報告:女騎士団長は馬鹿である

野村里志

報告:啄木鳥は稲妻に焼かれ(後)







 戦いにおいて数は基本中の基本である。歴史上、大小様々な戦いがあったが、基本的には戦力が大きい方が勝っている。少数が多数を破るケースは稀だからこそ目立つのであり、実際の数にしてみればたかがしれている。

 だがそんな例外の勝利から学ぶことは大いにある。少数が多数に勝つとき、どのような法則があるのかだ。

 例えば隘路を使うのはその典型例だ。敵の数が多くても、その数の利を活かせない狭い道を利用すれば活路は見いだせる。

 その他にも高低差、火計や水計、補給路への攻撃などいくらか種類はある。だがそのどれもが特殊な条件の下で行われるものであり、普通の場合におきるものではない。

 そうした特殊な事例の中で、さらに稀なものが存在する。それは戦闘行動の原理そのものを変えかねない戦術の変化だ。それは技術の革新と、時代に先駆けた思想家によって生まれる。

 そして今、この戦場で、その両方が揃った。










(まだか……)

 俺は最後のカードを切るべくその時を待つ。今回の作戦のスタートは俺の手にはない。あくまで敵の行動、そしてクローディーヌの動き出しにかかっていた。

「報告!マティアス殿より伝言」
「何だ?」
「『ワレ準備ヲトトノエリ』繰り返します!『ワレ準備ヲトトノエリ』」
「わかった。戻ってくれ」
「はっ」

 準備がまた一つ整う。マティアスが準備を整えたということは、クローディーヌは川を渡り戦線を押し上げることに成功したということだろう。これでこちら側ができる準備を全て完了したといえる。

(あとは相手の動きが俺の読みと当たっているかどうかだ)

 狙うはあくまで相手の動きに合わせるカウンターの一撃。それ故に相手の動きを見誤ればその時点で少数であるこちらは敗北する。

(練度も、連携もぶっつけの割にはよくできている。もっとも、そんな状態で試そうとしている時点で相当な博打だがな)

 俺がそう考えていると脇のレリアが不思議そうにこちらを見ているのに気付いた。

「副長……笑っているのですか?」

 レリアが聞いてくる。その表情は不思議半分、安堵半分といったところか。

「笑う?戦場でか?」
「はい」
「まさか。戦場なんて俺が一番嫌いな場所だ。笑う余裕なんてとてもないよ」
「でも、どこかうれしそうですよ」

 レリアはそう言うと、可愛らしく笑う。俺は「やれやれ」と頭をかいた。

「ヤバい奴だと思うか?」

 レリアに聞いてみる。レリアは大きく首を横に振った。

「いえ。決して」
「……そりゃ良かった」
「普段の副長は、そうだと思いますけど」
「おい、待て。それは聞き捨てならないぞ」

 俺の言葉に、レリアはどこかうれしそうに笑っている。

 本来彼女は戦争なんてものと無縁に生き、どこか平和な場所で友人とこうやって笑っているべきだったのだ。少なくとも、10も離れた上官と、生き死にを共にするべきではない。彼女が優秀であるばかりに、こんな危険を冒している。

 これは誰のせいなのか。彼女が優秀であるせいなのか。その答えは分からない。

「報告!前線で合図を確認!」
「レリア」
「はい」

 俺はレリアの手に触れ、全軍へ指示を出す。

「第七騎士団副長より全軍に通達。戦力を中央部に集結。手筈通り、中央より突破する」

 俺はそうとだけ言うと馬にのり、レリアを自分の前に乗せる。そしてそのまま勢いよく走らせた。














「「うおおおおおおおおおおお!!!」」

 王国の戦士達が吠える。中央より敵を突っ切り、相手の首元に噛みつくことこそが今回の作戦であった。いや、それが作戦であるといえるのかは怪しいが。

「くそっ!急に反撃して来やがった」
「このままじゃ後退が間に合わない!」

 東和人の兵士達が口々に言う。既に後尾は追撃を受け、損害を大きく出していた。

「いいから走れ!どうせ奴らは橋を渡るのに時間がかかる。追ってこれているのは始めから中央にいた部隊だけだ。後続の部隊はついてこれない」
「じゃあ……」
「後退ポイントまで下がれば、一気に蜂の巣だ。そこから反撃できる」

 東和人兵士達は一定の希望をもって、走り続ける。彼等が川を渡るのに苦労するように、相手もすぐに大勢の人数がわたることはできない。ならば自分たちにも生き残る可能性はある。

「ほら、もうすぐ……」
「おい、どうし……ぐあッ!」

 銃声と共に一人、また一人と倒れていく。何故奴らが追いつけるのか。

「クソッ、どうなって……」

 振り向いた瞬間、その兵士は目にした光景を疑った。既に大軍が川を渡っており、味方が追いつかれ蹂躙されている。

「どういうことだ……」

 銃声が響く。兵士はただその場に崩れ落ちた。












「見事なものです」

 マティアスが呟く。クローディーヌが戦線を押し上げていた間、マティアスは工兵隊を率いて簡易の橋をかけていた。簡易のものだけに馬や大砲は運べないが、歩兵が渡るには十分であった。

