ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる

海道 一人

熱意

 「それは、非常に興味深いですねっ!」
 食事をしながらルノアが熱のこもった声で話している。


 「魔術には当然肉体を強化する術もありますが、それは本来ある力を引き出しているに過ぎません。
  仁志様の場合はそれともまた違うみたいです。
  人間には到底出せない力に感覚も人間以上、これは仁志様がこの世界に顕現した時に人ではなく魔獣に近い存在として構築されたのかもしれません。
  あ、魔獣というのは言葉のあやで、むしろ魔人と言った方が良いのかも。
  今まで私が読んだ文献に魔人の存在を示すものはありませんが、魔獣が存在してるという事は魔人がいる可能性を示している訳で…
  あ、魔獣というのは普通の獣と違い体内に持った魔力が非常に高い生き物の事です。
  この世界の生き物はみな多少なりとも魔力を持っているのですが、魔獣はむしろ魔力というよりも魔力の元となる魔素そのものが体内に存在しているのではないかと…」


 「女王殿下。」
 食事をするのも忘れて話をするルノアをたしなめるように侍女が口を挟んだ。


 「食事中のお喋りも多少ならば作法ですが、度を過ぎれば品性を欠いた行為です。」
 「…ごめんなさい、ニッキー。」


 その言葉にしゅんとうなだれるルノア。
 一方の俺はというと、圧倒されていた。
 やはりこの女王、魔術の事となるとテンションが違う。


 俺達がいるのは前日一緒に食事をした部屋だ。
 今回も俺とルノア、そしてニッキーとマッキネーとう名前の二人の侍女しかいない。
 いや、ブレンダンの視線も感じるから五人か。


 俺達が食べているのはステーキ、しかも超巨大なステーキだ。
 おそらく一キロ以上はある。
 付け合わせは山盛りの芋や人参、キノコのソテーで、更にパンとスープ、ワインが付いている。
 はっきり言って大の大人でも躊躇する位の量だがルノアはそれを事も無げに食べている。


 昨日は空腹のあまり気づかなかったが、この女王様実はかなりの大食漢なのでは。
 「しかし、本当に興味深い現象です。」
 ステーキを上品に切り分けつつ流れるように形のいい口に運びつ続けながらルノアが話を続けた。


 「ミッドネアの歴史書によると歴代の異邦者はみな強力な魔力を持っていたとされていますが、仁志様のような記述は何処にもありませんでした。
  仁志様を召喚した魔算式回廊召喚術は魔術的回廊を開き、こちらが算出した魔術解に合致する人物を召喚する術ですが、魔術回廊を通る際に召喚者は一旦魔術的に分解され、魔術解を元に再構築されます。
  その際に魔術回廊を流れる魔素が肉体の一部に置き換わったのかもしれません。
  肉体の限界を超えた身体能力は体内の魔素が体の損傷を防いでいるのでしょうし、常人以上の感能力は魔素が周囲の魔素と応答していることによって発現しているのかもしれません。
  いずれにせよ、これは是非とも調査してみたい現象です。」


 気が付くとルノアの皿は空っぽになっていて、ニッキーがデザートとして巨大なケーキをテーブルの上に置いている所だった。
 俺は慌てて半分以上残ったステーキを片付け始めた。
 食い切れるのか、これ?


 「実際俺も自分がどれくらいの事が出来るのかもっと知りたいと思ってるんだ。
  どの位の物を持てるのか、どの位の速度で走れるのか、どの位の持久力があるのか、何をするにも知っておかないと。
  どこかにそう言う事を試せる場所はないか?
  思いっきり走ったりできるような場所や、とにかく重いものがあるような場所が良いな。
  そういう場所で自分の限界を確かめる必要があるんだ。」


