ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる

海道 一人

紛糾

 声自体は大きなものではなかったが、それを聞いて室内が一斉に静まり返る。
 その声にはそうさせるだけの力がこもっていた。
 声はソリナスと言われた優男の前に座っている銀髪の偉丈夫から出たものだった。
 その男の事は講義で習っていた。
 ドラガルド、ミッドネア軍の総大将を務める将軍だ。
 いかにも軍人といった威圧的な雰囲気を発散させている。


 「ソリナス、今の行為を説明しろ。」
 「はっ。」
 ドラガルドの声にソリナスが口を開いた。


 「先ほどから見てわかる通り、そこの人物は何やら不思議な力を持っている様子。更に女王殿下とも知己の間柄とお見受けします。戦争を止める手助けをしたいとおっしゃっておりましたが、我々にとっては全く未知の人物であり、戦争でどのような事が出来るのか皆目見当がつかないというのが事実であります。」
 「同時に、現在状況はこのような事に時間を費やしている余裕はない事も事実であります。ですので、失礼を承知でそちらの人物を試させていただきました。結果は御覧の通り、少なくとも自分の身を守る力はお持ちのご様子。」


 試す?はっきりと俺に向かってナイフを、しかも模造でも何でもない本物の抜き身を投げつけておいてこの言い様。
 このソリナスという男、ただの優男じゃないらしい。
 「こちらの人物は女王殿下の知り合いでもあるようですし、まずは会議への参加を許しては如何でしょうか?既にある程度の状況は分かっているようですし、今ここで退出させるよりも何かと都合がいいかと思われますが。」


 「確かに、この男の力は尋常ではない……」
 「会議に参加する程度であれば問題はないか……」
 ソリナスの言葉に肯定のさざめきが広がっていく。


 「分かりました。仁志様の会議への参加を認めます。」
 ルノアが諦めたように声を上げた。


 「まずは皆さんに紹介いたします。この方は布津野仁志様、故あって今は私の客人として我が城に滞在してもらっています。」
 どうやらルノアは俺の事をここにいる大臣含め国の中枢を担う連中にもまだ打ち明けてはいないらしい。


 今は俺の能力の事はあまり知られたくないからそれはかえって都合がいい。
 「おい、ソリナス!迷惑かけたお詫びだ、仁志殿に詳しい状況を説明してやれ!」
 「はっ。」
 ドラガルドの命令でソリナスが俺の方に近づき、腕を胸で交差して謝罪を示した。


 「先ほどは失礼いたしました。それでは我が国の状況を説明いたします。既に大体のことは分かっているようですので事実だけを告げますと、三日前にノーザストとの関所になっているメノラという町から河向こうにノーザスト軍が接近しているとの報告がありました。」
 「ノーザストの使者によるとサウザンとノーザストの戦況が激しさを増しており、サウザンを挟撃するために我が国の領土を通りたいと。当然その要求は飲めるものではないのですが、メノラ周辺に展開している我が軍が総勢千名程度であるのに対しノーザスト軍はおおよそ二万人。おそらく近いうちに強行突破するのは確実だと思われます。そこで今後どのような対応をとるか協議していたわけです。」
 大体予想通りの展開だった。


 ノーザストとサウザンの戦況が本当であろうと嘘であろうと、ノーザストの目的の一つはミッドネアに軍を通したという既成事実を作る事だろう。
 既成事実さえできてしまえば後はそれが慣例になる。
 慣例になってしまえば覆すのは容易な事ではない。
 かつての仕事でも散々経験してきた事だ。
 一回その値段を飲んでしまうと後からの値段交渉はかなり難しくなる。
 つまり、今回のノーザストとのやり取りが今後の交渉を決めると言っても過言ではない。


 「それで、どっちが有利なんだ?」
 俺の問いにソリナスは困ったように笑った。
 「六:四でノーザストの進軍を容認するという意見でしょうか。とりあえず向こうは駐軍する事はなく通り抜けるだけだと言っていますしね。」
 「その通りだ!相手が何もしないと言ってるんだからわざわざ藪を突く事もあるまい!」
 そう吠えたのは先ほどのグラードン大臣だ。


 「馬鹿な事を!連中の考えてる事等分かり切っている!時間がかかるだの戦況が思わしくないだの言って居座るにきまっとる!そうなれば今後いつ我々に剣が向くか分かったものではないわ!」 
 そう返したのは黒髪に髭面の衛兵部隊総大将のナラス。


 「今は収穫期前でノーザストの兵糧もそうは多くないはず。長く居座られると我が国に兵糧を出せと迫って来るやもしれんぞ。」
 長髪の白髪を後ろで束ね、真っ白な髭を顎まで伸ばした農業大臣のセラーザ。


 「戦争を行うとして、予算はどうするんですか?現状の税収では戦争など無理ですよ!新たな財源を確保してからでないとすぐに立ちいかなくなります!」
 何故か紫色の髪をした年増のこの女性は財務大臣のゴーツクーナだ。


 「そんなこと言ってたら奴らはあっという間にこの国を占領するぞ!」
 「だからそうさせないためにもまずは対話が必要だと言っておるんだ!」
 「奴らに対話する意志などがあったらいきなり軍を送ってこんわ!」


 あっという間に会議室は喧々諤々の言い争いが始まった。
 ルノアを見ると、何かを言おうとしているがその場の勢いに完全に飲まれてしまっている。


 「先王さえ生きておられればこんな事は……!」
 「貴様!今ここで言う事ではないだろう!」


 その言葉にルノアの肩が小さく震えた。
 おそらく、先王ガラルド王が身罷ってからずっとこんな事が起きていたのだろう。
 まだ十代だというのに王という重責を背負い、それでもなお人は彼女にこの国の未来を、本来己が負うべき責任を押し付けている。


 俺はその姿にかつての自分を見た気がした。
 いくら頑張ってもあがいても誰も助けてくれず、それどころか更なる責任を負わせてくる。
 それは評価なんかじゃない、体のいい道具扱いだ。
 俺の顔が熱くなった。
 「おい、お前ら!いい加減に……」



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