ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる
街へ
午前の講義が終わった後、俺は城を出て街へと向かった。
ミッドネア王都は西洋のような城内町になっていて、城を出たと言っても街全体は巨大な城壁に囲まれているから厳密には城を出たとは言わないのかもしれない。
十分ほど歩いたらそこはもう街だ。
街に行くのはこれが初めてだ。
城から真っ直ぐ伸びる道が大通りになっていて、道の両側には白い土壁でオレンジ色の瓦の建物が立ち並んでいる。
ほとんどの建物が何らかのお店で、ドアの上に鉄でできた看板が下げられている。
道路の幅は十メートルほどもあるだろうか、屋台も出ていて威勢の良い呼び込みの声が飛び交っている。
とりあえず俺はメダルが使えるかどうか試してみることにした。
まずは美味そうな匂いの串肉を売っている屋台に行ってみた。
髭面のでいかつい格好のオヤジがやっている屋台だ。
「オヤジさん、一本くれないか?」
努めて地元民っぽく振る舞いつつ言ってみた。
「あいよ!」
見た目そのままに威勢の良い声で串肉を出してくる。
「……で、これで払えるかな?」
そこで俺はメダルを出してみた。
「なんだそりゃ?そんな金見たことねえぞ。うちはミッドネアの金しか扱ってないんだ、冷やかしなら帰んな!」
オヤジはそう言って串をひっこめた。
使えないじゃん!
その後も幾つか屋台を廻ってみたがことごとく断られた。
本当にこのメダル使えるのか?
半ば懐疑的になって道端に座り込んでいると、小太りの中年女性が近寄ってきた。
「ちょっとちょっと、お前さん!」
そのおばさんは俺の隣に座ると小声で耳打ちしてきた。
「そんなものホイホイ見せるもんじゃないよ!」
「おばさんこれが何なのか知ってるのか?」
「当り前じゃないか!この街の人間で知らない奴なんかいないよ!屋台の連中は駄目だよ、あいつらは城の外から移ってきたのが多いからね。とにかく、あんまり街中で見せちゃ駄目だよ。どんな奴が見てるかわかったもんじゃないんだから!さ、この中に入った入った!」
おばさんはそう言うと半ば無理矢理俺を目の前の店の中に連れて行った。
看板から見るにその店は料理屋らしい。
中は昼時を少し過ぎたというのに大勢の客が入っていた。
どうやら結構な人気店らしい。
「よう!メリンダ!買い物ついでに新しい客を連れてきたのか!」
「うるさいね!食べたんならさっさと金を払って出て行きな!商売の邪魔だよ!」
おばさんが店に入ると陽気なヤジが飛んできた。
おばさんも負けじと悪態をつく。
看板にメリンダ亭と書いてあったという事は、おばさんがこのお店の店主らしい。
「さあさあ、ここに座った座った。」
メリンダは俺をカウンターに座らせるとカウンターに引っ込み、しばらくして大きな皿に盛られた料理を運んできた。
「食事はまだなんだろ?食べときな。」
そう言って俺の前にその皿を置いた。
中には巨大な肉と野菜の塊がゴロゴロ転がっているスープが入っていた。
続けてパンが盛られた籠も置かれた。
スープと焼きたてのパンの香りが俺の鼻腔を突き、知らず知らずのうちにゴクリと唾を飲み込む。
「兄ちゃん、メリンダの肉煮込みはこの町一番だぜ!」
奥のテーブルから声が上がり、賛同する声のさざ波が広がっていく。
メリンダはこのメダルの事を知っていた、という事はこのメダルがあればどんな物でも買う事ができるのも知っているはず。
つまり、この料理も食べていいはずだ。
俺はその推測を信じ(ついでに言うと空腹も限界に来ていた)、スプーンを取り上げると一匙掬って口に運んだ。
美味い。
肉と野菜、牛乳と調味料と香辛料が完璧なバランスだ。
