なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~
お、俺は悪くねぇっ!
「ちょっと待ってください! 違うんですよ! これは別に何かやましいことがあったとかではなく、不幸な事故というか!」
「サンゴ君……」
街に戻った俺を待っていたのは、解かなければ俺の立場が非常にまずいことになるだろうとても危険な誤解であった。
「わわっ、エリさんどうしたんですか!? 白くてねばねばですよ!」
「サリエルちゃん! その発言はあまりよろしくない!」
「えっとね、サンゴ君。君とエリちゃんの関係は、僕が口を出すことじゃないのは重々承知しているんだけど……その、もう少し健全なお付き合いというか、きちんと大人になるまではもうちょっと節度をもった方が良いと思うよ?」
「ですから違うんですって!」
街にたどり着き解散しようとしたところで、偶然にも魔王様とサリエルちゃんの二人にばったりと出会ったのだ。トラブル満載の冒険に疲れていた俺は、失礼かもと思いつつ挨拶もそこそこに帰ろうとしたのだが、気まずそうな魔王様の顔を見てつい足を止めた。何か言いたそうだが、何と言えばいいのかわからないという様子の魔王様。それを不思議に思って、自分の状況を確認してみた。
小林 ← 全身がねとねとで白濁した物体まみれ
俺 ← そんな小林の手を引いてる
名探偵サンゴの脳に電流が走る。
閃いた! この状況はつまりアカンやつだ!
「サンゴさんとエリさん、こんにちわです! あれ? エリさん、どうしたのですか?」
「サンゴ君……」
「お、俺は悪くないんですっ!」
この言い訳は自分でも正直どうかと思う。
これだと『小林を全身ねとねと白濁まみれにしたのは無理矢理ではない』という意味に聞こえる。俺が逆の立場でもドン引きするわ。ここに神様がいなくてよかった。いたら絶対に裁判だもん。三日連続で裁判だもん。
そうして誤解に誤解を重ねてしまった魔王様に、必死に弁解することになったのであった。幸いなのは、サリエルちゃんにそういった知識がなくて、純粋に小林の心配をしていたことだろうか。サリエルちゃん相手だと、やってもいない罪を認めちゃうかもしれないからな。
「――ですから! あれは白泥沼の泥なんです! 決して俺の頑張りの爪痕ではないんです! 分かってください!」
「うん、うん、サンゴ君だって男の子だもんね。気持ちは十分に伝わったよ。このことは誰にも話さないからね」
「絶対にわかってない言い方だ!? こ、小林! お前からも誤解だって言ってくれ!」
「あの、サンゴさん。エリさんならもう帰っちゃいました」
「自由かっ!」
何で勝手にいなくなってんだ! もっとこう、ちゃんとさ! 何かあるだろ! 冒険は家に帰るまでが冒険だぞ!
「僕もそろそろ帰ろうかな。夕飯の支度があるからね」
「そんな主婦みたいな理由で誤解したまま帰らないでください!」
「サンゴ君も若いんだから、そう焦らないで、ちゃんと順序と節度を守ったお付き合いをするんだよ? それじゃあまた今度ね、サンゴ君」
「待って! せめてそのお付き合いの勘違いだけでも正し――本当に帰っちゃったよ!」
ああもうどうしよっかな。幸か不幸か魔王様は誰にも話さないって言ってたし、それを信じてうやむやになるまで放っておくか?
「サンゴさんサンゴさん。今お時間よろしいですか?」
諦めともいえる解決法を考えていると、いつの間にかすぐそばまで近づいていたサリエルちゃんに話しかけられた。服をくいくいと引きながら、こちらを上目づかいで窺ってくるその可愛らしい姿は、この世界において唯一の癒しと言っても過言ではない。
「あれ? サリエルちゃん、魔王様と一緒に帰ってなかったんだ。どうしたの?」
「はい! もしよろしければなんですけど、朝に言った街の案内をしようかと!」
はい、いい子。サリエルちゃんの言動をまとめて道徳の教科書にすべき。
「サンゴさんの言う、元の世界にはないようなものをボクが紹介できるかはわからないですけど、広場の噴水とかおいしいケーキ屋さんとか、この街のおすすめをサンゴさんにも知ってもらいたいです! えへへ、ケーキ屋さんにはボクが行きたいだけなんですけど」
そう言って照れたように笑うサリエルちゃん。感激のあまり泣きそう。
ここはサリエルちゃんのやさしさに甘えて、ぜひとも街を案内されたいところ――なのだが、非常に、ひっっっっっっじょうに申し訳ないけれど、あの冒険の疲れがたまっている俺に、もはや街を回り歩く元気は残されていなかった。正直すぐにでも休みたい。
「ごめんサリエルちゃん。サリエルちゃんのお誘いはとても嬉しいんだけど、この世界に来て一位二位を争うくらいに嬉しいんだけども! でも今日はちょっと疲れちゃったからまた今度の機会に誘ってくれないかな?」
「あう……そうですかぁ……それは仕方のないことですぅ……」
残念そうな顔でしょんぼりとするサリエルちゃん。こ、心が張り裂けそうだ。
――本当に、これでいいのか?
