外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道 一人

32.バグラヴスの哄笑

 ガルバジアの郊外、荒れた涸れ谷の近くにガルバジア監獄はあった。


 捕らえられたバグラヴスはここの最深部、地下五階の一番奥に収監されている。


 俺とヘルマ、アディルはここへバグラヴスの面会に来ていた。


 地下へ降りると一角が巨大なガラスで囲まれている。


 厚さ三十センチを超える巨大なガラスの檻の中にバグラヴスはいた。


 チタン合金とガラスからなるこの檻は俺が作ったものだ。


 これなら魔蟲の牙や酸、溶解液ですら破壊することはできない。






「珍しい方々が来たものですね」


 俺たちが現れるとバグラヴスが顔を上げて愉快そうに顔を歪めた。


 ヘルマによると捕まって以来どんな尋問にも沈黙を守ってきたらしい。




「今日は何をしに?捕まったみじめな私でも見て憂さを晴らしに来たのですか?」


 捕まったというのにバグラヴスは落ち着き払っていた。


 いや、捕まったことでまるで憑き物でも落ちたかのようだ。




「あの蝗はお前の仕業なのか」


 開口一番俺はそう切り出した。


「あの、と言われても何のことだかさっぱりわかりませんね」


 バグラヴスはにやにやと俺たちを見ている。


「とぼけるな!ローカスから発生した蝗の大群だ!お前なら知ってるはずだ!」




 …


 ……


 …………




「ヒヒッ!」


 バグラヴスの口から破裂音が漏れた。


「ヒハハハハハハ!!それそれ!その顔が見たかったんですよ!ヒィーハハハハハ!」


 身をのけぞらせ、よじらせながら笑い狂っている。




「如何にも!あの蝗は私の仕業ですよ!どうです?どうです?びっくりした?びっくりしたでしょう?言ったでしょう?堰は切られていると!いやーいい顔だ!苦労して仕込んだ甲斐があるってもんですよ!」


 バグラヴスは顔を紅潮させて心底愉快そうだと言わんばかりに笑い続けていた。


「ふざけんじゃねえ!」


 俺は分厚いガラスの表面を殴りつけた。




「今すぐあのクソ蝗どもをどうにかしやがれ!」


「閉じ込められているのにどうやって?私をここから出してくれるんですか?もっとも殺されたってやるつもりはないですけどね」


 バグラヴスが嘲るようにこちらを見た。


「脅しも魔術による洗脳も私には効きませんよ。何かをしようとした瞬間に自害しますから」


 そう言って開いたバグラヴスの口の中に巨大な虫が覗いていた。


「何かがあればこの虫が私の体内を即座に食い破ります。もっとも私がやる気になったとしても無理なんですけどね。あの蝗たちは既に私の制御できる範囲を超えていますから」
「…つまり、お前は元々ああするつもりだったってのか!捕まろうが捕まらまいが蝗を大発生させる気だったのかよ!」


「当然」


 バグラヴスが肩をすくめた。


「徹底的に破壊しなければ現体制を倒せるわけないじゃないですか。もとよりこんな国は一旦滅んだ方が良い」


 今すぐこの男を叩き潰したくなる衝動を必死にこらえる。




「じゃあどうやってあの蝗どもを増やしたんだ。自分も制御できないくらいの数の蝗をどうやって!?」


「生存率をいじったんじゃな」


 俺の問いに答えたのはアディルだった。


「自然界の中で卵から成虫まで生き残れるのはせいぜい一割もあればいい方じゃ。しかしそれが二割になっただけで通常の数の倍になる」


「なんです、あなた」


 バグラヴスがアディルを睨みつけた。


「なに、ただの虫好きの老人じゃよ。お主は虫使いだそうじゃな。おおよそローカスから蝗の天敵となる虫たちを遠ざけたのじゃろ?捕食者である鳥や動物たちもダニや蜂を使って排除しておけばあとは気候条件さえ揃えば爆発的に増えるはずじゃ。」




「ふん、少しは頭の回る人間がいるようですね」


 バグラヴスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「でもその通りですよ。私の操作によってローカスの蝗の生存率は八割以上になったはずです。元々あの地域は孤独相の蝗が多い地域ですからね。密度が高まれば勝手に群生相へと変異するんですよ」


「惜しいのう」


 アディルがため息をついた。


「虫を操ることができる上に知識も持っておる。正しく力を使えば今頃は英雄として祭り上げられていてもおかしくなかったのにのう…」


「そうしなかったのはそっちの責任だ!」


 バグラヴスが爆発した。


「人を散々馬鹿にしておいて今更手を貸せだと!?調子に乗るのもいい加減にしろ!いいか、これは貴様らが招いたことなんだ!」


 バグラヴスが憎悪のこもった眼で睨みつけてきた。


「どんなに嘆願しても無駄なことだ。私は絶対に貴様らの助けなんてしませんよ。この特等席で貴様らが苦しむさまをたっぷり楽しませてもらいます。せいぜいあがいてくださいよ!この孤独な牢獄でそれだけが私の楽しみなんですから!」


 吐き捨てるようにそう言うと再び笑い始める。




「…このっ」




「やめておけ」


 ヘルマが俺の肩を掴んできた。




「その男から得られるものは何もないだろう。別の方法を考えるしかあるまい」




「…そうだな」


 ヘルマの言葉に振り上げた拳をゆっくりと下ろす。


 今必要なのは怒りに身を任せることじゃない、どうにかしてこの危機を乗り越えないと。


 俺たちは狂ったように高笑いするバグラヴスに背を向けて地の底の牢獄を去っていった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品