ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる
告白
「驚いたでしょう?」
あの後来賓室に戻った俺達はそのまま夕食を取った。
言葉なく食事をしている時にルノアがそう話しかけてきた。
今日はルノアの食も細いようだ。
「……あれが、あの術の本来の力なんだな。」
「……そう、被術者の心を縛り、私に対して愛情を抱き忠誠心を抱かせる術です。私はあの術をあなたに使うつもりでした。それがどういう術だったのか、仁志様に見て欲しかった。」
「恐ろしい術だという事は分かっています。人の心を弄ぶ、おそらくは最も卑劣な術の一つです。
軽蔑されても仕方がありません。いえ、蔑まれて当然のことをしています。」
そう言ってルノアは俺に微笑んだ。
地下で見せたのと同じ、寂しい笑顔だった。
「私は、そういう事をしているのです。」
俺には返す言葉がなかった。
ルノアのやっていることが人道に悖る行為だという事は分かる。
しかし俺が彼女の事を非難できるだろうか。
今ここで、彼女の護っている国でできたであろう食材から作られた料理を食べているこの俺に。
眼の前には美味しそうに焼かれた鶏肉が湯気を立てているが、今日は喉を通りそうにない。
「皮肉なものですね。」
ルノアが言葉を続けた。
「少し前まで私は魔術が人々を幸せにすると信じて研究をしていました。研究は楽しかったし、これが私の生きがいだとまで思っていたのに。今はこうして、国を護るためという口実で魔術を振るい……人々を…………幸せにするどころか…………その心を弄ぶような事まで………………。」
言葉が途切れがちになり、菫色の目から涙がこぼれた。
気丈に振る舞い、厳しい決断を下しているとはいえまだ十九歳なのだ。
「こうなると……分かっていたら…………魔術の研究なんてしなければ良かった…………」
涙を拭いながらそう漏らす。
そんなはずない。
俺に魔術の話をする時、ルノアの目はまるで火花が散ってるように輝いていた。
本当に魔術が好きなんだと、その眼が語りかけていた。
学ばない方が良かった訳がない。
魔術が好きで好きで、ほっとけば一日中語って良そうな女の子が国を背負わされ、魔術の研究をする時間を奪われ、自分が信じた魔術の可能性を国の為という言い訳の下で汚れ仕事に使わされている。
どこの世界でも、どんな立場でも同じだ。
大きなもののために個人の犠牲が正当化されている。
「……続ければいいじゃん。」
気が付けば、俺はいつのまにか口を開いていた。
「魔術、好きなんだろ?だったら続ければいい。」
「自分の好きな事を好きじゃない事に使わなくちゃいけないなら、それはそういう状況が間違ってるんだ。女王だからって我慢する必要なんてないんだ。そうしなきゃ国が立ち行かないなら、それは国が間違ってるんだ。女王だから好きなことができないなんて、そんな事はないはずだ。」
「もし現状がそれを許さないなら……さっさとそんな現状を変えちまえばいい。戦争が起きそうならさっさと平和にして、好きなだけ魔術の研究をできるようにしちまえよ。……俺も……手伝うからさ。」
俺の言葉に、ルノアは驚いたように俺を見つめた。
言ってしまった。
俺はそんなルノアの目を見ていられず、大慌てで肉を口に詰め込んでいた。
味なんて全く感じない。
「……ありがとうございます。本当に嬉しい……でもこれは私の、私の国の問題です。」
「仁志様に頼るわけにはいきません。そのお気持ちだけで充分です。」
そう言うとルノアは立ち上がった。
「申し訳ありません、今日はこれで失礼させていただきます。仁志様はどうぞごゆっくり召し上がってください。」
そう言ってルノアは侍女のマッキネーを連れて出て行った。
部屋を出る時、ルノアは俺に向かって振り返り微笑んだ。
「今日はありがとうございます。さっきの言葉は本当に嬉しかったです。」
その寂しげな笑顔に俺はかける言葉も見つからず彼女を見送るだけだった。
「やっちまった~~~~。」
俺は盛大に溜息をついた。
あの後結局食事は碌に喉を通らず、俺も早々に退席して今は風呂に浸かっている。
その場の勢いでつい手伝うなんて言ってしまった。
ルノアもそれを察していたのだろう。
断ってくれたのは彼女なりの優しさだったのだろうか。
しかし、言ってしまったことはもう覆らない。
俺は何らかの方法で彼女を手伝わなくてはいけなくなった。
やっぱ辞めます、というのは流石に俺の矜持が許さない。
もとよりさっきのは無しで、などと言うつもりもない。
しかし、どうやって助けられる?
