外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道 一人

41.ゼファーの思惑と桜の花

「主が余以外にあそこまで感情的な行動に出たのを見るのは久しぶりだな」


 テツヤたちが乗った竜車を見送ったのち、ゼファーが愉快そうにヘルマに話しかけた。


「お見苦しいところをお見せしました」


 言葉とは裏腹にヘルマの口調は冷静そのものだった。




「どうする?もしフィルド王国が我が国に剣を向けてきたら主はテツヤと戦えるのか?」


「当然です。私は陛下の剣。戦いにおいて感情を持つことはありえません」


「ふ、愚問だったな。来い、戻るぞ」


 ゼファーはかすかに笑うと踵を返し、ヘルマもその後に従った。






「あの男、欲しいな」


 私室に戻った後でゼファーはポツリと呟いた。


 今部屋にいるのはゼファーとヘルマの二人だけだ。


 ゼファーは長椅子に寝そべり、ヘルマの大腿に頭を預けながら菓子を摘まんでいる。




「命令していただけるのであればすぐにでも連れてきますが」


「いや、止めておこう。力づくで連れてきてどうこうなるものでもあるまい」


 ゼファーはそう言って菓子を口に放り込んだ。




「しかしあの力をフィルド王国のものにしておくのはもったいない。テツヤの力があればこの大陸を統一することすら可能だろう」


 ヘルマは黙っていた。


 口を挟むべき時でないということはよくわかっている。


 しかしもしもゼファーが大陸を征服せよと言えばその命令には命を懸けて従うと決めていた。




「冗談だ。仮にテツヤが来たところで今のベルトランにそれだけの余力はないからな」


 ゼファーは軽く笑うとヘルマの黒髪を指で弄んだ。




「それにフィルド王国と敵対するのも悪手だ。フィルド王国と魔界の関係も掴み切れていない今、うかつに刺激するわけにもいくまい」


 ヘルマの真っ直ぐな髪を指の腹でさらさらとこする。


 二人きりでいる時のゼファーの癖だ。




「それよりもむしろ取り込んだ方が早い。今回の協定で供与する技術、魔術、油、小麦諸々は今回の件の報酬と今後への投資と考えれば安いものだ」


 これはゼファーの本心だった。


 ウルカンシア地域一帯を実効支配していた火神教ひのかみきょうの弱体化と政府による介入、元老院と地方行政官を蝕んでいた腐敗の一掃、ウルカンシア再開発への足掛かり、テツヤはほぼ一人でそれを実現させたのだ。


 仮にゼファーが王命でもってそれを行っていたら泥沼の政治闘争になっていただろう。


 下手したら内戦で国内が分裂していたかもしれない。


 そう考えればフィルド王国にとって有利となる協定であっても安いくらいだ。




 しかしそれは同時にベルトラン帝国を一変させる力をフィルド王国に預けているという事実も意味している。




「あの力は確かに我が国にとって脅威となりえる。なりえるが同時にあ奴がどこまでできるのか見てみたくもある。故にしばらくは様子見としよう」


 ゼファーはそう言うと身を起こした。


「しかし余は欲しいと思ったものは必ず手に入れてきた。あの男もいずれ余のものにしてみせよう。それまではフィルド王国に預けておいてやる」


 ヘルマは軽く頷いた。


 その言葉が嘘でないことはヘルマ自身がよく知っている。




「行くぞ、まずは今回の件の後始末だ。元老院をきれいに掃除するぞ」


 そう言うとゼファーは立ち上がり、謁見の間へと向かった。


 ヘルマもその後に続く。


 足を進めるゼファーの眼差しは既にベルトラン帝国十五代帝王のそれだった。








     ◆








「ん~~~、やっと帰ってきたな!」


 俺は大きく伸びをした。


 一か月ぶりに帰ってきたトロブの街並みがやけに懐かしく感じる。


 俺たちがベルトラン帝国に行ってる間にトロブはすっかり春になっていた。


 屋敷の庭の桜の木が満開の花を咲かせている。




「そういえばこの国に来て花見はまだしたことがなかったな」


 桜の花を見あげながら俺は呟いた。


 今庭にいるのは俺一人だ。


 女性陣は屋敷につくなり風呂に直行している。


 数日ぶりの風呂だからしばらく出てこないだろう。




「いいところだね」


 そこへエリオンがやってきた。




「まあね、なんだかんだ色々あったけど、やっぱり俺の居場所はここって気がするよ」


「そう言っていただけるとこの国の王子として嬉しくなるけど、少し複雑でもあるかな」
 エリオンはそう言ってあいまいに笑った。




「?なんでだ?一応褒めてるつもりなんだけど」


「いや、そうではなくて…」


 エリオンは苦笑すると真剣なまなざしで俺の方に向き直った。




「テツヤ、ゴルドに戻るつもりはないか?」


「へ?俺がゴルドに?」


「ああ、学園を卒業した今、僕は今後国政に関わっていくことになる。その時に右腕になってくれる存在が欲しいんだ」


 そう言ってエリオンが右手を差し出してきた。


「そして、本心から語り合える友もね」




 俺はしばらく考えてからその手を掴んだ。




「もちろん俺だって友達のつもりだよ。でも…ゴルドに行くのはもうちょっと待ってくれないかな。ここはまだ俺にできることがあるような気がするんだ。だからその件に関してはその…ごめん」




 エリオンはそんな俺を見てにっこりと笑った。


「君はそういうと思っていたよ。もちろん強要するつもりもないさ。でもこれは先約のようなものだと思ってくれないか。いずれ君がゴルドに戻ってきた時は僕と一緒に働いてほしいというね」


「あんたのことだから諦めるつもりはないんだろうな」


「当然。リンネに渡すつもりもないよ」


 エリオンはそう言ってウインクをした。




「そうはいかん!」


 その時背後で声がした。


 振り向くとそこには湯浴みを着たリンネ姫が立っていた。




「リンネ、そんなはしたない恰好で…」


 呆れるエリオンをよそにリンネ姫はずかずかと歩いてくると俺の腕を抱えた。




「テツヤは私のものだ!お兄様と言えども譲る気はないからな!」


「ご自由に。僕も諦めるつもりはないけどね」


 食ってかかるリンネ姫をエリオンは涼しい顔でいなしている。




「…もう好きにしてくれ」


 振り返った俺の視界に山が入ってきた。


 若芽が芽吹く山には桜の花がぽつぽつと散らばっている。


 山の中腹にあるひときわ大きなピンクの塊はグランの村だろう。




「そんなことよりみんなで花見にでも行かないか?前にグランから桜が咲いたら花見に来いと誘われていたんだよ」


「花見か!それはいいな。ゴルドでも花見は人気なのだぞ」


「良いね。そういえばフィルド王国の花を愛でるのは数年ぶりだ」




「花見だと!それは是非とも行きたいぞ!」


「料理を作って持っていこうよ!」


「桜が近くにある温泉を知ってる」


 風呂から上がってきたみんなが庭に集まってきた。






「ま、待ってくれ!私を置いていくな!オニ族の隠し湯で花見ができるチャンスなど見逃すわけにはいかないぞ!」


 風呂に浸かっていたアマーリアが半裸で飛び出してきた。






「じゃあ準備をしたらみんなで行くか!」




 抜けるような春の青空に桜の花が舞っていた。



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