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ブラック企業戦士、異世界で救国の勇者になる

海道 一人

謎の力

 (あ、これは死んだな。)


 そう思った時、不意に静寂が訪れた。
 変化が静寂だけじゃない事に気付いたのはすぐだった。
 目の前に迫っていた槍が動きを止めている。
 いや、正確には止まっていない。
 恐ろしくゆっくりと俺の方に向かって進んでいる。


 周囲を見渡せばあたりの男達の動きもまるで一昔前にネットで流行ったマネキン・チャレンジのように動きを止めている。
 何かを唱えていた少女もマネキン人形のように突っ立っている。
 何が起きたのか分からず、ともかく俺は槍の穂先から逃げるように立ち上がると男達の背後、巨大な扉のある所まで退避した。


 同時に周囲を見渡して俺がいる場所を確認する。
 そこはとてつもなく天井の高い部屋だった。
 天井までの高さは五メートル以上はあるだろう。
 まるで吹き抜けだ。


 真っ白な壁と天井を仕切る廻縁は分厚く金色で細かな彫刻が施されている。
 床は平らに磨いた石が敷き詰められていて、床と壁を仕切る幅木も廻縁と同じように金色で彫刻が施されている。
 壁の二面には分厚そうな板で出来た扉があり(しっかりと閉じられている)、別の一面には大きな窓があり雲一つ無い青空が見える。
 最後の一面には額に収められた何か戦のような物を描いた巨大な絵画が貼られていた。 壁と天井に付けられたガラスのような半球状のものが発している淡い光が部屋全体を照らしている。


 男達の背後にまわり、槍の届かない部屋の隅まで移動してふっと息を抜いた途端、急に音が戻ってきた。


 「消えた!?」
 「馬鹿な!」


 部屋に男達のどよめきが広がっていく。


 「あそこにいるぞ!」


 一人の男がこちらを振り向いた。


 「ば、馬鹿な…」
 「あり得ん…」


 動揺が男達の間に広がっている。
 それはこっちも同じだ。
 どうやら俺は超高速で移動していたらしい。


 音が静かになったのもその影響だろう、という事は音速に近いあるいはそれ以上の速度で移動していた?
 自分の身に何が起こったのか、さっぱりわからない。


 だが、事態が良くなったという訳じゃない。
 むしろ悪くなったと言った方が良いだろう。


 男達は再度俺を取り囲んだが、その眼にははっきりと恐怖が浮かんでいる。
 さっきの行動で明らかに俺は相手に恐怖感を抱かせた。
 おそらく俺を殺す事になんのためらいもないだろう。
 氷のような死の恐怖が頭の先から俺の背中を貫く。


 「あああああああっ!!!」


 叫ぶなり一人の男が槍を構えて俺に突っ込んできた。
 死ぬ、と思った時、またも音が消え全ての行動がスローモーションになった。
 恐怖にゆがんだ男の顔が見える。
 俺はまた別の隅へと移動した。
 またも音が戻り、突っ込んできた男は槍ごと壁へと突っ込んでいった。
凄まじい音と共に槍が折れ、男は頭から壁にぶつかっていき、ピクリとも動かなくなった。
 どうやら完全に気絶したらしい。


 「なんだ今のは…」
 「全く見えなかったぞ…」
 「化け物か…」


 男達の恐怖と焦りが更に高まっている。
 五人の男達が俺を囲むように位置を取ると槍を構えてゆっくりと近づいてきた。
不味い。
 至近距離で一斉に突かれたらさっきのようなスローモーションになっても避けられないかもしれない。


 「待ちなさい!」


 その時、俺の横で声が響いた。
 その声に男達が動きを止める。
 振り返ると先ほどの少女が俺のいる壁の反対側に立っていた。
 従者と思われる二人の男が油断なく槍を構えている。
 少女はゆっくりと俺に近づいてきた。
 その眼にはうっすらと恐怖が浮かんでいるがそれを上回る決意も見える。


 「ひ、姫様!危険です!お下がりください!」


 男達が口々に叫ぶがその少女は俺の前まで近づき、不意に片膝をついて腕を胸の前で交 差し、俺に頭を下げた。


 「ご無礼をお許しください、異邦者様。」


 少女は頭を下げたままそう言った。


 「姫様、何という事を!」
 「このような化け物に頭を下げる等!」


 男達は慌てふためいているが少女は全く意に介さない。


 「今までの数々の非礼、どうかお許しください。そして…」


 姫と呼ばれた少女は言葉をつづけた。
 「このミッドネア王国をお救いください。」




 「はあっ?」
 我ながら馬鹿げた声が出たと思う。
 それ位少女の言葉は意味不明だった。
 いや、意味不明というかその言葉の意味するところが分からなかった。


 「ちょちょちょちょ、待った待った待った。
  意味わかんないんすけど。
  ミッド?ネア?…王国?を救う?俺が?」


 俺の素っ頓狂な声に少女が小さくうなずいた。
 頷きながらも顔はあげない。


 「あ!あれだ!ドッキリ!ドッキリなんでしょ?カメラどこ?
  そろそろカメラマンが出てくるんでしょ?
  ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハハ」


