東京PMC’s

青空鰹

さようならと涙の紫音

 「クスンッ、クスンッ」


 真っ白な髪を持ったライカンスロープの子供が飯野さんの腕の中で泣いていた。


 「シロちゃん、泣かないの」


 「みんなとおわかれやだよぉ〜!」


 あの人質にされてから数日が経ち、シロちゃんの里親がやっと見つかったのだ。もちろん残り2人の先生も職場復帰している。


 「うぅ〜・・・・・・」


 顔を擦り付けている姿に、その場にいる誰もが微笑ましく思える。


 「シロちゃん。おいで」


 新しい母親がそう言うが、全く離れようとしない。


 「アハハ、どうしましょうか?」


 「こうなると困っちゃうんですよねぇ」


 泣き止んだところで説得するか、それともこのまま寝かし付けてから連れって行って貰おうか考えていると、シロちゃんの耳がピンッと真っ直ぐ伸び、クンクンとニオイ嗅ぐ仕草をする。


 「おにぃちゃん?」


 シロがそう言いながら右を向くと、なんと紫音が走って向かって来ていたのだ。


 「ハァッ、ハァ〜・・・・・・よかった、間に合って」


 走って来たのか、息が切れていた。


 「紫音さん、身体の方はもう大丈夫なんですか?」


 闇医者に診察して貰ったら、軽くヒビが入ってるけど、これぐらいのヒビなら治療しなく問題ない。と診断された。本当に大丈夫なのかと心配になる。


 「大丈夫です」


 実際はちょっと痛いが我慢をする。天野さんめ。何が “あ、そうそう。シロって言ったか? その子の里親が今日迎えに来るって連絡が来たぞ。伝え忘れていたな。” ですか。病人なのに走る羽目になっちゃったじゃないですか!


 「おにぃちゃん!」


 尻尾をブンブン振って喜びを表しているシロちゃんに近づき、頭を撫でてあげる。


 そう、あの時俺は生きて・・・・・・いや、彼に生かされたんだ。




 〜〜〜 数日前 〜〜〜


 「・・・・・・え?」


 生きてる、僕が。何で?


 撃たれると思っていたけれど、弾は顔の右側面の床に当たっていた。


 「・・・・・・出来ない」


 出来ない?


 「いくら依頼でも、娘に似ている、似過ぎているんだ。だからキミを始末する事が出来ない」


 男の人の目から涙が溢れて出し、手を震わせていた。


 「え?」


 娘、つまりこの人に子供がいるの?


 逃げたり反撃するのが普通なのだが、紫音はそのまま語り掛ける。


 「あの、その子の為に帰ってあげた方がいいと思いますよ。その後に、ちゃんと理由を話してあげて警察に行くのはどうでしょうか?」


 紫音は、 この人は優しい人だから、きっと自首してくれる。 そう思っていた。いや、信じていた。


 「普通ならそうする。でも、もう手遅れなんだ」


 「手遅れ?」


 「私はこの手で人を殺し過ぎた。愛娘を危険な目に合わせてしまった。その前に孤児院へ預けてしまった時点で、親失格か」


 この人、何を言ってるの?


 「それに、人に傷をつける姿を見せてしまったから。言いわけは出来ない」


 人に傷をつける姿を見せてしまった・・・・・・あっ!?


 「アナタの娘って、もしかしてっ!」


 名前を言おうとしたところを、口元に人差し指を置かれたので止まってしまう。


 「私にはもう、何も残っていない」


 彼はそう言うと、M1911A1の銃口を顎の下に付ける。


 「ま、待って下さい! まだ間に合います!」


 止めようと状態を起こしたのだが、距離を取れてしまった。今からM327 R8 を引き抜き、撃とうとするのは無理。仮に撃てたとしても喉元付近にM1911A1があるから狙うのが困難だし、当たったとしても重症になるに決まっている。