城で食べている食事も美味かったが、この肉煮込みはそれよりも遥かに美味かった。
繊細さでは劣るのかもしれないがとにかく食欲を刺激し、続けて食べたくなる味だ。
日本で食べてきた醤油や出汁をベースとしてきた味とは全く違っていて肉と野菜から出てくる旨味がベースとなっているのだが口に合わないという事は全くない、むしろ昔から食べてきたんじゃないかという錯覚すら思わせる味だった。
続けて肉も一つ掬って口に入れてみる。
一口噛んだだけで濃厚な獣の味が口の中に広がる。
しかし獣臭さは全くなく、これこそが肉だ!と言わんばかりのイノシン酸の旨味が脳髄にジンジン響いている。
元は硬い肉なのだろうが、とことん煮込む事でちょうどいい硬さになっている。
昼ご飯を食べていない事もあり、俺は猛烈な勢いで食べた。
パンも焼きたてで柔らかく、噛むごとに麦の味がしてスープと組み合わせると止まらない風味を作り上げている。
気が付くと俺は巨大な皿の煮込みを全て食べつくしていた。
「どうだい、うちの味は?」
メリンダが陶器のコップに入れた水を持ってきながら聞いてきた。
「……こんな美味い料理は初めてです。」
俺は素直にそう言った。
事実これ程美味い料理はちょっと食べた記憶がない。
「お世辞が上手い子は好きだよ。」
メリンダはそう言ってニヤリと笑い、皿を片付けた。
「さて、お世辞のお礼にあんたの知りたい事を教えてあげようかね。さっきのメダルの事を知りたいだろ?」
皿を片付けて戻ってきたメリンダはカウンター越しに俺の前に来てそう言った。
それは確かにその通りだ。
「このメダルの事を知ってるんですか?」
「あんた最近それを貰ったんだろ?」
メリンダの問いに俺は頷いた。
「あんた見かけない顔だし、どっかの領の貴族様か何かがお忍びで遊びに来たんだろ?」
メリンダは勝手に話を進めている。
敢えて訂正する事もないかと俺は黙っておくことにした。
貴族だと決めつけている割にはメリンダの口調が全く変わらない。
おそらくこれが彼女の性格なのだろう。
「実を言うとさ、確かにこれの使い方よく分かってないんだ。ルノ…女王様にはこれで何でも買えると言ってたけど、どうやって使うんだ?」
俺の問いにメリンダは肩をすくめてやれやれと言うように天井を見上げた。
「そんな事も知らないとはね!呼んでおいて本当に良かったよ。そう言えば名前を聞いてなかったね。あたしの名前はメリンダ、このメリンダ亭の店主さ。あんたの名前は?」
「俺の名前は布津野仁志、仁志でいいよ。」
「ヒトシ?変わった名前だねえ。じゃあ仁志様、あたしがメダルの使い方を教えてあげるよ。」
「仁志でいいって。実のところこのメダルはひょんなことから受け取っただけで貴族でも何でもないんだ。」
「分かったよ。じゃあ仁志、このメダルはね、実際この街、いやこの国で何でも買う事ができるメダルさ。でもそれには手順があってね、その方法を知ってる所じゃないと無理なのさ。屋台の連中は知らないし、知ってたとしてもその手順を実行できるところはほとんどないから無理って訳さ。」
「なるほど、じゃあその手順ってのは?」
俺がそう聞くとちょっと待ってなと言ってメリンダは奥に引っ込み、やがて皮の束とペンとインクを手に戻ってきた。
「こいつを使うのは久しぶりだね。あんた!確か半年ぶりだったかねえっ!?」
メリンダが厨房の奥にいる年配の男性に声をかける。
おそらくメリンダの旦那さんだろう。
その声に小声で何か唸っているがこっちには聞こえなかった。
メリンダはそんな旦那さんの言葉に耳を貸す様子もなく皮の束から一枚抜き取り、カウンターの上でその皮に何か文字を書いた。
内容は……”メリンダ亭・食事代・十ヨル”?
