大人気YouTuberのクラスメイトから黒子に指名された件

穂村大樹

第28話 無駄な悩み


俺が神野の動画撮影を手伝い始めてから二ヶ月が経過し、穏やかで過ごしやすい暖かさは次第に夏の暑さへと移行し始めていた。
そんな気候の中、学校まで徒歩10分の道のりをシャツの下に汗を滲ませながら登校している。

季節の変わり目にはよく風邪をひいていた俺だが、気候が変化しても体の調子が絶好調なのは神野の動画撮影を手伝っているおかげなのかもしれない。
一緒に動画撮影や編集をしたりご飯を作ってもらったりと2人の距離が縮まっている事を実感し、今まで何をする訳でもなく無駄な毎日を過ごしていた俺は何も無い俺にでも出来る事があるのだと今の生活に満足していた。

最近は登校中に毎日神野の姿を見かけていたが、今日は神野の姿が見えない。
普段より若干家を遅く出たせいだろう。そう思い教室に入るが神野の姿は見当たらない。

いつもなら俺より早い時間に到着している神野が教室に居ないのは何か気になるな……。

「どうした。そんな胃辛気臭い顔して」
「え、俺そんな顔してた?」
「めちゃクチャしてたぞ。ソフトクリームのコーンから上を全部落とした子供と同じ顔してた」

確かにピッタリな例えだと納得するが、神野が学校に来ていないことを不安に感じ、その不安が顔に出ていた事には驚いた。

結局神野が登校してくることはなく、朝のホームルームが始められた。

「えー今日は神野さんが体調を崩してお休みです」

……そうか、昨日まではいつも通りだったが風邪をひいてしまったのか。

心配になって一言ラインでもしてやろうかと考えたが、よく考えてみれば俺は神野のラインを知らない。
神野と関わり始めてもう2ヶ月が経過したというのに、先程は縮まったと喜んでいた神野との距離は全く縮んでいないようだ。

そんな事にショックを受けている場合ではない。
神野が風邪をひいたということは神野は家で1人で寝込んでいるという事になる。
そうなれば動画の撮影どころか普通の生活が遅れているのかも危うい。

帰りに寄ってやるか……。

いや、でも動画撮影という目的がないのに俺が神野の家に行っていいのか?
それはハピネスの動画撮影を手伝うという事ではなく、神野という人間のお見舞いをする事が目的になるわけだ。

俺はハピネスの黒子として手伝いをしているだけの人間。
関わりの浅い会社の同僚のようなものだ。

そんな俺がお見舞いに行くのはやはり迷惑なのだろうか……。



◇◆



神野の家に行くか行かないかを悩んでいるうちにいつのまにか帰りのホームルームの時間になってしまった。
結局神野のお見舞いに行くのか、そっとしておくのかを決め切る事は出来なかった。

そして帰りのホームルームも終わり教室を出ようとしたとき、後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返った。

「おい、義堂。ちょっとこっち来てくれ」

俺は担任の浅倉先生に呼ばれて教壇へと向かう。

「どうしました?」
「今日神野が休みだろ?」
「そうですね」
「それで神野にプリントを持って行って欲しいんだ」
「え、なんで俺が?」
「神野の家を知ってるって奴がクラスにいなくてな。それで神野の家に近い奴って思って住所見てたら義堂が神野と同じアパートに住んでるって事に気づいたんだよ。もうお前しかいない。頼んだ」

勢いに任せて、なんで俺が⁉︎ とは言ってしまったが住所が近い、というか同じという正当な理由があった。

それならそうと早めに言ってくれれば一日中神野の家に行くかどうか悩む必要も無かったのに……と浅倉先生を恨むのだった。

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