心の中にそんな声が聞こえてくる。
そうだ、本当にこれでいいのかサンゴ。こんなに優しい子が、悲しい顔をしなければいけないなんて、それが正しいことなのか。
いいや違う。そんなことはあってはならない。この世の宝というべき存在が、悲しさという穢れに濁されてしまうような世界は、それは世界そのものが間違っている。そうだサンゴ、俺には世界を正す力がなくとも、この宝石を輝かせることは出来るではないか。たとえこの身が引きちぎれようと、サリエルちゃんの笑顔が見られるのならば本望だ。疲れてる? 元気がない? そんなもの、世界の果てに投げ捨ててしまえ。女の子の為に、サリエルちゃんの為に限界を超える。それが一二之三吾という男の存在理由だ!
ふっと息を吐く。
体が軽い。気のせいか、ついさっきまでよりも、疲れていないように思える。元気が心から湧き上がってくるかのようだ。視界に広がる光景は、いつもよりも鮮明に、輝いて見える。覚悟を決めると、ここまで見える景色が違うのか。いや、覚悟ではないな。ただ当たり前のことを再認識しただけ。サリエルちゃんのためならばいくらでも頑張れるというのは、自然の摂理なのだから。
よしこれならば問題ない。さっそくサリエルちゃんに街の案内をお願いするとしよう。一刻も早くサリエルちゃんを笑顔にするのだ。
「サリエルちゃ――」
「あっ! そうです! いいこと思いつきました!」
「――んんっ、ごほん。ど、どうしたんだい?」
紳士で大人なお誘いをしようとしたタイミングで、ぱっと顔を上げたサリエルちゃんに遮られる。それはとても素晴らしい笑顔で、何の憂いもない晴れやかな顔だ。
……うん、そっか。そうだよね、別に俺が何かしなくても笑顔になりますよね。なんか俺にしかできないみたいな恥ずかしいこと思ってごめんなさい。
「サンゴさん、お時間少々よろしいですか?」
「も、もちろんさ。街を散歩するかい? そうだ肩車をしてあげよう。それともおんぶのほうがいいかな? なんでもバッチコイだよ」
「あはは、お疲れのサンゴさんにそんなことできませんよ。そうではなくてですね。そんなお疲れのサンゴさんに元気になってもらおうと思うのです! はい!」
「えっと、うん? 俺を元気に?」
「です!」
ふむ、とりあえず肩車はナチュラルにお断りされてしまったか。
しかし元気にしてくれるとはいったいどういう意味だろう。
サリエルちゃんのことだから俺のことを思っての発言だろうが、いささか要領を得ない。ところで『サンゴさんに元気になってもらおうと思います』って部分がちょっといやらしく聞こえてしまうのは俺の心が穢れているからだろうか。
「はい! ボク、思ったのです。オーダおじさんから聞いたお話や、今のサンゴさんを見て、とてもお疲れのご様子だと。サンゴさんは慣れない土地に来たばかりで、すっごく大変そうなのです。そこでボクは閃きました!」
腰に手を当ててエッヘンと胸を張るサリエルちゃん。自慢げで得意げだが、しかしそれは決して偉そうな態度ではなく、むしろ頭を撫でてしまいたくなる微笑ましさがある。
わかるか小林? これがお前との差だ。
「今日はそんなお疲れサンゴさんに、たっぷりとリフレッシュをしてもらいます! ボクにお任せください! これでも、色々とお勉強しているのです!」
「さ、サリエルちゃん……っ!」
こんな俺の為にそんなことを考えてくれていたなんて……感激だ! 俺は今、猛烈に感動している! 逆に俺が天使サリエルちゃんを癒してさしあげたいくらいだ! 変な意味じゃなくて!
ここまでされて遠慮するなんて男が廃る。こうなったら俺もその思いにこたえようじゃないか!
