけど、顔だけ覗かせてラピス君に自己紹介した。


「えらいね、キラちゃん。よくできました。ぼくはラピス。ルスカちゃんも、よろしくね」


「………はいなのです」


「うんっ♪」




 ルスカが元気よく返事をしてから僕の右手を握る。
 そこがルスカの定位置だ。


 ラピス君のイケメンスマイルに心を撃たれたのは僕だけだったらしい。
 ルスカとキラは平常運転。


 なぜだ。同性である僕の方がドキドキしてるぞ




「む、リオル! その子から目を逸らせ!」


 ゼニスが何かを叫んだ。
 なに?


「クスッ………リオルくん。ちょっとキミ、チョロすぎるよ。ぼくの眼から目をはなして。」


「ふぇ? なんで?」


「いいから。目を閉じて。」




 なんで目を閉じる必要があるの?
 僕に何かするつもりなの?


 キス? キスしちゃうの?


 いいよ、ラピス君だったら。
 ラピス君、結構かわいい顔立ちしているし。


 僕は目を閉じる。




 ………ってあれ? なんで僕はこんなことを考えているんだろう。
 ラピス君は男の子なのに。


「リオルくん。おちついた?」


「う、うん。なんか今、僕おかしくなってた。」


 なぜだ。
 なぜ僕はラピス君とキスするなんて妄想をしていたんだ。


 そしてなぜ僕は受け入れていたんだ。思い返すとおぞましい。


 今、すっごい鳥肌が立ったよ。




「目をあけないでよくきいて。いまリオルくんはぼくに『魅了』されてた。」




 ラピス君は少し疲れたようにため息を吐いた。
 視界は真っ暗だけど


「ラピスと言ったな。お前は『魅了眼チャームアイ』を持っているのか?」




 ゼニスがラピス君に詰め寄って何事かを聞いた


 なに? 魅了眼? どゆこと?


 魔眼の一種?
 魔眼ってゼニスの持ってる魔力を見る力のことじゃないの?


「えっと、うん。たしかにもってるよ。かってにでちゃってぼくもどうしたらいいのかよくわからない。ぼくがめをそらすか、あいてに目をはなしてもらうしかできない」




 落ち着いた僕はゆっくりと目を開く。
 うん。ラピス君をみてもなんともない。


 さっきまでの僕はおかしかった。


「そうか………大変だろう。」


「うん。でも、それでこまることもあまりないから。ただ、こんな眼のちからじゃなくて、リオルくんとはほんとうのともだちになりたいんだ。」


「そうか………。短い間だろうが仲良くしてあげてくれ。リオルは抜けているところが多くてな。」


「………ぷっ。 うん。ぼくの眼にもすぐひっかかっちゃうし、あぶななっかしい子だよね、リオルくん」




 なんかすっごい言われてる。ラピス君は笑っちゃってるし………。
 僕ってそんな危なっかしいかな。


 調子に乗って怪我することがよくあるから、確かに危なっかしいかも。


「うむ。その通りだな。リオル。私は少々席を外す。盗賊団のカシラの首を騎士団まで届けてくる。」


「あ、うん。いってらっしゃい」


「くれぐれも、変なことはするなよ。」


「しないよ! もう懲りてるってば!」






 客観的に見たら僕は危なっかしいらしい。
 ちくしょう


 それから、ゼニスがどこかに行っている間、ラピス君と一緒にしばらくお話した。






「ラピス君。」


「ん、なに?」


「ラピス君が捕まってた理由ってさ」


「ん。ぼくの魔眼のせい。」


「………そっか。」




 同性の僕が無条件でラピス君の事が好きになってしまう凶悪な眼だ。
 利用できれば使い道が多いだろう。
 だからこそ、ラピス君は盗賊の餌にされたということか。


 この子も珍しい能力を持っているから、盗賊に狙われたんだな。


 ローラの子であるリールゥだって、僕やルスカみたいな子かもしれないって理由で攫われてたみたいだし。
 そういえばローラはどこだ?


