なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

もうどうにでもなーれっ


 この世界の唯一にして無二の癒しであるサリエルちゃんが二人に増えていた。

 おち、おつつ、落ち着け、俺。これも恐らくサリエルちゃんがウロボロス汁を摂取した故に起こった異常事態だ。すなわち、神様や魔王様の異常が治る手段が見つかれば、このサリエルちゃん欲張りセット状態も自然と元通りになるということで、

「あれ? なら別に治らずにこのままでもいいんじゃ」

「見てくださいよオーダさん。あそこまでいくといっそ清々しいですよね」

「もはや屑だな」

 ひどい言われようだ。

「神様、サリエルちゃんの身にはいったい何が起こっているんですか?」

「ふーむ、あれは間違いなく『分裂』ですね」

「ぶ、分裂?」

 なんかサリエルちゃんには似合わない、可愛くない表現だ。

「可愛いかどうかはさておき、サンゴにもわかるように簡単に説明するとですね。サリエルちゃんはいつもの見た目の『天使サリエル』と、色の反転した『悪魔サリエル』に分裂したのです。名付けて! 白サリエルと黒サリエル! ……みたいな!」

 サリエルちゃんが天使と悪魔に、ねぇ……うん、よくわからないけど、とりあえずしばらくはこの白黒サリエルちゃんたちにはこのままでいてほしいものだ。

「あの、サンゴさん、これは一体どういうことなのでしょう」

「サンゴさんったらぁ、無視するなんてひどいですよぉ」

「うおぅっ!?」

 いつの間にかすぐ近くにまで来ていた二人のサリエルちゃんが、左右から耳元で囁くようにそう聞いてきた。こそばゆくも背徳的な心地よさにゾクゾクしながら、さていったいどう説明したものかと頭を捻る。俺自身もいまだに理解しきれているわけではないため、一から全部を説明するとなると、大変わかりにくい説明になってかえって混乱させてしまうかもしれない。

 ……よし! ここは短く簡潔に、みんなが――特に神様と魔王様が変になってしまっていることを伝えよう。

「それがね、サリエルちゃん。神様と魔王様が頭おかしいんだ」

「それは喧嘩を売っているということでいいか小僧」

「濃密な殺気が!?」

 ど、どうして魔王様はお怒りになられたのだろうか。これ以上ないほど正確に現状を説明できたと思うのだが。

「「あの、サンゴさんサンゴさん」」

「うん? なんだいサリエルちゃん」

「それがですね」

「エリさんが起きたようなので教えようと思いまして」

「小林が?」

 そういえば小林のことをすっかり忘れてたな。お前も無事だったのか。

 見れば、まるで二日酔いに苦しんでいるかのように呻きながら、もぞもぞとうごめいている小林の姿があった。

 さてさて、どうせこいつもどこかおかしくなっていることだろうけど、出来ることなら軽い症状でお願いしたいものだ。
 神様と魔王様に加えてこれ以上面倒な変化が起きたら俺の手には負えないし、特に問題のないような変化であれば治療方法を急いで探す必要もなくなる。それによってより長い時間ダブルサリエルちゃん状態を堪能できるからな。

「ぬぐぐ……頭が痛いぃ……」

 額に手をやりながら、小林は顔をしかめつつ起き上がる。とりあえず、サリエルちゃんのような見た目の変化は起きていないようだった。

「よう小林。気分はどうだ?」

「んん……ちょっとだるい感じね。でもそんなにひどくはないわ」

 会話もしっかり成り立っている。もしかしたら俺の願い通りに、面倒な変化は起きていないかもしれない。

「エリさんお身体は大丈夫ですか?」

「どこかおかしなところはありませんか?」

「大丈夫よ、心配ありがとねサリエル――――って二人!?」

「チッ、さっきからうるさいぞ。これだから人間は」

「もー、オーダさんたらまたそんなこと言ってぇー! ほんとは皆が無事でうれしい癖にこのこのぉ!」

「魔王様と神様もおかしくなってる!? い、一体どういうことなのかしら!?」

 おお、どうやらこのおかしな現状をきちんとおかしいと認識できているようだ。この様子なら、やはり問題ないんじゃないか?

「ふっ、どうやら本格的に治療しなくてもよさそうだな」

「気を抜くにはまだ早いと思いますけどねぇ。ほら、最後には結局痛い目を見るのがサンゴのサンゴたるゆえんってみたいなとこあるじゃないですか」

 ほくそ笑む俺に神様がそんな忠告をしてくる。しかし見てのとおり小林には大きな変化は起きていないのだし、大丈夫だと思うのだが。

「それなら直接確認すればいいでしょう。ほらほら、女の子をナンパするくらいの軽い気持ちでレッツゴーですよ!」

「へっ、見てな神様! 俺の推測に間違いはないって証明して見せますよ!」

 ビシッと指を突き出して宣言し、小林のもとへ向かう。
 さぁ小林よ、お前の元気な姿を神様に見せつけてやれ!

「調子はどうだ? 小林」

「ね、ねぇ! みんなはどうしちゃったの!? 何があったらこんなことになるの!?」

 俺を見て小林はすがるようにそう聞いてくる。まあ目が覚めていきなりこんな状況になってたら不安にもなるよな。

「落ち着けって。神様と魔王様は若かりし頃を思い出してサリエルちゃんは分裂しただけだから大丈夫さ」

「それのどこが大丈夫なの!?」

 やれやれ、心配性な奴だ。

「それよりお前の方はどうなんだ? どこかおかしなところがあったりしないか?」

「わ、私はこれといった問題はないけど……」

「そうか。それはよかった」

 ふ、どうだ神様。小林自身こう言っているのだし、やっぱり大丈夫じゃないか。
 そう心の中でどや顔を決めていると、何やらもじもじした様子で小林が口を開いた。

「わ、私のこと、心配してくれるのね」

「そりゃ当たり前だろ。小林の無事を願ってたんだからな」

 そう、全ては俺の為に。ああ、早くダブルサリエルちゃんに癒してもらいたいなぁ。

「ふふっ……当たり前かぁ。そっか、そうよね! 私たちの仲なんだし!」

「ん? お、おお……? そうだな?」

 なんか知らんが機嫌が良いな。それに俺と小林の仲ってそんなに良好だったっけ?

「それにしても、また私のこと『小林』って呼んだでしょ。何度も訂正してるのに、いつになったらその間違いをしなくなるのかしら」

 ん、んん? そんなに訂正されたか? てっきりもう諦めているものかと。

「でも『小林』ですっかり慣れちゃったからなぁ。小林だって言われ慣れただろ?」

 そもそもこいつの本当の名前ってなんだっけ? コバーだかコビャーだかだっけ?

「あ、また『小林』って。だから私はもう『小林』じゃないってば」

 そして、小林は頬をほんのりと染めて、伏し目がちにこう言った。


「私はもう『小林』でも『コビャーシ』でもなくて――『一二之エリ』なんだから」


 ……………………は?

「は?」

「だからエリって呼んでね…………あなた」

「は?」

 ――――――――ははっ。

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