報告:女騎士団長は馬鹿である
報告:啄木鳥は稲妻に焼かれ(前)
東の大地よりもはるかに東、大陸の最東端に位置する場所にとある鳥が生息している。
その鳥は自らのくちばしで木をつつき、穴を空ける。
そうしてできた穴から、中にいる虫を食べて生活しているのだ。
その鳥の名は啄木鳥。
その名から転じたその戦術の名は、東の地で「キツツキ戦法」などと呼ばれていた。
戦闘経過から丸二日が経過した。初日の夜、まんまと休息をとった第五・第七騎士団はまだ余力を残しており、激しい東和人の襲撃を巧みに防いでいた。
(ダヴァガル・フェルナン隊は部隊を立て直させて右翼に配備した。中央はクローディーヌがいるだけでほとんど誰も突破できない。左翼に兵力を集中させられたら厄介だが、ドロテ隊による一方的な攻撃の中をあえて突撃させるようなこともないだろう)
俺はそう判断しながら、次なる指示を出していく。
勿論、読み違えれば即敗北だ。これで敵が左翼に戦力を集中したら、多大な犠牲と共に左から進軍してくるだろう。そしてそれは成功する。
そうなれば兵の少ない中心部は一気に食い荒らされるはずだ。そして司令部がやられれば、軍隊はその時点で終わりだ。
(だが、これまでの戦いで分かることもある。少なくとも、相手はかなりの勉強家だ)
俺は舌打ちをしながら、変わり続ける戦況を分析し続ける。相手と違い、兵力の少ない此方は一瞬の隙が命取りだ。それを相手はよく分かっている。
(自らが優位の時、決して無理をしない。そしてこちらの隙をついて、攻撃をしかけてくる。まったく鉄則を外れない)
此方としては最悪ではあるが、だからこそ今俺は読みを違えていない。これは果たして幸運なのか。
(だが俺が読めているということは向こうも同じだ)
おそらく相手の指揮官もこちらの特性を把握した頃だろう。ならば問題は『どちらが先に仕掛け、そして仕掛けられた方はそれを予想できるか』になる。いずれにせよ、相手の行動を読み切った方の勝ちだ。
俺はレリアを呼ぶ。おそらくは最後の全体指示だ。マティアスは工兵を連れて中央部の川付近へと行ってもらっている。ここに敵が到達すれば、俺は必ず死ぬだろう。
「だがここで勝たなければ、遅かれ早かれ死ぬからな。勝負に下りるつもりはない」
俺はそう考え、自らのカードを切り出した。
(儂が無理をしないと、彼等は思っておるだろう)
アナダンは床几に座りながら、広げられた地図を見る。戦闘開始の時点から、既にある作戦を動かしていた。
(あっさりと終わってしまっては使う必要もなかったが、やれやれ。うまく休まれてしまったわい)
敵はこれまでの王国軍とは違い、かなり大胆な人間が指揮をとっているようだ。普通怖くて、あんなに堂々と休んだりはできない。
「アナダン大隊長、別働隊は渡河に成功しました。半日後には後方から強襲できるとのこと」
「わかった。そのタイミングに合わせて、此方が敵を誘引しよう。別働隊にもそう伝えてくれ」
「はっ!」
アナダンが仕込んだ作戦、それは「キツツキ」と呼ばれる東方の戦術であった。敵が地理的に強い場所にいる際に、その敵を押し出したり誘い出す形で外へ出し、挟み撃ちにすることで一気に撃滅する作戦である。
今回の戦闘においては別働隊が大きく迂回して敵の後方に回り、敵を押し出す形で川を渡らせる。そこを用意していた鉄砲隊で仕留めるという算段だ。
(敵は戦力を前方の三方向へ集中している。つまり後方から攻撃が来れば嫌が応にも押し出される形で前進するだろう)
それだけでも十分に勝算が見込めていたが、アナダンはそこにさらに保険をかけていた。
挟み撃ちにするということは、兵を分けるということである。もしこれで敵が突撃の用意をはじめからしていた場合、半分の戦力でその攻撃をうけることになる。
(だからこそ、鉄砲隊を配備した。あやつらが南部の戦いでやってきた戦術を、そのままあやつらにぶつけてやる)
挟み撃ちの用意に加え、万が一敵が突撃してきても足を止める算段がある。かつて東の地、ジパングでこの戦術が使われたときには本隊が突撃してきたことで効果は不十分であった。しかし今回のアナダンはそれすらも改良している。まさに完璧の布陣であった。
後ろに回り込まれた時、王国軍は何をするのか。こちらに突っ込んでくれば銃で仕留め、万が一反転しようものなら、本隊が悠々渡河できる。行くも地獄で帰るも地獄であった。
(敵が驚き、慌てる姿が見えるな)
アナダンは「はっはっは」と笑い、腰に付けている瓢箪で酒を呷った。
両者のカードが出揃った。
戦い開始から三日、戦況は動き出した。今まで防戦一方であった王国軍が突如として反撃を開始。とりわけ正面では橋を奪う勢いであった。
「別に橋など渡しても構わん。こちらはあくまで敵の進撃を受け止めつつ緩やかに後退。その後別働隊の動き出しにあわせて一気に後退。敵を誘い込んで鉄砲でしとめる」
アナダンが明確且つ正確に指示を出していく。騎馬の伝令は素早く指示を前線に伝え、部隊は迷いなく次の判断を行っていた。
「報告、敵の騎馬隊が渡河をはじめました」
「良し、読み通りだ。このまま緩やかに後退。キツツキに押し出され始めたら、一気に退却しろ。たまらずこちらに向かってくる」
王国の指揮官も馬鹿ではない。このままではいずれやられると分かっているのだろう。それにこちらが手薄であるとも。戦術の基礎が分かっているのならば、普通は無理矢理川を渡ろうなどとはしないのだから。
(だが全部隊を渡河させるにはまだ時間がかかる。その間に、別働隊がお前達を襲う)
アナダンは座して待つ。そしてしばらくした後、ついにその時がやって来た。
「敵軍、突撃を開始しました」
「かかったわ!鉄砲隊構えい!」
アナダンは立ち上がり、声を張って指示を出す。
「撃てい!南部戦線の仕上げじゃ!」
号令に合わせて太鼓が鳴る。そして銃声がなり出した。
兵士達の悲鳴が聞こえる。戦場の声だ。そしてその声は、徐々にだが近づいているようであった。
アナダンの口角が少しずつ下がってくる。そして敵の姿を見たとき、瓢箪を落とした。
「……馬鹿な」
敵がすぐそこまで迫っていた。
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