ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる

海道 一人

行商人ヨマナ

 俺はなるべくチンピラ達のナイフをギリギリで躱すようにした。
 こうすれば少なくとも魔術ではなく身体能力で躱してるように見えるだろう。
 躱すのがあまりに簡単なので切り付けられた回数を数える事にしたものの、二百回を超えたあたりでそれすらも面倒くさくなってきた。


 何分位経っただろうか、気づけばアックガンはじめチンピラ達は全員肩で息をしながら地面に膝をついていた。
 「……て、手前……何者だ……?」


 アックガンが顔を真っ赤にして汗をボトボト落としながら睨みつけてきた。
 「別に。ただのよそ者だよ。」


 俺はそう言いながら少女の馬車に荷物を積み直す。
 「……クソ……おい、お前ら行くぞ!」


 アックガンはよろよろと起き上がると同じく地面でへたばっている部下達を乱暴に蹴り上げ、もう一度俺を睨みつけると路地裏へと消えていった。
 「助かったよ。あんた強いんだね!」


 アックガン達が完全に消え去るのを確認した後、少女の顔に笑顔が爆発した。
 「あいつら、この辺を縄張りにしてる悪党なんだ。普段は裏の方にいるのに今日みたいに時々表に出てきやがっててさ、私達みたいなよその商売人にちょっかいだして金を巻き上げてるんだ。」
 「ああいう風にすぐにナイフを出してくるだろ?この辺のお上品な人達は怖がって口出しできないし、憲兵に言おうにもあいつら逃げ足だけは早いから困ってたんだよ。あ、あんたもよその人間だよね?なんかこの辺の人とは顔つきとか違うしさ。あたしの名前はヨマナ、見ての通りノーザストから来てるんだ。」
 ヨマナと名乗った少女は分厚いフェルトに幾何学模様の刺繍を密に施した上着を着、ズボンも同じくフェルト製で裾に上着とよく似た刺繍がしてある。


 頭には毛糸で編んだターバンのような布を巻き、そこから三つ編みにした輝くような金髪が垂れ下がっている。
 耳には宝石を付けた大きなイヤリングが下がっていて、その横にはエメラルドのような瞳が宝石に負けんばかりに輝いていた。
 まるでモデルみたいに整った顔をしているが、溌溂とした口調が人懐っこい印象を与えている。


 「それにしてもあんた凄いね~!兵士だってあんな真似できっこないよ!ひょっとして、名のある勇者様?名前は?どこから来たの?」


 荷物を片付けながらヨマナは矢継ぎ早に質問をしてきた。
 年は自分よりも下だろう、まるでバッタみたいに元気な女の子だ。
 「俺の名前は仁志、ちょっと前にこの国に来たばかりなんだ。国は……ここよりずっと遠く、地図にも載ってない位東にある国から来たんだ。」
 「東!ひょっとして大湿原のもっと向こうから来たのかい!?あたし、大湿原の向こうから来た人は初めて見たよ!ねえ、どんなの国なの?人はどの位いる?この国には何しに?なんか売りに来たの?腕試し?」
 はぐらすために適当な事を言ったらそれが余計にヨマナの好奇心に火をつけてしまったらしい。


 「そ、そんな事よりも、ヨマナが運んでるこれは何なんだ?」
 「ああ、これかい、これは鉄の地金さ。ノーザストから持ってきてこれから売りに行くところだったんだ。」
 「ノーザストの商人はみんな帰ったんじゃなかったのか?」
 「そうそれ!」


 俺の質問にヨマナが急に顔を寄せてきた。
 近い近い。
 「助けてもらったお礼に言うけどさ、傭兵とかになりたいんじゃないならさっさとこの国から出てった方が良いよ。あたしもこれを売ってさっさと帰りたいんだ。」


 「やっぱり、戦争が近いのか?」
 「近いなんてもんじゃないよ!一週間以内にノーザストからミッドネアに通じる街道が全部封鎖されるって噂でさ、ノーザストの商人達はみんな尻に火が付いたみたいにこの国から出てってるんだ。ヒトシもこの国から出たいってんなら乗せていってあげるよ?」
 「いや、申し出はありがたいけど俺はこの国でやる事があるんだ。」


 「そうなんだ…でも、気が変わったらいつでも言ってよね!明日まではこの国にいるからさ!銀馬亭っていう旅館に泊まってるから!」
 そう言ってヨマナは馬車に乗って去っていった。
 俺はヨマナを見送りつつさっき彼女の言っていた言葉を思い出していた。


 街道が封鎖される?


 戦争なんか遠い話だと思っていたけど、現実は想像以上に厳しい事になっているのかもしれない。
 そして、その予感は悪い方に当たっていくことになる。



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