報告:女騎士団長は馬鹿である

野村里志

戦友と約束






 音が消える。爆風で頭を強く打ち付けた。なんとか意識を取り戻し、辺りを見渡す。

 今なおも砲弾が降り注ぎ、敵も味方も、その攻撃に命を散らしていた。どうしてこんなことが起きているのか。クローディーヌには知るよしもなかった。

「無事みたいですね、団長」
「ダヴァガル隊長!」

 少し離れたところに仰向けに倒れているダヴァガルの元へ、クローディーヌが駆け寄る。

 早くここを脱出しなければ。すぐさま彼を抱き起こそうとした。

「いいんです。団長」

 ダヴァガルが呟く。しかしクローディーヌはその言葉が耳に入らなかった。

「へっ?」

 その手の感触に、クローディーヌが声を漏らす。

「もう……いいんです」

 彼を抱き起こそうとしたとき、その手に生温かいものを感じた。それはすぐに感じることができるほどに、あっという間にクローディーヌの両手を真っ赤に染めた。

 それが致死量であることは誰にでも理解できた。

「私はここまでです。今までありがとうございました。クローディーヌ団長」

 ダヴァガルは落ち着いた声でそう告げた。











「いやっ……何を言って……」
「団長、落ち着いて私の話を聞いてください」
「嫌っ……!」
「今すぐ後方へ退却し、軍を立て直してください。おそらくは敵の新手です。きっと報告にもあった敵の総大将が来たのでしょう。相当に残忍な男だと聞きますから味方ごと此方の主力を吹き飛ばすつもりなのでしょうな」

 ダヴァガルの言葉がどの程度までクローディーヌに届いているかは怪しかった。彼女は既に動揺しきっており、手が震えている。それはまるでかの男が来るまでのクローディーヌのようであった。

「団長、落ち着いてください」
「嫌っ、嫌っ……」
「団長」
「また……私は……」

 クローディーヌがカタカタと歯を鳴らす。しかしその音はすぐに止められた。

「落ち着けと言っているだろうが!!!」
「っ!?」

 ダヴァガルの怒気に、クローディーヌの震えが止まる。ダヴァガルは優しく微笑むと再び諭すように話を続けた。

「我が軍は既に敵の大将を討ち取りました。敵の士気がこれから上がることも、今後万が一戦いがあったとしても、負けることはないでしょう。味方ごと撃つような大将に誰もついて行きはしませんから」
「ダヴァガル隊長……」
「……だが貴方は違う。貴方は英雄であり、この団を率いる団長だ。だれもが貴方を認め、ついていきます。……だから振り返らずに進んでください。自分のためにも、皆のためにも」
「違う……違うの」

 クローディーヌが泣きながら答える。

「私は英雄なんかじゃ……」
「まだそんなことを言っているのですか?」
「本当のことよ。だって……」
「味方を見捨てて逃げたからですか?」
「っ!?」

 クローディーヌの言葉を遮るようにダヴァガルが言う。

「ダヴァガル隊長……あなた知って……」
「そりゃあ知っていますよ。私は王国軍のことには常に敏感になって調べていましたから。貴方だって私の妻のことはしっているでしょう?」
「だったら……何故……?」
「何故?いったい何がです?」
「私のしたことは、貴方の妻を見捨てた王国の兵士と……」
「違いますよ」

 ダヴァガルが断言する。

「違いますよ。何もかも」

 ダヴァガルが咳き込み、血を吐き出す。もうすぐ潮時だ。これまで言わなかったことを言ってしまってもいい頃だろう。ひょっとすると言えなかったことかもしれないが。

「団長、正直はじめは貴方が嫌いでした」
「…………」
「臆病で、逃げて、それでいて出世までする。英雄の娘だろうがなんだろうが、所詮は王国貴族だと」

 ダヴァガルが続ける。クローディーヌはただ静かに涙を流し続けていた。

「だが貴方は違った」
「…………」
「貴方は、罪から逃れようなどとはしなかった。その過去に苛まれながらも、忘れようなどとはしなかった」
「…………」
「認めるまでに随分と時間をかけてしまいましたが、今ならはっきりと分かります」

 ダヴァガルが微笑む。

「やはり貴方は英雄だったのです」

 再び、一斉砲撃が始まる。あたりにはまだ逃げ遅れた兵がたくさんおり、敵味方関係無しに多くの兵士が留まっていた。

「妻は卑怯な王国の兵のために死んだのではありません。多くの正義感ある戦友のために死んだのです。私も気付くのに随分とかかりました。だから今度は私の番であり、貴方の番なのですよ。クローディーヌ団長」

