ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる
朝
恐怖で眠れない、と思っていたがいつの間にか眠っていたらしい。
目が覚めると、閉じた窓の隙間から日の光が漏れていた。
日の差し方から既に日の出から結構な時間が経っているようだ、という予想を立て、自分が今までの常識が通用しない世界にいる事を思い出し、ついでに昨日の夜の事を思い出しで背筋が寒くなった。
ともかく、俺は一カ月の猶予を与えられた。
なんとかこの期間内にこの世界で生きる術を身に付けないと。
窓辺に括ってたタオルを外し、窓を開けた。
本当に太陽は高く登っていて良い天気だった。
窓の外には城下街のオレンジ色の瓦屋根の連なりが見える。
本当に日本とは全く違う世界だったが、空の青さと太陽の輝きは日本、ほんの一日前まで俺がいた世界と同じだった。
異世界に来た、というよりもどこかの外国に来たみたいだ。
だが、ここは異世界、今までの常識は全て通じない世界だ。
服を着替えて扉のつっかえに使っていた椅子をどかして廊下に出る。
扉を開けたすぐ横に一人の女性が椅子に座っていた。
昨日ルノアリアの後ろにいた侍女の一人だ。
亜麻色の髪を結いあげ、紺色の詰襟のワンピースを着て白いエプロンをしている。
美人ではあるのだが厚ぼったい瞼のせいか微妙に表情が読みにくい。
「おはようございます、異邦者様。」
感情のあまりこもってない声で俺に挨拶をしてきた。
「あ、ああ、おはよう。」
「女王殿下がお待ちです。こちらへどうぞ。」
有無を言わさぬ口調でそう告げるとこちらの返答を待たずにスタスタを歩いていく。
慌てて後を追い、長い廊下を渡って幾つか階段を上り、更に階段を進んでやがて俺達はとある扉の前にたどり着いた。
豪華な装飾が施された金縁の重厚そうな扉で、二人の衛兵が扉の両端に立っている所から重要な場所であるとわかる。
侍女が衛兵に一言二言告げると衛兵が扉の横の壁に空いた穴に話しかけ、しばらくして扉が開いた。
侍女と共に扉の中に入るとそこは巨大な部屋だった。
部屋全体の装飾はこの城で見てきたどの装飾よりも豪華で、それでいて自然で嫌味な所がない。
部屋に付けられた大きな窓はカーテンが開けられ、外の光が部屋に降り注いでいる。
壁の一面には額に入れられた巨大な絵がかけられていて反対側の隅にはこれまた様々な彫刻が施された重厚そうな机が置かれ、その机の向こうにルノアリアが座っていた。
テーブルに置かれた巨大な革のシートに目を走らせ、時折何かを書き込んでいる。
ルノアリアの横、壁のすぐ側には別の侍女が椅子に腰かけている。
「女王殿下、異邦者様をお連れしました。」
俺を連れてきた侍女がそう告げるがルノアリアは顔を上げようとしない。
侍女は小さく溜息をつくとルノアリアの側に近寄った。
「じょ・お・う・へ・い・か!
い・ほ・う・しゃ・さ・ま・を・お・つ・れ・し・ま・し・た!」
耳元で大きな声ではっきりと告げてようやくルノアリアは顔を上げた。
どうやら集中すると周りの音が聞こえなくなるタイプらしい。
「す、すいませんっ!異邦者様!」
ルノアリアはそう言いながら慌てて机の上の革のシートをクルクルと撒いて片付けようとし、勢い余って床に落とした。
「ああああ、私とした事が……」
そう言いながら落としたシートを拾おうとしてスカートの裾を踏んづけて顔から床にダイブする。
なんか昨日とは全然イメージが違うぞ、この女王様。
「す、すいませんすいませんすいませんっ」
慌てて謝りながら机の上を片付けようとして、更に酷い状態になっている。
「いや、いいんだけど……なんで俺をここに?」
「そ、そうでしたっ!
