Bluetoothで繋がったのは学校1の美少女でした。

穂村大樹

第32話 慰め

楠木を追いかけるため廊下を飛び出した俺は、他の生徒の迷惑にならないよう小走りで楠木を追いかけた。

教室を走って後にした楠木を見失ってしまったが、他の生徒に「楠木を見なかったか?」と質問すればすぐに回答が帰ってきた。

流石に学校1の美少女だけあって他の生徒からの視線を一身に集めているようだ。

全校生徒に一日中熱い視線を向けられたら不登校になるかもしれない。
楠木にとって、視線を向けられることが迷惑なのかどうかは分からないが、迷惑なのだとすればよく我慢しているなと感心させられる。

しかし、こんな時ばかりは楠木が学校1の美少女で学校中の生徒の視線を集めていることに感謝した。

楠木が昇降口から走って学校の外に出て行ったという情報を聞いた俺は昇降口に向かった。

昇降口に到着すると楓が靴を脱いでいた。

「どうしたの? そんなに慌てて」
「ちょっと色々あったんだよ。教室に着いたら風磨に事情は聞いてくれ‼︎ あ、あと俺と楠木は今日腹痛で欠席って事にしといてくれ。頼んだ‼︎」

教室で起きた事件を事細かに説明している時間は無いと靴を履きながら後のことは風磨に任せて学校を後にした。

「え、ちょ、どーゆーことー‼︎」

楓が叫んでいる声が聞こえたが、気に留めている暇はない。

楠木が学校の外に出て行ったという情報を手に入れたからには、急いで楠木を追いかけなければならない。

とはいえ、学校の外に出てしまえば楠木がどこに行ったのかは見当も付かない。

楠木が行きそうな場所にアテがあるにはあるが、あまりにも安易な考えだった。それでも俺はその安易なアテに頼るしか無かった。

行き先を決めた俺は駅に向かって走る。

どんよりと重たい空気をもたらす分厚い雲はもうそろそろ我慢の限界。
少しずつ降り出す雨の中、柄にもなく楠木の元に向かうために走った。
本降りになる前に駅に到着したのが幸いだ。

電車に乗り、登校してきた道を帰る方向に向かう。

昨日、楠木はアニメオタクだと馬鹿にされている俺たちを助けてくれた。
楠木の助け船が無かったら俺は下手すると榎田に殴りかかっていたかもしれない。

そんな楠木のピンチを俺が放っておいていいわけがない。
まあそのピンチを作ってしまったのは俺だし、楠木は怒っているかもしれない。

俺が安易にBluetoothの接続を切らなければ楠木の携帯から日菜の曲が流れることはなかった。

そんな俺が楠木のところに行ったところでどんな言葉をかけるのかも分からないし、力になれるかどうかもわからない。

それでも、悩むことなく前だけを見て突き進むことにした。

俺が到着したのは行きつけのファミレス、ヤイゼリヤだ。

ヤイゼリヤは9時開店で、楠木が学校を飛び出した時間を考えるとギリギリ開店している時間だ。

恐らくいつもの外から見えづらい奥まった席にいるだろうと見当を付け、入店してすぐにいつもの席に向かった。

そこにはやはり、オタクな美少女の姿があった。

その美少女はアニメの話をしている時の楽しそうに尻尾を振っている犬のような雰囲気とは違い、下を向き落ち込んでいる様子だ。

俺の存在に気づいていない楠木を見て、楓には注意をしたが俺も楠木を驚かしたくなった。

そしてこっそり近づき肩をポンっと叩いた。

その瞬間、楠木はビクンッと若干跳び上がるように驚いた。

「し、渋谷さん⁉︎」
「ああ。渋谷さんだぞ」
「び、びっくりさせないでください。制服でこんな時間にファミレスにいたら警察に補導されちゃうかと思って不安だったんですから」

俺の方を一度見てから顔をプイッとそらし頰を膨らませる楠木。

アニメオタクがバレたことよりも補導される心配をしている楠木を見て少し安心した。

そっぽを向く楠木に構うことなく俺は楠木の正面に座った。

「ごめんな。俺のせいで」
「大丈夫です。さっきは気持ち悪いって言われて思わず飛び出して来ちゃいましたけど自分でも驚くほど落ち着いてるんです。思ってたよりいつかはこんな日が来るって覚悟が出来てたみたいですね」

そうは言いながらも楠木は肩を落としあからさまに落ち込む。

アニメの話をするときはふりふりと振っている尻尾も今日はその影を潜めている。

「やっぱりダメなんですかね。アニメを見るのは。また気持ち悪いって言われて罵られて仲間外れにされてしまうんですかね」
「――それの何が悪いんだ?」
「え?」
「今のグループの奴らに罵られて仲間外れにされて、それが嫌なのか?」
「そ、それはもちろん嫌ですよ。今のグループの人達に仲間はずれにされたら私はまた1人に……」

中学の時のトラウマというのが中々消え去らないのだろう。

俺も中学のとき、川に遊びに行って溺れそうになってからはそれがトラウマになって2度と川に足を運びたくないと思っている。

しかし、楠木はもう大丈夫なんだ。

「楠木が1人になる? そんなわけないだろ」
「そんなわけあります‼︎ 学校1の美少女だとかなんとか言われているのは2年も過ぎれば流石に自覚しています。でも。それ以上にアニメオタクであることはダメなことなんです」
「……アニメオタクは確かに悪く言われるよ。俺も経験がある。でもさ、オタク同士なら何にも問題ないだろ? 楠木はもう1人じゃない。俺もいるし風磨もいるし楓もいる」
「でも……。私が入ったら渋谷くんたちの邪魔になるかもしれないし」
「邪魔なわけあるか。むしろ大歓迎だ。学校1の美少女がアニメオタクなんて最強じゃないか。明日からは俺たちのとこに来いよ」
「……いいんですか?」
「こっちからお願いしたいくらいだ」

そういうと楠木は涙ぐみ、暫く会話が止まった後で涙を拭い、笑顔で「お願いします」と言ってくれた。

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