大人気YouTuberのクラスメイトから黒子に指名された件

穂村大樹

第43話 新しい目標

放課後、俺は昨日一真たちと訪れたばかりのカフェの同じ座席に座っていた。
俺の前に座っているいつも通り無表情の神野とは対照的に、表情には出さないようにしているが内心ビクビク怯えている。
神野が嫌がるような事をした記憶はないが、だからと言って神野が俺とずっと動画撮影を続ける理由も無い。いつ神野からクビを宣告されてもおかしくは無い状況だ。こうなったら労働組合を作って徹底的に闘争体制を……。まずはガンバロー三唱からか。

「それじゃ今日の本題に入らせていただきます」
「ちょ、ちょっと待て」
「どうかしましたか?」

クビ宣告と決まったわけでは無いが、そうとしか考えられない俺は神野の口を止める。

「いいのか? ここ、学校の奴らが来るかもしれないけど」
「ここなら多少学校から離れていますし問題ありません」

神野の言う通り、ここは学校から徒歩10分程かかる場所にあるので少し距離が離れている。学校の周りには他にも何軒かカフェやファストフード店などがあるためここ利用する生徒は少ない。一真たちとこのカフェに来るのも他に学校の生徒がおらず落ち着けるからと言う理由だ。

「神野が気にしないならいいか。それで……今日の話ってのは?」

もう義堂さんの力は必要ありません、なんて言われたら本当死ねる。口が臭いので改善してください、って言われた方がよっぽど気分は楽だ。まあ口が臭い時点でクビだろうけど。

「義堂さんにはお話ししてなかったのですが、私には目標があるんです」
「……目標?」
「現在の私のチャンネル登録者数は130万人程度なんですが、とある人物より先に150万人を突破したいんです」

……なるほど。確かに神野が動画配信をする理由はこれまで聞いたことがなかった。まあそれが理由って訳でも無いのかもしれないが、現在のハピネスの勢いならチャンネル登録者数150万人は放っておいても余裕で達成するだろう。
それなのに、とある人物より先にチャンネル登録者数150万人を突破したい理由はなんなのだろうか。

「とある人物ってのは?」
「えーっと……。誰とは言いづらいのですが気になりますよね」

言いづらいって事は男か⁉︎ 男なのか⁉︎
大人気YouTuberのハピネスなら大人気男性YouTuberと知り合いでもおかしくはないしな……。

「まあ神野が言いたく無いなら無理する必要は無いよ」
「……いえ、やっぱり言います。手伝ってもらっている義堂さんに言わないのは筋が通っていないですよね」
「まあ……言ってもらえるとありがたい」
「私が動画投稿を始めた時期と同じ頃から動画投稿を始めたフェリスというYouTuberがいるのをご存知ですか?」
「フェリス? 誰だそりゃ」
「え、知らないんですか?」

神野は俺がフェリスというYouTuberを知らないことに目を丸くして驚いている。

「知らないけど」
「義堂さんってYouTuberが好きなのでは?」
「それも間違いじゃないけど俺が好きなのはハピネスだから。ハピネス以外のYouTuberに興味は無い」
「そ、そうなんですか……」

神野は恥ずかしそうに俺から目線を逸らすが、今更俺がハピネスが好きだと言うことを隠す必要は無いし、そこまで恥ずかしいか? あ、もしかして俺イケメンになった? だから恥ずかしいの? うんそれは無い。

「そんなに恥ずかしいか?」
「べ、別に恥ずかしくありません。フェリスはあざと可愛いろりっこYouTuberとして大人気なんですよ。チャンネル登録者数も私と同じくらいです」
「え、そんな人気なのか。なんでそんな奴と戦うことに?」
「一時期フェリスが私の家に押しかけてきたことがありまして……。家の前であまりにも騒ぐので仕方がなく家の中に入れたのですが、完全に私のことを舐め切っていると言うか……」
「ちょ、ちょっと待て。なんでそいつは神野がハピネスだってわかったんだ?」
「えーっと……この近くに住んでいる子で、ハピネスの変装をしていない私を見ても一瞬で私がハピネスだと気付いたそうです」

え、何それちょっと引くな。よっぽど神野のハピネスの事が好きなのか。
……そう言えば委員長も神野の事をハピネスに似てるって言ってたっけか。あれ、じゃあ俺の目腐ってね?

「すげえな……。それで舐められてるってのは?」
「お前なんか雑魚だ、最弱だ、私の足元にも及ばないとジタバタしてたんですよね。私も子供の言うことだと受け流せばよかったのですがあまりにも毎日私の家に押しかけてくるので、それなら私と勝負して私が負けたらザコでいいです、決着がつくまではお互い切磋琢磨しましょう、勝負中の相手と会うのは気がひけるので、と言いくるめたんですよね……」
「相当やばいやつだな」
「そうなんですよ。やばいんです」

要するにハピネスがフェリスより先にチャンネル登録者数150万に到達すれば、そいつは神野を罵る事をやめて神野に近づかずかなくなるという事か。神野が困っているなら協力するのが俺の仕事だ。

「状況は理解した。チャンネル登録者数を増やす方法を考えないとな」
「はい。協力よろしくお願いします」

ーーあれ、というかこれが今日話したかった事だというならば俺が考える最悪の結末は回避出来たのでは無いか?

……よっしゃああああぁぁぁぁ‼︎

クビ宣告回避‼︎ おめでとう俺‼︎

神野の手伝いを続けられる事に歓喜し、俺は心の中で嬉し泣きした。

そして神野の話は終わり、俺たちは帰宅することにした。

「いいよ。俺が払うから」
「だ、大丈夫です。むしろ私に義堂さんの分も払わせてください」
「流石にそれはやばいだろ」
「やばく無いです。収益化してるので金銭的にはかなり余裕があります」
「……いや、俺が払う」

一瞬でも、それなら……、と考えた自分に腹が立つ。
俺は自分に不甲斐なさを感じながらも強引に小銭を出した。それから財布の中を見ると札は一枚も入っておらず、小銭がパンパンに入って膨らんだ残念な財布を見て、俺も頑張ろうと小さく決意するのだった。

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