 あ、戻ってきたゼニスと一緒に微笑ましいものを見る目でこっちを見てた




「ラピス! こっちにいらっしゃい! 秘密を人に喋っちゃダメって言ってるでしょ!?」




「ごめん、おかあさんがよんでるから、そろそろ行かないと。」


「うん。ありがとう。楽しかったよ。」


「ぼくもだよ。」


「ラピス。リオル達と仲良くしてくれてありがとう。最後に一つよいか?」


 ゼニスがお母さんの元に戻ろうとする前にこちらに歩み寄り、ラピス君を引き留めてから、




「お前の魔眼は、『魅惑チャーム』だけか?」




 そんなことを聞いた。




「ないしょだよ。“紫竜”さん」


「………なるほど。」




 ラピス君は顎を引き、くちびるに指を一本当てて秘密にした。




「じゃあね、リオルくん。ルスカちゃん。キラちゃん。“また会おうね”。」


「うん、バイバイ。」
「さよならなのです」
「バイバイなの」




 ミミロを除外すると、今日は僕に初めて友達ができた。
 別れは惜しいけど、別に一生会えないわけではないだろう。


 今日出会ったばかりの少々の縁ではそこまで悲しみはない。


 ん? でも、旅の途中で出会ったような仲だ。再び会うことなんてできるのだろうか。






                   ☆






「ルー!」




 ラピス君と別れた後、ローラがこちらに走ってきた。


 ずっとルスカと話す機会を待っていたんだろう。


 ラピス君と話している時も、ずっとこっちを見ていたし。
 ごめんね、後回しになっちゃって。




「うゅ? にゅわー!」
「ねーさま!」




 ローラはルスカを抱き締めた
 キラがローラの突然の行動にびっくりするけど、ローラは周りがよく見えていないようだ。




「ルー………。会いたかった………。ごめんね、ごめんなさい………。一緒に居てあげられなくて、ごめんなさい………。」


「うゅ………くるしいの………」


「ごめんね、でも、もうちょっとだけ………」




 ぽろぽろと涙を零してぎゅっとルスカを抱きしめた
 ローラは2年間、ルスカの事を死んだと思っていたはずだ。


 それが生きていて、こんなに元気な姿を見せてくれた。


 こんなにうれしいことはないだろう。




「………あなたたちが、リオとルーを、世話してくれたの………?」




 ローラはゼニスとフィアルの方を向く。
 見た目的には三人とも同い年だね。


 ゼニスは数百歳だけど。


「うむ。といっても、私は食事と住処を用意してやっただけだ。
 ほかはすべてリオルが自分でなんとかした。」


「うん。でも、ゼニスのおかげで僕は今も生きているんだよ。ありがとう」
「まぁ、私も責任を取らないといけなかったからな。気にするな。」




「今までリオとルーを育ててくれて、本当にありがとうございます………!」




 ルスカを抱きしめたままローラは頭を下げた。
 ん? 今のセリフにちょっと違和感があった。


 なんでだ?


 まぁいいか。違和感は今は置いておこう。
 次はフィアルの紹介だ。


「こっちはフィアル先生。僕に文字とか魔法の使い方を教えてくれた先生だよ。」


「フィアル・サックです。」




「魔法を!? リオがさっき魔法を使っていたのは知っていますけど、あなたが教えたんですね」


 ちょっとフィアルを非難するような眼だ。
 魔王の子の魔法を教えたの人と言ったら、たしかにいい印象は受けないかもね。


「うん。そうだよ。といっても私は闇属性と光属性の魔導書なんて持ってないから、それはこの子たちが自力で編み出したの。」
「自力で………」


 まぁ、実際は全部自力なんだけどね。
 僕とルスカが魔王の子と神子だからなのか、結構思い通りに魔法を発動することができるよ。
 フィアル先生のおかげで、もっと効率よく発動することができるようになったけどね。


「ねえ、ローラ。リールゥは?」


 先ほどからローラがリールゥを抱いていないことに違和感を覚えたので、聞いてみた。
 すると、ローラはルスカから少しだけ体を離して


「リールゥなら、魔法屋のおばあちゃんの所に預かってもらってるわ。」


 そっか。それならよかった。
 魔法屋のババアは盗賊に襲われていたけど、リールゥを奪還されてからもまだ生きていた。
 殺されていなかったんだ。




「うー………。くるしいの………」


 ずっと抱きしめられていたからか、ルスカが苦しそうな声を出す。


「ん………ごめんね、ルー。」






「なんだかなつかしいにおいがするからいいの。おねーさん。」










 ピシリ、とローラの動きが固まった。


 僕も、ゼニスもフィアルも。
 ルスカのそのセリフに驚いた。


 おねー、さん? ルスカのお母さん、だろ?


 ………まさか、ルスカは………




「ルー………。ママよ、覚えてないの………?」




 ローラはルスカの肩に手を置いて、ルスカの青い目を見る。
 ローラの顔は驚愕と混乱。目には涙が浮かんでいる


















「うゅ? るーのままは、ぜにすなの。」






 ルスカは、ローラの事を覚えていなかった。







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