外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道 一人

5.蚊取り線香大作戦

 翌日、部屋に入るとリンネ姫が俺の方に近づいてきて手を壁につき当てた。


 壁ドン?


「テツヤ、すぐにあの蚊取り線香とやらを量産するのだ!」


「やっぱり効果あっただろ?」


「あったなんてもんじゃない!あれは魔法なのか?蚊帳を使ってないのに蚊がこないなんてあり得んだろ!」


 興奮するリンネ姫からその効果のほどが窺える。




「これほどのものがあったとは…しかも我が国土の中、ボーハルトに!これは我が国の夏を一変させるぞ!」


 そ、そこまで?


「そこまでだ!我が国がどれほどかに苦しめられてきたことか…!フィルド王国は水に恵まれているのだが、それ故に毎年毎年蚊の発生で多くの国民が死んでいるのだ。これは蚊帳以上の発明だぞ!」


 リンネ姫は口角泡を飛ばして語り続けた。


 地球で年間最も人を殺している生物は蚊だと言われているけど、それはこちらの世界でも変わらないということなのか。


「そういうのって治癒魔法で治せたりはしないのか?」


「魔法療法士にも限りはあるのだ」


 リンネ姫は複雑な表情を浮かべた。


「もともと魔法療法士は数が多くない上に夏は特に忙しくなる時期でな。彼らにも魔力の限界というものがある。それに貧しい者たちは魔法療法士にかかることすらできぬ」


 そう言うとリンネ姫はテーブルの上に置かれた蚊やり豚に目を向けた。


 昨日俺が貸したものだ。


「しかしこの蚊取り線香があればそもそも蚊によって引き起こされる病気を防ぐことができるはずだ。しかもボーハルトに生えている野草が原料であるならば安価に作れるだろう。貧しい者もこれならば買える」




「確かにこれの材料は蚊遣り花、俺の行った世界では除虫菊と呼ばれていたけどその花とつなぎに使うでんぷん、水だけでできるもんな。材料さえ揃えれば家庭でだって作れるぞ」




「それに蚊帳は屋外では使えぬという欠点があったがこれは携帯性を持たせれば外に持っていくことも可能なはずだ」


 流石はリンネ姫、一回使っただけで蚊取り線香のもう一つの優位性に気付いたらしい。


「それに煙というのも良い。蚊帳はその中でしか効果がないがこれならば一つで家全体を守ることも可能だろう。本当に大したものだよ、これは」




 リンネ姫は感心したようにしげしげと蚊やり豚を眺めている。


 よっぽど気に入ったみたいだ。


「それにこの何とも言えない形状、これだけでも部屋に飾っておきたいくらいだ」


 そう言ってにわかに相好を崩すと蚊遣り豚に頬ずりした。


 そっちかよ!


「ま、まあ気に入ってもらえたみたいで何よりだよ。調合や製法なんかは紙に書いておいたから量産する方法を考えてみてもらえないかな?ボーハルトでも作らせる予定だけどこっちでも作った方が良いんじゃないかと思ってさ」


「うむ、これは急を要する案件である以上まだ労働人口の少ないボーハルトだけには任せておけぬだろう。こちらの職人ギルトども掛け合って量産体制に入ることにしよう」


「よろしく頼むよ」


 こうしてフィルド王国をあげての蚊取り線香量産作戦が始まることになった。


 幸い蚊遣り花はボーハルト周辺に大量に自生しているから材料に事欠くことはない。


 とはいえ来年の事を考えるとある程度は残しておかないといけないし種も取っていた方が良いだろう。


 俺は市長のホランドと連絡を取り合って蚊遣り花の収獲隊を編成することにした。


 ボーハルトは鉄工を行っているから火属性使いの職人が多いことも幸いだった。


 おかげで収穫した花を即座に乾燥させて加工に回すことができる。


 蚊取り線香は流通に乗るや否や瞬く間に評判が広まっていった。




 リンネ姫が機転を利かせて価格の吊り上げを禁止したおかげで安く買えるというのも大きかったみたいだ。


 いずれは蚊遣り豚と蚊取り線香がフィルド王国の風物詩になるのかもしれない。








    ◆








「忙しかったけどやりがいはあったな」


 一週間後、蚊取り線香生産が軌道に乗った俺は屋敷の庭先で束の間の休息を楽しんでいた。


 庭にリクライニングチェアと日傘を用意してのんびりと寝ころびながら西瓜を頬張る。
 蚊取り線香のお陰で日光浴を楽しめるようになったのがありがたい。


 うーん、海が近くにないのが惜しいぞ。




「しかし相変わらず暑いな。こうも暑いと溶けてしまいそうだ」


 俺の横ではアマーリアが同じように日光浴をしている。


 アマーリアがいるのはリクライニングチェアではなく水を張ったバスタブの中だ。


 その服装はもはやチューブトップやホットパンツですらなくほぼ下着だ。


 これでも素っ裸になろうとしたのをなんとか押しとどめてこの格好で納得させたのだ。


 これなら水着とそう遠くはない…はず?




「アマーリア様、そのようにだらけ切った態度は騎士としてどうかと思いますよ」


 そう言うソラノも俺の横でハンモックに揺られながら氷を浮かべたエルフ・ウォーターを飲んでいるのだけど。


 こちらは流石に下着姿じゃないけど透けそうなくらい薄いリネンのサマードレス姿なのでこれはこれで目のやり場に困る。


 キリとフラムもめいめいリクライニングチェアに寝そべりながらまったりしている。


 たまにはこういう日があっても良いよね。




「しかし本当に暑いな。こうも暑いと西瓜じゃ物足りないぞ。なにかこう、ガツンと冷えるものが欲しいな…そうだ!フラムちょっとこっちに来てくれないか?」


「…なに?」


 不思議そうな顔をしてやってきたフラムはアマーリアと同じように下着姿だった。


 いやあなた冷気の魔法を使えるんじゃ?


「ま、まあいいや、ちょっとフラムに用意してもらいたいものがあるんだ」


 そう言って俺はフラムに耳打ちをした。


「いいけど、何に使うの?」


「それは後でのお楽しみだ」


 俺はそう言ってウィンクをした。



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