ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる

海道 一人

誤算

 俺は手に持っていたボーラスの戦斧を再び川に投げ込み残っていた筏を粉砕した。
 ノーザスト軍は再び静まり返っている。


 そろろそルノアに更なる退去勧告をしてもらう時期かと思っていると、兵士達の中から再び前に出てくる影があった。
 しかも今回は三人だ。


 「貴君はなかなかの剛腕の様子。」


 「しかし強さとは力ではない。」


 「我々の速度には勝てるかな?」


 顔や背格好が全く同じ痩せた三人の男だった。
 先ほどのボーラスとは違い鎧は一切身に着けておらず、極細のレイピアを手にしている。
 見ただけで速度重視タイプの戦士だとわかる。


 「おお、あれは”不可視”のファステス三兄弟じゃないか!」
 「あまりの速さに戦場では誰もその姿を追えないという三兄弟か!」
 「サウザンとの戦では三人で三百人を倒したらしいぞ。」
 「ボーラス殿が無理でもあの三兄弟なら……!」


 三人の姿を見てやにわにノーザスト軍が勢いづく。
 どうやらこの三人も有名人らしい。


 「「「我らの高速連撃を受けてみよ!!!」」」
 同時にそう叫ぶとそれぞれ別方向から襲い掛かってきた。
 一人は真正面から突いてくると見せかけて直前で右にステップし俺の左わき腹にレイピアを突き立て、もう一人は一人目の背後に回りこむように下段から大腿に向かって切り上げてくる。
 そしてもう一人はその二人を踏み台にして跳躍し、上から俺の首元を狙ってきた。


 素晴らしいコンビネーションだ。
 普通の人間だったら初見では全く対応できずに好きなように切り刻まれていただろう。
 しかし俺はこの時も加速をしていたから三人の動きをスローモーションで捉えている。
 「「「殺った!!!」」」
 三兄弟は切り結びつつ俺の周りを走り抜け、勝利の叫びをあげた。


 しかし俺には傷一つついていない。
 切られる直前に三人のレイピアを全て取り上げていたからだ。


 「「「???」」」


 事態を飲み込めず、お互いに顔を見合わせる三人。
 数秒経ってようやく自分達の手からレイピアが消えていることに気づき、驚愕の表情を見せる。


 「「「いつの間に???」」」


 三人が俺を振り返った時、俺は既に三人の背中に回り込んでいた。
 片手で払いのけるように三人を振り飛ばすとボーラスと同じようにすっ飛んで行き、同じように兵士と衝突して昏倒した。


 ここまでやれば流石に少しは考えを改めるだろうか。
 俺は残ったノーザスト兵達を見渡した。


 見える部分の兵士達の顔には畏怖と驚異の表情が浮かんでいるが、後ろの方にいる指揮官と思しき連中がどう感じたかは伺い知れない。
 もう少し力を見せつけるべきだろうか?
 もうちょっと奥まで進んで見せつけた方が良かったか?


 そう思って足を踏み出そうとした時、背中に氷を突っ込まれたような怖気を感じた。


 (なんだ?何が起きてるんだ?)


 俺の目は自然と一点、敵陣の奥に向いていた。
 怖気はそこから発していると本能が告げていた。


 兵士達の陰で姿は見えないが魔力がそこに集まっているのが視える。
 地面に描かれた魔法陣に魔力が集まり、変換され、魔道士と思しき人物の持っている杖を介して……
 不味い、あれは不味い!


 本能が告げるままに俺は走り出した。
 敵陣へではなく、川に向かってだ。


 魔道士の放った魔術は既に対岸、ミッドネアに向かっている。
 頭の中にルノアの顔が浮かぶ。


 不味い不味い不味い不味い不味い!!!!
 崩壊した橋のたもとで一気に跳躍する。
 目指すのはルノアのいる輿だ。
 魔力は既に届いている。


 上空からミッドネア軍を見下ろす。
 その中に弓を番えている兵が見える。
 矢が向いているのは……ルノアのいる輿だ!


 やはり。


 俺の予感は当たっていた。
 ノーザストの魔道士が魔術を放つ前、俺の耳に聞こえていた言葉がある。


 「合図を送れ。」だ。


 既にミッドネア軍の中に刺客が送り込まれていたのだ。
 しかも複数人。


 俺が暗殺者に襲われた時点で気付くべきだった。
 だが今はそんなことを反省してる場合じゃない。


 俺が輿の前に着陸したのは矢が放たれたのとほぼ同じタイミングだった。
 四方から飛んできている矢を片っ端から叩き落していく。
 矢だけではなく輿に向かって槍を突き出している兵士もいる。
 何人の刺客が入り込んでるんだ?
 突き出される槍をもぎ取り、その兵士を蹴り飛ばす。


 輿に向かって振り返るのと加速が止まったのはほぼ同時だった。
 「ルノ……」


 叫ぼうとした時、わき腹に焼けるような痛みが走った。
 振り返ると鎧の隙間から一本の剣が刺さっていた。



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