報告:女騎士団長は馬鹿である

野村里志

その意地の是非は






「どうしてです!どうして魔術部隊の予算が削られるのです!魔術師達は自分の身銭まで削って、帝国のためにと研究を重ねているというのに!それに先の戦いで負傷した多くの魔術師への見舞金も必要です。これ以上……」
「いい加減にしたまえカサンドラ将軍。これは帝国評議会の決定なのだぞ」
「それにこれからの時代、主力は火砲を中心とする機甲部隊だ。アウレール将軍提出の軍部改革案を見なかったのか?」

 評議会の面々が心底面倒くさそうにこちらを見ている。

「アウレール……あの若造が」
「とにかく今は立て直しが先だ。王国の英雄一人に歯が立たなかった魔術部隊など、これからの時代には不要なのだよ」
「違うっ!魔術部隊の献身な戦いがあったから皆が生きていられるのだ!彼らがいなければ、私もあなた方もすでにこの世にはいない!」
「もう聞くにたえん。衛兵、連れて行きたまえ」
「待て、まだ話は……」

 引きずられながら会議室から追い出される。ただむなしさと、悔しさと、ぶつける先をうしなった憤りだけが残っていた。

 出ていく途中、彼らの魔術師達を馬鹿にする言葉が耳に入った。「時代遅れの能無しども」と。

 そこで夢は途切れた。かつての古い記憶だった。








「将軍、そろそろ着きますよ?」

 ルイーゼに起こされて、カサンドラが目を覚ます。ガタガタと揺れる装甲車にも随分と慣れたものだ。今では居眠りすらできてしまう。

「大丈夫ですか?汗をかいておられますが……」
「気にしなくともよい。すこし嫌な夢を見ただけじゃ」

 カサンドラはそう言って小さく独り言のように続ける。

「……20年続く悪夢を、な」











「ゆけ!王国の力を帝国に見せつけるのだ!」
「「おお!!」」

 王国軍が通常通り隊列を組み、堂々と前進していく。それは前回の大陸戦争で、そして東和人との戦いで引き継がれてきた無敗の戦術である。少なくとも、兵士たちはそう信じている。

 彼らは局地戦での戦績などはしらない。東の森、ボルダー、南部そして最終戦。第七騎士団や第五騎士団がいかに戦っていたのか。

 クローディーヌ・ランベールの名は知っていても、アルベール・グラニエの名は知らない。

 すでに20年近く経とうとしている大陸戦争はもとより、東和人との戦いさえも、彼らはいかに勝ったのかを理解していない。それもそのはずである。情報はゆがめられ、歪に知らされているのだから。

 上層部は無論事実を知っている。事実を知っていながら、それを伝えない。第七騎士団が従来の王国の戦術を使ってなどいないことや、他の王国軍が惨敗したことも。彼らは知っていて握りつぶしている。

 伝えれば自らの沽券にかかわり、今まで是としてきた白兵決戦主義が誤っていることを認めなくてはならないのだから。

「か、囲まれている!」
「後ろからも亡者兵が!」
「ひるむな!ひるまず戦えば、王国軍は必ず勝つ!王国の戦術は無敵だ!」

 そしてそうしたツケを払うのは、いつだって現場の人間たちであった。

「引くな!王国のために最後まで戦うぞ!」

 無知で愚かで、健気な戦士たちであった。











「王国軍第十一から第十四戦士団、北西第三拠点にて交戦。……その拠点を奪われました」
「そうですか……。報告ご苦労様です」

 クローディーヌがねぎらうと、伝令が去っていく。俺は心底落ち込んだ顔をしている彼女になんともいえない思いを抱えていた。

(しかしまあ、本当に守る気でいるんだな。彼女は)

 軍にいれば、味方が死ぬことなんて日常茶飯事だ。もちろん同じ部隊の人間が死んだりすれば思うところは当然あるが、違う部隊ともなると皆意外と冷静だったりする。そこまで気にかけていたら心がいくつあっても足りないだろう。

(だが彼女は本気で彼らを仲間と思い、守ろうとしていた。そして同時に、現実と折り合いもつけている)

 今まではただの理想論だったのだろう。いやむしろしがらみというべきか。与えられた理想を、ただ「そうすべき」という呪いで背負わされていた。

 だが今は違う。東和との戦いや、ダヴァガル隊長の死。そうした経験から、背負わされていた呪いが、自ら目指す目標へと変わったのだ。それは似ているようで、まったく意味が異なる。

(前の彼女なら、騎士団の準備が整わないうちから出撃するべきと言っていたかもしれないな)

 彼女は決して俺や大多数のように他者の命に知らん顔をしているわけではない。今窮地に立たされている王国の兵士を自分が殺しているとさえ思っているだろう。

 しかし彼女は王国全体や騎士団のことも含めて考えることで、今こうして準備に時間を割いている。そしてそのおかげで、俺は完全な形で準備を終えることができた。

「副長。首尾の方は?」
「完了しました」

 クローディーヌの問いかけに、俺ははっきりと答える。

 十分すぎるくらいだ。騎士団の団員は十分に休養を取り、装備の整備も完全に終えていた。秘術も武器も、完全な形で使用することができる。

(そしてもう一つ)

 俺は先ほど到着した彼らの方に視線を送る。俺の視線に気づいたのか、上機嫌な男とその様子にどこか呆れている女性がこちらにやってきた。

「マティアス団長。お久しぶりです」
「これはこれは、クローディーヌ様。今回もよろしくお願いします。……それと、アルベール殿も」
「……どうも」

 満面の笑みで、特に俺の方にはこれ以上ないほど笑顔で話しかけてくる。

 だから近い。俺にそういう趣味はない。

 第五騎士団の副長が咳払いをすると、マティアスはつまらなそうな顔をしてから敬礼をする。

「ただいまをもって第五騎士団、第七騎士団に合流します」
「了解しました。……アルベール副長」

 クローディーヌが俺の方に向き直る。

「これより第七騎士団団長として、帝国軍魔術部隊攻略の作戦立案を命じます。合流した第五騎士団を含めて、敵軍を打ち破る作戦を立案してください」

 クローディーヌの命令に、マティアスはどこか楽しそうにしている。

 クローディーヌのような真面目過ぎる理想主義もどうかと思うが、彼ほどまでに個人的感情を戦場にもってくるのも同様だ。まあもとより戦争なんてやること自体、ある意味では狂っているのだが。

「謹んでお受けいたします」

 俺はそう言って敬礼した。







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