神様、別にアンタにゃ何も望むまい。でもどうか、煙草くらいは、吸わせてくれよ。

椋畏泪

最初の目的地。

 自宅から一歩外に出ると、やはり少し肌寒さを感じた。やや乾燥した風が頬を撫でたのが、なんとなく不快で人差し指を使って掻いた。

 小銭を集めると言って、まず最初に思いついたのが自動販売機の下であったが、大通り沿いの自動販売機では人目が差しそうだったので、少し離れた自動販売機の方へと向かって歩みを進める。

 風が吹くたびに、乾き切っていない髪の毛が冷やされては、春の陽気に温められてというのを繰り返した。

 通行人が思いの外多く、なんとなく惨めな気持ちと、見窄らしい行動をしようとしている後ろめたさを感じて、わざと大きめの欠伸をした。

 履いている靴の右足の小指側に穴が開いているのも、いつも以上に気になる。しかし、煙草を吸うまでの辛抱だと、己を鼓舞して、やや早足で目的の自動販売機の方へと急いだ。

 道を二つほど曲がると、自動車の流れも少なくなった。代わりに、自転車が排水溝の蓋を通る、ガタガタという音が際立って聞こえるようになった。

 目的の自動販売機を視界に捉えると、今度は祈るような気分になった。「ここで三百円見つかれば、もうそれだけで煙草が吸える」のだと考えると、舌の奥の方から唾液が滲み出て気持ちが焦っていった。

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