「よろしくお願いしまぁっす!!」
「はい! ボクにお任せです!」
「サンゴ君……」
街に戻った俺を待っていたのは、解かなければ俺の立場が非常にまずいことになるだろうとても危険な誤解であった。
「わわっ、エリさんどうしたんですか!? 白くてねばねばですよ!」
「サリエルちゃん! その発言はあまりよろしくない!」
「えっとね、サンゴ君。君とエリちゃんの関係は、僕が口を出すことじゃないのは重々承知しているんだけど……その、もう少し健全なお付き合いというか、きちんと大人になるまではもうちょっと節度をもった方が良いと思うよ?」
「ですから違うんですって!」
街にたどり着き解散しようとしたところで、偶然にも魔王様とサリエルちゃんの二人にばったりと出会ったのだ。トラブル満載の冒険に疲れていた俺は、失礼かもと思いつつ挨拶もそこそこに帰ろうとしたのだが、気まずそうな魔王様の顔を見てつい足を止めた。何か言いたそうだが、何と言えばいいのかわからないという様子の魔王様。それを不思議に思って、自分の状況を確認してみた。
小林 ← 全身がねとねとで白濁した物体まみれ
俺 ← そんな小林の手を引いてる
名探偵サンゴの脳に電流が走る。
閃いた! この状況はつまりアカンやつだ!
「サンゴさんとエリさん、こんにちわです! あれ? エリさん、どうしたのですか?」
「サンゴ君……」
「お、俺は悪くないんですっ!」
この言い訳は自分でも正直どうかと思う。
これだと『小林を全身ねとねと白濁まみれにしたのは無理矢理ではない』という意味に聞こえる。俺が逆の立場でもドン引きするわ。ここに神様がいなくてよかった。いたら絶対に裁判だもん。三日連続で裁判だもん。
そうして誤解に誤解を重ねてしまった魔王様に、必死に弁解することになったのであった。幸いなのは、サリエルちゃんにそういった知識がなくて、純粋に小林の心配をしていたことだろうか。サリエルちゃん相手だと、やってもいない罪を認めちゃうかもしれないからな。
「――ですから! あれは白泥沼の泥なんです! 決して俺の頑張りの爪痕ではないんです! 分かってください!」
「うん、うん、サンゴ君だって男の子だもんね。気持ちは十分に伝わったよ。このことは誰にも話さないからね」
「絶対にわかってない言い方だ!? こ、小林! お前からも誤解だって言ってくれ!」
「あの、サンゴさん。エリさんならもう帰っちゃいました」
「自由かっ!」
何で勝手にいなくなってんだ! もっとこう、ちゃんとさ! 何かあるだろ! 冒険は家に帰るまでが冒険だぞ!
「僕もそろそろ帰ろうかな。夕飯の支度があるからね」
「そんな主婦みたいな理由で誤解したまま帰らないでください!」
「サンゴ君も若いんだから、そう焦らないで、ちゃんと順序と節度を守ったお付き合いをするんだよ? それじゃあまた今度ね、サンゴ君」
「待って! せめてそのお付き合いの勘違いだけでも正し――本当に帰っちゃったよ!」
ああもうどうしよっかな。幸か不幸か魔王様は誰にも話さないって言ってたし、それを信じてうやむやになるまで放っておくか?
「サンゴさんサンゴさん。今お時間よろしいですか?」
諦めともいえる解決法を考えていると、いつの間にかすぐそばまで近づいていたサリエルちゃんに話しかけられた。服をくいくいと引きながら、こちらを上目づかいで窺ってくるその可愛らしい姿は、この世界において唯一の癒しと言っても過言ではない。
「あれ? サリエルちゃん、魔王様と一緒に帰ってなかったんだ。どうしたの?」
「はい! もしよろしければなんですけど、朝に言った街の案内をしようかと!」
はい、いい子。サリエルちゃんの言動をまとめて道徳の教科書にすべき。
「サンゴさんの言う、元の世界にはないようなものをボクが紹介できるかはわからないですけど、広場の噴水とかおいしいケーキ屋さんとか、この街のおすすめをサンゴさんにも知ってもらいたいです! えへへ、ケーキ屋さんにはボクが行きたいだけなんですけど」
そう言って照れたように笑うサリエルちゃん。感激のあまり泣きそう。
ここはサリエルちゃんのやさしさに甘えて、ぜひとも街を案内されたいところ――なのだが、非常に、ひっっっっっっじょうに申し訳ないけれど、あの冒険の疲れがたまっている俺に、もはや街を回り歩く元気は残されていなかった。正直すぐにでも休みたい。
「ごめんサリエルちゃん。サリエルちゃんのお誘いはとても嬉しいんだけど、この世界に来て一位二位を争うくらいに嬉しいんだけども! でも今日はちょっと疲れちゃったからまた今度の機会に誘ってくれないかな?」
「あう……そうですかぁ……それは仕方のないことですぅ……」
残念そうな顔でしょんぼりとするサリエルちゃん。こ、心が張り裂けそうだ。
――本当に、これでいいのか?