確かに俺の力は常人を超えている。
しかしそれが有効なのはあくまで一対一、あるいはせいぜい数十人数百人が相手の時だけだろう。
何万人という戦力が動員される戦局を俺一人の力でどうこうするのは不可能だ。
俺の力は言ってみれば何十トンも運べるダンプみたいなもんだ。
確かに人力に比べれば凄い性能だが、ダンプ一台で迫りくる土砂崩れを防げるか?
否だ。
始めのうちはまあ敵を退けられるかもしれない。
それだっていずれは対策されるだろう。
そもそも俺は戦争なんかした事がないただの元リーマンだ。
俺に戦えるのか?
俺は森の中で死んでいった男の事を、眉一つ動かさず男を始末したブレンダンの事を思い出した。
戦争になればいずれ俺もあの男のように誰しれない荒野で死んでいくのか?
俺にブレンダンのようにそこらの小枝を折るように人を殺せるのか?
「駄目だ!わからん!」
いくら考えても答えは出てこない。
諦めて俺は風呂を出た。
くよくよしてもしょうがない、今は寝よう。
部屋に繋がる扉を開けると、部屋の隅にブレンダンが立っていた。
勘弁してくれ。
ただでさえ今日は大変な一日だったんだ。
これ以上何かに悩むのはもうたくさんだ。
俺は半ば自棄になってブレンダンを無視してベッドに飛び込んだ。
「先ほどお前はああ言ったが……」
そんな俺を意に介さずブレンダンが話しかけてきた。
「女王の言う通りお前に出来る事は何もない。一カ月間大人しくしてそのまま城を出ていけ。」
それだけ言うとブレンダンは扉を開けて部屋を出て行った。
ああは言っていたけど、つまり一カ月は俺をお目こぼしするという事なのか?
今日は色々あったけど、どうやら俺の命は再び一カ月後まで延びたらしい。
ルノアのために俺に何が出来るのか、俺は朝日が昇るまでブレンダンの言った事を頭の中で反芻していたが、答えは出なかった。
翌日、いつもと変わらない朝が来た。
目を覚まして部屋から出ると外にはニッキーが待っていて、朝食を食べるためにルノアのいる執務室へと向かうのもいつも通りだ。
そして当のルノアは……いつも通りだった。
まるで昨日の事なんかなかったかのようにいつもの笑顔を見せて俺に朝の挨拶をし、二人でいつものようにテーブルに向かった。
目の前にあるのはいつもの黒パン、いつものチーズ、いつものスクランブルエッグだ。
ただしルノアの目の前にあるのは全てが特大サイズで俺の前に並んだ量の二倍、いや三倍位ある。
これもいつも通りだ。
昨日の夜とは打って変わってルノアはパクパクとそれを平らげている。
「昨日は……その……お見苦しい所を見せてしまって……」
食べながらルノアが恥ずかしそうに言ってきた。
あ、やっぱり昨日の事は気にしてたんだ。
「いや、いいんだ。誰にだってそういう時はあるしさ。それより元気になって良かったよ。」
俺も務めて何でもない風を装いつつ食事を続けた。
食事の後、ルノアはそのまま大臣との会議に向かっていった。
ここ最近ルノアの女王としての執務はより忙しくなってきているようだ。
それだけこの国を取り巻く状況が厳しくなっているのだろうか。
昨日、ルノアはああ言ったが、俺のルノアを手伝おうという気持ちに偽りはない。
しかし今の俺に何が出来るのか分からないのも事実だ。
そこで俺はこの国の様子を実際に見て廻る事にした。
あの後来賓室に戻った俺達はそのまま夕食を取った。
言葉なく食事をしている時にルノアがそう話しかけてきた。
今日はルノアの食も細いようだ。
「……あれが、あの術の本来の力なんだな。」
「……そう、被術者の心を縛り、私に対して愛情を抱き忠誠心を抱かせる術です。私はあの術をあなたに使うつもりでした。それがどういう術だったのか、仁志様に見て欲しかった。」
「恐ろしい術だという事は分かっています。人の心を弄ぶ、おそらくは最も卑劣な術の一つです。
