報告:女騎士団長は馬鹿である

野村里志

報告:東より精鋭来たり






「それでは、これより部隊編成の変更点を説明するわ」

 第七騎士団の兵営所。そのだだっ広く、些かというには無理があるほどには老朽化している室内で、騎士団の面々が集っていた。

 その中には勿論ダヴァガルの部下達もいた。そして何より驚きなのが、ダドルジの部下達もいることである。聞かされてはいたが、実際にみると中々迫力がある。

「まず皆が知っての通り、ダドルジ大将の配下であった将兵達が私たちの団に加わったわ。彼等は旧ダヴァガル隊と共に、新しい隊を作ってもらいます」

 兵達の一部がざわめく。既にある程度周知はしていたが、祝勝の騒ぎで聞いていなかった者も多い。特に連日どんちゃん騒ぎをしていたフェルナンとその一部の配下達は驚いた顔をしている。

「ちょっと待て、なんで東外人なんか……」
「フェルナン隊長。差別的発言は控えてください」
「うっ……。いずれにせよ、危険です。団長」

 クローディーヌが毅然とした様子で言うと、フェルナンも少しひるむ。しかし彼等を引き入れるということには反対であるようだ。

「確かに、彼等とは一時は命のやりとりをしてきた仲です」
「だったら……」
「しかし我が団に彼等を引き入れれば、この後の友好に大きな推進力を生みます」

 クローディーヌが言う。まさにその通りだ。

 彼女はこの決定を決める前に、事前に俺に話してくれた。彼等を引き入れたいと。俺はどうしようかとも考えたが、戦力は多いにこしたことはなかった。

 それに彼等が非常に忠義に厚く、礼節を重んじる連中であることもよく分かっている。戦場での強敵は、味方に率いれば頼もしい。それにもし仮に心が離れたとしても、彼等は後ろから刺すようなことはしないだろう。ただ静かにここを去るだけだ。

 それにどうやら東の方も、総首長がやられたことでまた部族間で対立し始めたらしい。そのため彼等も家族を抗争に巻き込まないため、王国へとやって来ているのだ。お互いもちつもたれつである。

(東和人が前線で戦えば、東和人への風当たりも弱くなる。そういう意味では今もっとも注目されている第七騎士団はうってつけだ。……彼女がそこまで考えているかは分からんが、結果としては悪くない運びだな)

 俺はフェルナンの様子を伺う。明らかに反対なのは見て取れるが、クローディーヌが譲らないであろうことを察してか直接の反論は控えていた。

「はじめから歓迎されるとは思ってはおりません」

 ダドルジ部下の一人が言う。

「しかし戦いの中に身を置き、その価値を証明したく思います。我ら一同、クローディーヌ嬢に助けられた恩を返したく思う所存。これに嘘はありません」
「………ちっ」

 フェルナンが小さく舌打ちをする。まあこの辺はおいおいやっていくしかないだろう。

(しかしドロテ隊長が特に反対することもなかったのは、意外だったな)

 俺は少し視線をずらし、フェルナンの横に立つドロテを見る。いつもは縛ってまとめられている赤髪が、今日は縛られていなかった。癖の強い赤髪が、彼女によく映えている。

(まあ、よく分からないがいいことだ。面倒ごとは少ないに越したことはない)

「次に部隊運営の変更を伝えます」

 クローディーヌが言う。

「アルベール・グラニエ副長」
「はい」
「貴方は戦死したダヴァガル隊長と、ダドルジ大将の部下をまとめて一部隊として率いてください」
「了解いたしました」

 俺はクローディーヌに敬礼する。副長の職と兼務しながら、俺は隊を率いることになった。

 本来であれば隊を率いるなんてまっぴらごめんだ。俺は人の命に責任がとれるほどできた人間じゃない。人から慕われるなんてタイプでもない。しかしとはいうものの、今回は少し状況が違う。

(マリーの情報が本当なら、次の異動なんて待つ前に一悶着おきるだろうからな)

 俺は今回の一連の戦争でいかに部隊の人数が重要か身に染みた。部隊の規模が小さければできることも限られてくるし、かといってそれを上層部は考慮したりしないのだ。

 『ボルダー防衛戦』も『南部戦線』も、なんなら『最終決戦』も、かなり無理して戦わされた。どうせ上が無謀な作戦を押しつけてくるのなら、少しでも兵は持っていた方が良い。

(つってもせいぜい三百人が五百人程度に増えただけだからな。絶対数で見れば大した数字じゃない)

 浮かれていられないのも事実だ。マリーの話が本当だと仮定して、帝国のスパイが王国に入っていたとする。だとすれば彼等は何と報告するだろうか。

 王都はいまだに戦争の勝利で浮かれている。市民の目から見れば、二回の大きな戦いで二度とも勝ったのだ。それは楽しくて仕方ないだろう。屍の数など気にもならない。

 だが今回の戦いは前の大戦とは違う。前の大戦は英雄であるセザール・ランベールによって基本的に優勢であり、王国の町や村が戦場になってはいなかった。兵の消耗も、かの英雄の犠牲をのぞけばほとんどない。あくまで英雄が死に、帝国軍の多くが失われたから戦争を終わらせたのだ。帝国の大幅な譲歩のもとで。

(だが今回は大勢死んだ。確かに王国の兵力が削がれたのだ。となると、これを待つようなことはあるまい)

 二十年前とは言え、帝国には未だに過去の戦いを引きずっているものもいる。となればこの好機を逃すはずがない。必ず仕掛けてくる。

(面倒なことになっちまったぁ。こりゃ)

 俺は頭をかきながら考える。

 誰にだって休息は必要だ。それは兵に限らず、都市や市民にもである。王国領の様々な場所が戦場になっているし、壊れた設備も少なくはない。戦争はなにも兵士だけ無事ならよいというものでもないのだ。

 今は新しい仲間を引き入れたことを前向きに捉えよう。俺はそう考えることにする。いずれにせよ、根拠のない悲観論ばかり唱えていてもしょうがないのだ。

 その後もクローディーヌが今後のことをいくらか話していたが、正直あまり頭には入らなかった。






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