なんと平和な(非)日常 ~せっかく異世界転生したのに何もやることがない件~

からぶり

異世界あるある2「街並みはだいたい中世ヨーロッパ風」

 窓から差し込む朝の陽ざしが、いまだまどろむ俺の瞼をくすぐる。
 それに少し心地よさを感じながらゆっくり起き上がり、洗面所で顔を洗って意識を覚醒させる。
 テレビをつけそこで流れている天気予報を流し見しながら、食パンを何もつけずにそのまま食べる。

 ……今更だけど喋ってる言葉も表示されてる字幕も日本語だな……。まさか神様、食べ物だけじゃなくて言語まで異世界に持ち込んでんのかよ……。

 神様の所業に呆れつつコーヒーを流し込み、軽く身だしなみを整え、俺は泊まっている宿を出た。

「朝だ……平和な朝だ……昨日も言ったなこれ」

【朗報】被告人サンゴ、無罪を勝ち取る【土下座の力は偉大なり】

 いやーよかったよかった本当によかった。危うく刑務所のお世話になってしまうところだった。前科持ちの転生者なんてかっこ悪すぎる。

 魔王様はともかく、神様と小林は手ごわかった。まあでも、神様も本気で俺を有罪にしようとしてたわけじゃない(多分)し、小林だって俺が本気(土下座)を出せば何とかなる相手。だからこの無罪という結果は予定調和といってもいいだろう。裁判にかけられたことは根に持ってるけどな。

「あっ、サンゴさん! おはようございます!」

 平和の感傷に浸っていると声をかけられた。
 聞き覚えのある声の主の姿を確認しようと、顔をそちらに向ける。

 そこには、ところどころにフリルがあしらわれたかわいらしいシャツと、チェック柄のミニスカートに身を包んだ褐色銀髪の少女、サリエルちゃんがいた。笑顔が眩しいぜ。

「おはようサリエルちゃん。きちんと服を着ているようで何よりだ」

「その言い方だとまるでボクが普段服を着ていないように聞こえるんですけどぉ……」

 笑いながらも困ったように眉を下げるサリエルちゃんの顔を見て、つい頬が緩む。
 さすがだなサリエルちゃん、魔王様の姪というのは伊達じゃない。何もしていないように見えても、その仕草や声から優しさがにじみ出ており、理不尽な裁判によって傷ついた俺の心を癒してくれる。

『サリエルちゃんを見てにやけるなんて、まるでロリコンみたいですねサンゴ』

「あーあー! 聞こえない! テレパシーなんか聞こえない!」

「ど、どうしたんですかサンゴさん! 急に頭を抱えて!」

 いきなり変なことし始めた俺を、サリエルちゃんが心配して慌てて駆け寄ってきた。

 うう……なんて優しい子なんだ……っ。俺の味方は君だけだよ。
 感謝と慈愛の気持ちを込め、サリエルちゃんの頭を撫でようと手を伸ばす。

 ほらなーでなーで……


「――――っ!」


 避けられた。
 ……なんか、驚いた顔で焦った感じに避けられた。あれ、ダメでしたか。そうっスか。ソウデスヨネ。俺に撫でられるのなんか嫌ですよね。好感度が足りませんよね。

 ……泣きそう。

「と、ところでサンゴさんは何か用事でも? それともただの散歩でしょうか?」

 僅かに流れた気まずい空気を気にしてか、どこか遠慮がちに尋ねてきた。

「……ああうん。いや特に用事はないよ。むしろ暇だね。暇すぎて大変なくらいだよ」

 あまりにも暇で家――本当は家じゃなくて泊まってる宿だけど――にいるのに帰りたいと思うくらいだ。哲学かな?

「そんなわけで、暇つぶしがてらこの街を見て回ろうかなって思ってね。昨日も一昨日も色々あったからさ」

「そうなんですかぁ。どうですか? サンゴさんが元居たという世界と比べて、やっぱりいろいろと違いますか?」

「いや全然」

 石畳の道にレンガ造りの家、向こうに見える風車など、確かに日本ではあまり見ないような造りの街ではあるが、どこか見覚えのあるような街並みだ。ヨーロッパの田舎町なんかは、こんな感じなんじゃないだろうか。俺はヨーロッパの田舎町どころか海外に行った経験はないが、本やテレビから得た知識で思い浮かべるイメージと似た風景である。

「宿にあった食パンやテレビも、テレビでやってた天気予報も俺の居た世界とほとんど変わらないよ。本当に異世界なのか疑うレベル」

「それならボク、知ってますよ! オーダおじさんに聞いたことあるんですけど、なんでも、神様が別の世界から持ち込んできたものらしいです!」

「やっぱりか!」

 いざとなったら神様パワーでどうにかすればいいとでも考えてるんだろうな。
 文明を何だと思っていやがるんだろうあの神様は。

「あのあの、サンゴさん。もしよかったら何ですけど、ボクが街を案内しましょうか?」

「え? 案内? サリエルちゃんが?」

「はいです! サンゴさんはこの街のことを詳しく知らないみたいですし、それにもしかしたらサンゴさんがいた世界にはないものが見つかるかもしれないです! ボク、お手伝いします!」

「おお! マジで! だったらぜひともお願いしようかな。いやあありがたいよ! 一人でただ街を歩き回るのも寂しいし、サリエルちゃんが一緒に来てくれるっていうんなら心強い――んぐぺぱッ!?」

 人間から出てはいけないような声が出た。
 一瞬『あ、俺死んだ?』とも思った。

 サリエルちゃんの申し出に喜んでいる途中、いきなり誰かに襟首を引っ張られたのだ。

「さ、サンゴさんっ!?」

 サリエルちゃんの驚愕した顔がはっきりと目に焼き付けられる。大丈夫、心配しないでと伝えたいところだが、しかし襟首を引かれて首が締まっているため、声を出すことができない。そのまま俺は酸素不足で目の前をチカチカさせながら、強引にどこかへ連れていかれるのだった。

「ごめんサリエル! こいつ借りるわね!」

 酸欠と混乱で視界がぐるぐる回る中、そんな声が聞こえた。

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