大人気YouTuberのクラスメイトから黒子に指名された件

穂村大樹

第26話 お願いの内容

撮影終了後、ハピネスは神野の姿に戻りゲームの電源を切った。
無意識なのか、何度もため息を吐きゲームを片付ける神野は明らかに落ち込んでいるように見えた。

「落ち込んでるのか?」
「別に、落ち込んでないですけど」

声のトーンを下げ、不機嫌そうに落ち込んでいないと言い張る神野だが、神野が落ち込んでいるのは誰がどう見ても明らかだった。

神野はゲームに負けて心底落ち込むくらい負けず嫌いなようで、落ち込んでいる神野には申し訳ないが新たな一面が知れた気がして嬉しかった。

「別に嫌なら言うこと聞いてくれなくていいんだぞ? 俺から言い出した話じゃないし」
「義堂さんは私にして欲しい事とかないんですか?」
「そりゃ神野にして欲しい事なんて考えれば考えるほど沸いて出るけど、嫌がってる神野にやらせるほど俺も悪い人間じゃないからな」
「沸いて出るというのはどうかと思いますが……。そうなんですか」

俺がして欲しい事は無いと発言すれば、意外そうにこちらを見つめる神野。
どうやら別の何かいやらしいお願いでもされるのではないかと訝しんでいたらしい。

「だから別にいいよ、俺のお願いなんて聞いてくれなくても。視聴者には適当なこと言っておけばなんとかなるだろ」
「いえ、それでは私の気が済みません。義堂さん、何か私にお願いして下さい」
「そんな頑なにならなくったって……」
「負けは負けです。約束は守ります」

神野は頑として俺のお願いを聞こうとしているので収集がつかない。
俺には神野に何かお願いをする意思はないが、神野が気が済まないと言うのであれば何かしらお願いをしなければこの場は収まらないだろう。

そう考え何かお願いをする事に決めた訳なのだが、いざお願いをするとなるとその内容は中々決めきれない。
何でもお願いできるのだから、例えば神野に抱きついてもらったり、キスをしてもらったり、それ以上の事でもお願いしようと思えば出来なくはない。

年頃の男子ともなれば様々な雑念が頭を駆け巡るのは仕方のない事だが、俺は理性を保とうと必死に他のお願いを考えた。

「そうだなぁ。じゃあ……」
「……はい」

俺がお願い事をする前にタメを作ると、神野はゴクリと唾を飲む。

「ご飯作ってくれ」
「……え、そんなことでいいんですか?」

神野は俺からのお願いに拍子抜けしたようで、体全体の力が一気に抜けた。

「そんなこと……って神野がどんな想像してたのか知らないが一人暮らしの男子的には女子が作ってくれる料理ってのはかなり貴重だからな。キッチンに置いてあった料理道具とか見たら結構料理やってそうな雰囲気があったから」
「まぁ料理は得意な方ですが……。もっと辱められるのかと思ってました」
「え、俺ってそんな信頼ない? 結構無害な人間だと思うけど?」
「冗談です。義堂さんがそんな事をしない人だっていうことは理解してます」

俺はある程度神野から信頼を得ているようで、神野に気付かれないよう口角を上げた。

「あんまり揶揄わないでくれよ」
「ふふっ。義堂さんを見てると揶揄いたくなるんですよね。まぁとりあえず今からご飯作り始めます。ご飯作るくらいだと特に面白い動画にならなさそうなので、テキトーにTwitterか何かに報告しておきます」

そう言いながら神野は台所の食器棚にS字フックで吊るされていたエプロンを手に取り慣れた手つきでエプロンを着ていく。

エプロンを首からかけ、紐を後ろに回して結ぶ姿に何故か俺はドキッとした。
どうやら俺はエプロンを着る仕草をしている女の子が好きらしい。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品