報告:女騎士団長は馬鹿である
報告:風が揺れている
ジメジメと湿った空気が肌をつつむ。そのまとまりつくような湿気はお世辞にも心地よいものとは言えず、風さえも重く感じてしまう。東の大地ではおよそ味わうことのない空気だ。
「ダドルジ大隊長、準備整いました」
「分かった」
「加えて、総首長は半日後には到着するようです」
「……ふっ、ならばそれまでに大方ケリをつけてしまおう」
「はっ!」
部下が礼をして、駆けていく。ダドルジは壇上へ上がり、その仲間達の姿を視界に入れた。
万を越える精鋭達が、ダドルジに視線を送っていた。
(これだけの英雄達を前に、昂ぶる気持ちを抑えろという方が無理な話か)
ダドルジは壇上に立ち、大きく息を吸った。
「聞けえ!!同士達!!」
その風さえも突き抜けていくような鋭い声はどこまでも響いていた。
「忘れてはいまい、王国に蹂躙され、踏みにじられた村々を」
ごくり。誰かが息をのむ。
「忘れてはいまい!これまでの戦いで、散っていった仲間達のことをっ!!」
ダドルジの言葉一つ一つが、兵士達の心に響いていく。戦士達の心は共鳴し、今一つの大きなうねりとなろうとしていた。
「聞けえ!戦士達!東の大地を駆ける英雄達!!今こそ王国にその牙を突き立て、これまでの恨みを晴らすときだ」
ダドルジが剣を抜き、空へとかかげる。
「狙うはかの騎士達の首ぞ!一人残らず地獄へと送れ!!」
「「「オオーー!!」」」
男達の声がこだまする。それは大地を揺るがし、風すらも震わせた。重かった空気さえも、吹き飛ばさんとする熱気だ。
(さあ、勝負だ。いるのだろう。……アルベール・グラニエッ!)
最後の戦いが、今始まる。
「動き出したか……」
激戦地から幾ばくか離れた後方、第七騎士団と第五騎士団は予備隊として待機していた。
「いやはや、またしても同行できるとは、うれしい限りです」
「だから近いっての……」
「まあまあ、そう言わずに」
マティアスはうれしそうに言う。彼も少しばかり出番がなくて暇をしていたのだろう。彼のような部隊は『騎士らしくない」という第七騎士団とはまた別の理由で本部から出動命令が出ない。
「それと第五騎士団に来るという話は考えてくれましたか?」
マティアスが聞いてくる。
「だから、行かないっての……」
俺は呆れたようにそう言い、マティアスから離れる。
するとクローディーヌが此方の方を見ているのに気付いた。
「ん?どうした?」
「あ、うん。何でもない」
クローディーヌは少しばかりぎこちない笑みを浮かべるとそそくさと歩いて行ってしまう。おそらく出陣の準備にかかるのだろう。敵があの司令官ならば、間違いなくすぐにでも出番が来る。
(平野部での戦闘は秘術が使い安く、王国軍がこれまで得意としてきた戦術が使いやすい。……だがそれ以上に相手の騎馬隊の方が平地戦が有利に働く)
俺は遠くの戦場をみつめる。遠くて詳細までは分からなかったが、此方の方が幾ばくか高地にいる関係で、大まかに敵と味方の動きが把握できた。
万を越える大部隊のぶつかり合いを見るのはこれが初めてだ。その迫力に遠くから見ている俺ですら気圧されそうになる。その中心で戦っている兵士達は、その熱気と狂騒で正気ではいられないだろう。
(だがそんな中で一人だけ平衡感覚を失っていない奴がいる)
王国軍はその戦闘本能にまかせてただ攻撃を行っており、既に指揮が半ばきかない状態になっている。別にそれは王国軍の司令官が無能だからではない。何万という大規模の兵士達が、戦闘が始まってから指示に従えることが珍しいのだ。
しかし敵はそれをやってのけていた。東和人の大軍はまるで一つの生き物であるかのように柔軟に動き、攻撃と防御を的確に行っている。
(この空気に飲まれることなく的確に指示を出せる指揮官。そしてそれにあわせてうごいていく一万を越える兵士達――間違いなく相手の方が練度は上だ)
俺は振り返り団員達の様子を見る。隊長達を始め、第五騎士団も第七騎士団も準備は整っていた。
「さあ、行きましょうか。副長」
クローディーヌが声をかけてくる。俺はそれを聞いてもう一度戦場へ視線を戻した。
(だがいくら相手が優秀であろうと、限界はある。少なくとも、全軍をあの司令官が操っているわけでは無さそうだ)
俺はクローディーヌの方へ向き直り、ただ黙って頷く。クローディーヌはそれを見て剣を抜いた。
「これより、味方の援護へと移ります。狙うは敵の右翼、本隊とは別で動いている部隊を集中的に狙います」
クローディーヌの言葉を聞いて、隊長や団員達が敬礼する。そしてクローディーヌが剣を掲げて宣誓した。
「これより出陣します。王国の剣に栄光あれ!」
「「「オオーーーー!!!」」」
「報告!我が軍の右翼が激しい攻撃を受けているとのこと」
「敵は分かるか」
「おそらくは、第七騎士団かと」
一瞬、ダドルジの表情が硬くなる。流石などと認める気にはなれないが、それでもその実力は本物だ。自分が指揮していない部隊かつ、今後の戦闘でリスクになり得る部隊を的確に攻撃している。しかもこちらがうまく連携をとれないタイミングでだ。
「ダドルジ大隊長、どうしますか?」
自らの副官が聞いてくる。ダドルジはすぐさま次の解を導き、指示を出す。
「救援を出す」
「はっ。ではどの部隊を?」
「本隊だ」
「え?」
戸惑う副官にダドルジは再度告げる。
「私の周囲を固める、精鋭部隊を送り込め。指揮はお前に任せる。勝つ必要は無い。味方を救援し、それ以降は防御に徹底しろ」
「しかしそれでは本陣の守備が……」
「それはそうだ。だがかといって今動かしている部隊を減らせば主戦場での戦いに影響が出る。そもそも本陣を攻撃されることなどない。あるとすれば、その第七騎士団だけだ」
それを聞くと副官は黙って敬礼し、部隊を引き連れて出発した。
はじめの先鋒隊としてここまで共に戦ってきた精鋭部隊だ。かの森で第七騎士団に負けた以外は、一度として王国軍に負けていない。ダドルジの考えをよく知り、これまでを戦い抜いてきた三千の精鋭ならば、あの第七騎士団とも渡り合えるだろう。
(攻撃を受けているとはいえ右翼の部隊も十分に兵はいる。それに対して第七騎士団はせいぜい千人やそこら。問題は無い)
今はとにかく目の前にいる大量の王国軍を処理する方が先だ。アルベール・グラニエの目的は自らに注意を引き、王国軍の戦況を有利にすることだろう。ダドルジにはそこまで読めていた。
(例えどんなに強くても、千人の部隊には限界がある。千で万の部隊は倒せない)
「第二、第三部隊は後退せよ。後詰の形で第四部隊が攻撃、突出してきた王国騎士を叩け」
ダドルジの指示と共に、騎馬隊がうなりをあげて王国軍に襲いかかる。
風をも揺らすその騎馬隊は、騎士達を瞬く間に飲み込んでいった。
「まったく、馬鹿みたいに頭が切れる奴だ」
どこかで指揮官がそう呟いていた。
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