報告:女騎士団長は馬鹿である

野村里志

報告:秘術と魔術と







「亡者兵が来るぞ!」
「二方向から攻めてくる」

 兵士達の報告を受け、俺は次の行動を決める。しかし俺が指示を出そうとする前に、クローディーヌがその剣を抜いていた。

「兵力の分散を好機と捉えます。左翼の亡者兵を強行突破し、前方敵拠点を急襲します。フェルナン、アルベール両隊は私に続き攻撃を加えてください」

 クローディーヌの指示に団員達が返事をする。クローディーヌが少しだけ不安げに俺の方を見たので俺は黙って大きく手で丸を作った。それを見て彼女は安心した様子で再び前を向いた。

 仲間を守り、英雄となる。その覚悟は本物なのだろう。あの戦いの後、彼女の行動は確かに変わっていた。

 俺から戦術を学ぼうとしているのはその一例だ。団長である以上、自分で決断をしなければならない。戦場でいちいち副官を頼っていては軍の判断に遅れが出る。俺はあくまで補佐なのだ。彼女は自分でも多くのことを決めていかなければならない。

「隊の権限を一時的にお前に委譲する。クローディーヌの後についていき戦果をあげてこい」

 俺はダドルジの副官であった男に指揮を譲る。

「いいのですか?私は……」
「たよれる隊長代行だ。そうだろ?」

 俺はそうとだけ言って男の背中を叩く。そしてクールにドロテ隊の方へと向かっていった。

(まあ本当は直接戦闘に入りたくないからだけどな)

 俺は内心でそう呟きながら女性陣のところへと歩いて行く。彼女達を指揮し、右翼の亡者兵を足止めするのが俺の仕事だ。

 だが彼女達の対応は冷たかった。

「副長、逃げてきたのですか?」
「指揮は間に合ってます。戦ってきて、どうぞ」
「副長、頑張ってください!」

 女性の団員達が口々に言ってくる。一体いつの間に俺の地位がこんなことになったのか。ドロテ隊での扱いが日に日に悪くなっている気がする。あと最後のレリア。普通に応援されるのが一番辛いからやめてくれ。

「お願いします。ここにいさせてください……」

 威厳もへったくれもないお願いをしながら、ドロテ隊に合流させてもらう。

 帝国と王国の狭間。俺はまたしても戦争の最前線に身を置いていた。









「攻めろ、攻めろ。我らが魔術機甲部隊だけでこの戦争を終わらせて見せようぞ」

 カサンドラが戦場を眺めながら言う。帝国における魔術の地位は下がるばかりだ。プライドは引き裂かれ、自らの拠り所を見失い始めた魔術師も多い。そしてそれは新しい魔術師志望者の人数が減ったことにも現れている。

「よし、ここでの戦いは概ね優位に推移しておるな」
「カサンドラ様」
「ん?」

 カサンドラの元に一人の魔術師がやってくる。そしてカサンドラに近づいて耳打ちをした。

「何?第一六部隊がやられた?」
「はい」
「確かあそこは亡者兵を多く配置していたはず。それに敵の数も多くはないと聞いていたが」
「援軍が来たようです」
「援軍?」
「はい」

 魔術師が続けて言う。

「第七騎士団です」

 その報告に、カサンドラの目がゆっくりと開いていく。

「……なるほどな。一六部隊にはわるいことをした」

 そう言うとカサンドラは次の指示を出す。

「ここは任せる。決して無理をするでない。防御を固め、敵の消耗を誘うのだ。いざとなれば戦線を下げても構わない」
「了解しました」
「儂は急ぎ一六部隊の救援に向かう。やられたといえど、敗残兵は多くいるだろう。一人でも多く救ってやった方がいい。それにもし引き続き追撃を続けているようなら、油断した敵部隊に奇襲をかけられるかもしれん」

 カサンドラはそう言うと、副官を呼ぶ。

「ルイーゼ、何をしている。移動するぞ」
「はい!了解しました!…………この水を飲んでください。綺麗になっていますからお腹をこわすこともありません。怪我の方も、最低限の処置はしてあるので後は衛生兵に見てもらってください」
「あ、ありがとうございます」

 副官のルイーゼがトコトコと走ってくる。カサンドラは「フン」とだけ言って、歩き始めた。

「遅いぞ、小娘。何をやっておる」
「すいません。水を濾過するのに時間がかかってしまって」
「フン、軍人なのにそんなものばかり覚えおって。儂が教えたかった毒の秘術は覚えないくせに、余興ついでに教えた水を綺麗にする術なんぞは覚えおる」
「ははは……。そうですね。精進します」

 ルイーゼはそう言ってカサンドラの後ろを歩いて行く。戦いは依然として予断を許さず、一進一退の攻防を続けていた。












「第七騎士団が敵部隊を撃破したようです」
「おお、流石だな」

 とある王国軍部隊。これまで劣勢を強いられてきた部隊も、味方の英雄の活躍に士気が上がってきていた。

「よし、俺達も彼等に続くぞ!各員、次の攻撃に備えて十分な休息と準備をしていてくれ。第七騎士団の攻撃にあわせて、俺達も反撃する」
「「了解」」

 部隊長がそう指示を出し、兵士達もそれに応えて準備を始める。戦局は好転し始めているかのように見えた。

「部隊長殿、軍団長殿がお見えです」
「軍団長殿が?わざわざ前線に?」

 部隊長はただならないその様子に急いで軍団長の元へと駆けつけた。

「軍団長殿、一体どのような……」

 部隊長は軍団長からの指示を受ける。希望に満ちていたその顔が、指示を説明されていく中で徐々に凍り付いていく。

「軍団長殿、流石にそれは承服しかねます」

 部隊長が返答する。

「上官の命令を無視する気か?」
「そのつもりはありません。しかしこれではまるで第七騎士団を……」
「何かね?それ以上言うようであれば軍事裁判にかけることになるが」

 その言葉に、部隊長は口をつむぐ。王国における軍事裁判とは、ただの体のいい処罰である。そこに公正な審理も、まっとうな議論も存在しない。ただ上官が気に入らない人間を処罰するための口実作りの場なのである。

「返答は?」
「……了解いたしました」

 部隊長はそう言って、肩を落としながらその場を後にする。戻ってきた上官に、兵士隊は心配そうに質問した。

「どうしたんですか?部隊長」
「……しだ」
「へ?」
「準備は中止だ。むしろ撤退の準備をはじめろ。指示があり次第、我が部隊は後退する」
「一体それは……」

 部隊長はそれ以上何も言わず、野営へと戻っていく。兵士もその姿を見て、なんとなく察してしまった。

「俺達は一体、誰と戦っているんだ?」

 誰とも分からないそのつぶやきは、戦場の空へと消えていった。





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