追放チート魔道士、TS魔王と共に魔界で生活する

海道 一人

37.勝利と歓声

「ば、馬鹿な……」


 あまりの事態にアポロニオは言葉を失った。


 アポロニオだけでない、サラやブレンドロットの住人たちもだ。


 平気な顔をしているのはテオとルーシーだけだ。


「これでインビクト軍はここへ攻め込めなくなりました」


 テオの言葉にびくりと肩を震わせ振り返るアポロニオ。


 その眼は化け物でも見るかのような恐怖が浮かんでいる。


 ようやく自分が相手をしているのがかつて仲間だった魔道士テオではなく、人知を超えた存在であると気付いたようだ。


「……ば、化け物め……」


 絞り出すように言葉を発するが、そこには先ほどの力はこもっていない。


「こういうことをできるのは私だけではありません。魔界には私以上の力を持った魔族がまだまだいます。だから軍を率いて攻めても無駄だと言ったのです」


 テオはヨハンの持ってきていた絨毯を受け取るとアポロニオとサラの前に投げ出した。


「それに乗りなさい。そうすればその絨毯があなたたちをインビクト軍の元へ届けてくれます。そしてもう二度とここへは戻ってこないことです。国王にもそう伝えてください」
「ふ、ふざけるな!そんなことを私が、国王陛下が呑むとでも思っているのか!」


 その言葉にテオの瞳が氷のような冷気をまとう。
 それに気づいたアポロニオが体をこわばらせた。


「呑むとか呑まないという話ではありません。今のあなたたちにはそれ以外の選択肢はないのです」


 その言葉にアポロニオの顔に冷や汗が溢れる。


 流石のアポロニオもその言葉が事実だと気付いていた。


「アポロニオ様、テオ様の仰る通りです。ここは引きましょう」


 サラがアポロニオを促した。


 そして悲しげな瞳でテオを見つめる。


「神よ、テオフラス様へ御身の言葉を届けることができなかった私をお許しください」




「……さようなら、サラ様。もう二度と会うことはないでしょう」


 そう言ってテオは目を伏せた。


「さあ、もう行きなさい。これ以上ここに留まるようなら強制的にあなたたちを排除します」


 アポロニオがテオを見た。


 その眼は自分が敗北したことをはっきりと悟っていた。


 自分の敗北を知った絶望、己の未来を断った存在に対する憎しみ、誇りを汚された事に対する恥辱、負けて尚それを認めきれない卑小さが混ざり合った眼だった。


 やがてアポロニオはテオから目を逸らし、絨毯へ足を運んだ。


 サラもそれに続く。


 テオの詠唱と共に絨毯は空を舞い、インビクト軍の元へと飛んでいった。


 アポロニオたちが戻ったのち、しばらくしてからインビクト軍は撤退を開始した。


 それを見てようやく丘の上に集まっていたブレンドロットの住人たちから歓声が上がり始める。


 口笛を吹き、ヤジを飛ばしている者もいる。


 戦争が回避されたという安堵感が丘の上を包んでいた。




「殺さなくて良かったのか」


 傍らに来ていたルーシーがテオに尋ねた。




「それはできませんよ。ただでさえインビクト王国は魔界を狙っているのです。あの場で彼を殺していればそれこそ全面戦争は避けられなかったでしょう。今回は時間を作れただけで良しとすべきです」


「ふん、小難しいことを考える。だがまあいい。ひとまず決着はついたのだ。しばらくは人間共に煩わされることもあるまい」


 そう言ってテオとルーシーは笑顔を交わした。


「凄いじゃないか、テオ!」


 フォンがテオに飛び掛かってきた。


 腕を組むというよりも抱きしめるように体を密着させてくる。


「前よりも強くなってるんじゃないかい?大地を割るなんて初めて見たよ!」


「ああ、あれはこのハンマーの力なんです」


「どっちでも凄いことに変わりはないって!あんなことができるなんて、本当に人間業じゃないよ!」


「ふん、こ奴は我々魔王の知識を受け継ぐことができたのだ。あれくらいできて当然よ。それよりもさっさと離れんか、テオが苦しがっておるだろうが」


「それはあんたがテオの肩に乗ってるからだろ」


 やいのやいのと口論しているルーシーとフォンを従え、テオは住人たちの元へと歩み寄っていった。


 ブレンドロットの住人たちの歓声がやんだ。


 みんなじっとテオを見つめている。


「仕方ありませんか」


 テオが寂しげに笑った。


 テオが振るった力は魔界の住人といえども脅威に映っただろう。


 怯えても仕方がない。




 その瞬間、歓声が爆発した。




「凄え、凄えよ、テオさん!」


「あんた絶対人間じゃねえ!魔族、いや魔王と言ってもいい位の力を持ってるぜ!」


「あの人間共の顔を見たかよ!ざまあみろってんだ!」


「一度ならず二度もこの街を救ってくれたんだ!あんたたちは本物の英雄ヒーローだよ!」


 歓声と共にテオたちを囲み、バンバンと乱暴に肩や背を叩いてくる。


 ザコーガがテオを肩車した。


「俺たちの英雄、テオに万歳だ!」


 ザコーガが叫ぶ!


 それに呼応するようにテオ万歳の声が木霊していく。


「いや、私は別に英雄などでは……」


「良いではないか。貴様はそれだけの事をしたのよ」


 苦笑するテオに、別のオークの肩に乗ったルーシーが笑いかけた。


「今はこの勝利を楽しむがよい。その位の余裕があってもいいであろ?」


 テオは浮かれ騒ぐブレンドロットの住人たちを見下ろした。


 みんな笑顔で叫び、歌い、踊っている。


「どうだ、これを作ったのはお主なのだぞ。王でも英雄でもなんでもよいが、自分で作ったものを楽しまないでどうする」


「それもそうですね」


 ルーシーの言葉にテオは笑った。


 そして自分がなんのわだかまりもなく笑えるようになったのは魔界に来てからのことだと気が付いた。


 人界にいた頃は煩わしい力関係による配慮や権力者への根回しばかりで愛想笑いしかしてこなかった。


 今は違う。


 ここなら自分が望むように生きられるかもしれない。


「確かにあなたの言う通りかもしれません。これからのことがどうなるかはわかりませんが、今はこの勝利を楽しみましょう」


「その意気よ」


 テオたちは浮かれ踊りながら勝利の宴で酔いしれているブレンドロットへと戻っていった。


 穏やかな風が丘に吹いていた。



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