 「紫音くん、キミは優しいね。一ついい事を教えてあげよう」


 「いい事? そんな事よりも、今すぐに銃を離して下さい!」


 「キミはこの先もPMCを続けて行くのだろう? だったら私がキミにしたような優しさは、この場で捨てて行きなさい。仕事の邪魔になるから」


 どうにかしないと、この人自殺しちゃう! でも、この状況をどうしたらいいんだろう・・・・・・。


 「最後に、少しだけだけど愛娘に触れさしてくれて、ありがとう紫音くん」


 彼はそう言うとトリガーを引き、顎下から発砲した。それと同時にその場で糸の切れた操り人形のように、倒れ込んだ。


 「あ・・・・・・」


 紫音は、横たわっている男性をただ呆然と見つめていた。


 「あ、ああ。うわあああああああああああああっっっ!!?」


 胸の奥から込み上げて来る感情を抑え切れず、決壊してしまい涙を流してしまった。


 「どうしてっ? 何で自殺なんてするのっ!? シロちゃんがいるのにっ!」


 どうして? 何で? と泣き続けていると、背中の方から シオンッ! と声を掛けられたので振り向く。


「シオン、どうしたの? 何があったの?」


 「リトアさぁん・・・・・・」


 もう何もかもがグチャグチャで、何をどう話せばいいのかわからなくなっていた。そんな姿を見たリトアは頭を優しく撫でる。


 「ん? この人は、ターゲットだよね?」


 「ああ、そうだな。紫音、お前がやったのか?」


 天野さんがそう聞いて来るので首を横に振った。


 「そうか・・・・・・事情は落ち着いてから聞く。向こうに行っていてくれ」


 コクリと首を縦に振ると、フラフラと立ち上がる。


 「リトア、コイツを頼むぞ」


 「ええ、わかったわ」


 僕はリトアさんに促されるようにして歩くが、彼の遺体を見えなくなるまで見つめていた。その後、遺体の処理が終わった天野さん達に事の経緯を話したら、とても悲しそうな顔をしていた。




 〜〜〜 そして現在 〜〜〜


 「シロちゃん、怪我をしているから、思いっきり抱き付かれるのはちょっとぉ・・・・・・」


 このままボキッって折れてしまうのは、今後の為にもよくはない。


 「シロちゃん、お兄ちゃんから離れてあげて」


 「ムゥ〜・・・・・・」


 「返事は?」


 「はい」


 シロちゃんが素直に離れてくれたので、ホッと胸を撫で下ろした。


 「うん、ありがとう。それで、どうしてシロちゃんは泣いていたの?」


 「みんなと別れたくないから」


 「そっか、みんなと別れたくないのかぁ。ねぇシロちゃん。寂しくなったらまた来れるから、安心していいと思うよ」


 そう言いながら里親を見つめると、シロちゃんも里親に顔を向ける。


 「・・・・・・ほんとう?」


 「ああ、寂しくなったら、またここに連れて来てあげる」


 「約束するわ。シロちゃん」


 その言葉を聞くと、満遍の笑みを浮かべながら里親の元へと行く。


 「約束! パパとママとの約束!」


 新しい母親に抱かれて、幸せそうな顔を見て僕と飯野さんは安心した顔をする。


 よかった、新しい里親を気に入っているみたいで。


 シロちゃんの新しい母親は抱っこしたまま父親と共に車へと乗り込んだ。


 「そろそろ、私達は行きますね」


 「田端さん、この子を立派に育てると誓います」


 「ありがとうございます。どうかシロちゃんの事を、よろしくお願いします」


 田端さんはそう言うと、軽く頭を下げた後に車から離れた。


 「シロちゃんバイバ〜イ!」


 「シロちゃん元気でねぇ〜!」


 「また会おうねぇ〜!」


 みんなから送られて来る言葉を聞いたシロちゃんは、また泣きそうな顔になる。


 「こういうときはね、笑顔でバイバイって言えばいいよ」


 「うん・・・・・・みんな、バイバ〜〜〜イッ!!」


 孤児院の人達に向かって笑顔で手を振っているシロちゃん。その姿を見た里親の2人は僕達に向かって軽く会釈した後に車を発進させ、車の中にいるシロちゃんは見えなくなるまで僕たちを見つめていたのだった。


 「・・・・・・行っちゃったか」


 「おにぃちゃん、ありがとう」


 「ん?」


 後ろを振り向くと、頭と顔に包帯を巻いてほぼミイラ状態になっている男の子がお礼を言って来た。


 「もしかしてキミは、あの時に噛み付いた子?」


 「そうだよ」


 「顔の方は大丈夫?」


 「ちょっと痛いけど、へいきだよ。おいしゃさんがよくなったら取れるって言ってた」


 ちょっと表情がわかりづらいが、ニッコリと笑っていた。


 「さぁみんな、部屋に戻りましょう!」


 子供達が ハーイッ! と言う声と共に建物の中へ入って行く。


「おにぃちゃん、じゃあね」


 「うん、じゃあね」


 走って建物へと入っていく男の子に向かって手を振って見送ると、田端さんが僕に近づいて来た。


 「あの、先日はどうも、ありがとうございました」


 先日、シロちゃんが人質に取られた時のことだね。


 「別に、何もしていませんよ」


 「いいえ、子供達のお世話をして頂いた上に医者の手配までして頂きました。
 それと、個人的に気になる事がありまして」


 気になる事?


 「何ですか?」


 「あの人は、どうして仲間を撃ったんでしょうか?」


 「・・・・・・・・・・・・さぁ、もう亡くなったので、わかりません」


 事実を話してあげたいが、工藤さんから 止めておいた方がいい。と言われているし、僕自身も話すべきじゃないと思っている。


 「もしかしたら、小さな子供を巻き込む事だけは出来なかったのかもしれません」


 「そうですか。もしかして紫音さん何か・・・・・・」


 「僕はもう仕事へ行かないといけないので、それでは」


 「あ! はい」


 僕は田端さんに背を向けて歩き出した。涙を見せない為に。 

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