「さ、ここにメダルを置いとくれ。」
メリンダは書き終わると皮を指さした。
言われるがままにメダルを置くとメリンダは紋章が入ってる方を皮にあて、俺にメダルに手を置くように促した。
その通りにメダルに手を置くとメダルが一瞬輝き、少しだけ熱を持った後輝きも消えていった。
「さ、これでよし。」
そう言ってメリンダがメダルを取り除くとそこにはメダルの紋章が材料であるヨンデライトと同じ虹色の輝きで写っていた。
「この羊皮紙はね、メダルを通して持ち主の魔力に反応するようになってるのさ。
この羊皮紙は持ち主とメダルが一致した時しか反応しないようになっているからメダルの持ち主が了承したって証明になる訳さ。で、あたしら商いをしてる人間はそのメダルを持った人が来て飲み食いだの買い物だのをしたらこの羊皮紙にメダルを写させてもらって、後で城に行って現金に換えてもらうって訳なのさ。」
なるほど、これは手形と判子の替わりをしてるって事か。
しかし悪用される事もあるんじゃ?
「なるほどね、でも悪党がこのメダルを腕ごと切り落として使ったり、酔っぱらったり眠ってる時に使う事も出来るんじゃ?それに後で金額を変えたりされたら?」
「そこがこのメダルの上手く出来てる所でね、腕は切り落とされたら魔力が抜けてしまうし、酔ってたり眠ってる時は体内の魔力の流れが安定してないから反応しないのさ。ま、病気の時も反応しなかったりするらしいけどね。それにこのインクも特製でね、一旦メダルで魔力と反応した羊皮紙に書くと前に書いた字とは色が変わってしまうようになってるのさ。まったく大した仕組みだよ。」
「なるほど、じゃあさ、おばさ…」
「おばさんじゃないよっ!メリンダとお言い!」
「し、失礼しました!じゃあメリンダさん、これを使えるのはその皮とインクを持ってる店だけって事なのか?」
「そういう事。この街の店だったら大抵の場所は使えるよ。逆に使えない店は気を付けるんだね。店頭でメダルが使えると宣伝してる店もあるけど、そういうのは大抵気取った見かけだけの大したことない店さね。」
ふむ、前の世界のグルメサイト掲載店とかISO認証済みと謳ってる企業と同じような感じか。
その辺のマーケティングは世界が変わっても同じらしい。
そこで俺はふと思い立った。
「メリンダさん、実は俺現金を持ってないんだ。このメダルを使えば現金を貰う事も出来るのかな?」
「もちろんさ。銀行に行ってもいいけど、うちでも大丈夫だよ。」
「じゃあ、三日間位この街で過ごせるだけの金を貰えないかな?メダルも良いけどまずはこの街で金を使ってみたいんだ。」
「せっかくメダルがあるのに、変わったこと言う貴族様だね……ま、いいけどね。」
メリンダはそう言うと三日分なら三百ヨル位かねえと呟きながら皮に内容を書き込み、奥からコインの入った袋を持ってきた。
「はいよ、三百ヨル。これだけあれば三日は余裕で暮らせるよ!」
俺はメダルで皮に紋章を写し、コインを確かめた。
銀色の百ヨル貨が二枚に茶色の十ヨル貨が十枚だ。
講義でこの国に紙幣と呼ばれるものが存在しないのは知っていたけど、コインだけで経済を回すのはなかなかに大変そうだ。
王家の決めた人間はメダルを使って支払いができるというのはそういう部分も理由にあるのかもしれない。
「あいにくとうちに千ヨル貨はなくてね。済まないね。何もないと大変だろ、袋はそのまま持っていきな。」
「いや、本当にありがとう。助かったよ。ところでメリンダさん、もう一つ聞きたいんだけど、最近の景気ってどう?」
さて、ここからが本題だ。
俺が今回街に来た目的は三つ、一つは街を見てこの国の市民の生活を見る事、もう一つが生活風習や経済活動を直に体験する事、そして最後の一つがこの国の経済状況や世界情勢を調べる事だ。