(馬や車、大砲などは中央の橋から。それ以外の歩兵はこれらの橋から。それぞれ渡ることで渡河時間を一気に削減した)

 マティアスが後ろを見る。中央部に設置していた柵が自分たちを後ろから守っている。本来は川を渡ってきた相手の足を止めるためのものだったが、今は後ろからの敵襲を遅らせるものとして機能している。

 マティアスが感心していると後ろから馬の足音が聞こえてくる。アルベール・グラニエその人である。

「手筈は?」
「十分に」

 それだけで十分だった。既に攻撃部隊は敵軍を追っており、言われていた部隊の準備もできている。

「では行こう。敵がお待ちかねだ」

 そう言ってアルベールが再び馬を走らせる。遅れるわけには行かない。

 彼を、そして自らの部隊の晴れ舞台を見逃すようなことは、マティアスにはできなかった。









「鉄砲隊、構えい!」

 アナダンの指示で鉄砲隊が敵を迎え撃つ。敵の足を止めれば、敵の後方を味方が攻撃し、挟撃が成功する。部隊もそう信じていた。

 だがその目論見は簡単に外れた。

「おかしい。味方がこないぞ」

 鉄砲隊の一人が言う。柵があり進軍が遅れている上に、アルベールは渡河した後に橋を破壊している。すぐに来るのはほぼ不可能であった。

「それに敵の足がとまる気配がないぞ」
「うるさい!いいから撃て!」

 喧騒と砂煙、そして大量の敵影。よく見えないが走ってくる騎馬に対して銃弾を撃ち込んでいる。

 すくなからず馬が倒れ、足が止まるはずだ。しかしその様子はない。

 敵が近づいてくる。その段になって、兵士達は敵が何をしているのかを理解した。

「戦車だ……」

 車を引いた馬が目の前で側面を向ける。引いてきた車には大砲と、銃兵隊が乗っていた。

 その他にもドロテ隊の術士が乗っており、馬に強化の秘術や、銃弾から守るための防壁の秘術を使っていたのだが、それに目を向ける余裕は彼等にはなかった。

 そして終ぞ知ることもなかった。

「発射《ファイエル》」

 凄まじい轟音と共に銃撃を浴びる。砲弾と銃弾は待ち構えていた東和人の陣営を破壊し、一気に突破口を作った。反撃など意味を成さない。何故なら王国軍は秘術で防御もしていたし、なにより練度が違いすぎた。

 慣れない銃撃戦など想定はしておらず、あくまで牽制用に待ち構えていた部隊だ。あっという間に殲滅されていった。

「穴を広げろ。銃兵隊は突破口を開くように展開。第七騎士団に道を作れ!」

 マティアスが指示を出し、銃兵・歩兵が八の字に展開する。ドロテ隊もそれに呼応するように、第五騎士団を援護した。

「突破します。私に続いてください!」

 クローディーヌが馬に乗り、部隊を率いて突撃していく。ダヴァガル・フェルナン両隊が続き、アルベールもそこにいた。

「馬鹿な……」

 迫る敵を前にしてアナダンが呟く。それは敵の力にではない。自分の予想を覆したその戦術にである。

「こんな戦術きいたこともない。歴史上、どんな戦いにも、こんな……」
「隊長、指示を!」

 兵士の言葉など耳に入らない。老将はもらすように呟くばかりだった。そのあまりに見事な戦いに、落胆どころか感動すら覚えていた。

「一体……これは」

 もう時間の猶予はない。もうすぐこの本陣は落とされる。

 しかしそんなときだからであろうか。それが優秀であるからであろうか。

 アナダンに思い出させた。一つの戦術を。未完のまま朽ちていった天才を。

「電撃だ」
「へっ?」

 アナダンの言葉に兵士が尋ねる。アナダンの手が興奮で震えていた。

「電撃だ!」

 アナダンは兵士の胸元をつかむ。

「ダドルジに……あの若造に伝えろ!電撃戦《ブリツクリーク》だと」
「りょ、了解しました!」

 兵士は馬にまたがり、全速力でかけていく。アナダンはそれを見送ると、再び戦場へと視線を戻した。

「まったく、最後の最後でこんなものが見れるとは」

 二十年ほど前だったか。戦術について貪るように学んでいた頃、西の書物でとある理論を目にした。

『英雄を殺す構想』。そう題されたその書物はマルセイユ王国より更に西、ウェイマーレ帝国から来たものであった。当時英雄を志していたアナダンは、理論の素晴らしさを理解しつつも、その理論を認める気にはなれなかった。

「まったく、そんなものを使うとは。……予想なんかできるものか」

 アナダンは目を閉じ空を仰ぐ。

「ただ、英雄として死ぬのならば、それも本望か」

王国に咲く青い花フルール・ド・リス

 老将は静かに息を引き取った。









 南部戦線の勝利と、それによりもたらされた補給路への攻撃ルートは戦争全体の流れを大きく変えていく。

 王国は息を吹き返し始め、戦況は持ち直し始める。

 戦いは、終わりへと近づいていた。







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