大人気YouTuberのクラスメイトから黒子に指名された件

穂村大樹

第29話 不可抗力

自分では神野の家に行く決心が出来なかった俺は浅倉先生から受けた依頼を達成するため、動画の撮影という目的以外で初めて神野の家に行く事になった。

今日は動画撮影の手伝いをする予定が無かったので一真たちと下校するつもりだったが、プリントを届けるのであれば学校が終わって直ぐ神野の家に持って行ったほうがいいだろう。

今まで一度も誘いを断ったことの無かった俺が急に誘いを断り出すようになれば怪しまれるのは致し方ない。
今のところ俺が放課後何をしているのか気づかれていないからいいものの、そろそろ何かいい理由を見つけなければ……。

そんな事を考えながら歩みを進め、俺は神野の家の前に到着した。

そして何も考えずいつも通りインターホンを鳴らそうとして、ボタンの前に手を持っていったところで動きを止めた。

待てよ? いつもは俺が神野からの動画撮影を手伝ってくれという依頼の元で神野の家に上がらせて貰っているが、今日はいつもと訳が違う。
俺は神野の手伝いをするわけではなく、ただのクラスメイトとして神野の家を訪問しているのだ。

いつもと同じ感覚でインターホンを押そうとしてしまったが、玄関の扉に付いている郵便受けにプリントを入れておけばいいだけの話である。

それを態々インターホンなど押そうものなら神野にどう思われるか……。

「動画撮影を手伝っているだけの分際で馴れ馴れしくしないでください」とか言われそうだし。

よし、そうと決まれば郵便受けにプリントを……。



そんな俺の安易な考えは一瞬で砕け散ることとなった。

俺たちが住むアパートは一年前に建てられたばかりの築一年のアパート。
神野の郵便受けには「このポストには郵便物を投函しないでください」と書かれた入居者が居ない頃に貼られていたシールが貼りっぱなしになっていた。

俺は引っ越してきたその日にこのシールを剥がした記憶があるが、神野は大事に大事にこのシールを貼り続けていた。

こうなってしまっては郵便受けにプリントを投函するのは不可能だ。
これは不可抗力。自分にそう言い聞かせて俺はいつも通りインターホンを押した。

ピンポンっと軽快な音がなり、その後で静寂が生まれる。

一分ほど待ってみるが神野が出てこない。

いつも警戒心ゼロですぐに出てくる神野が中々出てこないということは寝込んでいるのかもしれない。
出直そうとも考えたが、最後にもう一度インターホンを鳴らすことにした。

そして再度インターホンを鳴らすが一向に神野がでてくる様子はない。

よし、出直そう。

そう思い自分の家の方向に体を向けた瞬間、ガチャっという音で神野の家の玄関が開いた。

「義堂……さん?」
「お、起きてたのか。……って大丈夫か? めちゃくちゃしんどそうじゃないか」
「そ、そんなことは……」

自分の体調の悪さを否定しようとしたところで神野は俺の体を支えにするように倒れかかってきた。

「ちょ、本当に大丈夫か⁉︎」

神野の意識を確認すると神野は俺にもたれかかったまま、辛そうな荒い呼吸で眠っていた。

「これは不可抗力、不可抗力だからな」

そんな言葉を発しながら俺は神野を抱え、そのまま神野の自宅へと入って行った。

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