なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

平和で非日常的な異世界の日常


「ああ、ほんと……あの時は大変だったなぁ」

 脱線に脱線を重ね混沌を極めた裁判を何とか乗り切り、どうにか綺麗な身体のままシャバへと戻ることが出来たあの日。ほんの数日前に起きた騒動を思い出し、思わずため息が漏れる。

「どうかしましたかサンゴさん? お困りごとですか?」

「ん、いや、何でもないよ」

「そうですか? ならよかったです」

 隣で笑う少女に、こちらも笑みを返す。……はたして俺はうまく笑えていることだろうか。引き攣ったような笑みになっていなければよいのだが。

 気を紛らわせるように手元の水を飲み干す。間違っても、一緒に置かれているワインを飲んでしまわないように気を付けながら。

「……もしかしてぇ、あの日のことを思い浮かべてますかぁ?」

 小さい声で囁かれた言葉に、つい反応してしまう。するとイタズラが成功したかのようにお茶目な表情を少女は浮かべる。

「……正解だよ。なんでもお見通し何だね」

「くふ、それほどでもありません」

 息が触れてしまいそうになるほど顔が近い。きめ細やかな白い肌は雪のようだ。さらさらとした黒い髪にポンとやり一撫ですれば、少女の赤い瞳は心地よさそうに細められた。

「いやほんと、さすがだよ……黒サリエルちゃん」

「いえいえ。というか――この状況を見ればわかりますからぁ」



「いぇーい! みなさん飲んでますかぁ! あ、オーダさんったらコップが空じゃないですか! サンゴも遠慮せずにグイッといきましょうよ! この赤ワイン『フェニックスの生き血』を!」
「喧しいぞ、いい加減静かにしろ。おい人間、こいつを黙らせるかつまみ出せ。褒美ならくれてやる」
「うぅ~け、景色がぐるぐるするのです……サンゴさんが四人に見えるのです……。く、黒いボク、水を持ってきてください……」
「ね、ねぇあなた。えっとその、私……そろそろ二人目がほしいな……って。だから、その……ね?」



「くふ、くふふ。でも、まさかこんなに早くまたサンゴさんに会えるなんてぇ……ボク、嬉しいのですぅ」

「あ、はは……俺も嬉しいよあははは……」

 目の前に広がる光景はまさに地獄絵図といったところか。もう二度と見ることはないだろう、というか見たくなかった混沌がそこにあった。

 こんな状況だが、ちゃんと話し合いが出来るようにみんなを落ち着けてみるか。

「あの、みんな――」



「だいじょーぶですよサンゴ! この赤ワインはアルコールほぼないんで! 未成年が飲んでもセーフなんで! だから安心してググググイッと!」
「チッ――肴が足りんな。人間、呆けてないで早く追加を持ってこい。街外れにある森の洞窟に、生きの良いドラゴンがいたはずだ。それで何か作れ」
「しゅ、すみましぇんサンゴしゃん……ボクにはお酒はまだ早かったようです……。またしても黒いボクともどもご迷惑を……ごめんなさいなのでしゅ……」
「ふふ、サンゴさぁん。どうせならサンゴさんも楽しみましょうよぉ。ボクがお酌してあげますよぉ? お返しにちょっとだけ魂を味見させてくれればいいですからぁ。くふふ」
「ね、子供の名前は何にしよっか? サンゴとエリからとって、男の子なら『エンゴ』で女の子なら『サンリ』が良いんじゃないかなって思うの。あなたはどう思う? あっ、もちろんあなたが『これが良い』って思う名前があるなら全然そっちでいいし、やっぱり夫婦でちゃんと話し合って決めるのが一番よね。だって二人の愛する子供だもん。ふふ、私とあなたのどっちに似るかしらね? あ、心配しなくても、私が一番愛しているのはあなたよ? 子供も愛してるけど、やっぱり私にとっての一番はあなただから……キャッ」



「――うん」

 ダメそうだ。話し合いはあきらめよう。どうせ神様と魔王様は放っておけば元に戻るのだし、これをどうにかするのは後回しでいいだろう。うん、そう、後回しで……もうどうでもいいや。……もういっそ、俺も飲んでしまおうかな。どうにでもなーれ、って。

 諦めだって? 違う違う。達観してるのさ。慌てようが嘆こうが無駄だってね。

 どうせ、きっと今日みたいな騒動が、明日やそのまた明日にも待っていることだろう。
 こんな非日常的な現実が、この世界では普通の日常なのだと思うと、少し旅に出て現実逃避をしたくもなるが……大丈夫、どうせすぐに慣れるさ。


 だってここは、魔王も勇者も悪魔もいる、そんな平和な世界なのだから。

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