大人気YouTuberのクラスメイトから黒子に指名された件

穂村大樹

第27話 神野の料理

神野が着たエプロンは学校でのクールで寡黙な雰囲気からかけ離れたフリフリの可愛いエプロンだった。
しかし、ジーンズ生地にクリーム色のフリルがあしらわれたエプロンは神野のために作られたのかと疑ってしまうほど似合っている。

「そんな可愛いエプロン付けるんだな」
「悪いですか? こういうのが好きなんです」

俺の言葉で機嫌を損ねた様子の神野はキッチンで黙々と料理を開始した。
作り始めこそ機嫌に料理をしていた神野だったが、作っているうちに興が乗ってきたようで、ふんふんと鼻歌を歌っている。

学校でのクールな神野が本当の姿で、ハピネスになっている時は天真爛漫なキャラを演じている。
そう考えていたが、学校ではクールな自分を演じ、ハピネスの姿こそが本当の神野なのではないだろうか。

学校よりテンション高めに料理を作っている神野を俺は思わず見つめてしまっていた。

「あの、何故ずっとこちらを見ているのですか? 少し気持ち悪いのですが」
「お、おお。すまん」

テンションは高めだが、心にグサっとくる一言を言ってのけるところは間違いなく学校での神野だ。
俺は謝罪をしてすぐに目線を神野から逸らした。

「急なお願いで家に全く材料が無いので簡単な物で済ませますね」
「おお。もちろんだ」

リビングのテーブルに座り、神野が料理している効果音を聞きながら目を閉じる。

キッチンから聞こえるトントンっと何かを切る音、チッチッという火をつける音、水が流れる音、そのどれもが心地良く感じた。

「はい、出来ました」

十分ほどの料理時間を経て俺の前に出された料理はうどんだった。

思わずお腹が鳴ってしまいそうになるほどいい香りだったが、料理の見た目や香り、味などの感想よりも先に俺は料理が出てきたスピードに驚いた。

「え、早くない?」
「確かに早いかもしれませんが雑に作ったってわけではありませんよ。まぁうどんですから。材料を切って味を整えて茹でるだけで完成です」
「いや、それでもすげぇよ。母さんが作った料理でもこんなに早く出て来たこと無いわ」
「自分のご飯は毎日作っているので料理の腕には多少自信があります」

神野からは大きな自信が感じられる。神野の料理の腕を疑う余地は無いだろう。

目の前に出されたうどんというシンプルな料理から香るだしの香りは食べる前からこのうどんが美味であることを教えてくれている。

俺が自分の家でうどんを作る時は具も何も入っていない素うどんだ。
神野の作ってくれたうどんには大きめに切られた長ネギと一口サイズの鳥もも肉が入っており、肉から出た油がだしの表面を悠々と泳ぎ、その美しさが俺の食欲をそそる。

「確かにいい匂いだな。とりあえずいただきます」

右手に箸を持ち、テーブルに置かれたうどんを口に運ぶ。その瞬間、俺は感動を覚えた。

鶏肉の旨味がだし汁に溶け込み、だし汁を絡めながらすするうどんは最高に旨い。
長ネギもよく煮込まれており、だし汁が染み込み口の中で溶けてしまいそうなほどだ。

「なにこれ、めっちゃ美味しいんだけど」
「なんですか、その美味しい料理は全く期待していなかったような口ぶりは」

正直神野に料理の腕があるとは微塵も思っておらず、YouTube活動でご飯を食べる暇も無くインスタント食品生活を送っているのではないかとも考えていた。

ただ、綺麗に整えられたキッチンを見て、もしかして? と淡い期待を寄せてはいた。
しかし、これほど美味しい料理が作れるとは予想外だった。

「うん、正直期待してなかった」
「正直な人ですね……」
「でも本当美味しいよこれ。味付けとが何か特殊な工程があるのか?」

人生でうどんをここまで美味しいと感じたことがない俺は素直にこのうどんの味付けが気になった。
レシピが分かれば自分でも作れるかも知れない。

「めんつゆです」
「――めんつゆ?」
「はい。このうどんに入れた調味料はめんつゆだけです」

神野が嘘をついているようには見えないが、これほど奥深い味をめんつゆだけで出せるとは到底考えられなかった。

「そ、そんなことありあるわけないだろ⁉︎ こんなに上手いのに?」
「そんなことがありえるんですよ。具材が出してくれる味は凄いんです」
「……こりゃまいった」

俺はその後も神野の料理に舌鼓を打ちながら、麺だけでなくだし汁も完食していた。

「今日は家にあった具材しか使えなかったので、これが私の実力だと思われるのは少々尺ですが……」

うどんでこれだけ美味しいのに神野の実力を疑うはずはない。
時間に余裕があって食材も揃っていればどれほど美味しい料理が出てくるのだろうか。

「じゃあまた作ってくれよ」

俺の口からは自分でも予想だにしない言葉が発せられた。

思わず次が食べたくなる。それほど神野の料理は完璧に美味しかった。

「そうですね。そうしましょう」
「――え、いいのか?」
「私としても動画撮影を手伝ってくれている義堂さんにお礼がしたいというのはあったので。丁度いいです」
「自分で言っといてなんだが迷惑じゃないか?」
「それを言うなら私の方こそ、私の手伝いに迷惑していないか訊ねたいところですよ。これは等価交換的です。気にしないでください」
「等価か……。ならいいのか」
「はい。なにも問題ありません」

こうして俺は動画の手伝いだけでなく、今後も神野が作ってくれる料理を食べる権利を得た。

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