追放チート魔道士、TS魔王と共に魔界で生活する

海道 一人

36.完全決着

 モブランの消えた虚空をテオは寂しげに見ていた。
 自分を陥れた相手とはいえ、かつては同じ釜の飯を食い、共に魔法の叡智を極めんと切磋琢磨した同士なのだから。


「やったようだの」
 ルーシーが上空から降ってきてテオの傍らに着地した。


「テオフラス!貴様ぁ!」
 数メートル先でアポロニオが燃えるような眼でテオを睨んでいる。


「モブランを殺したな!同じ人間であり、魔道士協会副長であるモブランを!貴様は裏切っただけでは飽き足らずインビクト王国へ弓を引こうというのか!」


「やれやれ、あやつはよっぽどお主に恨みがあるようだな」
 呆れたようにルーシーがため息をついた。


「あやつはお主との決着を望んでいるようだ。女の方は我が何とかしておいてやろう。お主はあの女と戦うのに気乗りがしないようだしの」


「助かります」


「礼ならこの後でたっぷりとしてもらうさ」
 そう言ってルーシーは跳んだ。
 封殺封印球ヘミスフィアを解いたサラの前へと向かっていく。


「邪魔者は去ったか」
 アポロニオが改めてアルゾルトを構えた。


「かつて一緒に魔王を倒した貴様にこの剣をむけることになるのは皮肉だが、容赦はせん!」


 アルゾルトの柄や鍔に埋め込まれた魔晶がアポロニオの闘気に呼応して輝きだす。
 魔素を刀身にまとい、時にそれを剣撃として飛ばし、時にそれを用いて魔族の攻撃を受け止める、聖剣アルゾルトが持つ唯一無二の能力だ。


「行くぞ!」


 裂ぱくの気合と共に剣撃を飛ばした。
 アルゾルトが撃ちだす魔素を込めた剣撃はいかなる防御魔法も効かない。
 アポロニオはかつてこの剣撃でドラゴンの首をも飛ばしたことがある。


 だがしかし、その剣撃はテオの目の前で霧散した。


「?」
 突然の出来事に目を丸くするアポロニオ。


「こ、これは何かの間違いだ!」


 そう叫び再び、三度と剣撃を飛ばすが、その全てがテオに届く前に消えていった。


「ば、馬鹿な……何が起きているんだ?」


 目の前で起きたことが信じられない、というようにアポロニオは目を見開いた。


「それはですね」


 テオが口を開いた。




「その聖剣アルゾルトを作ったのは私だからです」




「は?」
 突然のことにアポロニオはその言葉がしばらく理解できなかった。


「アルゾルトを作ったのは私です。だからその剣撃を防ぐ方法も知っているんです」


「ば、馬鹿な!でたらめを言うな!これは魔道士協会長バーゼル師が作ったものだ!」


「これは私が魔道士学校で卒業研究用に作ったものです。当時私の指導官であったバーゼル師がそれを自分のものとして発表したのです」
 テオは首を振って否定した。


「もっともあのままではまだ未完成だったので魔王討伐の遠征中に私が調整を施してはいますが」


「ば、馬鹿な……そんなことが、あっていいものか!私の、この聖剣アルゾルトは……貴様が作ったというのか!そんなこと、あっていいわけがない!」


 そう叫ぶなりアポロニオがテオに切りかかってきた。
 聖剣アルゾルトを己の誇りの拠り所としてきた自分を否定するテオの言葉を振り払いたいがために切りつけるようなやみくもな攻撃だった。
 テオが右手を差し出す。


 その手が放つのはごく基本的な防御魔法だ。






 そして、聖剣アルゾルトの刀身はその防御魔法に触れるなり砕け散った。






「そ、そんな……俺の、俺の聖剣アルゾルトが……こんな……こんな……」


 柄だけになったアルゾルトに呆然として跪くアポロニオ。


「アルゾルトの刀身は魔素にさらされ続けるために劣化しやすいんです。かつては私が調整していましたが、それが叶わなくなった今、こうなるのは時間の問題でした」
 完全に打ちのめされたアポロニオを悲しげに見下ろしながらテオが告げた。