メリンダは信用できそうな人だしこの街の事情にも明るそうだから最後の質問をするのにうってつけだと判断した。
ミッドネア王都は西洋のような城内町になっていて、城を出たと言っても街全体は巨大な城壁に囲まれているから厳密には城を出たとは言わないのかもしれない。
十分ほど歩いたらそこはもう街だ。
街に行くのはこれが初めてだ。
城から真っ直ぐ伸びる道が大通りになっていて、道の両側には白い土壁でオレンジ色の瓦の建物が立ち並んでいる。
ほとんどの建物が何らかのお店で、ドアの上に鉄でできた看板が下げられている。
道路の幅は十メートルほどもあるだろうか、屋台も出ていて威勢の良い呼び込みの声が飛び交っている。
とりあえず俺はメダルが使えるかどうか試してみることにした。
まずは美味そうな匂いの串肉を売っている屋台に行ってみた。
髭面のでいかつい格好のオヤジがやっている屋台だ。
「オヤジさん、一本くれないか?」
努めて地元民っぽく振る舞いつつ言ってみた。
「あいよ!」
見た目そのままに威勢の良い声で串肉を出してくる。
「……で、これで払えるかな?」
そこで俺はメダルを出してみた。
「なんだそりゃ?そんな金見たことねえぞ。うちはミッドネアの金しか扱ってないんだ、冷やかしなら帰んな!」
オヤジはそう言って串をひっこめた。
使えないじゃん!
その後も幾つか屋台を廻ってみたがことごとく断られた。
本当にこのメダル使えるのか?
半ば懐疑的になって道端に座り込んでいると、小太りの中年女性が近寄ってきた。
「ちょっとちょっと、お前さん!」
そのおばさんは俺の隣に座ると小声で耳打ちしてきた。
「そんなものホイホイ見せるもんじゃないよ!」
「おばさんこれが何なのか知ってるのか?」
「当り前じゃないか!この街の人間で知らない奴なんかいないよ!屋台の連中は駄目だよ、あいつらは城の外から移ってきたのが多いからね。とにかく、あんまり街中で見せちゃ駄目だよ。どんな奴が見てるかわかったもんじゃないんだから!さ、この中に入った入った!」
おばさんはそう言うと半ば無理矢理俺を目の前の店の中に連れて行った。
看板から見るにその店は料理屋らしい。
中は昼時を少し過ぎたというのに大勢の客が入っていた。
どうやら結構な人気店らしい。
「よう!メリンダ!買い物ついでに新しい客を連れてきたのか!」
「うるさいね!食べたんならさっさと金を払って出て行きな!商売の邪魔だよ!」
おばさんが店に入ると陽気なヤジが飛んできた。
おばさんも負けじと悪態をつく。
看板にメリンダ亭と書いてあったという事は、おばさんがこのお店の店主らしい。
「さあさあ、ここに座った座った。」
メリンダは俺をカウンターに座らせるとカウンターに引っ込み、しばらくして大きな皿に盛られた料理を運んできた。
「食事はまだなんだろ?食べときな。」
そう言って俺の前にその皿を置いた。
中には巨大な肉と野菜の塊がゴロゴロ転がっているスープが入っていた。
続けてパンが盛られた籠も置かれた。
スープと焼きたてのパンの香りが俺の鼻腔を突き、知らず知らずのうちにゴクリと唾を飲み込む。
「兄ちゃん、メリンダの肉煮込みはこの町一番だぜ!」
奥のテーブルから声が上がり、賛同する声のさざ波が広がっていく。
メリンダはこのメダルの事を知っていた、という事はこのメダルがあればどんな物でも買う事ができるのも知っているはず。
つまり、この料理も食べていいはずだ。
俺はその推測を信じ(ついでに言うと空腹も限界に来ていた)、スプーンを取り上げると一匙掬って口に運んだ。
美味い。
肉と野菜、牛乳と調味料と香辛料が完璧なバランスだ。
