外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道 一人

28.アディル

「いやはや、風呂に入るのなぞ何年振りかのう」


 アディルが満面の笑みと共に風呂から出てきた。


 その後ろではアディルの入浴に付き添っていた従者たちが地獄でも覗いてきたような顔をしている。


「浄化!浄化!」


 更にその後ろではアマーリアとリンネ姫が浴室に浄化の魔法をかけまくっていた。


 一体どんな惨状だったんだ?


 いや、想像するのも怖いからやめておこう…




「で、アディルさんはなんでゼファ…ベルトラン十五世に会いに来たんです?」




「その前に中に入れてくれたことに対する礼と自己紹介をせねばな。儂の名前はアディル・ラジ。こうして王城の中に入れてくれたことに感謝しよう」


 今のアディルはゆったりとしたベルトランの民族服を着ている。


 髪と髭を整えた姿はまるで学者の様な佇まいでさっきまで泥と埃にまみれた無宿者同然だったとはとても思えない。




「俺の名前はテツヤ・アラカワ、テツヤと呼んでください。アディルさんのことはウルカンシアにいるイネスから聞いてたんです」


「ほう!あのイネス嬢ちゃんと知り合いじゃったのか!あの娘はなかなか見どころがあるぞ。目端が利くしなにより勉強熱心じゃ。いずれはこの国の農政をしょって立つやもしれぬな。しかしそれには…」




「そ、それよりも、今日はなんでここへ?」


 話が長くなりそうだったから慌てて話を切り替えた。




「おお、そうじゃった!どうも年寄りになると話が長くなっていかんわい。今回陛下に謁見を求めたのはこの国を襲う恐るべき虫のことを知らせるためなのじゃ!」


「しかしそれはもう収まりつつあるのでは?」


 俺たちがシセロとバグラヴスを倒したことで虫害は収まりつつあると聞いている。


 今更慌てるようなこともないと思うのだけど。




「いーや、それは間違いじゃ!本当の脅威はこれからじゃ!儂はそれを陛下に伝えねばならぬ!」




 叫ぶなりアディルは立ち上がって部屋を出ようとした。


「ちょちょちょ、待ってください。会うにしたって準備というものが…」


「ええい、放せ!儂は陛下に会うまで帰らんぞ!」


 この爺さんは本当に大丈夫なんだろうか?


 イネスが言うには相当優秀な人らしいんだけど、言動を見る限りとてもそうとは思えないんだが。




「まあまあ、とりあえず俺たちはこれからベルトラン十五世と会食をすることになってるんです。その時にそれとなく切り出してみますから、それまで大人しくしててくださいよ」


「…ふん、仕方あるまい。それならば少し待ってやることにしよう。しかし儂は必ず陛下に謁見をするぞ!」


 不承不承ながらアディルは承知してくれた。


 ちょうどその時にゼファーの従者が食事の準備ができたと告げに来たので俺たちはそのまま会食へと向かうことにした。


 和やかな雰囲気で食事は進み、そろそろアディルの頃を切り出そうかと思ったその時だった。




 突然部屋の扉が開いて一人の従者が飛び込んできた。




「た、大変です!」


「何事だ!陛下は食事中だぞ!」


「し、失礼しました!しかし…」


 ヘルマの叱責に青い顔をしながらもその従者は話を止めようとしなかった。


「さ、先ほど…我が国に蝗が発生したと報告がありました!」




「「「!」」」


 その報せにゼファーとヘルマの顔が一変する。


 いや、二人だけではない。リンネ姫の顔も青ざめていた。




「それは…真か」


「さ、先ほどローカスからの使者がこれを…」


 そう言って従者が手に持っていたものを出した。


 それは手のひらほどもある大きなバッタだった。


 真っ黒な体をしていて羽根が異様に大きく、全体的にゴツゴツしていて攻撃的なフォルムをしている。


「蝗の群れは既にローカスの空を埋め尽くすほどになっており、未だに増え続けているそうです」




「……」




 ゼファーがかつてないほど真剣な顔で押し黙った。




 蝗害は地球でも国を揺るがす一大事だったけどこっちでもそれは同じなのか。




「すまぬが余はこれで失礼させてもらう。別れを告げることができずに申し訳ないが、またいつでも来てくれ」


 それだけ告げると足早に立ち去ろうとした。




 不意に俺の脳裏にアディルの顔が浮かんだ。


「ひょっとして、アディルさんはこのことを伝えたかったのか?」




「…アディル?何のことだ」


 俺のつぶやきにゼファーが歩みを止めて振り返った。


「あ、いや…さっきアディルという老人に会ったんだよ。ウルカンシアで虫の研究をしてるっていう変わった人でさ。その人がゼファーに会いたいって」


「…今すぐその者を連れてきてくれ」


 不思議なことにゼファーはアディルに興味を示していた。




「わかった」


 俺はすぐに席を立って部屋に戻った。




 部屋に戻るとアディルはベッドの上で高いびきをかいていた。


 この爺さん、緊張感があるんだかないんだか。




「アディルさん、アディルさん!」


「うん…もう朝なのかの…朝食は麦がゆにしておくれ。あとは卵とベーコン、チーズだけでいい」


「そうじゃないって!ベルトラン十五世があんたに会いたいと言ってるんだ!」






 俺はベッドから引きずり出すようにアディルを立ち上がらせてゼファーのところへ連れていった。




 部屋に入ってきたアディルを見るなりゼファーが目を見開いた。


 席を立ってアディルの方へ近づいていく。




「…其方…ラシドか!?」




 ゼファーの姿を見てアディルが嬉しそうに目を細めた。


「お久しぶりです、ゼファーニア皇子。いや今はベルトラン十五世でしたな」



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