すいません、本来なら私が異邦者様をお迎えに行くべきなのですが、ちょっと執務が立て込んでいまして……」
なるほど、ここが女王様の執務室なのか。
部屋が巨大なのも納得だ。
普段はここでミッドネアの政治が行われているのだろう。
「それでは……」
机を片付けたルノアリアは改めて俺に話しかけた。
何が始まるのかと知らず知らずのうちにゴクリと唾を飲み込む。
「……お腹が空いていませんか?」
「は?」
「異邦者様はお目覚めになったばかりなのでしょう?
朝の食事がまだではないかと思いまして。
マッキネー、食べるものを持ってきてちょうだい。」
そう言うと椅子に座っていた侍女が立ち上がり、部屋から出ていった。
「いや、そういう事じゃなくて……」
「私もまだ食事を済ませてないので、一緒に食べましょう。
お話はそれからでもよろしいですか?」
「……お、おう……」
なにか有無を言わさぬ感じがして思わず同意してしまった。
「良かった、昨日はよく眠れましたか?」
その言葉に心臓が大きく跳ね上がる。
いやー、オタクの部下に殺されかけましたよ。あれってひょっとして君の指図?と聞くわけにもいかず、俺はまあそれなりに……とかなんとか言ってごまかした。
「良かった、こちらに来てすぐなので眠れなかったのかと心配していました。」
ルノアリアは屈託のない笑顔でそう言った。
これでもし昨日の夜の件がルノアリアの差し金だったらこの女王、只者じゃないぞ。
そうこうしているうちにマッキネーと呼ばれた侍女が食事を乗せたカートを押して戻ってきた。
この世界にもカートがあるという事は車輪も存在している事になる。
この世界の技術レベルはどの程度なのだろうか。
俺を案内した侍女がどこからか椅子を持ってきて、俺とルノアリアは執務机に向かい合って座って遅い朝食を取ることにした。
食事は昨日の夜に出てきたのと同じパンにバター、スライスしたチーズ、豚肉、スクランブルエッグ、サラダ、それにワインだった。
豚肉は塩漬けにした物を戻して香辛料を使って蒸し焼きにしてあり、かなりしょっぱかったがパンとチーズに合っていて美味しかった。
しかしこの国では朝でもワインを飲むのか。
アルコール度数が低いとはいえ、そんなにアルコールに強くない俺にとっては結構きつい。
ルノアリアは平気な顔をしてワインを空けている。
しばらく黙々と食事をし、食べ終わって食器が片付けられてからルノアリアは姿勢を正し、話を始めた。
「昨日異邦者様がおっしゃっていたように、今後はまず異邦者様にこの世界の事を知っていただくために講義の時間を取らせていただきたいと思います。
今日は私が行いますが、場合によっては別の者が担当する事もあり得ますがよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わない。よろしく頼むよ。」
俺に異論はない。
とにかく、まずはこの世界についてできるだけ詳しく知る事が先決だ。
「分かりました、それでは早速始めましょう。」
「ちょっと待った。」
俺はルノアリアの言葉を遮った。
「始める前に、その異邦者ってのはやめてくれないか。
その、異邦者と呼ばれるのはなんだかよそよそしい感じがするんだ。
俺の名前は布津野仁志というんだ。
これからしばらく厄介になる訳だし、仁志で構わないから名前で呼んでくれないか?」
俺の言葉にルノアリアは微笑んだ。
「分かりました。それでは私の事は気軽にルノアとお呼びください。
仁志様は我が城の客人なのですから。」
「いや……それは流石に……」
俺は侍女達の鋭い視線を気にしつつそう言いよどんだ。
同時にブレンダンの強烈な視線も感じる。
姿は見えないがおそらくどこかで俺を監視しているのだろう。
ここで図々しくルノアなどと呼んだら今日の晩にそのまま殺されかねない。
「じゃあ、せめてルノア女王じゃ駄目かな?」
「……わかりました。それで結構です。」