 「それでしたら兵士の修練場がうってつけですけど……」
 「いや、できるだけ人目は避けたい。」
 俺の言葉にルノアは頷いた。
 俺の肉体に起きた変化の重要性はルノアも承知しているらしい。
 「では城の奥の森はいかがでしょうか?
  あそこは市民も入ってこないですし、奥は山になっているので人目につく心配はありません。
  重量物に関しては……こちらで何か用意しておく事にします。」
 「ああ、そうしてくれると助かる。」


 そう会話をしつつ俺は何とかステーキを片付ける。
 しかし、やっと食べ終わったと思ったら即座にフライパン位のサイズのケーキが目の前に。


 いかん、こんな食生活を続けていると確実に太る。
 「ついでにお願いがあるんだが…今後の食事はここの従業い…従者達が食べてるとことで食べたいんだが…」


 俺の言葉はルノアの悲嘆の表情にかき消された。
 「そ、そうですね…私みたいな者と食事をしてもつまらないですよね……
  従者達なら話も面白いですし、その方が仁志様の食事もはかどりますよね。」
 不味い不味い不味い、単純に格式ばった食事が苦手なのとルノアの食事量に合わせてると肉体的に不味い事になるからなのだが、いらぬ誤解を与えてしまったっぽい。
 気丈に振る舞ってはいるが目にうっすら涙が見える。
 どうも触れてはいけないスイッチに触れたっぽい。


 さっきからニッキーの目が氷のように俺に突き刺さってくるうえ、ブレンダンの殺気が尋常じゃない位膨れ上がっている。
 「いや、ルノアの話が詰まらない訳じゃないんだ。
  むしろ俺としては凄く興味深いし、もっと聞きたい事だってたくさんある。
  でも、俺は向こうの世界じゃこういう二人きりで正式な食事をする事に慣れてないんだ。
  …………
  ……わかった、わかった、わかりました。今後も一緒に食事をさせていただきます!是非女王殿下と食事をご一緒させてください!」


 「そ、そうなんですかっ!……良かったあ~」
 俺の言葉にルノアの表情が明るくなる。
 「私、どうしても魔術の事が頭から離れなくて、いつもついつい話し込んでしまうせいで学園時代もなかなかみんなと打ち解けられなかったんです。」
 いや、単にみんな引いてただけだと思うぞ。


 「すいません……侍女からははしたないとよく叱られてるし、なるべく気を付けているんですが……これからは仁志様と一緒に食事をする時は魔術の事は話題にしない事を約束しますね。」
 「いや、それは別にいいぞ。」
 俺の言葉にルノアが驚きの顔を見せた。


 「さっきも言ったけど俺はもっと魔術の事を知りたいしな。
  それに好きな事を話してる方が食事だって美味しいだろ。」
 「い、いいんですか?食事中に話をすること自体無礼なのに……」
 「俺の世界じゃ食事中に話をするのは普通だったし、俺相手に鯱張ってもしょうがないだろ。
  それにさっきも言ったけど俺は格式ばった食事に慣れてないから、普通の食事ができた方が気が楽なんだ。」
 「……あ……ありがとうございます……そんなこと言われたの初めてです……」
 ルノアが顔を伏せてお礼を言ってきた。


 どうやらとりあえず切り抜けられたらしい。
 ニッキーとブレンダンの殺気が消えている。
 あやうく今夜のうちにニッキーに毒を盛られるかブレンダンに喉笛をかき切られるところだった。


 「とりあえず、俺の食事はもうちょっと減らしてもらえるとありがたいかなーって……」
 「す、すいませんっすいませんっ!私が大食いなせいでっ!本当にすいませんっ」
 「い、いや、いいんだったくさん食べる女の子は好きだからっ!もうバンバン食べちゃって!」
 またも不用意な発言をしてしまいニッキーとブレンダンから矢のような殺気を浴びせられる。


 一言話すたびに死亡フラグが立ったり下がったりしてる気分だ。
 なんとかなだめた所で俺は食事を切り上げることにした。
 これ以上ここに居ると本当に命が危ないかもしれない。
 「じゃあそろそろ戻るよ。ご馳走様でした。」
 「あ、その前に……少し待っていただけますか?
  ニッキー、あれを持ってきて。」
 ルノアがそう言うとニッキーが奥に引っ込み、俺に何かを持ってきた。