 俺は努めて明るく振る舞ってみた。
 いや、明るくしないとどうにかなりそうだった。
 これがドッキリじゃない事は頭のどこかで分かっていた。
 男達が俺に向けた殺気は本物だったし、先ほど姫が行った謎の術による苦痛も本物だ。


 頭の中で俺の一部の囁き声がますます大きくなっていた。
 お前は異世界に飛ばされてきたのだと。そしておそらくその元凶は今自分の目の前で跪いている少女なのだと。


 「ハ、ハハ、ハハハハハハ………」


 俺の笑い声はやがて力なく消えていき、がっくりと床に腰を下ろした。
 膝ががくがくと震えている。
 ショックなことがあると膝に力が入らなくなるって本当なんだな、とぼんやりと考えていた。


 「…事情を…話してくれないかな。


  俺が何でここにいるのかも。」


 何とかそれだけの言葉を振り絞る。
 なんだかどっと疲れてきた。
 俺の言葉に少女が顔を上げた。
 その眼に先ほどの緊張はない、がどこか思いつめたような光が宿っている。
 が、今はそんな事どうでもよかった。
 とにかく事情を知りたい、そして出来れば帰してほしい。


 「ありがとうございます。
  まず最初に、私はルノアリア・ロムノラ・ミッドネア、このミッドネア王国を治めている者です。
 そして異邦者である貴方様をこの世界に呼んだのは私です。」


 やっぱりね。
 そうだと思ってた、ええ思っていましたとも。


 「あれ?あれなんでし?、
  王国がピンチだから救ってくれってやつ?」


 半ばやけくそでそう吐き捨てる。
 その言葉に少女は頷いた。
 そうなのかよ。


 「勝手にお呼びした事申し訳ありません。しかし…」
 「はあっ!?」


 少女の言葉を俺の怒声が遮った。
 自分でも知らない間に俺は切れてた。


 「何だよ!勝手に呼び出したって?王国を救えって?
  いきなりこんな所に連れ出されて王国を救えって、そんなん知るかよ!
  いいからさっさとを俺を帰してくれよ!日本に!元いた場所に!」


 「貴様…!」


 俺の言葉に男達が怒りの目と共に槍を構えたが俺の怒気を孕んだ目に一歩後ずさる。
 先ほどの俺の動きを見れば当然だろう。
 そしてもし俺が召喚されたのだとしたら先ほどの動きもある程度納得がいく。
 おそらくこの世界に召喚された時に何らかの能力を付与されたに違いない。


 「申し訳ありません。それは出来ないのです。」
 少女は申し訳なさそうに俯いた。


 「はあぁっ!!!!????
  帰せないってどういう事だよ?ふざけんじゃねえよ!
  連れてきたのはそっちなんだから責任もって帰してくれよ!
  帰せよ!今すぐ帰せ!それが当然の事だろ!!大体なんだよここは!
  誰が連れてきてくれって言ったよ!」


 俺の罵声は留まる事を知らなかった。
 少女は黙って頭を下げている。
 それが尚更俺の怒りに火を注いだ。
 頭のどこかで切れるのは一番の悪手だと営業としての俺が叫んでいる。
 しかし止まる訳がない。止める気もない。


 「黙ってたら分かんねえだろ!なんとか言えよ!
  謝って済む問題じゃねえだろ!こっちは納期抱えてて必死なんだよ!
  手前らの都合なんか知ったこっちゃねえんだよ!
  こんな王国が滅ぼうがなにしようが俺には関係ねえんだからさっさと元の場所に帰せ!」
 その言葉に少女がキッと俺を睨み返した。
 その瞳にはうっすらと涙がにじんでいる。


 「な、何だよ、泣いて済む問題じゃねえだろ!大体そっちが…」


 その涙にちょっとひるんだ俺だったが、突然側頭部に衝撃が走りその後の言葉が続く事は無かった。
 いつの間にか後ろに回り込んでいた男の一人が槍の石突で俺の頭をしこたまどついたらしい。


 「止めなさい!」


 少女の叫び声が聞こえたが、そこから先の事は分からなかった。
 眼の前の景色が暗転し、俺は気絶したからだ。



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