 守らなければ。クローディーヌは俯いたまま剣をとり、立ち上がる。その頬には涙が流れていた。

 聖剣が力を与える。それは攻撃の花と対をなす、守りの秘術であった。

紫の地平に抱かれてショーム・レム・ボンド

 クローディーヌは剣を突き刺し、その秘術を発動させる。辺り一面には秘術の擬似的な花が咲き、その地を紫に染めた。かつて父が使用した三秘術のうちの二つ目だ。周囲のありとあらゆる攻撃を無力化し、戦闘行動を強制的に終わらせる。

「早く!今のうちに逃げてください!」

 クローディーヌは周囲にいる兵士達に告げる。

「動ける人は動けない人を連れて……早く!」

 その言葉は騎士団にのみ告げられた言葉ではない。東和人も騎士団も、既に敵味方なく助け合って戦場を離脱した。

「お願い……もう少しだけもって……」

 砲弾が降り注ぐ。しかしクローディーヌが生み出す広範囲の秘術の中で、その砲弾はおちることなく消えていく。秘術は降ってくる砲弾をことごとく打ち消していた。

 幾ばくか過ぎた頃だろうか。砲撃は無意味と判断したのか、はたまた砲弾が尽きたのか。敵の攻撃が止んだ。

(これで……)

 クローディーヌはその場に力なく座り込む。文字通り全ての力を使い果たした。もう剣を握るどころか立ち上がることすらできはしない。ただ呆然とその景色を眺めている。

 そしてしばらくして、一際大きい馬に乗った大男がクローディーヌの前にやって来た。

「はっはっは。噂通り、いい女ではないか」

 男は下品に笑いながら近寄り、クローディーヌの顎を掴む。クローディーヌはその相手が東和人を率いる総首長であることは分かったが、反撃する気力も体力も残ってはいなかった。

「決めたぞ。この女、俺の妾にして飼ってやろう」
「それは良い考えですね、首長」
「それに王国の女もだ。男達は皆殺しに、女達は犯し尽くしてやろう。そして飽きたら、更に西の帝国だ」

 男達は下品に大笑いする。クローディーヌは彼等が何を言っているのかは分からなかったが、下らないことを言っているのはなんとなく見当がついた。

「団長、逃げてください……」

 ダヴァガルがかすれた声で言う。しかしその声はあまりに小さく、彼女には届かない。そもそも届いたところで一歩でも足を動かす力は残ってなどいなかった。

 敵の総大将がクローディーヌの頬をたたく。彼等は『王国の女は叩いたらどんな声で鳴くのだろう』等と言って笑い合っていた。そして笑いながら彼女の身につけているものを剥いでいく。クローディーヌは反撃する様子はなかった。

 秘術はもう出せない。それどころか指一本動かせない。ダヴァガルはぼやけた視界で、ただその残酷な現実を見ることしかできない。

 自分にはもうなにもできない。そう、自分には。


 パカッ、パカッ、パカッ、パカッ


 馬が駆ける音が聞こえる。その音はまっすぐ此方へと向かってきていた。その数は一騎だけだ。

 だが、それで十分だった。

 彼が来たのだ。

「遅いじゃないですか……」









「副長」
















『血は力なり』









 突如として東和人の総首長の腕が燃え上がる。どこからか飛んできた血の滴が付着し、紅蓮の炎がその手を焼いていく。

「ぐああああ!!な、何だこれは!?」
「まったく、貴方は嘘が下手だ」








『鮮血は血漿となりてその忌みをもつ』






「誰だ貴様は!?」
「何がそんな力はない、だ。約束できない、だ」

 彼は自らの手首をナイフで切りつけ、血を噴き出させる。そしてその血はまるで意思を持っているかのように取り巻きの兵士達へと降り注ぎ、彼等を燃やしつくした。









『黄道は力を呼び、聖火を生む』









「貴様っ!このようなことをして、許されると思っているのか!殺すだけではゆるさん!内臓までえぐり出してやる」

 ダヴァガルはここに来て、ようやく理解した。自分という東からきた風が、何故王国に生まれたのか。

 自分は彼という西の風に出会い、彼女に雨をもたらすためだったのだと。









『誰がためでなく、我がために』





『今この力を行使せん』






 噴き出していた血が肩にかけている銃先へとあつまり、刃を形成していく。彼はそれをとり、銃剣として構えた。

仕組まれた血の宿命フルーフ・デス・ブルート

 その秘術は誰も見たことはない、歪で特殊な技であった。

「これじゃ貧血は治りそうにないな」

 彼は一言、そう言った。







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