城で食べている食事も美味かったが、この肉煮込みはそれよりも遥かに美味かった。
繊細さでは劣るのかもしれないがとにかく食欲を刺激し、続けて食べたくなる味だ。
日本で食べてきた醤油や出汁をベースとしてきた味とは全く違っていて肉と野菜から出てくる旨味がベースとなっているのだが口に合わないという事は全くない、むしろ昔から食べてきたんじゃないかという錯覚すら思わせる味だった。
続けて肉も一つ掬って口に入れてみる。
一口噛んだだけで濃厚な獣の味が口の中に広がる。
しかし獣臭さは全くなく、これこそが肉だ!と言わんばかりのイノシン酸の旨味が脳髄にジンジン響いている。
元は硬い肉なのだろうが、とことん煮込む事でちょうどいい硬さになっている。
昼ご飯を食べていない事もあり、俺は猛烈な勢いで食べた。
パンも焼きたてで柔らかく、噛むごとに麦の味がしてスープと組み合わせると止まらない風味を作り上げている。
気が付くと俺は巨大な皿の煮込みを全て食べつくしていた。
「どうだい、うちの味は?」
メリンダが陶器のコップに入れた水を持ってきながら聞いてきた。
「……こんな美味い料理は初めてです。」
俺は素直にそう言った。
事実これ程美味い料理はちょっと食べた記憶がない。
「お世辞が上手い子は好きだよ。」
メリンダはそう言ってニヤリと笑い、皿を片付けた。
「さて、お世辞のお礼にあんたの知りたい事を教えてあげようかね。さっきのメダルの事を知りたいだろ?」
皿を片付けて戻ってきたメリンダはカウンター越しに俺の前に来てそう言った。
それは確かにその通りだ。
「このメダルの事を知ってるんですか?」
「あんた最近それを貰ったんだろ?」
メリンダの問いに俺は頷いた。
「あんた見かけない顔だし、どっかの領の貴族様か何かがお忍びで遊びに来たんだろ?」
メリンダは勝手に話を進めている。
敢えて訂正する事もないかと俺は黙っておくことにした。
貴族だと決めつけている割にはメリンダの口調が全く変わらない。
おそらくこれが彼女の性格なのだろう。
「実を言うとさ、確かにこれの使い方よく分かってないんだ。ルノ…女王様にはこれで何でも買えると言ってたけど、どうやって使うんだ?」
俺の問いにメリンダは肩をすくめてやれやれと言うように天井を見上げた。
「そんな事も知らないとはね!呼んでおいて本当に良かったよ。そう言えば名前を聞いてなかったね。あたしの名前はメリンダ、このメリンダ亭の店主さ。あんたの名前は?」
「俺の名前は布津野仁志、仁志でいいよ。」
「ヒトシ?変わった名前だねえ。じゃあ仁志様、あたしがメダルの使い方を教えてあげるよ。」
「仁志でいいって。実のところこのメダルはひょんなことから受け取っただけで貴族でも何でもないんだ。」
「分かったよ。じゃあ仁志、このメダルはね、実際この街、いやこの国で何でも買う事ができるメダルさ。でもそれには手順があってね、その方法を知ってる所じゃないと無理なのさ。屋台の連中は知らないし、知ってたとしてもその手順を実行できるところはほとんどないから無理って訳さ。」
「なるほど、じゃあその手順ってのは?」
俺がそう聞くとちょっと待ってなと言ってメリンダは奥に引っ込み、やがて皮の束とペンとインクを手に戻ってきた。
「こいつを使うのは久しぶりだね。あんた!確か半年ぶりだったかねえっ!?」
メリンダが厨房の奥にいる年配の男性に声をかける。
おそらくメリンダの旦那さんだろう。
その声に小声で何か唸っているがこっちには聞こえなかった。
メリンダはそんな旦那さんの言葉に耳を貸す様子もなく皮の束から一枚抜き取り、カウンターの上でその皮に何か文字を書いた。
内容は……”メリンダ亭・食事代・十ヨル”?