軽蔑されても仕方がありません。いえ、蔑まれて当然のことをしています。」
そう言ってルノアは俺に微笑んだ。
地下で見せたのと同じ、寂しい笑顔だった。
「私は、そういう事をしているのです。」
俺には返す言葉がなかった。
ルノアのやっていることが人道に悖る行為だという事は分かる。
しかし俺が彼女の事を非難できるだろうか。
今ここで、彼女の護っている国でできたであろう食材から作られた料理を食べているこの俺に。
眼の前には美味しそうに焼かれた鶏肉が湯気を立てているが、今日は喉を通りそうにない。
「皮肉なものですね。」
ルノアが言葉を続けた。
「少し前まで私は魔術が人々を幸せにすると信じて研究をしていました。研究は楽しかったし、これが私の生きがいだとまで思っていたのに。今はこうして、国を護るためという口実で魔術を振るい……人々を…………幸せにするどころか…………その心を弄ぶような事まで………………。」
言葉が途切れがちになり、菫色の目から涙がこぼれた。
気丈に振る舞い、厳しい決断を下しているとはいえまだ十九歳なのだ。
「こうなると……分かっていたら…………魔術の研究なんてしなければ良かった…………」
涙を拭いながらそう漏らす。
そんなはずない。
俺に魔術の話をする時、ルノアの目はまるで火花が散ってるように輝いていた。
本当に魔術が好きなんだと、その眼が語りかけていた。
学ばない方が良かった訳がない。
魔術が好きで好きで、ほっとけば一日中語って良そうな女の子が国を背負わされ、魔術の研究をする時間を奪われ、自分が信じた魔術の可能性を国の為という言い訳の下で汚れ仕事に使わされている。
どこの世界でも、どんな立場でも同じだ。
大きなもののために個人の犠牲が正当化されている。
「……続ければいいじゃん。」
気が付けば、俺はいつのまにか口を開いていた。
「魔術、好きなんだろ?だったら続ければいい。」
「自分の好きな事を好きじゃない事に使わなくちゃいけないなら、それはそういう状況が間違ってるんだ。女王だからって我慢する必要なんてないんだ。そうしなきゃ国が立ち行かないなら、それは国が間違ってるんだ。女王だから好きなことができないなんて、そんな事はないはずだ。」
「もし現状がそれを許さないなら……さっさとそんな現状を変えちまえばいい。戦争が起きそうならさっさと平和にして、好きなだけ魔術の研究をできるようにしちまえよ。……俺も……手伝うからさ。」
俺の言葉に、ルノアは驚いたように俺を見つめた。
言ってしまった。
俺はそんなルノアの目を見ていられず、大慌てで肉を口に詰め込んでいた。
味なんて全く感じない。
「……ありがとうございます。本当に嬉しい……でもこれは私の、私の国の問題です。」
「仁志様に頼るわけにはいきません。そのお気持ちだけで充分です。」
そう言うとルノアは立ち上がった。
「申し訳ありません、今日はこれで失礼させていただきます。仁志様はどうぞごゆっくり召し上がってください。」
そう言ってルノアは侍女のマッキネーを連れて出て行った。
部屋を出る時、ルノアは俺に向かって振り返り微笑んだ。
「今日はありがとうございます。さっきの言葉は本当に嬉しかったです。」
その寂しげな笑顔に俺はかける言葉も見つからず彼女を見送るだけだった。
「やっちまった~~~~。」
俺は盛大に溜息をついた。
あの後結局食事は碌に喉を通らず、俺も早々に退席して今は風呂に浸かっている。
その場の勢いでつい手伝うなんて言ってしまった。
ルノアもそれを察していたのだろう。
断ってくれたのは彼女なりの優しさだったのだろうか。
しかし、言ってしまったことはもう覆らない。
俺は何らかの方法で彼女を手伝わなくてはいけなくなった。
やっぱ辞めます、というのは流石に俺の矜持が許さない。
もとよりさっきのは無しで、などと言うつもりもない。
しかし、どうやって助けられる?