「どうやらけりがついたようだの」
 そこにルーシーがやってきた。


 アポロニオの元にはサラが駆け寄っている。
 その手に持っていた聖棍は既に半ばより断ち折られている。


「これで終わりです。これ以上あなた方を傷つけるつもりはありません。大人しくインビクト王国へ帰ってください。そしてもう魔界へは来ないことをお勧めします」


「……貴様っ!」


 テオの忠告に怒りに燃えた目で睨み返すアポロニオ。


 しかし、その眼が不意に見開かれ、やがて不敵な笑みが浮かんだ。


「ふ、ふふ、ふふふ、これで勝ったつもりか、テオフラス」


「いえ、勝つとか負けるとかという話ではないつもりですが」


「馬鹿め!聖剣アルゾルトを破壊した位で良い気になるなよ!あれを見ろ!」
 そう叫んでテオの背後を指差す。


 テオが振り返った先はインビクト王国領の方角だ。
 そしてその先に見えるのは……大地を埋めるかのように進軍してくる兵士たちだった。


「あれは貴様を討伐するために派遣された総勢五万のインビクト王国軍だ!どうだ!貴様なぞこのちんけな町ごと破壊する数だ!」


 優位に立ったと確信したアポロニオがあざ笑う。


「あと一時間もすれば兵士たちがここへ到達するだろう。逃げたければ今のうちに逃げるがいい。だが必ず貴様は俺がこの手で殺してやる」


「ふん、たったの五万で我を倒そうなど、ずいぶんと見くびってくれるではないか」
 そう言ってハーベスターを構えたルーシーをテオが手で制した。


「アポロニオ、あなたは一年前に何故私が魔界に少数で侵入することを提案したのかを理解していないようですね」


 そして腰に吊るしていた大地の巨人の槌タイタンハンマーを手に掲げた。


 盗賊都市ロバリーで使った時と違い、今回はハンマーから伝わってくる大地の巨人タイタンの意識に自分の意識を同調させた。
 ハンマーから大地の巨人タイタンの意識が伝わってくる。


(我を起こすものは誰か……)


 テオの心の中に声が響いた。
 瞼の奥に巨大な人影が見える。
 天を突くような巨体に赤銅色の肌、頭の天辺から房のような白髪を伸ばしている以外は禿頭で、でへそまで届くような白髭を生やしている。
 眼はマグマのように真っ赤に輝き、声はまるで地割れのようだ。


(私の名前はテオ。このハンマーの新たなる所有者にして汝の主人となった者だ)


 テオは意識下でその問いに答える。


(貴様が?たかが人間の魔道士風情が我の力を使おうというのか。貴様ら人間が我の力を使えばその身が粉々に砕け散るぞ)


(私は人の身なれど魔王の力を宿している。このハンマーも使いこなしてみせよう)


(……ふむ、確かに貴様からは魔王の力を感じる。しかも数千年、いや数万年にも渡って蓄えられてきた力を。人の身でありながらその力を御しているか……)


(面白い、大地を司る我が魂の欠片、お主が使いこなせるものなら使いこなしてみよ)


 大地の巨人の槌タイタンハンマーを通してテオの体に大地の巨人タイタンの力が、知識が入ってくる。
 この大地に満ちるあらゆるものの情報だ。


 その量は汎魔録晶ライブラリに納められている知識量にも匹敵する。


 しかしテオはその全てを受け止めた。
 今やテオは大地の巨人の槌タイタンハンマーの持つ全ての力を掌握していた。


「裂動せよ、大地!」


 テオは大地の巨人の槌タイタンハンマーを高く掲げた。


 それを合図に地鳴りが巻き起こり、凄まじい地震が周囲を襲った。


「な、なんだっ!これは?貴様、何をした!?」


 突然のことに恐れをなしたアポロニオが絶叫する。


 しかし地鳴りは止まない。
 それどころか激しさを増していき、遂には迫りくるインビクト軍とテオたちのいる丘を隔てるように地面が割れていった。


 その地割れは数キロメートルにも渡り、彼我を分断した。
 地割れの幅は最も広いところで数十メートルにもなり、底は見通せないくらいに深い。


 インビクト軍はその地割れの手前で立ち往生していた。



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