 それは金属でできたメダルで、小さな穴が1か所あいていて革紐が通してある。
 見た事もない不思議な金属で出来ていて、全体的に白っぽいのだが光が反射すると虹色に輝いてる。
 メダルの一面には木と山、上空を舞う鳥の意匠が浮き彫りになっていて、裏面は真っ平になっており、光をかざすと俺の顔と名前がホログラムのように浮き上がってくる。


 「凄え!なんだこれ?」
 「これはヨンデライトと呼ばれる我が国でしか採れず、我が国でしか加工できない金属です。
  魔力を蓄積する効果があるうえに魔力的に中立なので様々な魔術を封じ込めることができるのです。
  このメダルは我が国で王家の認めた家系/個人に贈るもので、これを見せれば国内のあらゆる地域、あらゆる施設への立ち入りが許可され、全ての店での飲食、購買が許されます。」
 「凄いな。つまりこれがあればミッドネアでは何でもできるという事なのか?」
 「はい、ただし一度城を出た場合、このメダルが無ければ再び入場するのは非常に難しくなると思います。
  無くさないようにお気を付けください。」
 「分かった、気を付けるよ。
  それにしても面白い金属だな。
  触れても冷たさを感じなくて温かくすらある。
  表面に虹色の光沢があるのは酸化か何かで表面に何らかの被膜が出来てるって訳でもないのか。
  かなり細かい加工がされてるって事はそんなに硬くないのか?
  傷がつかないって事はこのフォークに使われてる金属よりは硬いのか……
  って、そもそもこのフォークは何で出来てるんだ?」
 俺の独り言はルノアの忍び笑いで途切れた。


 「す、すいません。
  仁志様があまりに熱中しているもので……つい、私の事を見てるようでおかしくなってしまって…」


 しまった。
 前の職種が機械加工/製造だったせいでつい金属の事を気にする癖が出てしまった。
 ルノアは肩を震わせて忍び笑いを続けている。
 「仁志様にもそういう部分があったのですね。
  なんだかちょっと安心しました。
  私だけじゃないんだなって。」
 「いやいや、この位ならけっこうたくさんいると思うぞ。
  俺のいた世界じゃマニアとかオタクって呼ばれてたけど、そういう連中は好きな事となると俺なんか眼じゃないレベルで集中力があって三日三晩寝ないで取り組んだり、そのために生活費の大半を注ぎ込む奴だっている位だ。
  俺なんか全然だし、ルノアだって好きなものがあるんだったら我慢する必要ないと思うぞ。」
 「……ありがとうございます。
  そう言ってくれたのは王座についてから仁志様が初めてです。
  両親を亡くし、王になってから魔術の研究は二度とすまいと決めたのですが、やっぱりどこかに心残りがあるのかもしれませんね。」
 ルノアの言葉はどこか寂しげだった。


 それはそうか。
 ルノアの口ぶりから察するに、相当魔術の研究に入れ込んでいたのだろう。
 それを王家を継承するために諦めざるを得なかったのだ。
 その国で最高の権力を得たとしても、それが自分の好きなものじゃなかったら意味がない。
 それでも魔術を諦めてまでこの国を護ろうとしているのだ。
 俺には想像もつかない覚悟があったに違いない。


 俺に何ができるのだろうか?
 ふと俺の頭にそんな考えがよぎった、が慌ててそれを打ち消す。
 いけないいけない、ここで情が移ると最後に痛い目を見るのは俺だ。
 俺はいつもそうやって仕事を受けてしまい、ボロボロになってきた。
 もうあんな思いはごめんだ。
 ここは心を鬼にしなくては。


 「じゃあ、これはありがたく頂戴するよ。」
 俺はそう言って立ち上がった。

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