報告:女騎士団長は馬鹿である

野村里志

報告:老将は静かに笑う






「報告!北部戦線にて、ダドルジ大隊長率いる機動大隊が王国軍と衝突。これを撃破せり」
「はっはっは。あの若造もやるようになったわ」

 マルセイユ王国南部の平原、そこを拠点に東和人の一個大隊が展開していた。東和人の軍勢は十、百、千の単位で部隊を結成しており、一万を越える部隊を大隊と呼称することが多い。

 実際にこの老将、アナダンに率いられる大隊は千人隊を十五部隊抱えており、王国の南部制圧を任されていた。南部戦線が主要な戦場になっていないことからアナダン自身もあまり満足はしていないが、かつて自分を師事してくれていた男の活躍に悪い気はしていなかった。

「しかしあのダドルジにばかり戦果を譲っていたのでは、この戦いが終わってから儂の立場がなくなってしまうのう」

 老将は遠くに構える王国軍を見据えながら白い髭をなでる。王国軍も無能ばかりとはいえない。少なくとも今目の前にいる部隊は地形を利用し、隘路に入ってこちらを待ち構えていた。

(多数を打ち負かすためには地形を利用し、少数しか通れないようにしてから叩く。まさに鉄板の戦い方だな)

 アナダンは少しだけ口角を上げて王国軍を見る。だがそれでは二流だ。鉄板ではあるが驚きに欠ける。相手が予想していることを覆してこそ、戦術において一流であるといえるのだ。

「まあ、それでも王国の連中は三流ばかりであったからな。少しは考えてはおるか」

 アナダンは部下を呼び、指示を出す。早馬が駆けていき、広範囲に展開している15の部隊にあっという間に伝令が飛んだ。

 老将は静かに床几に座り、地図を眺める。今目の前にいる五千の王国軍もじきに敗走するだろう。そうなれば南部戦線はほぼ完全な形で勝利を収めることになる。

(そういえば最南部でいくつかの部隊が攻撃を受けていると報告があったな。確か千人程度の部隊だったようだが……。しょうがない、儂はそっちを相手するか)

 若い連中の手柄を奪ってもつまらない。老兵は引き際をわきまえなければならないのだ。だからこそ大手柄は若い将兵に譲り、自分は勝利への地盤固めを行えば良い。アナダンはそう考えていた。

 攻撃の笛が鳴る。もうあと何度この笛を聞けるのだろうか。老いてゆく我が身をどこか呪いながら、老将はただ静かに戦場をみつめていた。















「今日で既に敵の千人隊を三部隊撃破。こちらの損害は驚くほど少ないわ。今のところ順調ね」

 クローディーヌが団長、副長クラスを集めた会議で説明する。それぞれの隊長は団員達への指揮や、状態の確認作業などがあるため不在。とりあえず四人が集まっている。

 第五騎士団の女副長はお姉様系で非常に麗しいのだが、いかんせん団長のマティアスがどうも慣れない。というかちょっと気持ち悪い。だが彼の方はしきりに俺の方へと寄ってきていた。

 第五騎士団と南部に来てから二週間ほどが過ぎた。きちんと補給線を確保し、準備に時間をかけて戦闘にのぞんでいることで損耗率を大きく下げることに成功している。その結果今日で三部隊目を撃破した。

「しかし、素晴らしい兵站指揮です。十分すぎる程にある弾薬のお陰で、私たちもこれまでにないほど力を発揮できています」

 第五騎士団の団長であるマティアスが心底うれしそうに述べる。面倒なことは全部こっちに丸投げして、自分たちだけ気持ちよさそうに攻撃を加えている。

 だが思想や考え方にかなり癖こそあるが、それでもその運用技術まで否定する気にはならなかった。彼と彼の団員達のおかげで、第七騎士団単独での作戦よりも遙かに戦果と安全性が上がっている。

「ですが、安堵ばかりもしていられません」

 クローディーヌは指令書らしき書物を広げて、俺達の前に見せる。王国からの指令が来るときは大抵碌なことじゃない。俺は見るまでもなく、その内容を察した。

「南部戦線を戦っていた王国の主力部隊が敵の攻撃を受け、敗走。最後に残って戦っていた五千の部隊も、先日敵一万五千と戦い敗走したそうです」
「散々だな。生き残りはいるのか?」

 俺がクローディーヌに聞いてみる。しかしクローディーヌは静かに首を振った。

 王国軍の定義では部隊の半数が消耗したとき全滅とすることになっている。戦意や負傷者の観点から戦闘継続が不可能になるからだ。

 しかし彼女の様子を見るに、おそらく半分どころか一割も残っていないのだろう。そしてその一割も、敗残兵狩りで命を落とす。文字通りの全滅に近いといえる。

「敵部隊は南部戦線で数々の勝利を挙げ、実質彼等によって王国の南部戦線は崩壊しました。しかし今この部隊で彼等に攻撃、損害を与えられれば、部隊を立て直し、反撃に出れるはずです」
「まあ、王国本隊の方にそれだけの余力があればねー。うちみたいな部隊が借り出されるぐらいだし望みは薄そうだけど」

 マティアスが空気の読めない発言をし、第五騎士団の副長に無言で叩かれている。……痛そうだ。

 なんで王国軍の女性陣はこう……強いのだろう。涼しい顔をしているが、皆男勝りな芯の強い女性達である。むしろ男達の方が軟弱なぐらいだ。

(だがマティアスの言うことは正しい。ここにいる誰も、王国軍が反撃できるほどの兵を再度用意できるとも思っていない)

 それはつまり俺達千人程度の部隊で敵一万五千と戦わなければいけないということだ。勿論敵も都市や村の占領に兵を割かなければいけない関係上、全員を動員できるとは思わないがそれでもそんなものは誤差である。

「ですが……」

 クローディーヌが話し出す。

「ですが、私たちは戦わなければなりません。王国を守り、民を守り、ひいては自分自身を守るためにも」

 クローディーヌが明らかに俺の方を見ながら言ってくる。まあ確かにそれは同感だ。降伏したからといって、助かる保証はありはしない。それに王国が負けて軍が解体でもされれば俺の年金はパアになる。それは避けなければならない。

「アルベール・グラニエ副長」
「はい」

 クローディーヌが俺の方を見て言う。

「貴方にこの敵大隊への攻撃作戦の立案を命じます」

 随分な無茶振りをする。誰か止めてくれるものはいないだろうか。俺は他の二人を見る。

 マティアスはさも当然かのように俺の方を見ているし、お姉様な副長も異存無しと言わんばかりに笑みを浮かべている。

 やれやれ。俺は頭をかいた。

(いずれにせよ、上官命令だしな)

 俺は姿勢を正し、敬礼をする。

「アルベール・グラニエ、命令、承りました」

 俺の返事に、三人は三者三様に微笑んだ。




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