心の中にそんな声が聞こえてくる。
そうだ、本当にこれでいいのかサンゴ。こんなに優しい子が、悲しい顔をしなければいけないなんて、それが正しいことなのか。
いいや違う。そんなことはあってはならない。この世の宝というべき存在が、悲しさという穢れに濁されてしまうような世界は、それは世界そのものが間違っている。そうだサンゴ、俺には世界を正す力がなくとも、この宝石を輝かせることは出来るではないか。たとえこの身が引きちぎれようと、サリエルちゃんの笑顔が見られるのならば本望だ。疲れてる? 元気がない? そんなもの、世界の果てに投げ捨ててしまえ。女の子の為に、サリエルちゃんの為に限界を超える。それが一二之三吾という男の存在理由だ!
ふっと息を吐く。
体が軽い。気のせいか、ついさっきまでよりも、疲れていないように思える。元気が心から湧き上がってくるかのようだ。視界に広がる光景は、いつもよりも鮮明に、輝いて見える。覚悟を決めると、ここまで見える景色が違うのか。いや、覚悟ではないな。ただ当たり前のことを再認識しただけ。サリエルちゃんのためならばいくらでも頑張れるというのは、自然の摂理なのだから。
よしこれならば問題ない。さっそくサリエルちゃんに街の案内をお願いするとしよう。一刻も早くサリエルちゃんを笑顔にするのだ。
「サリエルちゃ――」
「あっ! そうです! いいこと思いつきました!」
「――んんっ、ごほん。ど、どうしたんだい?」
紳士で大人なお誘いをしようとしたタイミングで、ぱっと顔を上げたサリエルちゃんに遮られる。それはとても素晴らしい笑顔で、何の憂いもない晴れやかな顔だ。
……うん、そっか。そうだよね、別に俺が何かしなくても笑顔になりますよね。なんか俺にしかできないみたいな恥ずかしいこと思ってごめんなさい。
「サンゴさん、お時間少々よろしいですか?」
「も、もちろんさ。街を散歩するかい? そうだ肩車をしてあげよう。それともおんぶのほうがいいかな? なんでもバッチコイだよ」
「あはは、お疲れのサンゴさんにそんなことできませんよ。そうではなくてですね。そんなお疲れのサンゴさんに元気になってもらおうと思うのです! はい!」
「えっと、うん? 俺を元気に?」
「です!」
ふむ、とりあえず肩車はナチュラルにお断りされてしまったか。
しかし元気にしてくれるとはいったいどういう意味だろう。
サリエルちゃんのことだから俺のことを思っての発言だろうが、いささか要領を得ない。ところで『サンゴさんに元気になってもらおうと思います』って部分がちょっといやらしく聞こえてしまうのは俺の心が穢れているからだろうか。
「はい! ボク、思ったのです。オーダおじさんから聞いたお話や、今のサンゴさんを見て、とてもお疲れのご様子だと。サンゴさんは慣れない土地に来たばかりで、すっごく大変そうなのです。そこでボクは閃きました!」
腰に手を当ててエッヘンと胸を張るサリエルちゃん。自慢げで得意げだが、しかしそれは決して偉そうな態度ではなく、むしろ頭を撫でてしまいたくなる微笑ましさがある。
わかるか小林? これがお前との差だ。
「今日はそんなお疲れサンゴさんに、たっぷりとリフレッシュをしてもらいます! ボクにお任せください! これでも、色々とお勉強しているのです!」
「さ、サリエルちゃん……っ!」
こんな俺の為にそんなことを考えてくれていたなんて……感激だ! 俺は今、猛烈に感動している! 逆に俺が天使サリエルちゃんを癒してさしあげたいくらいだ! 変な意味じゃなくて!
ここまでされて遠慮するなんて男が廃る。こうなったら俺もその思いにこたえようじゃないか!
「よろしくお願いしまぁっす!!」
「はい! ボクにお任せです!」
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