なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

異世界あるある3「ドラゴンはしゃべる」


 ドラゴンを前にして、俺はただそこに立ち尽くすことしかできないでいた。

 何かいるとは思っていたが、それがまさかドラゴンだなんて思いもしていなかったのだから仕方ないだろう。前に、魔王様は確かにドラゴンがこの世界にいることを言ってはいたが、それでもこんなところで遭遇するだなんて運が悪いにもほどがある。

 そう言った驚きに加え、ドラゴンに恐怖を感じている俺に何か言葉を発することなどできるわけがない。なんかあのドラゴン、こっちをじっと見ているけど、その目に敵意が込められている気がしてならない。怖いよ。迂闊にしゃべれないよ。

 この状況で呑気におしゃべりができるやつがいるとしたら、そいつは大物かよほどのバカだろう。

「見てサンゴ! ドラゴンよドラゴン! 一気に勇者の冒険っぽくなってきたわ!」

 よほどのバカがいた。

「おまっ、どういう状況か把握してないのか!?」

「把握してるわよ! 私の冒険譚に一ページが刻まれる状況よ!」

「こんのおバカっ!」

 やっぱり把握してなかった。あのドラゴンの怒りがこもっている視線にどうして気が付かないのだろうか。

 ――いや待て。よく考えろ。さすがの小林でも、本当に危ない状況でふざけるような真似はしないだろう。つまり、小林にとって現状は危険ではないということだ。しかしなにを根拠にそんなこと……はっ! そうかわかったぞ! あの魔道具か! 確かにあれがあれば、たとえドラゴンであろうと安全が保障されるかもしれない!

「ふっ、さすがだな小林」

「あら、やっとサンゴにも私のすごさが理解できたのかしら」

「魔道具を使ってドラゴンに言うこと聞かせるんだろ? うっかり忘れてたよ」

「え? あれは一人しか対象に出来ないから、サンゴに使っちゃったいま、あのドラゴンには使えないわよ?」

「へっ!?」

 ん? あれ、えぇ? えっと、ならヤバくない?

「おい、なんでお前はそんなに余裕なんだ。早く逃げる準備をしろ」

「何よサンゴったら、怖がっちゃって。ドラゴンは猫に生存競争で負けるくらいの強さなのよ? だから大丈夫よ。私、猫好きだし」

「いやお前が猫好きなのは関係ないと思う」

 だが言われてみれば確かに。そう聞くと、意外とドラゴンは危険じゃないかもと思えてくる。あのドラゴンも、猫から逃げてここにたどり着いたのかもしれない。

「それならどうするんだ? まさかドラゴン退治なんて言い出すなよ?」

「そんなもったいないことしないわよ。私、ドラゴンの背中に乗って空を飛ぶのが夢だったの! それを実現させるわ!」

「あ、それ俺もしたい」

「まっ、私に任せておきなさいって。あのドラゴンと仲良くなって見せるわ」

 そう言って小林はドラゴンに近づいていく。

 スキップをするかのような軽い足取りで、ルンルンという音が聞こえてくるほどご機嫌に、ドラゴンまであと数メートルほどまで小林は近づき――


『吾輩の眠りを妨げよってこの人間どもがぁ!!』


 ――ドラゴンの怒号と共に、一瞬でこっちに逃げてきた。

「おい」

「ち、違うのよこれは別にビビったわけじゃ」

『貴様らぁああ!』

「ひぃっ! ごめんなさぁい!」

 やっぱダメじゃんか。何が猫に負ける強さだから大丈夫だ。普通に危険じゃないか。
 いや、それよりも……、

「あのドラゴン、喋るのか?」

『当たり前だぁ! 吾輩は誇り高きドラゴンだぞ! 喋るに決まっているだろうが!』

 あ、当たり前なのか。

『無断で吾輩の住処に足を踏み入れ、そのうえ吾輩が眠っているところをたたき起こすとは! 許されることではないぞ貴様ら!』

「ま、待って! 待ってください! 俺達はここがドラゴンの住処だなんて知らなかったんだ! それに眠っているのをたたき起こした覚えはないのだが!」

『吾輩の尻尾を何か棒みたいなもので叩いたであろうが!』

 棒みたいなもので叩いた? 棒、棒……あぁっ! あの白い壁か! ああくそ、どうして気が付かなかったんだ! 考えてみればそれ以外ないじゃないか!

 心当たりのある俺は、ドラゴンが叩かれたという尻尾へと目を向ける。目の前の白いドラゴンであるが、体の大きさは実はそれほど大きくない。俺と小林よりも大きくはあるけれど、しかし見下ろされるほどでもなく、魔王様と同じくらいといったところか。

 しかしその代わりと言わんばかりに、尻尾は大きく太く、とても立派なものであった。

「なあ小林、あの尻尾、どれくらいあると思う?」

「そうね……正確な数値はわからないけど、およそ四~五魔王様といったところかしら」

「大体十メートルか……」

『未知の単位で吾輩の尻尾を測るな!』

 なるほど、確かにそれだけ大きければ、道を塞いで壁のように見えるかもしれない。
 それに一.五魔王様ほどの胴体に四魔王様ほどの尻尾。つまり全長およそ十三メートルとすれば、今の俺達との距離などドラゴンにはあってないようなものだろう。

 怒っているドラゴンがいつ俺達に向かって攻撃してくるかわからない。どうにかして距離を離すなり逃げるなりしないと、この状況は危険だ。

「なぁ小林、そう言えば何かあったら守ってくれるんだったよな?」

「無理無理無理無理! 無理です! 無理に決まってるでしょ! 何かあったらとは言ったけど、何があってもとは言ってないわ!」

「ズババババァするって言ってたじゃないか」

「そ、それはあれよ! エリカリが手元にないから! だからズバれないわね! あー残念だなーエリカリさえあればなードラゴンにも臆さず戦えたのになー」

「そういうと思って」

 屁理屈を並べる小林に、俺の懐に隠し持っていたあるものを渡す。

「二代目エリカリを用意しておいた」
「何でサンゴが持ってんのよ!」

 こんなこともあろうかとね。

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