確かに俺の力は常人を超えている。
しかしそれが有効なのはあくまで一対一、あるいはせいぜい数十人数百人が相手の時だけだろう。
何万人という戦力が動員される戦局を俺一人の力でどうこうするのは不可能だ。
俺の力は言ってみれば何十トンも運べるダンプみたいなもんだ。
確かに人力に比べれば凄い性能だが、ダンプ一台で迫りくる土砂崩れを防げるか?
否だ。
始めのうちはまあ敵を退けられるかもしれない。
それだっていずれは対策されるだろう。
そもそも俺は戦争なんかした事がないただの元リーマンだ。
俺に戦えるのか?
俺は森の中で死んでいった男の事を、眉一つ動かさず男を始末したブレンダンの事を思い出した。
戦争になればいずれ俺もあの男のように誰しれない荒野で死んでいくのか?
俺にブレンダンのようにそこらの小枝を折るように人を殺せるのか?
「駄目だ!わからん!」
いくら考えても答えは出てこない。
諦めて俺は風呂を出た。
くよくよしてもしょうがない、今は寝よう。
部屋に繋がる扉を開けると、部屋の隅にブレンダンが立っていた。
勘弁してくれ。
ただでさえ今日は大変な一日だったんだ。
これ以上何かに悩むのはもうたくさんだ。
俺は半ば自棄になってブレンダンを無視してベッドに飛び込んだ。
「先ほどお前はああ言ったが……」
そんな俺を意に介さずブレンダンが話しかけてきた。
「女王の言う通りお前に出来る事は何もない。一カ月間大人しくしてそのまま城を出ていけ。」
それだけ言うとブレンダンは扉を開けて部屋を出て行った。
ああは言っていたけど、つまり一カ月は俺をお目こぼしするという事なのか?
今日は色々あったけど、どうやら俺の命は再び一カ月後まで延びたらしい。
ルノアのために俺に何が出来るのか、俺は朝日が昇るまでブレンダンの言った事を頭の中で反芻していたが、答えは出なかった。
翌日、いつもと変わらない朝が来た。
目を覚まして部屋から出ると外にはニッキーが待っていて、朝食を食べるためにルノアのいる執務室へと向かうのもいつも通りだ。
そして当のルノアは……いつも通りだった。
まるで昨日の事なんかなかったかのようにいつもの笑顔を見せて俺に朝の挨拶をし、二人でいつものようにテーブルに向かった。
目の前にあるのはいつもの黒パン、いつものチーズ、いつものスクランブルエッグだ。
ただしルノアの目の前にあるのは全てが特大サイズで俺の前に並んだ量の二倍、いや三倍位ある。
これもいつも通りだ。
昨日の夜とは打って変わってルノアはパクパクとそれを平らげている。
「昨日は……その……お見苦しい所を見せてしまって……」
食べながらルノアが恥ずかしそうに言ってきた。
あ、やっぱり昨日の事は気にしてたんだ。
「いや、いいんだ。誰にだってそういう時はあるしさ。それより元気になって良かったよ。」
俺も務めて何でもない風を装いつつ食事を続けた。
食事の後、ルノアはそのまま大臣との会議に向かっていった。
ここ最近ルノアの女王としての執務はより忙しくなってきているようだ。
それだけこの国を取り巻く状況が厳しくなっているのだろうか。
昨日、ルノアはああ言ったが、俺のルノアを手伝おうという気持ちに偽りはない。
しかし今の俺に何が出来るのか分からないのも事実だ。
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