外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道 一人

35.カドモイン領へ

「確か途中に魔力障壁があるのだったな」


 リンネ姫が聞いてきた。


 俺たちは今、俺の操る荷台に乗って空からカドモイン領へと入っている。


「ああ、しばらく行くと魔法が全く使えなくなる場所があるんだ」


「ふむ」


 そう言ってリンネ姫がふところから眼鏡を取り出した。


 カーリンが持っていた見魔眼鏡けんまがんきょうだ。


 いつの間に借りていたんだ?


 しかし眼鏡姿もめちゃくちゃ似合うな。




「なるほど、確かに前方に魔力障壁が見えるわ。しかもカドモイン領の領都であるボーハルト全体を覆っているようだの」


 見魔眼鏡けんまがんきょうで様子をうかがっていたリンネ姫が眉をひそめた。


「カドモインにここまで大規模な魔法を使えるとは思えぬのだが…」


「どうする?一旦降りて陸路を進むか?」


「いや、どうやら周囲はかなり危険な魔獣がうろついているようだ。このまま進んでくれ」




「良いのかよ?」


「ああ、私に任せろ」


 言うなりリンネ姫が詠唱を始めた。


 仕方がない、ここはリンネ姫を信じるしかない!


 俺は構わず荷台を更に前に飛ばしていった。




「魔導否定術式展開!」


 リンネ姫が魔法を発動させると荷台が光の玉に包まれた。


 前に進んでいくと荷台を囲む光の玉がやがてピンク色へと変わっていった。


「魔力障壁の中に入ったぞ」


 リンネ姫が俺に見魔眼鏡けんまがんきょうをかけてきた。


「こ、これは……!」


 見魔眼鏡けんまがんきょう越しに見る世界はまるで別世界だった。


 眼下の地面はピンク色に染まり、遥か先にあるボーハルトの周囲をぐるりと囲んでいる。


 まるでボーハルトを包む分厚いピンクのドームだ。


 ドームの厚さは数キロメートルはあるだろうか。


「わかるか、このピンクの帯全体が魔力障壁の範囲なのだ」


 俺は知らず知らずのうちに唾を飲み込んでいた。


 こんなに大規模魔法を行えるなんて、カドモインというのは何者なんだ?








    ◆








「どうなってるんだ、これは?」


 俺は目を見張った。


 俺たちは今カドモイン領の領都ボーハルトの上空を飛んでいた。


 リンネ姫が言うにはフィルド王国第二の都市ということなのだが、その町はまるで廃墟のように静まり返っていた。


 上空から見下ろしても通りには人っ子一人歩いていない。


 町全体がまるで死に絶えてしまったかのようだ。


 空を飛んできているのですぐにでも警戒の手が伸びてくるかと思ったけどそれすらもなかった。




「これは…思った以上に深刻な事態になっているようだの」


 リンネ姫がかつてないくらい険しい顔をしてしている。


「みんな、ここから先は今以上に警戒するのだ!」


 リンネ姫の言葉に荷台の上を緊張が包んだ。


 言うまでもなく全員この異常さを理解していた。


 俺たちは滑るように空を飛び、カドモインの屋敷の門の前に着陸した。


 しかしとんでもなくでかい屋敷だ。


 高さ五メートルはあろうかという石塀で周囲を囲み、塀や屋敷の壁には矢狭間まで付いている。


 もはや城だ。


「私は王立騎士隊姫殿下護衛隊長セレン!此度はリンネ姫の訪問である!門を開けよ!」


 リンネ姫の護衛を務める騎士が門へ進み、声を張り上げた。


 しかし、王族の訪問だというのに門を守っている衛兵は声一つ上げず、身じろぎすらしない。


 こいつら本当に生きているのか?そんな疑問すら湧いてくる。


 やがて重々しい音と共に分厚い門が開かれた。


「これはこれはリンネ姫殿下、ようこそお越しくださいました」


 門の向こうには派手な貴族服に身を包んだ小太りの中年男が待っていた。


「わたくしはカドモイン様の御付きのワンドと申します。奥で領主様がお待ちです。さあどうぞこちらへ」


 ワンドという男に案内されるままに俺たちは屋敷の奥へと進んでいった。


「なあ、何かわかったか?」


「しっ、まだ何らかの魔法が使われているという痕跡は見当たらぬ。だが何かがおかしいのは確かだ」


 やがて俺たちは大きな広間へ到着した。


 ドーム状の天蓋から日光が差し込み、部屋の中に濃い影を作っている。


 影でよく見えないが部屋の奥に椅子があり、そこに誰かが座っている。


 あれがカドモインだろうか。


「リンネ姫、ようこそおいでなさった。歓迎しますぞ」


 その影は椅子から動くことなく言葉を発した。


「カドモイン辺境伯!姫殿下が参られたというのに腰を上げぬとは不敬であるぞ!」


 先ほどのセレンが怒号を上げた。


「これはこれは失礼をば致しました」


 影がゆるりと動き、まるでインクの染みが広がるように前へと進んできた。


 人ではない、そんな気配に気が付けば俺の背筋を汗が流れ落ちていた。




 生きているのが不思議に思えるような、恐ろしく痩せた男だった。


 頬はこけ、隈でも入れたのかと思うくらいに眼窩が落ちくぼんでその奥で眼球だけが爛々と光っている。


 開いた口から覗いた歯頚はところどころ黒い染みが散り、歯は数本抜け落ちていた。


「どうぞ、そちらへお座りくださいませ」


 カドモインが跪き、俺たちの背後を示した。


 振り返るといつの間にか後ろに豪華な玉座が出現していた。


 馬鹿な!さっき俺たちが来た時には何もなかったのに?


 身構える俺たちだったがリンネ姫は全く動じていない。


「カドモイン辺境伯、お主に聞きたいことがある」


 リンネ姫が冷たい声で言った。


「お主、死んでおるのに何故動いているのだ?」



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