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穂村大樹

第88話 理解、言葉がなくとも

顔を伏せて泣いていた俺の姿を見て何事かと気になったクラスメイトが、俺ではなく俺の横に座っていた玄人に何度も尋ねた。

「白太、どうかしたのか?」

普段は玄人や紅梨とワイワイしている俺が文化祭の朝から顔を伏せていたらそう尋ねるのも無理はない。

俺と蒼乃が付き合っていると思っている生徒からしたら蒼乃と別れたのでは無いかと思うのだろう。

「文化祭が楽しみすぎて眠れなかったんだと。それで今熟睡中ってわけ」

玄人がそういうと、遠足前の子供かよ、と言い放ってみんなが俺の周りから去っていった。

一頻り涙を流した俺はクラスメイトが俺から離れて行くのを腕の隙間から確認し顔を上げる。

「すまん。フォローまでしてもらって」
「白太がこんな事になるなんて人生でそう何度も無いだろ?」

何だこいつは……。こんなイケメンな奴だっただろうか。

俺の頭にはこれほど優しい玄人はインプットされていない。

「そうだな。また次もよろしくお願いするよ」
「もうこんなこと無いだろう? 白太は今日付き合う予定なんだから」
「からかうのはやめてくれ」

からかわれているような気はしたが、玄人の言葉で目が覚める。

こんなところで泣いている場合ではない。俺の事を好きになってくれた紅梨の気持ちも背負って俺は今日の告白を迎えるのだから。

そしてしばらくしてから、お手洗いに行く、と言っていた紅梨が教室に戻ってきた。

さっき告白を断った紅梨になんと声をかけるか、悩んだ末に俺は紅梨にジョークをぶつける事にした。

「よっ。長い便所だったな」
「コラっ。レディーにそんな事言わない」
「そうだな。レディーだったな。すまん」

告白が失敗した後は関係が悪化する、と言う話は何度も耳にした事がある。
告白を断っておきながら都合のいい話ではあるが、紅梨との関係は悪化させたくなかったので冗談を言い放った。

それに対していつもの調子で返す紅梨の様子を見た俺は安堵する。
俺と紅梨に限ってそんな事を心配する必要は無かったのかもしれない。

「え、ちょっと待って。白太、目真っ赤じゃん……」
「そ、そんな訳ないだろ……って紅梨も真っ赤じゃねえか」

紅梨の目は真っ赤に腫れ上がっていた。
紅梨と同じように、俺の目も腫れているのは感覚で分かる。

「お前ら2人とも、真っ赤で醜い顔してるよ」
「ふふっ」
「ははっ」

俺と紅梨は腫れ上がった目をした醜いお互いの顔を見て笑いだし、醜い顔からはなによりも綺麗で純粋な涙が流れていた。

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