報告:女騎士団長は馬鹿である

野村里志

報告:勝負への一手






「秘術隊、何をやっている!早く援護しろ!」
「ダメだ!既に騎馬隊に急襲されて壊滅だ」
「敵が側面から来るぞ!」
「いやだ……。たっ、助けてくれー」

 戦闘開始からどれほど経っただろうか。王国軍と東和軍は平原で激突して、既に多くの命が失われている。屍は時を刻むほどに増え、平原は血に染められている。

(だが被害の割合は同じではない)

 ダドルジは全神経を使い、戦場を観察する。左翼側の王国軍がそろそろ攻撃になれてきた頃だろう。となれば反撃の一手を打ってくるはずだ。

「左翼側の遊撃部隊へ通達。これより本隊の位置をあえて下げさせる。そこに反撃を加えようとする敵軍の背後をとれ」
「御意!」

 現在ダドルジは一万五千の兵士を巧みに指揮している。通常千人の部隊を上手く率いることのできる将が稀であることを考えれば、それが如何に傑出した才能かが分かる。

 局地戦に強い名将と呼ばれる指揮官は少なくない。しかし大軍を率い、国をかけた一大決戦をこなせる将は別だ。歴史を振り返ってみても数えることは難しいだろう。

 そのような指揮官は歴史の中で、英雄と称されてきた。

「敵軍、中央部より前進」
「これも予想通りだ。中央部隊は後退しろ。左翼遊撃隊が敵背後を取った後、半包囲する形で中央部にも攻撃を仕掛ける。……各部隊へ通達、私の合図の後に攻撃を中央部へ集中させろ」

 ダドルジは脳に汗をかいている様な気がした。戦場はその時々で毎回異なった顔を見せる。それに合わせて軍を動かすことは並大抵なことではなかった。

(んっ?)

 ふと顔に手を触れると、鼻血が出ていることに気付く。温かい真っ赤な血が自らの手に付いた。

(ふん、この程度で情けない)

 ダドルジは袖で血を拭うと、そのまま指揮を続ける。ここで楽をすれば、兵士の命が失われる。それだけは絶対に許せなかった。

 今、この男は英雄への階段を上っていた。











「まずいな。中央部が突出し始めている」

 俺は本隊の様子を見ながら、敵の戦略にただ舌を巻いていた。

(俺達に大軍を動かす指揮権がない以上、俺達にできるのはせいぜい状況を有利にしていくことぐらいだ。局地的勝利はもたらせるが、大局を大きく変えることはできない)

 現在第七騎士団と第五騎士団はうまく連携をとりながら敵へ攻撃を加えている。時に砲撃を攻撃の援護に、時に銃兵を退却の援護に使うことで、戦力の消耗を極限まで抑えながら敵に損害を与えている。

 攻防一体型の機動戦。火砲や秘術部隊に機動力を持たせたその部隊は、効果的な火力運用によって敵の騎馬隊を完封している。

 だがそれでも限界があった。

(いくら団員達が良くやっているとは言え、あくまで千人程度の部隊。敵に与える損害も千や二千が関の山だ。まあ損害がほとんどなくそこまでできたら、完勝もいいとこなんだが)

 だが今のままでは此方が五千を倒す間に、向こうは五万を倒すであろう。それではまったくもって意味が無い。

(だがどうする?攻撃対象を変え、王国軍の本隊を援護するか?だがそれでは敵に戦力の集中を許してしまう)

 事前の見立てではこちらの攻撃に対して、敵の指揮官が気を散らすものと考えていた。兵を分散してくるものとも。

 いくら敵が優秀だからといっても、二方向の敵に対して正確な指示を与え続けられることなど無い。ましてや率いている軍が一万も超えれば尚更だ。

(だが相手はどうやら此方に注意を向けるどころか、より中央に集中している。だが何故だ?これまでの戦い方を見るに、味方の救出を重視してきたはずだが)

 過去の資料や実際の戦い方でも敵の思想は見て取れる。かの指揮官は実力はそうとうであるが、その思想は俺とまったく相容れないものであった。

「副長!」

 レリアが近寄ってくる。今回も彼女には通信役を任せていた。

「偵察部隊からです。敵本陣から此方に向けて兵が出立したそうです」
「数は?」
「およそ、三千」
「……成る程な」

 こういう時に秘術は便利だ。離れていようと、情報を伝達できる。もっともそのために優秀な術士を何人かそのためだけに割かなければいけないので、その分を火力に回すべきだという考えもある。

(だが情報を軽視すればそれこそ命取りだ)

 俺はそう思いながら、次の手を考えていく。やはり相手はその思想を変えているわけではない。むしろ分かりやすいほどに自らの信念を貫いていた。

(自らを守る精鋭部隊を送る、か。となれば目指すゴールは一つだな)

 敵の本陣への急襲。この瞬間から、それこそが今回の戦いの勝利条件であり、こと王国軍がこの決戦で勝利する唯一の道筋となった。

(やはり相手も馬鹿じゃない。自分の限界をわきまえている。まあわきまえた上で、限界を超えようとすらしているがな)

 今主戦場で行われているその軍略は神がかっているといっても誇張にならない程度に見事なものである。王国軍は翻弄され、見事に陣を切り崩されている。

 これこそが決戦の弱みだ。負けるときはあっという間に負けてしまう。

 だがそれは一瞬の隙をついて勝つことができることの裏返しでもある。

(奴は自分の周りが手薄であることなど隠そうとはしていない。近づかれたら敗北であり、死であることを覚悟している。そしてその上で、これまでにない最高の指揮をとっている)

 何かのきっかけで王国軍の部隊が東和人の部隊を突破し、本陣に近づくことだって無いわけじゃない。わずか百の部隊でも飛び出せば、無防備な敵の首元に届く可能性がある。

 だが相手はその可能性を少しも信じてはいない。ただ唯一の可能性として考えているのが、王国軍第七騎士団その部隊だけであった。だからこそ自信を持って本陣の精鋭部隊を差し向けられる。どうせ彼等以外は自らの元に届き得ないと確信しているのだから。

「随分と買いかぶられたものだな」

 前方で青白い光と共に激しい衝撃波が発せられる。王国が誇る英雄は、今日も絶好調である。

 戦術さえも無効化しかねないその圧倒的力は、ただ一人で戦局を変えかねなかった。軍略も小細工もいらない。その聖剣はただまっすぐなぎ払うことで道を作り出していく。

「ダヴァガル隊に伝達、クローディーヌの援護を頼む。あくまで護衛程度で良い。下手に攻撃に参加すれば、かえって巻き込まれちまうからな」

 俺はレリアを通してダヴァガルへと言葉を飛ばす。彼の返答を聞くことはできないが、笑いながら「了解」と言う大男の姿が容易に想像できた。

(だが敵の本陣からここまでは距離があるし、主戦場を突っ切ってくるわけにもいくまい。……となればその精鋭が来るまでまだ時間がある)

 何かを仕掛けるのであればこのタイミングだ。ただ待っていても、状況は打開しない。『このままでも上手くいくかも知れない』などという保守的思考から来る甘えを持つ気にはなれない。

(これ以上勝手な動きをすれば命令違反とも捉えられかねないが……まあいいだろう)

 敵は優勢でありながら勝負に出ている。ならば此方も相応の覚悟が必要だ。責任?しったことではない。どうせ負ければ命はないのだ。負けた後などしったことではない。

 覚悟は決まった。






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