若干残念そうにルノアリアは承諾した。
ひょっとしたら女王という肩書で呼ばれる事に疲れているのかもしれない。
まだ十九歳ならそういう事もあるだろう。
その年齢で一国を背負うというのは俺には計り知れない悩みや苦しみがあるはずだ。
「では始めましょう。まずはこのミッドネア王国について説明させていただきます……」
こうして、俺のミッドネアでの生活が始まった。
目が覚めると、閉じた窓の隙間から日の光が漏れていた。
日の差し方から既に日の出から結構な時間が経っているようだ、という予想を立て、自分が今までの常識が通用しない世界にいる事を思い出し、ついでに昨日の夜の事を思い出しで背筋が寒くなった。
ともかく、俺は一カ月の猶予を与えられた。
なんとかこの期間内にこの世界で生きる術を身に付けないと。
窓辺に括ってたタオルを外し、窓を開けた。
本当に太陽は高く登っていて良い天気だった。
窓の外には城下街のオレンジ色の瓦屋根の連なりが見える。
本当に日本とは全く違う世界だったが、空の青さと太陽の輝きは日本、ほんの一日前まで俺がいた世界と同じだった。
異世界に来た、というよりもどこかの外国に来たみたいだ。
だが、ここは異世界、今までの常識は全て通じない世界だ。
服を着替えて扉のつっかえに使っていた椅子をどかして廊下に出る。
扉を開けたすぐ横に一人の女性が椅子に座っていた。
昨日ルノアリアの後ろにいた侍女の一人だ。
亜麻色の髪を結いあげ、紺色の詰襟のワンピースを着て白いエプロンをしている。
美人ではあるのだが厚ぼったい瞼のせいか微妙に表情が読みにくい。
「おはようございます、異邦者様。」
感情のあまりこもってない声で俺に挨拶をしてきた。
「あ、ああ、おはよう。」
「女王殿下がお待ちです。こちらへどうぞ。」
有無を言わさぬ口調でそう告げるとこちらの返答を待たずにスタスタを歩いていく。
慌てて後を追い、長い廊下を渡って幾つか階段を上り、更に階段を進んでやがて俺達はとある扉の前にたどり着いた。
豪華な装飾が施された金縁の重厚そうな扉で、二人の衛兵が扉の両端に立っている所から重要な場所であるとわかる。
侍女が衛兵に一言二言告げると衛兵が扉の横の壁に空いた穴に話しかけ、しばらくして扉が開いた。
侍女と共に扉の中に入るとそこは巨大な部屋だった。
部屋全体の装飾はこの城で見てきたどの装飾よりも豪華で、それでいて自然で嫌味な所がない。
部屋に付けられた大きな窓はカーテンが開けられ、外の光が部屋に降り注いでいる。
壁の一面には額に入れられた巨大な絵がかけられていて反対側の隅にはこれまた様々な彫刻が施された重厚そうな机が置かれ、その机の向こうにルノアリアが座っていた。
テーブルに置かれた巨大な革のシートに目を走らせ、時折何かを書き込んでいる。
ルノアリアの横、壁のすぐ側には別の侍女が椅子に腰かけている。
「女王殿下、異邦者様をお連れしました。」
俺を連れてきた侍女がそう告げるがルノアリアは顔を上げようとしない。
侍女は小さく溜息をつくとルノアリアの側に近寄った。
「じょ・お・う・へ・い・か!
い・ほ・う・しゃ・さ・ま・を・お・つ・れ・し・ま・し・た!」
耳元で大きな声ではっきりと告げてようやくルノアリアは顔を上げた。
どうやら集中すると周りの音が聞こえなくなるタイプらしい。
「す、すいませんっ!異邦者様!」
ルノアリアはそう言いながら慌てて机の上の革のシートをクルクルと撒いて片付けようとし、勢い余って床に落とした。
「ああああ、私とした事が……」
そう言いながら落としたシートを拾おうとしてスカートの裾を踏んづけて顔から床にダイブする。
なんか昨日とは全然イメージが違うぞ、この女王様。
「す、すいませんすいませんすいませんっ」
慌てて謝りながら机の上を片付けようとして、更に酷い状態になっている。
「いや、いいんだけど……なんで俺をここに?」
「そ、そうでしたっ!