「さ、ここにメダルを置いとくれ。」
メリンダは書き終わると皮を指さした。
言われるがままにメダルを置くとメリンダは紋章が入ってる方を皮にあて、俺にメダルに手を置くように促した。
その通りにメダルに手を置くとメダルが一瞬輝き、少しだけ熱を持った後輝きも消えていった。
「さ、これでよし。」
そう言ってメリンダがメダルを取り除くとそこにはメダルの紋章が材料であるヨンデライトと同じ虹色の輝きで写っていた。
「この羊皮紙はね、メダルを通して持ち主の魔力に反応するようになってるのさ。
この羊皮紙は持ち主とメダルが一致した時しか反応しないようになっているからメダルの持ち主が了承したって証明になる訳さ。で、あたしら商いをしてる人間はそのメダルを持った人が来て飲み食いだの買い物だのをしたらこの羊皮紙にメダルを写させてもらって、後で城に行って現金に換えてもらうって訳なのさ。」
なるほど、これは手形と判子の替わりをしてるって事か。
しかし悪用される事もあるんじゃ?
「なるほどね、でも悪党がこのメダルを腕ごと切り落として使ったり、酔っぱらったり眠ってる時に使う事も出来るんじゃ?それに後で金額を変えたりされたら?」
「そこがこのメダルの上手く出来てる所でね、腕は切り落とされたら魔力が抜けてしまうし、酔ってたり眠ってる時は体内の魔力の流れが安定してないから反応しないのさ。ま、病気の時も反応しなかったりするらしいけどね。それにこのインクも特製でね、一旦メダルで魔力と反応した羊皮紙に書くと前に書いた字とは色が変わってしまうようになってるのさ。まったく大した仕組みだよ。」
「なるほど、じゃあさ、おばさ…」
「おばさんじゃないよっ!メリンダとお言い!」
「し、失礼しました!じゃあメリンダさん、これを使えるのはその皮とインクを持ってる店だけって事なのか?」
「そういう事。この街の店だったら大抵の場所は使えるよ。逆に使えない店は気を付けるんだね。店頭でメダルが使えると宣伝してる店もあるけど、そういうのは大抵気取った見かけだけの大したことない店さね。」
ふむ、前の世界のグルメサイト掲載店とかISO認証済みと謳ってる企業と同じような感じか。
その辺のマーケティングは世界が変わっても同じらしい。
そこで俺はふと思い立った。
「メリンダさん、実は俺現金を持ってないんだ。このメダルを使えば現金を貰う事も出来るのかな?」
「もちろんさ。銀行に行ってもいいけど、うちでも大丈夫だよ。」
「じゃあ、三日間位この街で過ごせるだけの金を貰えないかな?メダルも良いけどまずはこの街で金を使ってみたいんだ。」
「せっかくメダルがあるのに、変わったこと言う貴族様だね……ま、いいけどね。」
メリンダはそう言うと三日分なら三百ヨル位かねえと呟きながら皮に内容を書き込み、奥からコインの入った袋を持ってきた。
「はいよ、三百ヨル。これだけあれば三日は余裕で暮らせるよ!」
俺はメダルで皮に紋章を写し、コインを確かめた。
銀色の百ヨル貨が二枚に茶色の十ヨル貨が十枚だ。
講義でこの国に紙幣と呼ばれるものが存在しないのは知っていたけど、コインだけで経済を回すのはなかなかに大変そうだ。
王家の決めた人間はメダルを使って支払いができるというのはそういう部分も理由にあるのかもしれない。
「あいにくとうちに千ヨル貨はなくてね。済まないね。何もないと大変だろ、袋はそのまま持っていきな。」
「いや、本当にありがとう。助かったよ。ところでメリンダさん、もう一つ聞きたいんだけど、最近の景気ってどう?」
さて、ここからが本題だ。
俺が今回街に来た目的は三つ、一つは街を見てこの国の市民の生活を見る事、もう一つが生活風習や経済活動を直に体験する事、そして最後の一つがこの国の経済状況や世界情勢を調べる事だ。
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