すいません、本来なら私が異邦者様をお迎えに行くべきなのですが、ちょっと執務が立て込んでいまして……」
なるほど、ここが女王様の執務室なのか。
部屋が巨大なのも納得だ。
普段はここでミッドネアの政治が行われているのだろう。
「それでは……」
机を片付けたルノアリアは改めて俺に話しかけた。
何が始まるのかと知らず知らずのうちにゴクリと唾を飲み込む。
「……お腹が空いていませんか?」
「は?」
「異邦者様はお目覚めになったばかりなのでしょう?
朝の食事がまだではないかと思いまして。
マッキネー、食べるものを持ってきてちょうだい。」
そう言うと椅子に座っていた侍女が立ち上がり、部屋から出ていった。
「いや、そういう事じゃなくて……」
「私もまだ食事を済ませてないので、一緒に食べましょう。
お話はそれからでもよろしいですか?」
「……お、おう……」
なにか有無を言わさぬ感じがして思わず同意してしまった。
「良かった、昨日はよく眠れましたか?」
その言葉に心臓が大きく跳ね上がる。
いやー、オタクの部下に殺されかけましたよ。あれってひょっとして君の指図?と聞くわけにもいかず、俺はまあそれなりに……とかなんとか言ってごまかした。
「良かった、こちらに来てすぐなので眠れなかったのかと心配していました。」
ルノアリアは屈託のない笑顔でそう言った。
これでもし昨日の夜の件がルノアリアの差し金だったらこの女王、只者じゃないぞ。
そうこうしているうちにマッキネーと呼ばれた侍女が食事を乗せたカートを押して戻ってきた。
この世界にもカートがあるという事は車輪も存在している事になる。
この世界の技術レベルはどの程度なのだろうか。
俺を案内した侍女がどこからか椅子を持ってきて、俺とルノアリアは執務机に向かい合って座って遅い朝食を取ることにした。
食事は昨日の夜に出てきたのと同じパンにバター、スライスしたチーズ、豚肉、スクランブルエッグ、サラダ、それにワインだった。
豚肉は塩漬けにした物を戻して香辛料を使って蒸し焼きにしてあり、かなりしょっぱかったがパンとチーズに合っていて美味しかった。
しかしこの国では朝でもワインを飲むのか。
アルコール度数が低いとはいえ、そんなにアルコールに強くない俺にとっては結構きつい。
ルノアリアは平気な顔をしてワインを空けている。
しばらく黙々と食事をし、食べ終わって食器が片付けられてからルノアリアは姿勢を正し、話を始めた。
「昨日異邦者様がおっしゃっていたように、今後はまず異邦者様にこの世界の事を知っていただくために講義の時間を取らせていただきたいと思います。
今日は私が行いますが、場合によっては別の者が担当する事もあり得ますがよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わない。よろしく頼むよ。」
俺に異論はない。
とにかく、まずはこの世界についてできるだけ詳しく知る事が先決だ。
「分かりました、それでは早速始めましょう。」
「ちょっと待った。」
俺はルノアリアの言葉を遮った。
「始める前に、その異邦者ってのはやめてくれないか。
その、異邦者と呼ばれるのはなんだかよそよそしい感じがするんだ。
俺の名前は布津野仁志というんだ。
これからしばらく厄介になる訳だし、仁志で構わないから名前で呼んでくれないか?」
俺の言葉にルノアリアは微笑んだ。
「分かりました。それでは私の事は気軽にルノアとお呼びください。
仁志様は我が城の客人なのですから。」
「いや……それは流石に……」
俺は侍女達の鋭い視線を気にしつつそう言いよどんだ。
同時にブレンダンの強烈な視線も感じる。
姿は見えないがおそらくどこかで俺を監視しているのだろう。
ここで図々しくルノアなどと呼んだら今日の晩にそのまま殺されかねない。
「じゃあ、せめてルノア女王じゃ駄目かな?」
「……わかりました。それで結構です。」
若干残念そうにルノアリアは承諾した。
ひょっとしたら女王という肩書で呼ばれる事に疲れているのかもしれない。
まだ十九歳ならそういう事もあるだろう。
その年齢で一国を背負うというのは俺には計り知れない悩みや苦しみがあるはずだ。
「では始めましょう。まずはこのミッドネア王国について説明させていただきます……」
こうして、俺のミッドネアでの生活が始まった。
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